第5話 扉の崩壊と、衝撃の自由都市
【カイト視点】
バキバキバキっ!
耳をつんざくような破壊音が、森に響き渡った。
僕たちが振り返ったその瞬間、空間にぽっかりと浮いていた「男子トイレのドア」が、ガラス細工のように砕け散った。
そして、キラキラとした光の粒子となって消えてしまった。
「ああっ、ドアが!」
僕の絶叫がこだまする。
そこにはもう、ただの異世界の空気があるだけだ。日本へと続く道は、跡形もなく消滅していた。
「ど、どうするんだよこれ! 帰れないじゃん!」
パニックになる僕とは対照的に、セリアは「ふむ」と顎に手を当てて冷静だ。
「……やはり、負荷がかかりすぎたか。異界と現世をつなぐには、あの扉は少々貧弱だったようじゃな」
「分析してる場合じゃないよ! ねえ、セリア。僕たちの世界に出すドア、また出せるんでしょ? 魔法でパパッと!」
僕がすがるように尋ねると、セリアは申し訳なさそうに眉を寄せた。
「そうじゃのう……出せぬことはないが、魔力がすっからかんじゃ。再びゲートを開くには、一か月ほどかかるぞえ?」
「えっええええ~っ!」
一か月。
その単語が、受験生である僕の脳天を直撃した。
「一か月も休んだら、出席日数も勉強もアウトだろ! 僕の受験はどうなるんだぁあぁぁぁ~っ!」
頭を抱えて叫ぶ僕の肩に、ゴツリとした重い手が置かれた。
父さんだ。
「カイト、落ち着け。男ならドシッと構えていろ」
「父さん……でも、受験が……」
「心配するな。もし高校に行けなくても、こっちの世界で食っていけるように、父さんが『刀匠』の技を一から叩き込んでやる」
「そういう問題じゃないよ! なんで異世界で職人にジョブチェンジしなきゃいけないんだよ!」
僕のツッコミは、広大な森の空へ虚しく吸い込まれていった。
「まあ、壊れてしまったものは仕方がないわね」
母さんも、リュックを背負い直してあっけらかんとしている。
この両親、肝が据わりすぎている。
「セリアちゃん。とりあえず、その『自由都市』に行きましょうか。そこで一か月、体勢を整えればいいわ」
「うむ。マサミ殿は頼もしいのう。……よし、次はもっと頑丈な、カイトの家の『玄関ドア』あたりに繋げることにしよう」
こうして、退路を断たれた僕たち一家と百人のエルフたちは、再び歩き出した。
◇
それから数日。
森を抜け、街道を進み、僕たちはついに目的地へとたどり着いた。
「見えてきたぞ! あれが自由都市じゃ!」
セリアが指さす先には、高い城壁に囲まれた巨大な都市があった。
様々な種族が行き交い、活気に満ちている様子が遠目にも分かる。あそこなら、帝国軍も安易には手出しできないだろう。
「へぇ、立派な街じゃないか」
「市場も大きそうねぇ」
両親も感心した様子だ。
僕も、異世界の都市という光景に少しだけワクワクしながら、先頭を歩くセリアに尋ねた。
「ねえ、セリア。そういえばこの自由都市の名前はなんていうの?」
「ん? ああ、見ればわかるぞ」
セリアは都市の入り口に掲げられた、巨大な木製のアーチを指さした。
そこには、こちらの世界の文字――日本語で、デカデカとこう書かれていた。
『加藤の自由都市へようこそ!』
「…………は?」
カトウ。
KATO。
あまりにも馴染み深い、日本の名字。
「加藤って……誰だよ!?」
僕の絶叫と共に、異世界生活の第一章は幕を下ろしたのだった。
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