第二章 光の石 二
第二章 光の石 二
「闇の扉が消えた後、僕は急いでこの研究所に飛び込みました。……ここにいた仲間達は、そのときにはもう手遅れでした。ですが妻は、この部屋、このベッドの下に隠れていたのです。妻はしばらくすると目覚めましたが、すでに正気を失っていました。起きては暴れるを繰り返すばかりで、まともな会話なんて出来ていませんでしたが……。『自分の半分が向こうにいる』。妻がこんなことを言ったのは初めてです。どうにか、妻を元に戻す方法はないのでしょうか?」
「……ごめんなさい、わたしには分かりません」
「私にも経験が無い」
「そうですか……。いえ、妻が目覚めたら、また話してみていただけませんか?僕にはもう、なにも出来ないのです……」
ロイ殿は妻のそばに居たいと言い、私と麗冷は一階の部屋へと戻った。さきほどの話の中には、我らが理解出来ない部分が多かった。闇の扉が消えたという話は今まで聞いたことがない。そしてそこから生還した者の話もだ。麗冷の妹は、助けられはしたが、魂だけの状態になっているという。闇の扉に呑まれた段階で、肉体は消失していたのだろう。
……全ての鍵となっているのは、白光石であろう。この石に特別な力があると見て、間違いはないと思える。ロイ殿が戻って来たとき、白光石の話を深く聞いてみる必要がある。私は麗冷に、さきほどの話を聞いてどう思ったかと質問をした。麗冷は手の上で白光石をいじりながら、少々不満げな口調で答えた。
「嘘をついてると思う」
「私とは少し見解が違うようだ」
「本当のことを言ってると思うの?」
「彼は嘘はついておらぬ。しかし、なにかを隠している」
嘘とは、誤った情報を意図的に伝えること。隠すとは、情報を意図的に伝えないこと。ロイ殿の話の中には、我らに知られたくない秘密があるように感じられた。無論、ただの私の勘だ。事実がどうかは分からぬ。しかし彼の妻を救いたいという想いは本物であろう。その想い故に、あえて隠さねばならぬことがあったのであろうか。
「ガンジイは、アリーンさんを助けたい?」
「無論。お前はそうではないのか?」
「わたしのことを利用しているだけなら、助けたくない」
麗冷はそう言うと、じっと私の目を見つめた。……試されているようだ。この子の眼差しの中には、愛されずに育った子供特有の、猜疑と甘えの混合が隠されている。「わたしの言うことを、ちゃんと聞いてくれるの?」「それを受け止めてくれるの?」「どうせわたしの意見なんて、結局は却下するんでしょ?」そう心の声が聞こえてくる。
「わたし達がアリーンさんを助けようとしたら、なにかしらの危険に巻き込まれると思う。それをロイさんは隠そうとしてる気がする」
「私も同意見だ」
「それなのに助けるの?さっきまでは、わたしも助けてあげたいと思ってたよ。でも自分の為に、人を危険に晒すような奴は、助けてやりたくない」
「お前が本気でそう思うのなら、そうしよう。このまま黙って、ここを出て行けばよいだけだ。しかしそれでは、お前は卑怯者となってしまう。私はそれを良しとせぬ」
「なんでわたしが卑怯になるの?」
「お前は昨日、私を危険に晒すことを承知の上で、助けを求めて来たではないか」
麗冷は黙って私の顔を見つめる。こんな指摘は、言われるまでもなく、本人も分かっているはずであろう。この子が求めているのは、その当たり前の意見を、皮肉でも嘲笑でもなく、愛情をもって真正面からぶつけてくれる大人なのであろう。子供は大人を利用して成長するものだ。存分に私を使ってくれればよい。
「子よ、弱者を憎んではならぬ。この世にはお前より弱き者がいくらでもおり、強き者もまた然りだ。その両者が己を利用しようとしてきたとき、その手を取るべきか否かの判断は、その者が善か悪のどちらなのかによる。私はそう考えている。お前の目には、ロイ殿が悪人に見えているのか?」
「……見えない」
「ならば、どうするべきだ?」
「助ける」
「そうだ。それでよい。お前は優しい子だ」
麗冷はうつむき、小さくすすり泣く声が聞こえてきた。……優しき言葉に、慣れていないのだろう。
