第二章 光の石 三
第二章 光の石 三
わたしは闇視を使って、アリーンさんとの対話を試みた。わたしが話すとアリーンさんは落ち着きを取り戻すが、会話の内容は不明瞭で、中々要領を得ない。話始めはしっかりしているのだが、結論が出る前に、論点が変わってしまう。
「アリーンさんの魂は、やっぱり闇の扉の向こうにあるんですか?」
「半分……。闇に覆われたとき、あたしの半分は、向こうに……」
「その、向こうというのを、具体的に」
「……あぁ、あの場所へまた行きたいわ。あなた、雪を見たことはある?」
こんな調子だ。雪というのは、さっき見た写真の話だろう。いっそこのままアリーンさんの好きなように、話させてみることにしよう。自主的に話すことなら、最後までちゃんと言葉にしてくれるかもしれない。その中に、状況を打破するヒントが隠されていることを期待しよう。
「みんなと一緒に村を離れて、旅をして、大変な道のりだったけど、そこには安心があったわ……。仲間のみんなは、心優しい人ばかり……。あそこでなら、争いに心を荒めることなんてなかったもの……」
「そうですね」
「ロイはとてもいい人よ……。優しくて、少し気が弱いけど、だけど意思のしっかりしている人なの。旅の中で、心がくじけそうになったときは、ロイがみんなを励まして、前に進ませてくれた。強くて、大きくて、温かい人なの……」
「そうですね」
なんとも心ない相槌になってしまっているが、余計な言葉を挟まないようにしているだけだ。話がずれてしまうことを防ぐためには致し方ない。
「そうしてあたし達は、遺跡を見つけたのよ。ずうっと昔の建物。みんなで暮らせるくらい大きかったし、ちかくに黒炎石もあったわ……。あたしはそこで、初めて雪を見たの。あんなに綺麗なものを見たことはなかった……」
アリーンさんはぼうっと天井の一点を見つめながらそう言った。きっとその視線の先に、当時の景色が鮮明に見えているのだろう。記憶の中にある舞い落ちる雪の粒を、アリーンさんは今も見上げているのだ。
「なんて、小さくて……。なんて、儚くて……。冷たくて、温かい……」
アリーンさんはそこまで言って、しばらく沈黙した。わたしが呼びかけると、アリーンさんは話を再開してくれた。
「あぁ、そこで不思議な道具を見つけたのよ……。あたしとロイの二人が写っているの。後で見せてあげるわね」
ここまでは、さっきロイさんから聞いた話の反芻だ。しかしロイさんが嘘を言っていなかった証明にはなるから、全く無益な話を聞かされているということはなさそう。でも新しい情報は、一向に出てくる気配がない。
「ロイの腕に抱かれていたから、寒いことなんてなかったわ……。あたしが村に戻ろうと言ったときも、彼だけが最初に賛成してくれたの。白光石さえあれば、争いを止められるかもしれないでしょ……。でも、そのせいで、あたしのせいで、みんなここで死んだの……」
わたしは相槌を打てなかった。返す言葉なんて見つけられない。無言でアリーンさんの話を聞き続けた。
「あの日、ロイは一人だけで狩りをしにここを出たの。仕掛けた罠を見に行くだけだから、一人で十分だって。ロイはとっても強いのよ……。闇人なんてひとひねりよ……。だけどあの日、ロイが一人で狩りに出たの。そうよ、あの日、ロイは一人で狩りに出たのよ……」
……アリーンさんの様子が少し変わった。両手で頭を抱えて、呼吸が荒くなってきている。どうしよう、ロイさんを呼んできた方がいいかな。このまま暴れ始めたら、わたし一人では抑えられないだろうし。わたしがそう考え、席を立ったそのとき、アリーンさんは不穏な一言を呟いた。
「女の子が、目の前にいたの」
……女の子。わたしの思考の中に、園子の姿が明瞭に浮かび上がった。
「アイに伝えてって。白光石は、あたし達がつくったんだって。女の子が消えて、みんな闇に包まれたわ。そしてみんな、光になってしまった。石になってしまった。あたしを守るために。そうよ、みんな、あたしのせい。あたしのせいで、みんな……」
