第4話 百人のエルフと砂金と業務スーパー
【カイト視点】
父さんの無双によって、帝国兵は撃退された。
森の奥に隠れていたエルフたちが、わらわらと姿を現す。その数、およそ百人。なんと、全員が女子だった。
「……あの、セリアさん。男のエルフはいないの?」
「うむ。エルフの男は皆、前線で戦っておる。ここにいるのは、逃がされた女子供ばかりじゃ」
セリアが悲しげに眉を寄せる。
百人の美少女エルフ集団。本来ならハーレム展開と喜ぶところだが、現実はそう甘くない。
「お腹すいた……」
「ひもじい……」
彼女たちは着の身着のままで逃げてきた難民だ。全員が極限まで腹を空かせている。
母さんが持ってきたカップ麺や缶詰は、あっという間に底をついてしまった。
「これから『自由都市』まで逃げるとなると、食料が圧倒的に足りないわね」
母さんが腕組みをして唸る。
百人分の食料を確保して、旅をする。並大抵のことではない。
「金はどうする? こっちの世界の通貨じゃ、日本の店では買い物できないぞ」
父さんのもっともな指摘に、セリアが「あ」と声を上げた。
「金……キラキラした金属のことか? それなら、この近くの川にいくらでも沈んでおるぞ」
「「「はい?」」」
僕たち家族の声がハモった。
案内されたのは、「男子トイレのドア」から徒歩五分の場所にある清流だった。
川底を覗き込むと――あるわあるわ。太陽の光を反射して、砂粒のような黄金がきらめいている。
「これ、全部……砂金か!?」
父さんが震える手で川砂をすくい上げる。
どうやらこの異世界、資源の埋蔵量がバグっているらしい。
◇
一時間後。
僕たちは大量の砂金をリュックに詰め込み、一旦日本へ戻った。
父さんが知り合いの貴金属店へ走り(父さんは刀匠なので、そういうルートがあるらしい)、換金して戻ってきた時には、財布がパンパンに膨れ上がっていた。
「よーし! 軍資金は確保したわ! 行くわよ、みんな!」
母さんが号令をかける。
目指すは、主婦の味方にして最強の兵站基地――『業務スーパー』だ。
さすがに百人のエルフ全員を連れて行くわけにはいかないので、セリアと、力持ちのエルフ数名だけを選抜し、僕のジャージや母さんの服を着せて変装させた。
「ここが……ニホンの市場か……!」
自動ドアを抜けた先で、セリアたちが驚愕の声を上げる。
そこには、天井高く積み上げられた段ボールと、原色のごときパッケージの山があった。
「すさまじい量じゃ……! これなら一国を養えるのではないか!?」
「大げさだなぁ。ほら、カート押して」
ここからは母さんの独壇場だった。
「パスタ! 五キロ袋を十個! 乾麺だから保存がきくわ!」
「お米! 十キロ袋をあるだけカートに載せて!」
「冷凍うどん! これは保冷剤代わりにもなるから優秀よ!」
「カレールー! 業務用のデカいやつ、全部買い占めるわよ!」
母さんの指示に従い、セリアたちが次々と商品をカートに放り込んでいく。
一キロ入りのマヨネーズ。一斗缶に入ったサラダ油。枕のようなサイズの徳用ウインナー。
カゴがいくつあっても足りない。
「カイトよ、この『もやし』という野菜、一袋二十九円とはどういうことじゃ? 魔法で増やしたのか?」
「ある意味、魔法みたいな企業努力の結晶だよ」
セリアは目を丸くしながら、もやしを大事そうに抱えている。
レジのおばちゃんが、見たこともない長さのレシートを打ち出しながら、引きつった笑みを浮かべた。
「あ、あの……今日は何かのお祭りですか?」
「ええ、まあ。親戚が百人ほど急に来まして」
母さんは涼しい顔で答えると、札束で支払いを済ませた。
◇
帰り道。
パンパンに詰まったレジ袋を両手に下げて、僕たちは「男子トイレ」を通って森へ戻った。
「おおおお……!」
待ち構えていたエルフたちから、歓声が上がる。
父さんが大鍋を取り出し、母さんが手際よく調理を始める。
メニューは、業務用カレーと、大量の茹でパスタ、そして野菜炒めだ。
「美味い! なんという味じゃ!」
「この麺、つるつるして最高!」
エルフの少女たちが、涙を流しながら日本の味を頬張っている。
その光景を見ながら、セリアが僕の隣で焼き鳥・冷凍の五十本入りを齧った。
「カイト。そなたらの世界は、本当に豊かじゃな」
「まあね。でも、ここにあるのは全部、みんなが採った砂金のおかげだよ」
お腹いっぱいになったエルフたちの顔に、ようやく生気が戻った。
これで、自由都市への旅ができる。
「よし! 腹ごしらえも済んだし、出発だ!」
父さんが立ち上がり、僕たちはまだ見ぬ自由都市を目指して歩き出そうとした。
その時だった。
バキッッ。
家のトイレのドアから、不気味な亀裂音が響いた。
「……これ、ずっと繋がったままじゃないのか?」
僕の呟きが、森の静寂に吸い込まれていった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