「……なんで、そんなに、優しくしてくれるの……?」
「言ったはずだ。お前を信じたいと」
昨日の旅の最中、麗冷の村が闇の扉に呑み込まれていくのが遠くに見えたとき、私は生存者がいるなら救助へ向かうつもりだった。そこに聞こえてきたのは、私の元へ走りくる、誰かの足音だった。奇妙な音だった。たいまつを持たず、一切の光が無い中を、蛇行してくる。この者は闇の中、闇人の位置を把握しそれを避けているのだ。やがてその正体が子供だと分かったとき、私はなにか、運命のようなものを感じた。
私が求め続けてきた光が、ようやく見つかった。そんな根拠の無い確信が、胸をよぎったのだ。
それから少し後、落ち着きを取り戻した麗冷が口を開いた。
「……わたしが、ロイさんが嘘ついてると思ったのは、ここが研究所だって言ったから」
「白光石の研究をしていたと考えれば、筋が通っていると思うが」
「でも記録が無いの。闇視でここを調べたとき、研究記録が無かった。本とか紙は、貴重だから無いのは分かるよ。でも石板すら無いのはおかしい」
それは確かに気になる点だ。麗冷が前にいた世界では、紙が世の中に溢れていたという。信じられぬ話だ。紙はこの世界ではかなり貴重なものだ。私には理解出来なかったが、電子媒体、というものが主流に変わっていたとも聞いた。しかしこの世界の一般的な記録媒体は石だ。石板に文字を刻む。
この建造物は、天然の岩の塊を砕き、人が暮らせるよう改造したものだろう。獣人がいるのであれば、その腕力で岩の掘削も難しい作業ではない。わざわざ岩を砕いてここを研究所にした理由は、記録を残す為、というのがその一つであろう。壁でも床でもよい。石に文字を刻んで記録を取る。不要になれば、その部分を砕いて、そこに新たな文字を刻む。建造物全体を、巨大な石板として利用出来る。だというのに、それを一切残していないのは、不自然なことだ。
「ロイさんが戻ってきたら、なにから聞く?」
「まずは白光石についてだ」
「他のことは?」
「私が聞くべきか判断をする。それでよいか?」
麗冷はうなづいた。そのすぐ後、ロイ殿が部屋へ入ってきた。奥方は眠っているという。ロイ殿は狩りで仕留めたという鹿肉の燻製と、森で集めた木の実をテーブルに置いた。私と麗冷は好意に感謝し、一飯の恩を受けた。食事の最中、私が白光石について詳細を尋ねると、彼は一番最初の段階から話を始めた。ロイ殿とアリーン夫人が出会ったときのことからだ。
「話が長くなり申し訳ございませんが、説明する必要があると思います。食事をしながら聞いてください」
ロイ殿はそう前置き、話を始めた。
「僕が昔暮らしていた村では、獣人と人間とが絶えず争っていました。もちろん両者は別々の村で暮らしていたのですが、黒炎石の採掘を巡り、資源の奪い合いがずっと起きていたのです。両方の村の近辺の黒炎石は採り尽くしてしまい、残されていたのは二つの村の中間地点でした。資源の奪い合い、それだけで済んでいたならよかったのですが、あるときその争いの中で、両陣営に死者が出てしまったのです。それから争いは資源の奪い合いではなく、憎しみのぶつけ合いに変わってしまった。ただお互いを憎み合い、殺し合う。……本当に悲しいことです。ですが全員がそれを望んでいたわけではありません。獣人にも人間にも、和平を望む者はいたのです。僕と妻がそうでした。かつてこの研究所にいた仲間達もそうです」
ロイ殿の話は、そこで一度途切れた。彼は両手をテーブルの上で固く組み、目を閉じ長い息を吐いた。
「きっかけは、妻が獣人の村へ投げ込んだ、一つの石板でした。『共に逃げる仲間を探しています。このままでは人間も獣人も、お互いの村が滅びてしまいます。手を取り合い、共に生きていける仲間を探しています』というメッセージと、落ち合う場所の目印が書かれていました。それを最初に見つけたのは僕で、すぐに信用出来る仲間達にそれを見せました。当然これは罠だという意見もありましたが、結局僕達はそれを信じることにしました。どの道滅びるしかないのなら、希望にすがってみたかったのです。……あぁ、そうだ、少し待っていていただけますか?」
