第三章 悪夢の娘 二
第三章 悪夢の娘 二
翌日目を覚ましたわたしは、目の前の光景に、別段驚くこともなかった。この人なら予想外の行動を取りかねないという前提条件が頭の中にあったからだ。たき火にかけられていたのは、豚が丸々一頭。豚の丸焼きだ。そしてそれに嚙り付いていたのは、ムクだった。ガンジイはわたしが起きたのに気付くと、煮沸した川の水を渡してくれた。口の中をゆすぎ、川で顔を洗い、ムクの隣に座る。ムクは大量の豚肉を口に詰め込んだまま、わたしに豚足を差し出してきた。
「この豚、ムクが捕まえたの?」
「ふほうだほ」
「恐らく『そうだぞ』と言っているのであろう」
「わざわざ、届けに戻ってきてくれたの?」
「ふぉう!」
「恐らく『そう』と言っているのであろう」
「ガンジイは翻訳してないで、口に物を入れながらしゃべるなって、注意した方がいいよ」
「すでに何度もした。手遅れだ」
ムクは風船のようにパンパンに膨らんだ口を、もごもごと動かし、凄まじい速さで一気に飲み込んだ。わたしは受け取った豚足を、少しずつかじって食べていく。寝起きに豚足は、転生する前を含めて人生初だ。燻製肉に比べたら、食べやすくはある。わたしが満腹になった後も、ムクは飢えた獣のように豚を食べ続け、一頭全部を食べきってしまった。
「じゃ、あたしもう行くわ!」
「どこに?」
「次は鹿が食べたいから、捕まえてくる!」
「うん、じゃあね」
「またなー!」
ムクは手を振りながら走り去った。……そしてすぐ戻って来た。
「やっぱ休んでからにする!食後は休めって、母ちゃんに言われてたからな!」
「じゃあお話ししようよ」
「なんの話?」
「ムクの話。なんで村をぶっ潰したいの?」
「母ちゃんと父ちゃんをバカにしたから!酷いぞあいつら!絶対許さないからな!」
ムクは素振りを始めた。凄まじい速さで連続パンチを繰り出している。残像で拳が六つくらいに見える。わたしは、気持ちは分かるけどそれで村ごと潰すのはやりすぎじゃないか、とムクに意見を出してみた。本気でそう考えているわけではない。わたしだって、自分の妹を助けるために、村を滅ぼしてやろうと考えていたことがある。ムクがどういった反応を示すのか気になっただけだ。ムクはほっぺを膨らましながら『あたしはそうは思いません』と何故か丁寧語で反論してきた。不機嫌になったりはしていなかった。
「あたしは母ちゃんと父ちゃんが大好きだからな。バカにする奴は許さない」
「お前の母と父は、いつ亡くなったのだ?」
「それはちゃんと覚えてるぞ。五年前だ」
五年前というと、ムクがまだ三歳の頃か。ムクは成長が早いから、人間換算だと五~六歳の頃。……それでもまだ子供だ。そんな頃に、親をなくしていたのか。
「それからずっと、独りで生きてきたのか?」
「うん。そんで一年くらい前かな。闇人なんて、一人でぶっ倒せるんだなって、気が付いたからさ。母ちゃんが言ってた妹に会いに行ってみることにしたんだ。川をずっと下って行けば着くって聞いてたから、迷わなかったぞ。よし、もう行こうかな!」
ムクが立ち上がると同時、わたしはたいまつを持って行くようにと言った。いくらムクが強いとはいえ、火は無いよりあったほうがいい。だけどムクはそれを断った。火がない方が楽だから、という理由で。豪胆にもほどがある。ガンジイでさえ火を絶やすことはないのに。ムクは「またなー!」と手を振りながら走り去った。今回は戻って来なかった。本当に鹿を捕まえに行ったみたいだ。
「火、持たないで本当に大丈夫なのかな……」
「あの子には特殊な技能が備わっている。火は不要だろう」
「技能?」
「単純な腕力だけではない。あの子には闇の中でも周囲を探知する力がある。とにかく、心配は不要だ」
ムクにそんな力が……?わたしの闇視のような力が、ムクにも備わっているのか。
ムクは鹿を獲りに行ったけど、ここで帰りを待っているわけにもいかない。わたしたちはアリーンさんがかつて暮らしていた村を目指し、出発した。