アリーンさんは震えながら、顔に手をやって涙を流した。そのときロイさんが戻ってきた。ありがたいタイミングだった。わたしでは、アリーンさんをどうしていいか分からなかった。ロイさんはアリーンさんを抱きしめ、わたしにガンジイの所へ行ってくれと伝えた。
アリーンさんが言っていたことは、ロイさんには伝えないでおく。園子のことを話しても、おそらく理解出来ないだろうし。ロイさんは地下室の位置を丁寧に教えてくれたが、事前に闇視で盗み見ていたのだから、場所は分かっている。とはいえ手のひらサイズの白光石一つでは、薄暗く足元に気を付けないといけない。……白光石は、園子がつくったのかな。わたしにそう伝えてと言っていたらしいけど。
地下室に行くと、ガンジイが階段のすぐ下で待っていてくれた。そして通路の奥を指さしながら「注意せよ」と、一段と低い声で言った。……闇の扉だ。なるほど、ガンジイが言っていた、ロイさんが隠していたことが、これってことか。白光石の力で、膨張を食い止めているみたい。危険だがちょうどよかった。もしかしたら、園子に会えるかもしれない。園子と話さえ出来れば、きっと色んなことが一気に分かる。
「さっきアリーンさんが、気になることを言ったの。白光石は園子がつくったんだって」
「お前の友が?」
「なんでこんな危ないものを園子が。って思ったんだけど、一個だけ予想はあって」
「……闇ではなく、魂の関連か」
「うん。闇人になってしまったら、魂は闇から抜け出せなくなっちゃうみたいなんだけど。でも白光石の中に魂は無いから」
「闇に囚われる前に、魂を肉体から解放してしまおうというのか」
可能性があるとしたら、それくらいだと思う。あの園子が、人を苦しめるための何かをつくるなんて、絶対にありえない。だとしても、やり方が過激ではないだろうか。これが争いの火種になることは、園子も分かっているはず。それでもこれをつくったということは……。
この世界は今、なりふり構っていられないような、危険な状況の中にあるということ……?
「闇の扉、近づいてもいい?園子と話せるかも」
「さきほど限界まで近づいたが、今のところ問題はない」
「今のところ?」
ガンジイは白光石の光量が落ちていることをわたしに伝えた。そして石の限界値を超えたとき、大きな危険が発生する可能性も。おそらく闇の扉の膨張だけでは済まない事態が起きてしまうだろう。
「じゃあ、園子に呼びかけてみる」
「その前に、あの中にアリーン夫人の魂がないかも調べてくれ」
「一応やってみるけど、闇視で闇の扉の中は見えないよ」
「そうなのか」
「村が闇の扉に呑まれたとき、闇視を使ってもなにも見えなかったから」
わたしは闇の扉に近づいて、闇視でなにか見えないか確認してみたが、やはり予想通りの結果しか得られなかった。アリーンさんの魂は全く見えないし、声も聞こえてこない。
「園子、聞こえる?」
何度か呼びかけたし、しばらく待ってみたが、園子からの返答はなかった。これでは打つ手がない。問題の全容はもう見えているのに、解決策が分からない。アリーンさんを助けるためには、おそらく闇の扉の中にいるであろう、半分の魂の救出が必須のはず。……だけど、結局わたしに出来ることはなさそうだ。
……無性に腹が立ってきた。わたしは何度、この無力感に心を焼かれないといけないのか。わたしには何も出来ない。他人の力を頼ることしか出来ない哀れな子供。本当に、苛立たしい。転生なんてことをしたのだから、もっと有用な特殊能力の一つでも備えていてよかったじゃないか。なんでわたしは、いつも、結局、一人じゃあ何も出来ないんだ。
「お二人とも、少しよろしいでしょうか?」
背後からロイさんの声が聞こえ、振り返るとアリーンさんも一緒にいた。アリーンさんは一応落ち着いてはいるが、突然笑い声を上げたかと思うと、次の瞬間には真顔になったり、精神の不安定さを感じさせる様子だった。
