第三章 悪夢の娘 四
第三章 悪夢の娘 四
わたしはムクと一緒に、ガンジイの後を追い、二つの砦を見つけた。火が掲げられた砦と、真っ暗な砦。ガンジイは火の掲げられた砦に入ったようだ。砦の前に、バラバラになった死体が転がっている。……周囲に危険はなさそうだ。闇視で砦の周りを見てみたけど、死体の兵はいないし、闇人も砦に掲げられた火のおかげで、近づいてこれないみたい。わたしはガンジイの後を追おうとしたけど、ムクに止められ、さらに彼女は別行動を取ると言い出した。
「レイレイはここで待ってなよ。じいちゃんにさ、レイレイがついて来ても、砦に入れないようにって言われてたんだ。万が一にも怪我したら大変だって。闇視は使っていいってさ」
「そんなこと言われてたの?」
「じいちゃんにこっそりね。あたしは火がついてない方の砦に行けって。そこに怪しい奴がいたら、ぶっ飛ばしていいって」
わたしの気付かないところで、そんなやり取りが交わされていたのか。いつだろう。全く分からなかった。ムクいわく、ガンジイは二つの砦があり、その片方にしか火が掲げられていないだろうことを、最初から予見していたという。そしてムクは、しばらく待ってから自分の後を追い、火のない砦に行くようにと、ガンジイから指示を出されていたらしい。
「わたしには追ってくるなって言ってたくせに。ムクにだけそんなこと言ってたんだ」
「これもじいちゃんが言ってたけど、敵に監視されてるかもしれないから、別行動してると思わせたかったみたいよ。なんか、敵もめっちゃ耳がいいかもしれないから、会話の内容も聞かれてるかもとか。来るなって言ってもレイレイが追って来るのは、最初から分かってたっぽいねー」
そうか、確かにそうだ。敵がガンジイの村の出身なら、同じように優れた聴覚を持っているかもしれない。さて、わたしはここから何をするべきだろうか。生身で砦に入るのは指示通りやめておいた方がいい。逃げ場のない屋内で敵に突然襲われたとき、自分を守る力がわたしにはない。偵察くらいしか役に立たないのは自覚しているし、最低限それくらいの仕事はさせてもらおうか。伝達役くらいにはならなければ。
「わたしは魂だけになって、ムクについていくよ。後ろから見守ってる。ムクが危ないって思ったら、砦に突っ込んでガンジイにそれを伝えにいく。緊急事態なら仕方ないから」
「あたしが負けると思ってんの?」
「もしムクが死んじゃったら、わたしは悲しいよ」
ムクは少し驚いたような顔をした後、ぱっと笑顔になった。「母ちゃんと同じこと言った」と、とても嬉しそうにしている。
「じゃ、レイレイにもついて来てもらおうかな!一緒に行こうな!来てくれても魂なんて見えないけどな!」
「少し待ってて。砦の中に罠がないか確認してみる」
「いやいいよ。入り口から入るつもりなんてないし」
ムクはそう言うと、砦の横壁を殴った。木と石で補強された壁に穴があき、ムクはさらにそこを殴り穴を広げていく。乱暴だが理にかなってはいる。罠は人が通るであろう場所に設置されているはずだから、こうやって無理矢理道を作ってしまえば安全だ。
「ムクって案外、考えて行動してるんだね」
「え、なにが?」
「罠を避けるために、壁に穴開けてるんでしょ?」
「いや、固いものぶん殴るのが好きなだけだけど。こう、手ごたえ?振動?なんか骨に響く感じが気持ちいいんだよね」
「あぁ、そう……」
わたしは砦の外の、一番安全そうな壁と壁の間の隙間を見つけ、そこに身を隠してから闇視を使った。壁を通して、ムクが穴を開けていく振動が体に伝わってくる。……そんなに気持ちの良い振動ではないかな。わたしは魂だけになって、ムクの少し先回りをしながら彼女を見守った。一応ムクが進む先に、なにか罠がないか確認しておく。幸いそれらしいものはなく、十分ほどでムクは砦の真ん中の部屋までたどり着いた。
真っ暗だが、闇視の最中は暗闇の中でも目が利く。部屋の中央に誰かがいる。……なにか、こう、不健康そうな男の人だ。猫背で前髪が長く、うつむいた状態で硬直している。この人が死体を操っていたのかな。
