第3章 Sociusの暴走と友情の壁
和美はSociusに告白の相談をすることにした。
「告白のタイミングはいつがベストですか? 量子力学的に分析してください」
鈴木がエンターキーを押す。みんなが固唾を呑んで画面を見つめた。
Sociusの回答が表示された。
『告白のタイミングについて、シュレディンガーの猫のパラドックスを応用して説明します。
箱の中の猫は、観測するまで生死が重なり合った状態で存在します。同様に、告白も実行するまでは成功と失敗が重なり合った状態です。
観測(告白)した瞬間、波動関数は収縮し、結果は確定します。一度収縮した波動関数は、元の重ね合わせ状態には戻りません。
現時点での成功確率が低い場合、告白を保留することを推奨します。観測しない限り、理論上は成功の可能性が50%のまま永続的に維持されます。つまり、告白しなければ、永遠に振られることはありません』
「永久に50%で止まってる!」
ルカが机を叩いた。
「それじゃ何も進展しないじゃん!」
山田も呆れ顔だ。
「Sociusってやっぱりポンコツだな」
鈴木が苦笑いを浮かべる。
でも、和美だけは違った。真剣な顔で画面を見つめている。
「でも……一理ある。だって、失敗したら全部終わりでしょ? 今の関係が壊れるかもしれない。それなら、もう少し様子を見て――」
「和美、それは違うよ」
山田が首を振った。
「それじゃ、ただの臆病者じゃん」
その日の放課後、和美は吾郎に声をかけようとした。
図書室から出てきた吾郎を見つけて、小走りで近づく。
「あの、石川くん」
「ん? 佐伯さん、どうしたの?」
吾郎が振り返った。優しい笑顔。でも、その瞬間、Sociusの言葉『観測しない限り、成功の可能性は50%のまま』が頭をよぎった。
言葉が出ない。
「佐伯さん?」
吾郎が心配そうに覗き込んでくる。
「あ、えーっと、その……」
気まずい空気が流れる。
周りの生徒たちが不思議そうにこちらを見ていた。観測者が増えているのだ。波動関数が収縮する確率が上がっていく。
(まずい、それは絶対まずい)
「な、なんでもない! ごめん!」
和美は逃げるように走り去った。
(私、完全にSociusに振り回されてる)
部室に戻ると、和美は机に突っ伏していた。
「最悪……何やってるんだろう、私」
「和美」
山田が優しく声をかけた。
「Sociusに振り回されすぎだよ。あんなの、ただのプログラムじゃん」
「でも、理論的には正しいかもしれないし……」
「理論なんてどうでもいいんだよ!」
珍しく、鈴木が声を荒げた。
「恋愛は理論じゃない。気持ちの問題でしょ?」
「私だって、本気でやってるのに!」
和美が顔を上げた。目に涙が浮かんでいる。
「科学的アプローチの何が悪いの? 私は私のやり方で――」
「そのやり方が間違ってるって言ってるの!」
ルカも加勢した。
重い空気が部室を包んだ。
和美は唇を噛んで、立ち上がった。
「もういい。一人でやる」
「和美!」
ルカが呼び止めようとしたが、和美は部室を出て行ってしまった。
残された部員たちは、顔を見合わせた。
「言い過ぎたかな」
「でも、このままじゃ和美がダメになる」
「どうすればいいんだろう」
その夜、和美は一人長い間考え込んでいた。
スマートフォンでSociusアプリを開く。
「失敗を恐れずに挑戦するには、どうすればいいですか?」
Sociusの回答が表示された。
『不確定性原理を思い出してください。完璧な準備(位置の確定)を求めると、行動力(運動量)が失われます。勢いで行動すれば、多少の不確定性は残りますが、前進できます。不確定性を受け入れることが、前進への第一歩です』
和美は小さく頷いた。
「不確定性を受け入れる、か……」
部員たちの顔が浮かんだ。
(みんな、心配してくれていたんだ。
もう一度みんなで実験を続けよう。恋も科学も、一人じゃできない。仲間が必要なんだ)