「妻がおかしなことを言い始めまして……」
「声が、あたしの声が聞こえるの。闇が広がる……。ロイ、早く逃げてって……」
ガンジイがわたしの顔を見た。言いたいことは分かっている。念のために、もう一度闇視で闇の扉を確認したが、やはりわたしには、なにも聞こえない。だけどアリーンさんの発言には、これから起きるであろう危機を察知させるには、十分すぎるほどの材料があった。
「ここを出るぞ。持てるだけの物資を集めるのだ。今すぐにだ」
ガンジイはそう指示を出しながら、地下室の棚に置いてあった保存食を、次々と腰の袋に放り込んでいった。ロイさんは困惑した様子だったが、わたしが白光石が壊れるかもしれないと伝えると、血相を変えた。なにが起きようとしているのか理解したのだろう。
物資を集めるのはガンジイとロイさんに任せ、わたしはアリーンさんを連れて、先に研究所から出ることになった。とはいえ手ぶらで外に飛び出るほど、焦る必要はないはず。自分が元々持っていた荷物、黒炎石が入った小さな袋を回収し、その途中で写真が目に留まり、それも持っていくことにした。ロイさんとアリーンさんが写った写真。これは二人にとって大切なもののはずだ。
先に研究所から出たわたしは、アリーンさんの様子が急変しないか、注意深く観察を続けた。わたしには分からなかったが、アリーンさんはどうやら、闇の扉の向こうにある、自分の魂の声が聞こえているみたい。わたし達が外に出た少し後に、ガンジイとロイさんも合流して、研究所から可能な限り離れることにした。
だけど研究所から五〇メートルほど離れたとき、トラブルが起きた。アリーンさんが突然錯乱し、意識を失ってしまったのだ。そのままアリーンさんは呼吸が止まり、心臓の鼓動も止まってしまった。唖然とするロイさんとわたしをよそに、ガンジイだけは冷静に現在の状況の判断が出来ていた。
「麗冷、闇視を!」
「え、な、なにを見るの?周りの闇人の位置?」
「周囲にアリーン夫人の魂は見えるか?研究所へ行かせてはならぬ!」
わたしは闇視で周囲を見回した。……いた、研究所に向かってる!必死に追いかけ手を伸ばす、魂が闇の扉に呑まれてしまったら、アリーンさんは闇人になってしまう!
「アリーンさん、駄目!」
可能な限り大きな声で、そう呼びかけた瞬間だった。研究所から闇が溢れたのが見えた刹那、それは一瞬のうちに膨張し、わたしの魂を吹き飛ばし、研究所とそこに向かっていたアリーンさんの魂を、同時に呑み込んだ……。
研究所の周りは、白光石に囲まれていた。その石が闇のエネルギーを吸収してくれることを期待したが、爆発した闇の前には無力だったようだ。ただの火事ならなんとかなっても、山火事を数本の消火器で消し止められるわけがなかった。唯一幸運だったのは、膨張した闇の扉は、わたし達の所までは肥大化しなかったことだ。あと二〇メートル近ければ、全員が呑み込まれているところだった。
「ロイ殿、覚悟を決めねばならぬ」
「……なんの、なにを、言っているのですか……?」
「奥方を救うには、もはや一つしか道は無い」
「妻を、アリーンを、殺すと……?」
「貴殿にはあれが、アリーン夫人に見えているのか?」
闇の巨人。闇の中からゆっくりと姿を現したのは、真っ黒な女性のシルエット。アリーンさんの魂は、とてつもない量の闇に覆われてしまったんだ。巨人の高さは十五メートルくらい。闇人になってしまったアリーンさんは、頭をかきむしるような仕草をしながら、全身を大きく振り回す。まるで魂に張り付いた闇を引きはがそうとしているようだ。
「ロイ殿、立つのだ。奥方の魂を、闇から解放せねばならぬ」
ロイさんは立つことも、話すこともしなかった。ガンジイのことは全く視界の中に入っていない。ロイさんは闇の巨人と化してしまったアリーンさんを、絶望に染まった瞳で見つめている。ガンジイはこれ以上何を言っても無駄だと判断したのだろう、視線をわたしに移してこう言った。