そんなに長くは歩かなかった。せいぜい一時間くらいだろう。前方に複数のたいまつの火が見えてきた。あそこに村があることが一目で分かる。しかし、思っていたより火の数が少ない。物資の奪い合いを続けていたとロイさんから聞いているし、現在も黒炎石の運用に困っているのかもしれない。
わたしたちは村に出来るだけ近づいて、まずは闇視でその中を見てみることにした。村から感知されないよう、まずはこちらのたいまつを消す。もちろん周囲と、進行ルートに闇人がいないことは確認済み。そして慎重に近づき、村まであと十メートルの位置まで接近した。
わたしは闇視で村の中を観察してみた。……ひどい有様だった。村人たちはみんなやせ細り、着ている服は穴だらけだし、目に生気がない。このままでは、この村が滅びるまで、おそらくあと一年もかからない。村の中全体が薄暗くどんよりしていて、黒炎石と食料のどちらも不足していることは明らかだった。
注意深く調べてみたのは、少数の肥えた人間がいないかどうか。一部の権力者だけが食料を独占し、異常な貧富の格差が発生していないかを調べたが、どうやらそれは起きていないみたい。本当に、村全体が困窮している。
これはもはや……。手遅れ、なのではないだろうか。どんな組織、国や村も必ず上層から政治的腐敗が発生し、限られた資本や資源の独占を始める。いつの時代も飢えに苦しむのは社会の下層にいる庶民だが、上位の権力者ですら困窮しているのなら、飢餓という悪性の腫瘍が末端まで広がってしまっている証拠ではないだろうか。わたしはガンジイに見たままを報告し、次の指示の通りに動いた。
「獣人の一団が近づいて来ている。そちらを見てくれ」
ガンジイが指差した方向を、闇視で確認しにいく。獣人が二○人、村に向かって歩いて来る。たいまつは先頭と最後尾の二人だけが持っていた。この獣人たちも、見るからに瘦せ衰えている。どうやら獣人側も、同じような状況みたいだ。獣人たちは、鹿や豚を担いでいる。それをすぐに食べずに、わざわざ人間の村まで運んできているのだろうか。
しばらく様子を見ていると、獣人たちは村に入って行った。村人たちはそれを歓迎するように集まってきて、広場で肉の解体と分配が始まる。協力関係が、すでに結ばれている。……まさか、ムクが暴れた結果?ガンジイが話していた、村同士の争いを止めるための条件の一つ。新たな脅威の出現。その役割をムクが果たしたのだろうか。昨日ムクは、村を少し壊してやったと話していた。しかし村を調べ、破壊の痕跡がないかを確認してみたが、それらしいものは見当たらなかった。ムクはこの村とは関係がなさそうだ。ということは……。
「武器を持ってる人はいないよ。そもそも弓も斧も槍も、なんにも無い。わたしたちが行っても、安全だと思う」
「武器の貯蔵庫も無かったのか?」
「うん、わたしが見た限りでは無かった。あくまで見える範囲でだけど」
「なぜこの村に武器が無いのか、予想がつくか?」
「この村の他に、武装した別の村があるってことでしょ」
「その通りだ。長く争いを続けていた村に、武器が無いなどありえぬ。それらを全て、独占し使用している別勢力があると考えられる。我らも村に入ってみるとしよう。しかし念のため、常に私の後ろにいるのだ」
一度村から少し離れ、たいまつをつけてからもう一度接近する。わたしはガンジイの後ろに隠れるようにし、その後をついて行った。村の門の正面に向かって進み、わたしたちが近づいていることを、はっきりと知らせながら歩いていく。あと十メートルまで近づいたところで、見張りの村人が先に声を上げた。何者か、武器は持っているか、など質問をされたが、その声には力がこもっていない。よく見ると足元がわずかにふらついており、立っているだけでも厳しい体調のようだ。
「我らは旅の者だ。ある目的があり、過去の伝承を追っている。一時この村に滞在させてもらいたい。もちろん対価は用意してある」