「……てめぇら二人が、ガンジイの言ってた仲間か?」
「こんばんは!じいちゃんに言われて、怪しい奴をぶっ飛ばしに来たぞ!」
「人間と獣人の混ざったガキか……。壁をぶっ壊してここまで来るとか、腕力は大したもんだな。この砦は獣人共がつくったもんだぞ。それを力で砕いて来るとはな。……せっかく仕掛けておいた罠を無視しやがって。気に入らねぇ」
……この人、わたしと同じだ。魂だけの存在。だけどわたしとは違う。この人の声はムクに聞こえているみたい。魂だけになっているのに、声を届けることが出来るのか。わたしと違って、物理的に周囲に干渉出来ると判断してよさろう。相手はこっちに攻撃できるし、反対にムクの攻撃もたぶんちゃんと当たる。ムクにあの男の人の姿が視えているということは、音が当たって反響しているということだろうから。
それより、この人はガンジイのことを知っているみたいだ。やっぱり、ガンジイの村の生き残りか。見た目が若いのは、魂だからかな。
「そっちの貧弱な魂は何者だ?なんで魂だけを分離させられる?」
「生まれつきだけど」
「……意味分かんねぇ。生まれつきで出来るわけねぇだろ」
「なんであなたの声は、みんなに聞こえてるの?わたしの声は、肉体のある人には聞こえないのに」
「てめぇの魂が弱いだけだろ。まじでてめぇ、何者だ?教えろ、なんで魂を分離させられる?」
「レイレイと話してるんだよなー?あたしとも話そうぜー」
「てめぇもどういうわけか、闇の中で動けるみてぇだな。……反響術の使い手か。まぁ、全部どうでもいいか。お前らどっちも、今から死ぬわけだしな」
男の周囲に闇が集まっていく。男の体は完全に闇に呑まれ、真っ黒な人型と化した。その両腕は不自然に巨大化し、両手がハンマーの形状をしている。そして、それだけではない。それが全部で、十体現れた。分身を生み出すことが出来るのか。おそらくもう片方の砦、火のついていた方の砦にも分身がいて、ガンジイはそちらと戦ってる最中なのだろう。
「ガンジイの野郎、オレを馬鹿にしやがって。オレがこんなガキに負けるだ?ふざけやがって……」
「なぁ~、あんたのことぶっ飛ばしていいんだよなー?じいちゃんが言ってた、怪しい奴ってあんたのことでいいよなー?」
「やれるもんならやってみろよ。本物のオレが、分身の中のどれかも分からねぇくせによ」
「は?この中に本物なんていないじゃん。本物は最初からそこでしょ。そっちのずーっと奥の、隅っこのとこ」
「……あ?」
……奥の、隅っこ?ムクが指差しているところには、誰もいない。この部屋に入った瞬間から、そこにはなにも無かったはず。……だがわたしには見えていないだけで、本当にそこにいるようだ。分身が明らかに狼狽した様子をみせている。
なんでわたしには見えていない?魂には、もっと高度な扱い方がある?……闇視にはもっと、応用的な使い方の可能性が眠っている……?いや、今考えることじゃない、ちゃんと目の前で起きていることに集中しよう。
「なんで……視えてんだ、てめぇ……?反響術で把握出来る範囲なんて、たかが知れてるはずだろ……」
「音の跳ね返り方がちがうからな。それにこの部屋、壁の中にもなんか、いっぱい隠してるなー。罠だらけじゃん、全部分かるぞー」
「……てめぇは危険だ」
どうやら全てムクの言う通りらしい。分身が一斉に、戦闘態勢に入った。ムクが脅威だと認めたようだ。十体の分身がムクを取り囲み、一気に攻撃を仕掛けた。……が、ムクは突然走り出し、部屋の隅にいる本物へ一直線に突き進んでいく。それを阻止するために、ムクの正面にいた分身一体が、ハンマーを振り下ろした。だがムクは拳を振り上げることすらせず、ハンマーを真正面から体当たりで弾き飛ばし、分身の頭部を掴むと地面に叩きつけて砕いた。戦車か、この人は。
ムクはさらに立ちはだかった分身二体を、蚊を払いのけるような軽い動きで吹き飛ばす。分身は上半身と下半身が分離して飛んで行った。その直後、部屋のあらゆる方向、壁の中から百本以上はある仕掛け矢が打ち出されたが、ムクはそれも飛び回って全部避けた。