「たいまつを掲げ続けるのだ。周囲の小型の闇人から、ロイ殿を守らねばならぬ」
「まって、あの巨人と戦うつもり?」
「無論」
「無理だよ!あれはただの闇人じゃないよ!」
「私を信じろ」
ガンジイはそう言うと、手斧を右手に握り、左手にはたいまつを持ち、巨人へと歩み寄っていく。だけどロイさんが、いつまでも黙って傍観しているわけがなかった。ロイさんはアリーンさんの名前を叫びながら、巨人へと走る。
ガンジイはロイさんの腕を掴むと、柔道のような動きで彼を地面に押し倒した。なにをしたのかはよく見えなかった。ロイさんの大きな体が回転し、気付いたときには地面に投げ出されていた。いつの間にか右手に持っていたはずの手斧は、地面に突き刺さっている。わたしが視認出来ない速さで、地面に投げていたのか。
「はっきり言うが、貴殿がいると足手まといだ」
「あなたが妻を傷つけるのを、黙って見ていろというのか!」
「私を払うことも出来ぬ貴殿に、あの巨人の相手は無理だ」
ロイさんは地面に押し付けられたまま、必死にガンジイを押しのけようとするが、全く歯が立たないようだった。ガンジイは単純な腕力で、ロイさんを抑えているわけではないみたい。関節技?分からないけど、獣人のロイさんが身動きが取れないでいる。
「よく聞くのだ。このままでは奥方の魂は、闇に囚われたままになってしまう。なすべきことは、分かっているはずだ」
ロイさんは観念したのか、冷静さを取り戻したのか、ガンジイになにをすればいいのかと聞いた。
「巨人の相手は私がする。貴殿は麗冷と共に、周囲の小型の闇人の掃討を頼みたい」
「……分かりました。……妻を、頼みます」
ガンジイはロイさんを解放し、手斧を握り直す。そしてわたしの顔を見てうなづいた。わたしもガンジイの顔を見て、うなづき返す。ロイさんはわたしの所に来ると、全力で自分にしがみつくようにと指示を出した。言われた通り、後ろから首に手をまわし、ロイさんに力いっぱい引っ付く。ガンジイはそれを確認すると、巨人と対峙し、咆哮した。
「来い!」
重低音が空気を揺らし、巨人がガンジイの声に反応した。大きく腕を振りかぶると、ガンジイに向けて振り下ろす。ガンジイは横にステップしそれを回避すると、巨人の手の甲へ乗り、そのまま腕を駆け上がり、巨人の首に手斧を叩き込んだ。巨人はひるむような仕草を見せたが健在だ。簡単に倒すことは出来なさそう。
「レイレイさん、サポートを頼みます」
「はい!」
こちらも動かないといけない。わたしは闇視で闇人の位置を把握し、それをロイさんに伝える。ロイさんの腕力は凄まじく、闇人の頭部を力任せに地面に叩きつけ、簡単に処理してしまう。ガンジイが巨人の相手に集中できるように、周りの雑魚を減らしていく。その最中、ロイさんは苦々しく苦悩を吐露してきた。
「僕には、妻を救う力がない……。仲間も、妻ですら、助けることが出来なかった……」
「……結局他人に頼るしかないのは、わたしも同じです」
「あの巨人を倒したとき、本当に、妻の魂は解放されるのですよね?」
「まだアリーンさんは闇人になった直後です。だから、今ならまだ……」
「……周りに闇人はまだ残っていますか?」
「見える範囲だと、あと三体だけです」
わたしは闇人の位置を示し、ロイさんは手早くそれらを処理した。ガンジイの方は、まだ巨人の相手をしている。巨人は狂ったようにガンジイを攻撃しているが、何一つ当たっていない。腕を叩きつけても、踏みつけようとしても、ガンジイは全ての動きを見切っているようで、素早く動き回って反撃を加えていく。
……この人は、一体どれだけの鍛錬の果てにここまで強くなったのだろう。なんの為に、これほどの力を追い求めたのだろう。友との誓いを果たすため、そうガンジイは言っていた。本当に、ただそれだけのために……?