ガンジイは背負っていた黒炎石の塊を見張りに見せた。見張りは目の色が変わり、わたしたちをそのまま村の中に入れてしまった。誰にも許可を取らずに、そのまま入れてしまったのだが、大丈夫なのだろうか。……罠、かもしれない。わたしたちを村の中まで誘い込み、襲い掛かるつもりかも。
わたしたちは少し広めの家に案内され、そこで待つようにと言われた。石を積み重ねて作られた、物置みたいな家だ。一応木製のイスや、壊れかけのテーブルがあるので、家と考えてよさそう。少し待つと、人間の女性が一人と、獣人の男性が一人、家に入ってきた。二人とも深々と頭を下げると、女性の方から歓迎の言葉をかけてくれた。
「長旅で疲れてらっしゃるでしょうが、この村は見ての通りの有様です。ろくに歓迎のしようもございません」
「我らはよそ者だ。心遣いだけで十分だ。この黒炎石を持って行ってくれ」
ガンジイは黒炎石を獣人に渡し、彼は深く頭を下げ、家から出て行った。
「単刀直入に聞かせてもらうが、アリーンという女性を知る者は、この村におらぬか?」
「……なぜ、その名を?彼女は友人でした」
「我らは彼女からこの村のことを聞いたのだ。麗冷、写真を」
わたしは写真を取り出し、女性に渡した。そしてここまでの経緯を話し、この村の現状をたずねてみた。女性は苦々しい顔で、一言こう言った。
「わたくしもあの時、ここを捨て、アリーンと共に行くべきでした。安らかな一瞬の死が得られていたのなら……」
女性は顔を伏せたまま、静かに語り始めた。アリーンさんが争いを望まない人たちを率いて村を出た後、案の定闘争は激化したという。ただお互いの憎しみをぶつけあうだけの、不毛な戦いは続き、命が失われ続けた。一時は身体能力で勝る獣人が勝っていたらしいが、徐々に人間側が巻き返し始めた。寿命と繁殖力で人間に劣る獣人は、戦死者が出る度にいちじるしく弱体化していったという。
そんな中で、両者は一年ほど前に、戦力の一極化という暴挙に出たのだという。つまり屈強な肉体を持つ、ごく一部の精鋭が、残り少ない物資を独占し、最終戦争の準備を進めたのだ。それは村内での話し合いや合意など一切なく、強者による弱者からの搾取という一方的な形で実現した。物資を奪い取った精鋭たちは、二つの村の中間地点に、それぞれの砦を建築し、決戦の準備を進めているのだという。
「わたくしたちのような弱者は、自然と手を取り合うようになりました。さきほどご覧になったように、人間と獣人とがここでは共に暮らしています。今は隠し持っていた物資を分け合い、なんとか生き延びている状態です」
「先に言っておくが、我らはこの争いには介入しない。だがさきほど渡した黒炎石の見返りに、情報があるなら提供してもらいたい。無論、仮になんの情報がなかったとしても、黒炎石を奪い返すような真似をするつもりはない」
「情報、といいますと?」
「過去の歴史、記録を探している。特に太陽の伝承に関する物があるならありがたい」
「……見た覚えがあります。少々お待ちください。持ってきますので」
女性はそう言うと、家を出て行った。入れ替わりに入ってきたのは、さきほど黒炎石を持って行った獣人男性。両手に持ったコップを置いて、一礼してから出て行った。……コップの中には、濁った水が入っている。飲んでもいいものだろうか。ガンジイはほんの少しだけ口に含んでから、家の外に出て吐き出した。
「飲まない方がよい。煮沸はされているようだが、わずかにサビの味がする」
「毒を仕込まれた、とかじゃないよね」
「単純に、きれいな水が無いだけだろう。川まで歩く余力もないようだ」
「……ここの人たち、助けてあげないの?悪い人たちではなさそうだよ」
「助ける方法が無い。人口を維持できるだけの人数が足りていない。人間と獣人、どちらが勝ったにせよ、結局は共倒れになるだけだろう」
……昔、本で読んだ記憶がある。人間が絶滅しないよう、人口を維持するための最低人数というものを、どこかの学者やらが導き出したことがあるらしい。最低五○○人は必要になるらしいが、ガンジイが言う通りどう見ても数が足りない。……やはりもう、手遅れなのか。