なにが恐ろしいかって、ムクは遊び感覚でそれらをやってのけている。表情に真剣さがまるでない。おもちゃで遊ぶ子供のように、朗らかに暴れ回るモンスターだ。
「んー?なんだこれ?床からなんか出てるな?」
ムクは急停止し、後ろから追ってきた分身一体を、背を向けたまま裏拳で粉砕した。さらに分身三体を、足蹴にして吹き飛ばし、残り三体は、なにをしたのか早すぎて見えなかったが、とにかく撃退した。気が付いたときには分身達は全員、床に倒れ動かなくなっていた。頭が粉砕され、胴体が真っ二つになり、手足が千切れた闇の塊が、床に散らばっている。
本体は今、どんな表情をしているのだろう。呆然としているのか、それとも……。
「レイレイ、ここになんかあるんだけど分かる?床に埋まってるっていうか、なんか出てるんだ。なんだろうなぁ、これ」
ムクはそう話しかけてくるが、わたしには何も見えない。ここにもわたしには見えないなにかがあるようだ。ムクとコミュニケーションが取れないのが煩わしくて仕方がない。わたしの声を届けられるなら、相談もアドバイスも出来るのに。本体がこの状況でなにも反応を示さないのは、分身を破壊され唖然としているだけか、もしくはムクが寄ってくるのを待って、罠にかけるつもりだ。床から出ているというなにかに、触れてはいけない。そうムクに伝えたいのに、彼女は笑いながら突き進んでしまった。
「ま、なんでもいいや!行っくぜぇー!」
なんでもよくない。行ってもいけない。だがもう駄目だ、手遅れだ。ムクは見えない「それ」に触れてしまった。
「触ったな、オレの結界によぉ!」
ムクの体が硬直し、いつの間にかその全身に、闇のイバラのようなものが絡みついていた。ムクは「なんだこれ」と無邪気に笑っているが、完全に罠にかかってしまった。
「そのイバラは、てめぇの魂の闇に反応して大きくなり、てめぇを絞め殺す。心に闇のないやつなんて存在しねぇ!てめぇはもう終わりだ!」
「闇かぁ。あたしの心に闇ってあるのか?」
「見えるぞ、そのイバラを通して、てめぇの記憶がオレには見える。てめぇはとんでもない、化け物だったようだな……」
「どーゆーこと?」
「てめぇ、自分の親を食ったな!化け物め!」
「うん、食ったぞ!」
数秒間、沈黙が流れた。どうしよう、なにから驚けばいいのだろう。ムクが親を食べた……?両親が幼い頃死んでしまったのは聞いている。その後ムクは、その死体を食べて生き延びたのか。そしてムクは元気よく、はい食べましたと宣言した。そんなに明るく言うことじゃない。……いや、もう分かっている。ムクという人物に、世間一般の常識は通用しない。肉体の面でも、精神の面でも、ムクは常識の外側にいる存在なんだ。
「っていうか、父ちゃんが病気になって、自分はもう役に立たないから殺せって言ったんだよね。殺して食って生き延びろって。で、あたしは言われた通りにしたわけ。毛皮は大事に、マントにして今も使ってるぞ!そんで母ちゃんも同じことになったんだよねー。大好きだった母ちゃんと父ちゃんを殺さないといけなかったのは、しんどかったなー。でもまぁ、あたしが生き延びるのが、サイコーの親孝行になるしな!仕方ないな、あははは」
……ムクの心はそのときに、どこか壊れてしまっているのではないかと心配になった。彼女のこの天真爛漫さは、あまりに悲惨の過去の傷跡なのではないだろうか。……いや、考えすぎか。この明るさが心の闇が結実したものなら、今ムクの体にまとわりついているイバラが大きくなるらしい。しかしそんなことは全く起きず、イバラはまだ細いままだ。
「……他にもだ。他にもてめぇは、何人もの人間を、獣人を、他の種族だって食って来たな!人食いの化け物!」
「うん、いっぱい食べてきたぞ!」
「食べてきたぞじゃねぇだろ、てめぇ!!人様に臆面もなく言うことじゃねぇだろうが!!」