ロイ殿はそう言うと、部屋を出て行き、すぐに戻って来た。その手には木製の板のようなものがあり、そこには非常に精巧な絵が貼りつけられていた。ロイ殿と奥方の二人が笑顔で並んで立っている。そして二人の周囲には、白い粒、光の粒子のようなものが無数に描かれていた。これは雪か。この辺りの気候では、雪は降らぬはずだ。どこか遠い場所で描かれたものだろう。しかし、これは精巧過ぎる。まるで現実を切り取ったかのような……。
「写真だ……」
麗冷がそう言い、ロイ殿が反応した。
「同じものを、見たことがあるのですか?」
「知ってる……。この世界で現像なんて出来ないだろうし、ポラロイドカメラ……?」
「僕と獣人の仲間達は、人間と手を取り合い、共に生きて行ける土地を探し旅に出ました。仲間達との旅の最中、遺跡を発見し、この写し絵をつくる道具を見つけたのです。そこには未知のエネルギーを生み出す遺物があり、この道具はそれを使って動かすことが出来ました。残念なことに、それらの遺物は何度か使うと動かなくなってしまいましたが……。白光石の情報もその遺跡で見つけました。そのとき初めて僕達は、白光石のことを知ったのです」
「その遺跡はこの近くにあるのか?」
「いえ、ずいぶん遠くに。黒炎石を安定して採掘出来る場所を、中々見つけらず、闇雲に旅して回りましたから。この写し絵にあるように、雪の降る寒冷地帯に遺跡はあります。食料の確保は大変でしたが、美しい場所でした。そこに残されていたのは、この写し絵をつくる道具。そして本が二冊と、鉄製の道具がいくつかだけで、それらは全てここにあります。ご覧になりますか?」
麗冷が希望し、ロイ殿はまた部屋を出て行った。私は麗冷に目配せし、彼の後を追うように指示を出そうとしたが、そのときにはすでに、この子は闇視を使っていた。行動判断が早い、優秀だ。少し後に麗冷は目を開け、私に新たな情報を伝えてきた。
「地下があった。ごめん、見過ごしてた。床を開ける部分が隠されてた」
「中を詳しく見たか?」
「時間がなかった。ロイさんはすぐ戻ってくるよ」
ロイ殿は両手に道具を抱えて戻って来た。鉄製の掘削道具が複数個。貴重な品だ。そしてさきほど話していた、写し絵の道具と本が二冊。私はそれとなく麗冷の表情を伺ってみた。暗い顔をしている。やはりそういうことなのだろう。私は一度休憩を取りたいとロイ殿に申し出た。奥方をあまり長く一人にしないほうがいいと進言し、それとなく私と麗冷を二人だけにしてもらいたいと伝えた。ロイ殿は了承し、しばらく妻の様子を見ていますと言い部屋を出て行った。
「この本、私は知らぬ文字だが、やはり読めるのだな?」
「うん。英語だよ。あとこれは、本じゃなくて説明書。このカメラと、発電機の動かし方。ロイさんが言ってた未知のエネルギーって、電気のことだよ。図解されてるから、見たままなんとか動かしてみたんだろうね」
「その道具、シャシン、というものを作れるようだが、一般的なものだったのか?」
「まぁ、珍しいものではなかったかな」
「もはや確定でいいだろう。やはりこの世界は、お前がいた世界の未来だ」
麗冷は小さく「うん」とだけ答えた。それ以外に答えようもなかろう。私は麗冷に、その説明書きの中に、白光石の情報はあるかと聞いた。答えは案の定、そんなことは一切書かれていない、だった。
「しかし、ロイ殿は白光石の情報を遺跡で見つけたと言っていたな」
「どっちだろうね」
「……これに関しては、嘘かもしれぬ。白光石の情報など、遺跡には無かった可能性も、否定は出来ぬ」
「やっぱりもう、本人に聞くしかないよ」
「あるいは、ロイ殿が次に話してくれるかもしれぬ。話はまだ終わっていないのだ。全てを聞いてから判断しよう」
麗冷はやはり、ロイ殿に対し強い猜疑心があるようだ。ロイ殿に、ではなく、己を利用しようとする人間に、が正確な答えであろうと思うが。今までの年月、経験がこの子をそうさせている。導きはするが、それを強くたしなめるつもりはない。心の氷は時間をかけて溶かさねばならぬ。