「子よ、お前は優しき子だが、それ故に割り切りることを覚えねばならぬ。我らに出来ること、出来ぬことがある」
「うん」
そこまで話したところで、女性が戻って来た。石板を一枚持っている。傷やひび割れが多く、それなりに古いもののようだ。
「どうぞ、お納めください。他にも何枚かあるのですが、まともに読める状態のものはそれだけです」
「いただいていいんですか?」
「わたくしたちの先祖が、いつかこの地を離れるときのために、残してくれたものです。ですがわたくしたちには、もう必要のないものですから」
手紙には、下記の一文が記されていた。
『川上の山を登り、その山頂に湖がある。その水の流れの先に、太陽の民がいる。危険な一族だ。注意されたし』
「貴重な情報だ。感謝する」
「いただいた黒炎石の方がよほど貴重です。この粗末な家でよろしければ、泊って行ってください」
「いや、我らはもうここを出る。……これを渡しておこう。使うかどうか、好きにするとよい」
「これは?」
「これは、白光石を砕いた粉だ。水に混ぜれば、全員分の量になるだろう。飲めば苦しまずに死ねるはずだ」
ガンジイは腰の袋を一つ、女性に渡した。いつの間に白光石を確保していたのだろう。わたしとアリーンさんが、先に研究所を出たときかな。
わたしたちは村を出ることにしたが、門をくぐった先で、さっきの女性と獣人が追いかけて来た。獣人はガンジイが渡したはずの黒炎石を、そのまま返してきて、こう言った。
「自分たちには、必要のないものになりました。お返しします」
「よいのだな?」
「あなた方は、わたくしたちが本当に欲していたものを、与えてくださった。穏やかな死を」
……悲しいけど、これが最善なのか。飢えに苦しみ、ゆっくりと死んでいくより、苦痛のない終わりを迎えた方が、救いがあるのかもしれない。そしてこの人たちは、それを選択した。この世界にあるものは、悲劇だけなのか。救いのない悲劇を、救いのある悲劇に変えることが、精一杯なのかな。
「ロイさんとアリーンさんがしたことは、間違いだったのかな。争いを望まない人たちが、それぞれの村にたくさんいたら、なにかが変わったのかな」
「分からぬ」
ガンジイはそう言っただけだった。分からない。それが一番優しい答えだと思う。誰の行動も考えも、否定せずに済むのだから。
村を出て少し経った後、わたしは一つやり忘れていたことを思い出した。わたしの容姿がどう見えているか、村人たちに聞くのを忘れてしまっていた。村の窮状を見たときに、そのことがすっかり頭から抜けてしまっていたのだ。おそらくガンジイもそうなんだろう。今さら戻るわけにもいかないし、次の機会に持ち越すしかないか。
石板に書かれていた、太陽の民。それがどんな人たちなのかは書かれていないが、次の目的地はそこになりそう。だけどその前に、ムクをどうするかを決めないといけない。わたしたちと一緒に来るよう誘うのか、本人がどうするのか。
「川まで戻る。ムクはまた戻ってくるはずだ」
「鹿を担いでね」
「そのとき、どうするかを話せばよい」
わたしたちは来た道を戻ったのだが、その途中でたくさんのたいまつの火が移動しているのを見た。火が三○はある。同じ方向に移動していくようだが、なにかを追っているのだろうか。……まぁ、予想はつく。ムクがなにか起こしたのだろう。ガンジイは周囲に闇人がいないかを確認して、すぐにたいまつを消した。
「ここでじっとしてるの?」
「無用な争いは避けたい。ムクと合流し、火を消したまま移動する。こちらの位置は、ムクにもあの集団にも察知されているはずだ」
闇視で確認すると、ムクがこちらに走って来ていた。たいまつの火を見て、わたしたちに気付いたのだろう。ムクは途中で何人かの闇人と鉢合わせになったが、一撃で蹴散らしていく。……なんだか、この超人たちといると、感覚がおかしくなってしまいそうだ。闇人は本来、人間が太刀打ちできる存在ではないのに。ガンジイもムクも、こうも簡単に闇人を倒してしまっては、この世界の常識が壊れてしまいそうだ。
