第3話 いきなり一家で異世界実戦!? 父さんがリアル刀匠で助かった!
【カイト視点】
朝食後。焼き鮭とご飯の感動も冷めやらぬ中、セリアがふと表情を曇らせた。
「……美味い飯を食ったら、里のみんなのことを思い出してしまった。あやつら、無事に逃げ果せただろうか」
彼女の言葉に、父さん――タツオが新聞を畳んで立ち上がった。
「よし、行ってみるか」
「は? 父さん、どこに?」
「決まってるだろ。セリアちゃんの里だよ。トイレの向こうだ」
父さんはまるで「ちょっとコンビニに行ってくる」みたいなノリで言い放ち、奥の部屋へ消えた。数分後、戻ってきた父さんの手には――二振りの日本刀が握られていた。
「えっ……何それ!?」
「何って、父さんが打った刀だよ。お前忘れてたのか? 父さんの本職は『刀匠』だって」
「いや聞いてないよ! ただの時代劇好きのサラリーマンじゃなかったの!?」
驚く僕をよそに、母さん――マサミも台所から大きなリュックを背負って出てきた。
「カイト、ぼさっとしてないで! 向こうはお腹を空かせた人がいっぱいいるんでしょ? カップ麺と缶詰、ありったけ持っていくわよ!」
「この家族、順応性が高すぎる……!」
こうして、僕たちは異世界への扉、男子トイレのドアを開いた。
◇
トイレのドアを抜けた先は、やはり深い森だった。
だが、昨夜とは空気が違う。焦げ臭い匂いと、金属がぶつかり合う音が響いている。
「そこまでだ、エルフども!!」
開けた場所に出ると、そこでは十人ほどの鎧姿の兵士たちが、数人のエルフを追い詰めていた。帝国兵だ。
「しまっ……見つかったか!」
セリアが悲鳴のような声を上げる。
兵士たちがこちらに気づき、下卑た笑いを浮かべて近づいてきた。
「なんだぁ? 珍妙な服を着た連中が出てきやがったぞ」
「おい、あの女は逃げた長の娘だ! 捕まえろ!」
十人の兵士が一斉に剣を抜き、殺気を放つ。
僕は足がすくんだ。ゲームや漫画とは違う、本物の暴力の気配。
「カイト、下がってなさい」
その時、父さんが静かに前に出た。
普段の眠たげな目つきは消え、研ぎ澄まされた刃のような鋭い眼光がそこにあった。
「一般市民に剣を向けるとは、感心しないな」
「あぁ? 寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ、オッサン!」
先頭の兵士が、大剣を振りかぶり父さんに襲いかかる。
あぶない、と叫ぼうとした瞬間――。
キィンッ!
澄んだ音が響き、兵士の大剣が真っ二つに折れて宙を舞った。
「な……っ!?」
「鉄の質が悪いな。鍛え方が足りん」
父さんはすでに刀を抜いていた。
目にも止まらぬ速さ。鞘から放たれた白銀の刃が、美しい弧を描いている。
「や、野郎! 囲め! 一斉にやっちまえ!」
残りの九人が雄叫びを上げて飛びかかってくる。
だが、父さんは一歩も動かない。
ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!
風を切る音が連続して響く。
父さんがすれ違いざまに刀を振るうたび、兵士たちの鎧が紙のように切り裂かれ、武器が弾き飛ばされていく。
まさに、無双。
「う、うわぁぁぁ! 化け物だぁぁ!」
ものの数十秒で、十人の兵士たちは全員地面に転がり、あるいは武器を捨てて逃げ去っていった。
峰打ちで済ませたのか、死人はいないようだが、全員戦闘不能だ。
「父さん……すごすぎる……」
「まあ、昔とった杵柄ってやつだ」
父さんは刀についた脂を懐紙で拭き取りながら、もう一振りの刀を僕に放り投げた。
「わっと!」
「カイト、お前もそれを持っておけ。業物だぞ」
「え、僕に!? 使えるわけないじゃん!」
「お前の部屋から竹刀の音が聞こえてたのは知ってるぞ。剣道の授業、真面目にやってただろ? 護身用だ」
渡された刀はずしりと重い。けれど、不思議と手に馴染んだ。
その間に、母さんが呆然としているエルフたちに駆け寄り、リュックからカップ麺やお菓子を配り始めている。
「はいはい、怖かったわねぇ。これ、お湯入れたらすぐ食べられるから! あ、お箸使える?」
「か、母さんも強心臓すぎる……」
里のエルフたちは救われた。
だが、セリアの表情は晴れない。
「カイト、お父上、お母上。感謝してもしきれぬ。……だが、帝国の追っ手はこれだけではないはずじゃ」
セリアは森の向こう、黒い煙が上がる方角を見つめた。
「ここはもう安全ではない。里のみんなを連れて、帝国の支配が及ばない場所へ逃げなくては」
「逃げるって、どこへ?」
僕が尋ねると、セリアは力強く答えた。
「『自由都市』じゃ。そこなら、あらゆる種族が共存し、帝国の干渉も受けぬと聞く」
自由都市。
その響きに、僕の胸が少しだけ高鳴った。
「よし、行こう。乗りかかった船だ」
父さんがニヤリと笑う。
こうして、僕たち一家とエルフの姫様による、奇妙な逃避行が始まろうとしていた。
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