その後ロイ殿が戻ってきて、話を再開した。奥方はまだ眠っており、目を覚ます気配はないとのことだった。
「では、その後のことを話しましょう。その前に、麗冷さんはその本の内容が分かるのですか?そこには白光石のことは書かれていないと思うのですが」
「え、うん。書かれてないです。分かってたんですか?」
「すみません、白光石のことが書かれていたのは、その遺跡の壁だったのです。この研究所には地下があるのですが、その遺跡にも地下がありまして。その地下の壁一面に、僕達がよく知る文字で白光石のことが書かれていたのです。さきほど説明出来ていませんでした」
「あ、そうだったんですか……」
「僕達は遺跡の壁を砕いて持ち運ぼうかとも考えましたが、それは断念しました。正確に言うと、壁にひびを入れた瞬間、地下が崩れて埋もれてしまったのです。幸いけが人は出ませんでした。それにその頃には、白光石の研究はずいぶん進んでいまして、全員の記憶の中に、必要な情報はしっかり刻まれていましたから。
無理に地面を掘りだそうともしませんでした」
「遺跡を手放したのは、資源が尽きたからか?」
「それもありますが、それ以上の理由があります。……実はこの土地は、僕達が最初に暮らしていた村から、そう離れていないのです。辿り着いたというより、戻って来たというべきでしょう。全ては獣人と人間との争いを止める為です。今も故郷の村があるのかは分かりません。もう争いの果てに滅びてしまったかもしれない。しかしまだ二つの村が争いを続けているのなら、白光石さえあれば、それを止めることが出来るかもしれない。全ての始まりは黒炎石の奪い合いだったのです。それを解決出来る手段が、白光石があるのなら、あるいは……」
「無理だ」
私はそう断言した。驚いた表情で私を見たのは、ロイ殿だけではなく、麗冷もだった。
「私の経験上、憎しみ合う両者が手を取り合うことはありえぬ。ましてや和平を望んでいた者達、貴殿達は村を出てしまったのだ。今や両者の村に残されているのは、憎しみの炎に心身を焼かれた者のみ。たとえ資源の代替品が見つかったところで、争いは止まりはせぬ」
ロイ殿は、悲しみと焦りとが混じりあった目で、テーブルの上の白光石を見つめている。しばしの沈黙が流れた。私はあえて、自ら話を切り出すことはしなかった。ロイ殿の眼差しの中には、強い迷いがある。彼は以前から、村を救うことに対し、諦めの感情があったのではなかろうか。私にとって嬉しい誤算だったのは、最初に口を開いたのがロイ殿ではなく、麗冷だったことだ。
「二つの村を、助けられる方法はないのかな?」
「私の意見は、さきほど述べた通りだ」
「ガンジイは、わたしとロイさんよりずっと長生きしてきたんでしょ。知恵を貸して」
「……二つの条件が重なりあえば、あるいは可能かもしれぬ」
「その条件って?」
「この話は後回しだ。ロイ殿、そろそろ核心を聞かせてもらいたい。白光石とは一体なんなのだ?これはただ、光を発するだけの石ではないのであろう?」
ロイ殿は姿勢を正し、私の顔を見ながら、力のない声で「はい」と答えた。しかし口調はしっかりしており、彼が本来備えている、精神の芯の強さを感じさせた。
「この石は、闇をエネルギー源にして光を発しているのです」
「……詳細を頼む」
「遺跡に残されていた記録によると、闇人の体を構成しているものは『闇』というエネルギーそのものなのだそうです。そしてこの世界には闇が溢れています。白光石はその闇を吸収し、光を発生させているのです。ですから正確に言うと、この光が闇人を遠ざけているわけではないのです。この石そのものを闇人は避けているのです。白光石に近寄れば、体を吸収されてしまいますから」
「じゃあこの石、実質無限に光り続けるってことですか?」
「はい。この世界に闇があるうちは」
「大事な部分を、聞かせてもらおう。白光石はどうやってつくるのだ?」