「おっす、レイレイ!鹿が見つからなくてさ、一緒に探しに行く?」
「その前に、あの火に追われてるみたいだけど。ほら、近づいて来てるよ」
「うん、人間と獣人の群れだよ。鹿を追いかけてるときに鉢合わせになってさ、あたしの方を追いかけて来やがって」
「人間と獣人が一緒にいるの?」
「あたしを仕留めるために、手を組んだのかもね」
さっきの村で聞いた、精鋭たちだろう。お互いを滅ぼすために、最終決戦の準備までしていた両者が、まさか手を組むとは。実際ムクを排除するために、一時の協力関係を結んだ以外に、一緒に行動している理由が考えられない。……と、思ったのだが、ムクの次の言葉で事情が変わった。
「でも不思議なことってあるんだな。死んでも動くことがあるんだな!」
「……どういうこと?闇人のこと?」
「いや、あいつらだよ。あたしを追ってきたあいつら」
「ごめん、意味分かんないけど」
「だから、あいつら、全員死んでたんだよ。鉢合わせになった瞬間、すぐ分かったよ。死体が動いてるって」
火をじっと見てみたが、当然距離が離れすぎていて、それを持っている人のことまでは見えなかった。だがガンジイはなにかに気付いたようで、小さく「何故だ」とつぶやいたのを、わたしは聞き逃さなかった。なにが「何故」なのか聞く前に、ガンジイは手早く指示を出した。
「計画を変更する。あれと接触し、様子を見る。ムクよ、音を出さぬように頼むぞ。麗冷は合図を出したら、闇視で観察を頼む」
「分かった!音は出さないようにする!」
どういうことだろう。単純な話ではなくなってきたのかもしれない。二つの村が滅ぼし合っていただけだと思っていたのに、それ以上のなにかが起きている可能性が浮上した。わたしたちは闇の中を歩き、集団に近づいていく。集団は常に移動しているため、中々距離を縮めることが難しかったが、唐突に足を止め、動かなくなった。……まるで、わたしたちに観察させるため、わざと動きを止めたみたいだ。考え過ぎだろうか。得体の知れない不気味な空気を感じる……。
ガンジイはわたしの肩に手を置いた。わたしはそれを合図に、闇視で集団を観察する。それが死体であるかどうか、確かめる簡単な方法は、瞳孔を見ることだろう。……いや、そんなことをする必要はなかった。ムクの言った通りだ、全員死んでいるのがすぐ分かった。皮膚が腐り、肉が落ちて、映画で見たゾンビのような状態になっている。こんな状態になるには、死んでから数週間は必要だと思うが……。
わたしたちがその場を離れると、集団もそれを察知したように、どこかへ移動を始めた。精鋭たちが築いた砦へ帰っていくのだと思う。ガンジイは無言で離れるようにと合図を出していたので、それを追うことはせず、わたしたちは撤退した。
わたしたちは川の近く、昨日たき火を焚いた所にまた戻って来た。備蓄の燻製肉を食べながら、これからどうするか相談が始まった。
「ムクよ、お前は何度か砦を襲撃していたようだが、そのとき奴らは生きておったのか?」
「うん、あたしが会った奴らはね。昨日も人間の村と、獣人の村と、両方襲ったけど、そのときはみんな生きてたと思うよ。あ、村じゃなくて砦か。どっちも同じようなもんだと思うけど」
「昨日の時点ではまだ、両者が協力はしていなかったのだな?」
「うん、別々だったはず。ていうか昨日も、あたしが手を出すまで、人間と獣人とで攻撃し合ってたし。ちょっかい出し合う程度のもんだったけどね」
「ガンジイは、死体を操るような力を持ってる種族って見たことある?」
「無い。お前のような、物理法則を超えた力を持つ者には、今まで出会ったことがない」
考えられる可能性としては、人間と獣人のどちらとも違う何者かが、両種族を乗っ取ったのではないか。……さっき石板にあった、太陽の民とか?それとは全く別の未知のなにか、かもしれない。どちらにせよ、これ以上首を突っ込むか、もう手を引くか。それを決めないといけないところだ。
「わたしは無視した方がいいと思う。関わる理由がないし」
「あたしも別にもういいかなー。もう死んじまってるなら、殴っても意味ないし」