正論だ……。なんで敵が正論を説いて、味方が堂々と悪事を自慢しているんだ……。いや、ムクにとっては、それは悪じゃない。彼女は、そう……。
ただそうやって、生きてきただけなんだ。
「だって、むこうから襲ってきたんだから、仕方ないだろ。殺さないと殺される。そんで、殺したならちゃんと食わないとな!命に感謝して、しっかり全部いただいてきたぞ!まぁ人間とかあんまりおいしくないから、あたしが自分から襲うのは、動物だけだけどな!」
「……ありえねぇ……」
ムクの体から、闇のイバラがほどけて落ちた。……戦いは、終わった、みたいだ。この男がどんな顔をしているのかは見えないけど、完全に戦意を失ったことは分かる。心が折れたみたいだ。ムクは肩を回しながら、部屋の隅へと歩いていく。とどめを刺すつもりかな。特に止めるつもりはない。
「あんたの体、どこにあるんだ?あんたのことも、後でちゃんと食べてやるからな」
「……」
「おーい、聞こえてるかー?」
「……オレの体は、向こうの砦だ。食いたいなら勝手に食えよ。食う所なんてないだろうけどな……」
「そうなの?じゃあぶっ飛ばすだけでいいや。食えないなら殺す意味無いしなー」
「……その前に教えろ。いや、教えてくれ。……お前はなんなんだ?記憶を覗かせてもらったが、いまだに信じられねぇ。今まで本当にそうやって、生きてきたんだよな……?」
ムクは首をかしげている。質問の意味がよく理解できていないようだ。
「よく分かんないけど、腹が減ったらなんか食べて、眠くなったら寝て、生きてきたぞ」
「独りでか?まだ小っちぇえガキの頃から、たった独りで生き延びてきたのか?」
「うん!母ちゃんと父ちゃんが死んでからはな!」
「この、暗闇の中で、ずっとひとりぼっちでか……?」
「うん!」
「……はは、まるで悪夢だな、お前」
「そんなことより、とりあえずお前のこと殴るぞー。じいちゃんに怪しい奴はぶっ飛ばしてやれって言われてるしなー」
「……少し待ってくれや。向こうでガンジイと話が終わるまで待ってくれよ」
……ガンジイのところに行こう。もうこっちの決着はついた。もう罠はないと信じて大丈夫のはず。ガンジイの様子を見に行くと、こちらも戦いは終わっていた。男の人が、地面に倒れ込み、ガンジイがその横に座っている。この二人、どういう関係だったのだろうか。おそらく良好な仲ではなかったと思うけれど。
「……てめぇの言った通りだった。惨敗だ、信じられねぇ。あんなガキが、オレよりずっと強ぇ……」
「あの子は、お前がなりたかった姿そのものであろう」
……悲しい話をしているような気がする。一人の人間の人生を、全て否定しているような、そんな悲劇を。
「お前は自身の弱点を武器に変えたが、あの子はそれらを全て打ち砕いたであろう。罠を、言葉を、闇を、全てを」
「……あぁ」
「あの子は、この世界の闇を晴らす太陽のような子だ。あらゆる暗闇を照らす、底なしの陽気の持ち主であろう。しかし、お前にとっては全く別のものに見えていたであろうな」
「あれは悪夢だ……。暗闇の中で、人を食って育った化け物だ……」
男は天井を見つめたまま、かすれた声で話し続けた。
「あのガキは、堂々とオレの前に立ちやがった。一切逃げも隠れもしなかった。罠があると分かった上で、真正面から突っ込んで来やがった……」
「そうか」
「オレの言葉を笑ってただ肯定しやがった。どんだけ人格を攻撃しても、びくともしねぇ……。自分という人間を、心の底から受け入れてやがるんだ……」
「だろうな」
「オレが今まで培ってきたもんを、何もかも否定してオレをぶっ壊しやがった。オレが今までやってきたことは、なんだったんだろうな……」
ガンジイはそれに対し、なにも意見を言わなかった。言葉にしなくても分かるだろうという、無言のメッセージだと思う。
「私達はもう行く。お前の命を取る気はない。お前はここで、死ぬべきではない」
「……久しぶりに聞いたな、それ。まだ死ぬべきじゃねぇ、か」
「念のために聞いておくが、太陽がどこにあるか、知っているか?」