「すみません、複製方法は分かるのですが、ゼロから白光石をつくる方法は分かりません。遺跡の記録にも、複製方法だけが記されていました」
「その複製方法とは?」
「白光石を飲み込むのです。……それをした人間は、白い光に包まれ、次の瞬間には大きな白光石になってしまっているのです」
「人間を犠牲にするんですか!?」
「……この研究所の周りを囲んでいる白光石は、全て仲間達がそうなったものです。ここが闇の扉に呑まれたその瞬間、仲間達は砕いた小さな白光石を飲み込んだのでしょう……。彼らは白光石に姿を変え、今も僕と妻を守り続けてくれているのです」
ロイ殿はそこで話を中断し、再び奥方の様子を見に行った。白光石は考えていたよりも危険な代物だ。これを外に持ち出すべきではないであろう。麗冷はどう考えているであろうか。
「わたしも同じ。これはこの世界にない方がいいと思う」
「何故に、そう考えるのだ?」
「まず、絶対に弱者が犠牲になるから。わたしが生贄になったみたいに、白光石にされる為に生まれる人間が絶対出てくる」
「同感だ。この石は人間同士の新たな争いの火種になる。ロイ殿には申し訳ないが、これは隠匿されるべきものだろう。変えるべき現状と、その反対の現実がある。これは後者であろう」
「それと、次の理由なんだけど……。怒らないで聞いてくれる?」
「無論」
「ほんとに?」
「子よ、恐れることはない」
「……闇を消すのは、よくないことだと思うから」
「興味深い意見だ」
「この世界は、わたしがいた世界の未来だとして、世界がこうなっていることには、理由があると思うの。なんていうのかな、海から水が消えたら、それはもう海じゃないでしょ。この世界から闇が消えたら……。世界が消えてしまうかもしれない」
「闇に閉ざされたこの世界が、本来のあるべき姿だと、そう考えているのか」
「根拠はないよ。園子が言ったこととも矛盾してるし。園子は太陽を見つけてって言ったから。わたしが気になるのは、闇はエネルギーだっていう、ロイさんの言葉なの。ただ太陽が消えたから、暗くなったわけじゃないのかもしれない」
「その意見、心に留めておこう」
「……ごめんね」
「構わぬ。私は太陽を求め長く旅を続けてきたが、その根幹になるのは人々を救いたいという誓いだ。太陽を見つけること、そのものではない」
「うん……」
「それよりも私は、お前がさきほど二つの村を救いたいと意思を示したことが嬉しかった。ロイ殿を信用する気になったのか?」
「昨日のガンジイの言葉を借りるなら、信じてもらいたがってたからね。昨日のわたしと同じ」
麗冷は白光石を手に取り、目を閉じた。……もしや、闇視を使い白光石との意思疎通を図っているのであろうか。この石が魂の結晶だとするならば、可能かもしれぬが……。
「……駄目だね。この石の中に魂は無いと思う。肉体が石に変質しただけで、魂はきっと還るべき場所にいったんじゃないかな」
「ならばアリーン夫人の魂が、白光石の中にある、ということはないのだな」
「アリーンさんは、白光石を飲み込まなかったんだろうね。だとしたら……」
「魂の一部だけが、闇に囚われてしまったのかもしれぬ。消えてしまった闇の扉の向こうに、魂の半分が行ってしまったのなら、我々に出来ることはないように思える」
「闇の扉が消えたのって、ロイさんの仲間の人達が、一斉に白光石になったからかな?」
「最も考えられる可能性だ。この石は闇をエネルギー源にするという。発生した闇を石が全て吸収したのかもしれぬ」
「なんか仮説ばっかりで、決定打が出てこないね」
「仕方がないことだ。……アリーン夫人の声が聞こえる。目を覚ましたようだ」
私と麗冷は三階の部屋へと向かい、ロイ殿は暴れる奥方を抑えながら、麗冷に協力を申し出た。闇視の力で、もっと話を聞き出せるかもしれぬ。麗冷が闇視を使うとアリーン夫人はすぐに落ち着き、私はロイ殿を連れ一階の部屋へと戻った。ロイ殿は当然、奥方のそばに居たいと難色を示したが、麗冷とアリーン夫人の二人だけにした方が、有益な情報を聞き出せるかもしれないと説得し、彼は渋々納得せざるを得なかった。