「私は確かめねばならぬことがある。お前達はここで待っているのだ。あの集団を操っていたのは、私の村の生き残りやもしれぬ」
ガンジイは立ち上がって、一人で行こうとしたが、当然それは止めた。ちゃんと説明してもらわないと納得出来ない。大方、わたしたちを危険に巻き込まないためだろうけど、旅の仲間なんだから、単独行動はやめてもらわないと。
「あの集団の、たいまつの火の動きでそうと分かった。あれは私の部族が使っていた信号だ。周囲の仲間に進行方向を知らせるためのものだ。統率が取れておらず、最初はそうと分からなかったが、途中で気が付いた」
「ガンジイの村って、闇の扉に呑まれて滅んだんだよね?」
「私の他に生き残りがいたとは考えずらい。それを確かめに行くのだ」
「あたしも行く~」
「ならぬ。私も深く追求するつもりなはい。様子を見て戻ってくるだけだ」
「わたしも行っちゃだめなの?」
「ならぬ」
その後何度か問答を繰り返したが、ガンジイは頑なに承諾しなかった。さすが「頑爺」だ。一度こうと決めたら引き下がらない。初めてガンジイの短所らしい部分が見れて、少し嬉しくはあった。仕方なく、わたしとムクはガンジイを見送って、別行動を取ることにした。
「どうする?鹿獲りに行く?」
「行かない」
「じゃあ、じいちゃん追っかける?」
「もちろん」
「だよな!わくわくしてきたな!」
わたしたちはしばらく待ってから、ガンジイを追いかけた。ガンジイは耳がいいから、十分距離を取ってから追いかけないと、すぐ気づかれてしまう。それにムクがいてくれるから、動けるというのもあった。彼女の武力があれば、闇人に囲まれても問題ない。
わたしたちは、たいまつを消しても動けるから、ガンジイにばれることはないはず。ガンジイはちゃんとたいまつを掲げて移動しているから、ずっと遠くに見えるその火を追っていけばいい。ガンジイもたぶん、その気になれば火を消したまま動けるだろうけど、自分の力を過信しないその慎重さが、ここまで生き延びてこられた理由の一つだと思う。
「そういえば、ムクってなんで、火がないのに動けるの?」
「なんていうか、音が返ってくるからな」
「……耳がいいからってこと?ガンジイみたいに」
「いや、そうじゃないよ。あたしが出した音が、跳ね返ってくるから」
ムクから出てる音?黙って耳をすましてみると「チッチッチッ」という音が確かに聞こえた。……エコーロケーション、だろうか?昔テレビで見たことがある。盲目の人が、口から舌打ちのような破裂音を出して、その音の反響で周りにあるものの位置を感知出来るのだとか。
「ムクって、目は見えてるよね?わたしの髪ほめてくれたし」
「当たり前じゃん、見えてるよ」
「なのにそんなこと出来るんだ」
「母ちゃんと父ちゃんが死んだ後、ずっと泣いてたら、たいまつの火が消えちゃってさ。火のつけ方分かんなくなっちゃったんだよね、あははは」
笑い事じゃない。なにをどう考えても、笑えることじゃない。絶望しかない状況だ。
「ま、あたしらは湖の真ん中にある、ちっちゃい島で暮らしてたからさ。闇人が襲ってくることはなかったし。そんでずーっと真っ暗闇の中にいるうちに、音が跳ね返ってくるのに気付いたんだよ」
「思ってたより苦労してたんだね」
「いや、別に。楽しかったよ。目で見るより、いろんなものが視えるようになってさ。火もつけられるようになったけど、つけない方が楽になっちゃった。髪の手入れするときくらいかなー。わざわざ火起こしするのなんて」
楽観的というか、図太いというか。なんというか、強い人だ。本人はそうと思っていないようだけれど、ここまで生き抜くのに相当の苦労をしてきたはず。それを楽しいと感じられるような精神と肉体の強靭さは、素直に尊敬できる。
ムクのエコーロケーションは、この先どこかで役に立つはず。目に見えないものを、音の反響で捉える力。わたしの闇視や、ガンジイの五感でも分からないものを、見破ることが出来るかもしれない。
次回へつづく……