「……てめぇ、それが知りたくて、そんなジジイになるまで生き延びてきたのか?」
「私達はこの世界に、太陽と光をもたらすために旅をしておる。……彼女にそう誓った」
「……あぁ、そうか。そういうことかよ。オレはこの世界の秘密を全部知ってるぜ。でも教えてやらねぇ。オレはてめぇに負けたんじゃねぇ。あのガキに負けたんだ。だから何一つ、教えてやることなんてねぇ」
ガンジイは無言で立ち上がると、砦から立ち去ろうと歩き始めた。男はその背中に向けて、最後に短い言葉を発した。
「後で向こうの村まで行ってみな」
それだけ言って、男は動かなくなった。村というのは、滅びかけていたあの村のことだろうか。一応ムクの方を確認しに戻ると「ふんーっ!」という掛け声の後で、ずしんと響く音が聞こえた。……あの男、殺されてはいないと思うけど、ムクの一撃を受けて、瀕死にはなっていることだろう。気絶させるなら、もう少し痛めつけて情報を引き出してからがよかったけど、もう後の祭りか。わざわざ起きるのを待つ気はガンジイにもないだろうし、目覚めたところで、新しい情報を話す保証もない。このまま放置でいいか。
わたしたちは合流し、村に向かった。その道中、わたしたちを襲ってきた男の話をガンジイから聞いた。ガンジイいわくあの男、オクゼツは性格がねじ曲がっているだけで、性根が腐っているわけではないらしい。おそらく今も根本から悪人になっているわけではなさそう、ということだった。……ガンジイはけっこう、オクゼツのことを気に入っていたのかな。一人の戦士として認めてはいたのかもしれない。
「しかし、奴のしたことを許すつもりはない。奴はこの砦の人間と獣人を全て殺め、さらにその死体を操り尊厳を奪った。私を殺めたいという、ただそれだけの自分本位な理由でだ」
「それでも悪人じゃないと思うの?」
「お前に似ている部分が少しある。臆舌は弱者をいたぶる真似をしたことはなかった。現に村の住民は死体にされ操られていなかった。強者に抗う弱者。それが臆舌という人間の本質だと思っている。お前は優しさ故に抗い、奴は弱さ故にそうした」
「確かに弱っちかったなー、あいつ」
「闇の勢力に関する話も、全然聞けてないんだよね?」
「活動の拠点になる、本部という場があること。人に闇の力を与える何者かがいること。そして闇をさらに深めようとしていること。それくらいだ」
どうやらこの世界には、闇と光の二つの勢力があるらしい。オクゼツは闇側、園子は光側でいいだろう。そしておそらく、両者とも闇の扉を介して、世界のいろいろな場所を見たり、移動することが出来るようだ。闇の扉は、わたしたちが闇と呼んでいるだけで、実際はただの強いエネルギーの集合体なのかな。園子も闇の扉の中に入って行ったし、両方の勢力が利用出来る、それぞれの拠点の出入口になっているのかもしれない。ワープホール的なものだ。
「麗冷よ、我らはおそらく、行くべき道を何者かに誘導されている」
「闇側から?」
「分からぬ。あるいは両方からやもしれぬ。しかし道は自然と示される。それに従えばよい」
ガンジイがオクゼツから、あまり情報を引き出そうとしなかったのは、その考えがあったからだろう。旅を進める中で、情報は勝手に集まってくる。そしてわたし達が辿り着くべき場所も見つかる。そう確信を得ているのだろう。
「そういえば、今さらだけどムクは一緒に来るよね?」
「その前に腹減ったから、鹿見つけに行っていい?レイレイはなにが食いたい?猪の方が好きか?」
「鹿の方がいいかな」
「じゃ、行ってくるなー!」
「わたしたちは村に行くでいいんだよね?」
「臆舌がそうしろと言っていた。行ってみるべきだ」
ムクは走り去った。この人は制御不能だ。それがムクのいい部分と捉えておこう。
その後すぐに村に着いたわたしたちは、まぁ予想していた通りの光景を見た。そこにいたのは、元気と活気に溢れた人々の姿。ほんの数時間前に、滅びかけていたときとは正反対の村の様子だった。村の外からでも、村人たちが困惑と喜びに溢れ、扱い方が分からずもてあましたエネルギーを、意味もなく大声を出し、動き回ることで発散している様子が見て取れた。オクゼツが村に行ってみろと言ったときから、こうなっているだろうとは思っていた。