「……妻の為に、何もできないことが、苦しくて仕方ありません」
「人にはそれぞれ、役割というものがある。病を治せるのは医者だけであるように、今の奥方を治療出来るのは、麗冷だけかもしれぬ。貴殿は今日まで奥方を守り続けてきたのだ。夫として成すべき責任は果たしているはずであろう」
ロイ殿は、恐縮だと言わんばかりに深々と頭を下げた後、シャシンを手に取り、悲し気に奥方との思い出を口にした。
「妻はここに来てから、よく言っていました。この写し絵の場所へ、雪の降るあの土地へ、もう一度行きたいと。雪というものは、本当に美しいですから」
「奥方は、ここへ戻ってくることに反対していたのか?」
「いいえ、村の争いを止めたいと言い出したのは妻です。ですが結果がどうなったにせよ、妻は村を再び離れることを望んでいました。出来ることなら、雪の降る土地でずっと暮らしたいと。……僕はもう、村のことは諦め、妻を連れてそうしようかとも考えていました。妻を戻せる見込みがない以上、せめて彼女が望んだ土地で、余生を過ごすべきなのではないかと」
「……闇の扉が消えてしまった以上、奥方を戻すのは難しいかもしれぬ。それも一つの選択だ」
「……すみません、僕はあなた達に一つ、隠していたことがあります。僕と一緒に、地下へ来ていただけますか?」
ロイ殿と私は席を立ち、地下室へと向かった。さきほど麗冷が闇視を使った際は、細部まで調べられていなかった。そこにまだ、我らに見せていない何かがあるのだろう。
廊下の突き当り、その床に引き戸があり、そこに地下へと続く階段があった。階段を下りるロイ殿の足取りは重たかった。それほど隠しておかねばならぬものがあるというのか。地下室はそれほど広くなく、ロイ殿が手にしている白光石で全体が照らせるほどだ。食料の保管に使っている部屋のようで、特に目を引くものは見受けられない。
「そこの正面の棚の奥には、もう一部屋あるのです。妻が近寄ると危険なので、僕が棚を移動させて、入り口を塞ぎました」
ロイ殿はそう言うと、片手で棚を横に引きずり移動させた。その奥の部屋にあったものは……。
「これは、闇の扉か」
信じられん光景だ。小さな闇の扉が、そこにあった。麗冷と同じくらいの大きさか。闇の扉の周りには、白光石が取り囲むよう設置されている。どうやら我らの仮説は当たっていたようだ。この白光石が、闇の扉の拡大を防いでいるのであろう。
「この闇の扉は、元々もう少し大きかったのです。僕より一回り大きいくらいでした。白光石が闇を吸収してくれるので、今はこれくらいのまで小さくなっています。もしかすると、そのうち消滅させることが出来るかもしれません。ですが……」
「奥方の魂がここに囚われているのなら、それは悪手であろう」
「……すみません。僕はこれを隠していました。ここに闇の扉があることを知られれば、あなた達は怖がってすぐに立ち去ってしまうと……」
「不問だ。ここまで近くで闇の扉を観察出来る機会は、そうそうない。闇人の危険がない中で、これは貴重な機会だ」
「麗冷さんをここに連れてくれば、なにか分かるでしょうか?」
「二人の様子を見に戻ってくれるか。私はここで観察を続ける」
ロイ殿は三階へ行き、私は闇の扉の捜査に入った。扉の周囲には、得体の知れない力場があり、一定の距離までしか近づけない。もっとも、近づけたところで直接接触することはないが。……見たところ、今まで見てきた闇の扉と、相違点は見受けられない。ただ小さくなっただけのようだ。
それよりも気になる点が一つ。この部屋の白光石の輝きは、わずかに鈍っている。一見では気付かない程度の光量の減少だが、外にあるものと比べ、確実に劣化している。おそらく闇の扉から、相当量のエネルギーが放出されているのだろう。それを吸収し続けてきた結果だと考えられるが……。
ロイ殿は、白光石は闇がある限り無限に発光すると言っていたが、もしもエネルギーの許容量があったなら……。内部に蓄えられた闇のエネルギーが、飽和状態を超えた際に、全て放出されたならば、なにが起きる?
次回へ続く……




