第33話「手合わせ」
手紙はその朝届いた。
差出人はセレスティアだった。王都に着いてすぐ書いたらしく、文字が少し乱れていた。
『魔法学院への介入申請が再び来ました。今度は正式な国王令を通す動きがあります。先日の会議と連動しています。至急、対応を。 セレスティア』
読んだ。もう一度読んだ。
(やはり会議は時間稼ぎだった)
クロイツ邸で足を止めている間に、別の手が動いていた。魔法学院を正式な国王令で押さえれば、セレスティアの動きを封じられる。そうなれば帝国の研究情報も、スキルの調査も止まる。
「もう一度王都に行く必要がある」
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「俺も連れていけ」
ルーカスが言った。
アシュレイは少し間を置いた。「危険だ。謹慎中の宰相の息子が王都に現れれば、すぐ父に知られる」
「わかっている」
「なら——」
「最悪を想定するなら、俺も着いていく」
ルーカスがアシュレイを見た。真っ直ぐな目だった。「こう見えて英雄級の【魔力操作の極意】だ。足手まといにはならない」
「口で言うのは誰でもできる」
「なら証明する」ルーカスが少し間を置いた。「それと——一つ言っておく」
「何だ」
「俺がお前の味方をしているのは、正しいことだからだけじゃない。神話級と呼ばれるお前とやり合いたいから、お前に潰れてもらっては困る。そういう側面もある」
アシュレイが黙ってルーカスを見た。
「だから手合わせするなら、加減はいらない。全力で来てくれ。そうでないと意味がない」
少し間があった。
「……いいだろう」とアシュレイが言った。「庭に出ろ」
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話を聞いていたエリーゼが「え、本当にやるの?」と言った。
「見ていろ」
「私も見る」とリーシャが言った。感情の乗らない声だった。
カルロスに声をかけた。「少しよろしいですか」と言うと、カルロスが黙ってついてくる。イザベルが「あら、何事?」と言いながら庭に出てきた。
庭の中央で向かい合った。
エリーゼが「どこまでやるの?」と聞いた。「怪我しない程度だ」とアシュレイが答える。ルーカスが「それでいい。手加減はなしで来てくれ」と言った。
リーシャが少し離れた場所に立った。カルロスが石段の上から見下ろしている。イザベルが「怪我しないでね」と小声で言った。
ルーカスと、初めて正面から向き合う。以前、王都で魔力を感じ合ったことがある。あの時と同じ目だった。ただ——今日は違う光があった。挑むような目だった。
「始めろ」とアシュレイが言った。
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ルーカスが動いた。
気配が消えた。
一瞬だった。庭に立っていたはずの存在感が、すうっと薄れる。エリーゼが「え」と言った。リーシャが息を呑んだ。
(どこだ)
アシュレイは目を閉じた。雷の共鳴で周囲の空気を感じ取る。空気の揺れ。魔力の流れ。
左後方——
振り返る前に、魔弾が来た。
無属性の魔力の塊。小さく、速い。アシュレイが右手に雷を細く集めて弾いた。乾いた音が庭に響いた。
「なるほど」
(見えなかった)
魔弾に色がない。光の屈折もない。透明だった。属性を持つ魔法なら必ず何かが見える——炎なら熱が揺れる、風なら空気が歪む。だがあれは何もなかった。あえて属性を抜いて純粋な魔力の塊にすることで、透明にしているのか。
(なんという緻密な魔力操作だ)
気配を感じなければ、弾くことすら難しい。
ルーカスが気配を戻す。正面に立っていた。「一発目は様子見だ」と言った。
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二発目が来た。
今度は三つ同時だった。大きさが違う。速度が違う。軌道も違う。
アシュレイが雷を走らせた。一つ目を弾く。二つ目を逸らす。三つ目——
掠めた。
右腕の袖が焦げた。
エリーゼが「アシュくん!」と言った。
「問題ない」
カルロスが腕を組んだまま、何も言わなかった。ただ目が細くなる。イザベルが「あら……」と言って口元を手で覆った。
ルーカスが「魔弾は軌道を変えられる。属性がないから読みにくい」と言った。説明ではなく、確認するような口調だった。「それがわかっても対応できないなら、意味がない」
「知っている。続けろ」
