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ダンジョンから生還して、数日も経たないうちに街は騒がしくなった。
――第七迷宮、崩壊。
ギルドの伝令が走り、門兵が慌ただしく配置につく。
深層にまで至るダンジョンが、前触れもなく自壊するなど前代未聞だ。
俺とサラは、宿の一室でその報せを聞いた。
「……来るね」
サラがぽつりと言う。
その声には、焦りが滲んでいた。
「当然だ。生還者がいる以上、ギルドは無視できない」
ダンジョンは崩壊した。
だが、突入記録は消えない。
生き残ったのが二人だけであること。
その直後に迷宮が消えたこと。
偶然で済ませるには、出来過ぎている。
◇◇◇
呼び出しは、その日の夕刻だった。
ギルド本部。
冒険者たちの喧騒とは隔絶された、奥の応接室。
長机の向こうに座る男は、老年と呼ぶにはまだ早い。
だが、その視線は鋭い。その男、リチャードは、若かりし頃に数々の勲功を立てた歴戦の冒険者だ。その功績から、現在はギルド長の職務についている。
「――カイン、サラ。帰還を確認した」
ギルド長は、感情を交えずに言った。
「まずは生きて戻ったことを評価しよう。だが……」
視線が、机上の書類に落ちる。
「第七迷宮への突入記録。
パーティ名《蒼刃》、五名。
帰還者、二名。
その半が5日後、ダンジョン崩壊」
静かな声だった。
「説明してもらえるかな?」
俺は息を整え、言葉を選んだ。
「上層ボス撃破後、転移トラップにより深層に飛ばされました」
「ほう」
「仲間が命懸けで作ってくれた魔物の隙をつき、転移スクロールで逃げ帰りました」
嘘は言っていない。
だが、真実も言っていない。
ギルド長は、すぐに否定しなかった。
代わりに、サラへ視線を向ける。
「神官としての見解は?」
一瞬、空気が張り詰める。
「……奇跡、だと思います」
サラは静かに答えた。
「神の導きがなければ、生還は不可能でした」
模範解答。
だが、ギルド長の目は細まる。
「神、か」
「では最後に。
君たちは――深層ボスと交戦したか?」
沈黙。
「ボスかどうか確認できていません」
俺は即答した。
「逃げるので精一杯でした」
数秒。
ギルド長は俺たちを見つめ、やがて書類を閉じた。
「……いいだろう」
その声に、わずかな緩みもない。
「今日は帰りたまえ」
俺たちは、無言で一礼し、応接室から出ていった。
◇◇◇
(ギルド内)
「ギルド長」
ギルドの看板受付嬢リリーが声をかける。
「彼らを帰してよかったのですか?」
「今は泳がせる。C級冒険者程度が命を賭けて囮になったところで、深層の魔物からは逃げきれない。彼らの帰還日とダンジョン崩壊の日を鑑みると、深層で“何か”が起きた可能性は高い」
「だったら!」
「ダンジョンボスを討伐したとなると、自らの手柄だと触れ回るのが普通だ。それをしないということは、何か秘密がある。しばらく動向を記録する。依頼の傾向、人間関係、報酬の使い道までだ」
「分かりました」
リリーが一礼し、応接室を出ていく。
誰もいなくなった部屋で、すっかり冷めてしまった茶を煽りながら、リチャードが呟く。
「…新たな英雄の誕生か、それとも…」




