常勝無敗5
姐さんの200mに及ぶ空間跳躍の魔方陣が完成する。何度か見たことはあるが相変わらずの圧巻。
姐さんによると、この魔法陣が一番慣れているから書くのが早いのだそうだ。それでも20分程かかっている。
そもそも空間跳躍という術は、魔術の中では最高難易度の物。俺では逆立ちしたって習得不能の領域だ。
通常は年単位で用意をして、送る側と受け側にこのレベルの魔法陣を用意。人一人送るのに数十人単位の魔術師が全身全霊で魔力を流して起動する術。
それを単独で、この短時間で行う姐さんの異常性。その上、この人はしれっと普通じゃろ?とか言うんだから…………
と考えているとフォーアが魔法陣に入る。当然、お姫様抱っこの俺は一緒に魔法陣に乗ることになる。姐さんが魔法陣を起動すると空間跳躍特有の目眩を感じる。
次の瞬間、濃厚で甘い匂いが鼻腔に入る。全身の力が抜け身体が弛緩する。あらゆる毒物を無効化する俺の特質が全く聞いておらず、混乱する。
だが、何故か危機感は感じない。むしろ温かく包まれる、そう母親に抱かれているような感覚。身体の力が抜けて意識が遠のく。ベットに寝かされて上掛けをかけられる。
暖かくて気持ちがいい、母親は病気で早くに亡くなってしまい顔も覚えていないが何故か母を思い出すそんな匂い。
「ずいぶん思いのこもった場所よのう、蜘蛛。」
「致し方あるまい、130年間主殿を待ち続けた部屋なのじゃ。」
主殿も酷なことをなさる。で、これは子か?」
「妾と主殿から数えて7代目じゃが、言うでないぞ。余計な運命を背負わさせたくない。」
「そうであるな。」
何か声が聞こえる気もするが俺は眠い……………
目を覚ます。右足の感覚が戻っている。体の不調もない。身体を起こすと、またあの甘い匂いがする。
上掛けを嗅ぐとクラッとする甘い香り。さっきは濃厚過ぎて気がつけなかったが、これは姐さんの匂いだ。
ということは、ここは姐さんの寝床。
辺りを見渡すと、扉の横に大きな姿見。その横の衣紋掛けには黒師のスーツと魔法騎士団副長の服が数枚ずつと私服らしいものが数点。
視線を移し、小さな机がある場所をみると緑色の椅子に胡座をかいてこちらを見る青年がいた。
ベットから跳ね起きて身構える。油断なんてしてない、空間跳躍の予兆も無い。居たんだ俺が起きてからずっと。
魔力回路は視えない。魔術なしで俺に気配を感じさせないなんて、フォーアや姐さんすら凌駕する存在。力どころか気配を感じることすら出来ない。
フォーアの時は絶望的な危機を感知することができた。こいつの場合は認識の外に居る。
そう、例えるなら自然だ。認知できてもどうにかすることの出来ないもの。それが目の前にある。
「警戒しなくていい、俺はハガネだ。敵じゃね〜よ」
当たり前だ、敵であってたまるか。敵うビジョンすら持てねーよ。って、ハガネ?
国興しの神の真名じゃねーか。ヴァルグランでも一握りの者しか知り得ないこのなを名乗るって事はそういう事なのか。
一歩下がり頭を下げる。
「あぁ、そういうのいいから。ガイン、ヘルガとフォーアがめちゃくちゃ褒めてたぞ。俺から見てもフォーアに土をつかせるとは才能だけでなく、恐ろしいほどの努力なしではできない事だ。誇れ」
褒められて嫌な気分ではないが上には上がいる事を痛感してしまう。そんな俺の心を読んだのかハガネ様は続ける。
「常勝無敗がお前の二つ名だろ。負けてないんだ勝てばいい。今すぐじゃなくていいんだ、お前にはその二つ名が相応しい。俺が認めてる。誇れよガイン」
そうだな、覆せないって誰が決めたんだ?俺は今までもいくつもの修羅場をくぐり抜けたんだ。俺はやってやる。
「おっ、顔が変わったな。よし、行くぞ。オレの自慢の家族を紹介してやる」
その後、俺は亡くなっているはずの初代鉄塊の王、祈りの聖女の他ハガネ様のご家族にお会いした。誰かに話しても絶対信じてもらえないやつだった。
そして、フォーアからご褒美をいただいた。堪らんかった。俺、生きてて良かった。