「僕は、あれほど強くはなれない……」
ロイさんがそう呟いた。誰だってそう思うはずだ。ガンジイの戦いぶりは、見ていて安心感さえ覚えるほどなのだから。この人さえいてくれれば、全てがなんとかなる。そう思わせる圧倒的な力。突き抜けた武力。
「無力というものが、これほど苦しいとは知らなかった。これほど、悔しいなんて……」
ロイさんは、わたしに似てる。その悔しさを、わたしも味わっている。自分一人では、何一つ成し遂げられない無力感を。
巨人の体勢が崩れた。ガンジイが足首に叩き込んだ一撃で、巨人はバランスを崩してて横向きに倒れ込む。ガンジイは巨人の頭部に向かって走り、跳び、額の真ん中に、自身と手斧の全重量を投下した。……終わった?いや、巨人はまだ消えていかない。
「ロイ殿、どうするかは貴殿に任せる」
ガンジイはそう言い手斧を収めた。巨人は倒れたまま静止している。死んではいないが、もう動くことが出来ない状態みたいだ。ロイさんは巨人の頭部へと走り寄り、その頬に触れた。ガンジイはロイさんの横に立ち、こう言った。
「このまま私が、とどめを刺すことも出来る」
「……いいえ。僕にやらせてください。僕に出来るせめてものことは……」
ロイさんはそう言うと、懐から小さな白光石を取り出した。
「僕はこれを飲み込み、妻の魂を覆う闇を、全て引き受けます。妻の魂を、解放するために」
「貴殿の選択を尊重する。しかし私の願いは、貴殿には生きて、我らと共に旅をしてもらいたい」
「……ガンジイさん、そしてレイレイさん。あなた達には感謝してもしきれません。あなた達がいなかったら、僕も妻も、ただ闇に呑まれていただけだった。ですが……」
「ロイさん……」
「僕は、妻と共にいきます」
わたしには、ロイさんの選択を否定することが出来なかった。ロイさんが、泣いていたから。その涙の中には、あらゆる感情が内包され、有無を言わさぬ覚悟が込められていた。
「僕達の村があったのは、川を上流に向かって、その流れが分かれる道を、右に進んで行った先です。行ってみてください」
「ロイさん、これ……」
わたしは写真を袋から取り出して、ロイさんに渡した。二人が雪の中、並んで笑顔で立っている思い出の結晶。ロイさんはそれを受け取らずに、わたしに返した。優しい微笑みで、ロイさんは言った。
「この写真は、あなたが持っていてください。もしかしたら、妻の村で使えるかもしれません。彼女の知り合いが、手を貸してくれるかもしれない」
……こんな幕引きなんて。バッドエンドではないけれど、わたしには納得が出来なかった。ロイさんとアリーンさんの魂は生まれ変わり、別の世界へいくことになるはず。だけど……。だけどわたしが見たかったのは、この世界で、この写真のように、笑顔で並ぶ二人の姿だったのに。
ガンジイは、わたしの肩にそっと手を置いた。分かってる。ベストの結果は得られなかったけど、ベターな結末は得られた。これで、自分を納得させるしかないのだ。
……納得なんて、出来るわけないじゃないか。このベターな結末に、わたしはどれだけ貢献した?わたしがなにをした?わたしがいなかったとしても、ガンジイだけだったとしても、きっとこの同じ結末に至っていたはず。わたしにもっと力があれば、特別な何かを持っていたなら、理想を実現出来たかもしれないのに……。
わたしとガンジイは、ロイさんに別れを告げ、川に向かって歩いた。わたしは何度も振り返り、ロイさんの姿を確認した。もしかしたら、気が変わって、わたし達と来てくれるかもしれない。
「子よ、ロイ殿の覚悟に水を差してはならぬ」
「……分かった」
「だが、二人の魂が再会出来るか、確かめていてくれるか?」
「うん」
わたし達は足を止め、川の流れを見つめた。夜の川というものには、不思議な魅力があるように感じる。水面に反射するたいまつの火が、オーロラのように輝く。ある地点では強く、弱く、鮮やかに、ほの暗く、変化する色彩。そしてその流れの先は闇に消えていく。……ありがちな言葉だが、人生みたいだ。
「ねぇ、ガンジイ」
「なんだ」
「ガンジイは、なんでそんなに強くなれたの?」
「悔しかったからだ」
