第6話 サムライと焼き鳥と寺子屋、そして領主の呼び出し
【カイト視点】
『加藤の自由都市』
その衝撃的な名前のアーチをくぐると、そこにはさらに理解不能な光景が広がっていた。
「止まれ。何者だ」
門番が立ちはだかる。
猫耳の獣人族なのだが、なぜか身につけているのは『着物』に『袴』。そして腰には二本の刀――大小の『日本刀』を差している。
「うわぁ……完全にサムライじゃん……」
僕が思わずつぶやくと、門番は怪訝な顔をした。
彼が話している言葉自体は異世界語らしいが、セリアの翻訳魔法のおかげで、僕には日本語として聞こえている。
「我らは戦火を逃れてきた者だ。入市を許可願いたい」
父さん――タツオが前に出て、落ち着いた様子で説明する。
門番は父さんの腰にある父さん自作の刀に目を止めると、ハッとしたように姿勢を正した。
「なんと、見事な刀……。お主、武士か? いや、刀匠か?」
「まあ、そんなところだ」
「ならば通ってよい! 我が都市は、腕のある職人と武人を歓迎する!」
顔パスならぬ刀パスで、僕たちはあっさりと都市の中へ入ることができた。
◇
都市の中は、カオスだった。
西洋風の石造りの建物と、日本風の長屋が混在している。
通りからは、カンカンと鉄を叩く音が響き、鼻をくすぐるのは炊きたてのご飯の甘い匂い。
「鉄砲鍛冶に、刀鍛冶……それに、米屋まであるのか」
父さんが興味深そうに店先を覗き込む。
どうやらこの都市、地球の、特に戦国時代の日本の技術や文化が色濃く根付いているらしい。
とりあえず当面の生活費を稼ぐため、そして一か月後の帰還予定まで時間を潰すため、僕たち一家はそれぞれの特技を活かして働くことになった。
この家族、順応性が高すぎるにも程がある。
まず父さん。
「ちょっと金槌を貸してくれ」と街の鍛冶場に飛び込み、適当なクズ鉄を打って見せたところ、そのあまりの腕前に親方が号泣土下座。「師匠!」と呼ばれ、即座に客分として雇われた。
次に母さん――マサミ。
「業務スーパーで買ったタレと冷凍肉、まだ余ってるわよね」
彼女は屋台を借りると、即席の『焼き鳥屋』を開業。
炭火で焼ける醤油ダレの匂いは、異世界人の嗅覚を直撃したらしい。「なんだこの悪魔的な匂いは!」と獣人やドワーフが行列を作り、飛ぶように売れている。
そして、セリアと百人のエルフたち。
「土いじりなら、森の民である我らの得意分野じゃ」
彼女たちは都市周辺の未開拓地を借り受け、農業を始めた。魔法で土壌を改良し、綺麗な水を引き、あっという間に立派な農園を作り上げてしまった。
最後に、僕。
「はい、ここ試験に出るぞー。足し算の繰り上がり、ちゃんと復習してきたか?」
「せんせー、わかりませーん!」
僕は長屋の一角で『寺子屋』を開いていた。
生徒は、コボルトの子供や、商人の息子など様々。読み書き計算を教えているのだが、まさか異世界に来てまで「先生」と呼ばれることになるとは思わなかった。
「カイト先生、算術の教え方がうまいな!」
「こっちの世界の計算より分かりやすいぜ!」
意外にも好評で、授業料としての野菜や卵が家に山ほど届くようになった。
◇
そんな生活が一週間ほど続き、僕たちがすっかり街に馴染んだ頃のことだ。
カランカラン。
僕が寺子屋を閉めて家に帰ると、店の前に立派な『籠』が停まっていた。
その周りを固めるのは、直垂を着た厳つい男たち。
「む、カイトか。帰ったか」
家の中に入ると、父さんと母さん、そしてセリアが緊張した面持ちで座っていた。
その向かいには、ちょんまげを結った使者が座っている。
「……えっと、何事?」
僕が恐る恐る尋ねると、使者の男が鋭い眼光を僕に向け、低い声で告げた。
「お主らが、噂の『日ノ本の家族』だな」
「は、はい。そうですけど……」
「我が主君、加藤公が会いたいと仰せだ。城へ出頭せよ」
「……え?」
加藤公?
歴史の教科書でしか見たことのない、あの戦国武将のことか?
まさか、本当に本人なのか末裔なのか?
「虎退治の英雄が、何の用だよ……」
僕のつぶやきに、使者はニヤリと笑った。
「行けば分かる。……拒否権はないぞ?」
こうして僕たちは、この不思議な都市の支配者、伝説の武将? それとも子孫? と対面することになったのだ。
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