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アシュレイが動いた。
雷を一本だけ、細く絞って走らせた。
ルーカスが魔力を前に広げた。盾のように展開する。雷が当たった——弾き返せない。押し返すのが精一杯だった。逸らす形でなんとか躱した。
「……受けきれない」とルーカスが呟いた。
「当然だ。出力を上げているからだ」
ルーカスが少し笑った。「わかってる。それでも——」
また気配が消えた。
今度は完全だった。エリーゼが辺りを見回す。リーシャが目を細める。イザベルが「どこ……?」と小声で言った。
アシュレイは動かなかった。
目を閉じた。
息を吸う。雷が体の芯で静かに鳴っている。空気の動きを聞く。草の揺れ。土の感触。魔力の微かな流れ——
(真後ろ。少し高い)
振り返らなかった。真横に雷を一本走らせた。
魔弾と正面衝突した。
庭に衝撃波が広がった。草が揺れる。エリーゼが腕で顔を庇った。
煙が晴れると、ルーカスが立っていた。
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「やめろ」とアシュレイが言った。
ルーカスが魔力を収めた。二人の間に静寂が戻った。
「……合格だ」
ルーカスが少し息を吐いた。
「ただし」とアシュレイが続けた。「王都では俺の指示に従え。単独行動はするな。気配を消す技は——使い所を間違えるな」
「わかった」
エリーゼが「思ったよりすごかった」と言った。「ルーカスって本当に英雄級なんだ」
「英雄級だ」とルーカスが言った。
リーシャが何も言わずにルーカスを見ていた。その視線に気づいたルーカスが「何だ」と言う。リーシャが「……いえ」と言って目を逸らした。
カルロスが口を開いた。「……あの魔力の密度、それに操作の精度」と言う。少し間を置いた。「技術という点では、アシュレイを超えている」
ルーカスが目を丸くした。アシュレイも黙っていた。カルロスが腕を組み直す。それだけだった。
エリーゼが「カルロスさんに褒められてる……」と小声で呟いた。
ルーカスがアシュレイを見る。「……俺はこれまで誰にも負けなかった。スキルに溺れず、研鑽を積んできた。勝っても気を抜かず——そうやってやってきた」
少し間があった。
「だが——心のどこかで、お前みたいな理不尽な強さに憧れていたのかもしれない」
アシュレイが何も言わなかった。
「次は負けん」とルーカスが言った。
「負けてもらっては困る」とアシュレイが返した。「俺の隣で戦う気があるなら、もっと強くなれ」
ルーカスが少し笑った。「……それが聞きたかった」
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手合わせの最中、一瞬だけ——何かが変わった気がした。
アシュレイの雷を魔力で逸らした時。あの一瞬、魔力の流れが普段より鮮明に「見えた」気がした。線のように。形のように。
(気のせいか)
ルーカスは手を見た。何も変わっていない。魔力の感触も、いつもと同じだ。
ただ——確かに、何かが違った。アシュレイの雷に触れた時、魔力の輪郭がいつもより鮮明に感じられた。まるで、もう一段階上の感覚に、一瞬だけ触れたような。
首を振った。今は考えるべき時ではない。
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夕方、王都行きの準備を始めた。
エリーゼが「私も行く」と当然のように言った。
リーシャが「私はここに残ります」と言った。「カルロス様と連絡を取りながら、領内と王都の動きを見ます」
カルロスがリーシャを見た。「頼む」と言った。
リーシャが「承りました」と一礼した。「兄とも連絡を取ります。何か動きがあれば、すぐにお伝えします」と言った。カルロスが頷いた。
ルーカスがフードを被った。「また被るのか」とエリーゼが言う。「王都に着くまではな」とルーカスが答えた。
イザベルが玄関に出てきた。「気をつけてね」と言う。アシュレイを見た。「ちゃんと帰ってきてね」と言った。
「ただいまと言いに帰る」
イザベルが目を細めた。「……アシュくんらしい言い方ね」と言う。エリーゼが「でも絶対帰ってくるってことだよね」と言った。イザベルが「そうよ」と頷いた。
ライが先に歩き始めた。王都の方角を向いていた。
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