「臆舌の力だ。生命エネルギーを操る力。死体を操るのではなく、生きている人々にそのエネルギーを与えたのだろう。おそらく奴は最初からそうするつもりだった。私を殺めた後は、この村を救うつもりだったのだろう」
「闇側のくせに、人助けなんてするんだね」
「現時点で闇と悪を、混合して考えない方がよい。お前も言っていたではないか。この世界から、闇を消してしまってもよいものか分からぬと」
そこがこの世界の謎の一つだ。「どちらが先か、順序が分からない」のだ。
闇というエネルギー現れた結果、この世界は壊滅状態になってしまったのか。
それともこの世界がなんらかの要因で壊滅しかけたから、闇というエネルギーを生み出し世界の崩壊を防いでいるのか。
だけど後者だとするなら、園子の行動理由が謎になるし、しかしこの世界は人々が生きていくには過酷すぎる。分からないことがまだ多すぎだ。ガンジイの言う通り、前提を決めつけないで行動した方がよさそうだ。
村の門番はいなくなっており、自由に村内に入れる状態になってしまっていた。やせ細っていた人々は、ふっくらとまではいかないが、瑞々しさのある体型を取り戻している。死体の兵がゾンビのようになっていたのと逆だ。生命エネルギーとやらは、生きている人を健康体にすることも出来るようだ。
わたしたちが村内を歩いていると、さっき話した女性と、獣人男性がわたしを見つけ、さきほどと同じ家に案内された。女性はなるべく平静を保とうと努力しているようだが、軽快な言葉の端々から、有り余る活力を隠しきれていなかった。
「あぁ、みなさん、これはどういうことでしょう?あなたたちが、なにかされたのですか?」
「我らではない。我らにも、詳細に説明出来ることではないのだ。それよりまずは渡したものを返してもらおう。今のこの村には不要であろう」
白光石のことだ。苦しまずに死を得られるように渡したものだが、もう必要ないだろう。ガンジイは白光石を受け取ると、代わりに黒炎石を後で渡しに来ると言った。
「黒炎石は貴重です。いただいても、よろしいのですか?」
「この辺りは資源が枯渇しておる。お前達はこの地を捨て、旅に出る必要があろう」
「そうですね、闇の中を進んで行かないといけません……」
この村の人たちは、自分たちが弱い存在だと自覚している。獣人が二○人ほどいるから、闇人から身を守ることは出来るだろう。しかしそれでも、行先の分からない旅は不安に駆られるはず。それでも行かなくてはならない。このままここで、野垂れ死にする気はもうないだろう。そして新たな仲間を見つけないといけないのだ。
ただ新たな定住の地を見つけるだけでは、人口維持の視点から全滅は必至だ。どこかの村や集落と合併し、人口の増加を目指さないといけない。……厳しい道だ。ガンジイが言っていたけど、放浪の旅の一派を、別の集落が受け入れることはまずない。それでもそれを信じて進まないといけないのだ。
「一人、戦力になる者を紹介できる。癖の強い者だが、望むなら居場所を教えよう」
……ムクのことか。ムクをこの村に置いておけば、協力すぎる助っ人になる。わたしとしては、ムクはわたしたちと一緒に来てほしいけど、本人はどうしたいかな。ガンジイはムクを連れて行かなくてもいいと考えているのだろうか。
「ムクではない。臆舌のことだ」
「あ、え、そっち?正気?」
「無論」
「正気?」
「二度聞くな。私は本気だ」
オクゼツは砦の中で気絶してるだろうし、まだどこかへ行ってはいないと思うけれど……。ガンジイはきっと、村のためだけではなく、オクゼツのためにもこの提案をしている。彼に力を使うべき場所で、正しい道を歩ませたいのだと思う。……でもあの人、性格に難がありすぎると思うし、本当に大丈夫なのかなぁ。村の人たちが、あれを受け入れるとは思えないが……。
次回へ続く……




