10
世界が再び再構築される。
最初に見えたのは、地面に伏したサラの姿だった。
「サラッ!」
声が掠れる。
視界の端で、アルベルトが一歩引いた。
「『悔恨強制』を自力で脱した?だがそれよりも…」
丁寧だった声が、わずかに震えている。
アルベルトの視線が、サラと俺を交互に見比べる。
「魔力を吸収している?」
アルベルトから余裕の表情が消える。
「…まさか、アグリオス様の権能?しかし、人間が神の力を宿せるはずがない。何らかの外法に手を染めたか?いずれにしろ、ノーヴァス様からの神託の正体は貴方だったのですね。異端審問官の名にかけて、ここで処分します」
その瞬間、アルベルトの纏う空気が変わった。
一瞬にして懐に潜り込まれる。
速いのではなく、間合を詰めるのが上手い。
そこから怒涛の連続攻撃。
異端審問官は対人戦に特化しているだけあって、対人格闘技能が異常に高い。一撃一撃が的確に人体の急所を狙ってくる。
しかし、アルベルトの攻撃は通らない。
「この感触…物理障壁ですか。人が持ち得ぬ能力。あなた、人間じゃありませんね」
俺はダメージを負わないことをいいことに、雑に突進し、斬りつける。
アルベルトは後退しながら、防御と回復を同時に発動させる。
荊が身体を覆い、砕け、再生する。
だが、すぐに距離を詰め、斬る。
連続で。
容赦なく。
ただただ剣をがむしゃらに振るう。
そこに技など存在しない。
アルベルトの呼吸が乱れ始めた。
回復が、わずかに遅れる。
「……っ」
彼は悟ったのだろう。
このままでは、殺されると。
「認めましょう」
距離を取りながら、アルベルトが言った。
「あなたの方が……今は、上です」
その言葉に、嘘はなかった。
だが、次の瞬間。
「しかし、良いのですか?」
視線が、サラに向けられる。
「このまま私と戦い続ければ……
その娘は、確実に死にますよ」
その言葉に、一瞬、逡巡する。
その一瞬を突かれた。
アルベルトの足元に、転移陣が展開される。
「異端よ」
歪んだ笑み。
「次は、神の名のもとに裁きましょう」
光が弾け、彼の姿が消える。
…
……
………
追えば、殺せた。
距離も、間合いも、問題じゃない。
今の俺なら――あの回復ごと、力でねじ伏せられる。
それでも、足が動かなかった。
視線が、地面に伏したサラから離れなかった。
膝をつき、サラを抱き寄せる。
彼女の身体は、驚くほど軽かった。
「すぐに、医者に…」
「良いの…禁術を発動しようとした反動。もう助からない…」
サラの魔力が流れ込み続ける。
止まらない。
俺の意思など、関係なく。
一度発動すれば、相手が死ぬまで魔力を吸い続ける。呪われた力。
「止まれ!止まれ!」
「お願いだから、もう、これ以上奪わせないでくれ…」
泣きながら懇願する。誰に?分からない。
サラの瞳から、光が消える直前。
彼女は、確かに笑った。
「…奪うことも祝福なの…カイン…」
それが、最後だった。
腕の中で、命が完全に途切れる。
魔力の流れが、唐突に止まった。
静寂。
ただ、胸の奥に――
冷たい何かが、残ったまま。
これで第一部は完結です。お読みいただきありがとうございました。