ガンジイはかがんで、川の中に手を入れ、水をそっとすくった。きっとわたしに、表情を見られたくなかったのだと思う。
「かつての私は、無力な子供でしかなかった。私が守りたかった友の命は、この手の中から零れ落ちた。ひたすらに、それが悔しかった。それを悔やみ続けた。せめて友との誓いだけは守りたい。必ず約束を果たす。だから足を止めることなく、歩み続けた」
「……わたしも、ガンジイみたいに強くなれると思う?」
「お前が欲する強さとはなんだ?」
ガンジイがそう、わたしに問いかけたとき、空気の震えを感じた。ロイさんが、責任を果たしたんだ。闇視でそこに二人の魂が見えるかを確認しに行く。ひときわ濃い闇のもや。その中に、二人がいた。固く抱きしめ合う、ロイさんと、アリーンさんの姿が、確かにそこにあった。
二人の魂は空の闇の中に、ゆっくりと溶けていく。手を振るわたしに気が付いて、二人も手を振り返してくれた。そして二人の魂が消える間際、アリーンさんの声が聞こえた。
「ありがとう」
その声はわたしの魂の中で何度も反響し、満ち足りた温かさが心に溢れた。
……まだ、ぼんやりとした輪郭だけど、答えを見つけた。わたしが求める強さ、その形を。
「ガンジイ、ちゃんと見えたよ。二人とも、いくべきところへいったよ」
「苦しんではいなかったか?」
「大丈夫。二人ともこんな顔だった」
写真を取り出し、ガンジイに見せる。そのとき、ふわりと小さな光の粒が、わたしのまぶたの上に落ちてきた。顔を上げると、無数の光の粒が舞い落ちてくるのが見えた。
「砕けた白光石の粒子であろう」
「綺麗だね……」
ガンジイはたいまつを川に浸し、火を消した。光の粒は周囲一帯に舞い、火を掲げる必要なんてないほど、わたし達の周りをやわらかな輝きで満たす。……これは、ロイさんとアリーンさんが、わたしとガンジイに残してくれた贈り物だ。
わたしは手のひらの上に、光を一粒そっと乗せてみた。光は手に触れた瞬間に、溶けて消えていく。まるで……。
「なんて、小さくて……。なんて、儚くて……。冷たくて、温かい……」
わたしとガンジイは、光が全て消えてしまうまで、じっとそこで空を見上げ続けた。ガンジイはそのとき、唐突に不思議な話をしてくれた。落ち込みを隠せていないわたしを、気遣ってくれたのだと思う。
「私が旅に出る直前のこと、二人の女性に出会った。時を超える魔女だと、その二人は名乗った」
「……魔女?」
「その二人は大きな目的のために、時間を超えた旅をしている途中だと語った。魂だけで、異なる時間を飛び回っているのだと。にわかには信じられぬ話であったが、非常識な力を見せられ、信じるほかなかった。そのとき私は理解したのだ。この世界には、魂というものがあるのだと」
「……園子、だったりしないよね?」
「別人であろう。二人が名乗った名は全く違った。その魔女が語った言葉は、まだ深く私の心の中に根付いている。友を死なせ、希望を失った私に、魔女はこう語ったのだ」
『理想の反対ってなにか知ってる?現実よ』
「そしてその魔女は、こうも語った」
『だけどときには、理想が現実を超えることもある。強い信念の持ち主達がそれを成し遂げたのを、私は見てきた』
「……不思議な話だね」
「子よ、お前は優しい子だ。それ故に、己の無力に苦しみ、己を許せぬことがあるだろう。ならば歩み続けるしかないのだ。現実に納得するのではなく、理想を実現するために」
ガンジイのその話が、本当にあったことなのか。わたしのためにしてくれた、ただの作り話だったのかは分からない。……ガンジイが創作なんてするとは思えないから、本当のことだとは思うけど。でも、どちらだったにせよ、ガンジイの言う通りだ。わたしは強くならないといけない。もっと、ちゃんと、強くなりたい。
「ガンジイ、わたしね」
「なんだ」
「わたし、苦しんでる人達を助けたい。それを実現出来る強さが欲しい」
「ならば精進せよ」
「でも自分だけじゃ、どうすれば強くなれるのか、分からない」
「私が共にいる。新たな仲間も、きっと見つかる」
「うん、ありがとう。……行こう。ロイさんと、アリーンさんの村へ」
次回へ続く……




