第六章 宇宙の意思 六
宇宙の意思 六
救護室の中に残っているのは、わたし、園子、マリアさんの三人。ナナゴウは無事に目を覚まし、みんなの反対を押し切って施設の修理作業を始めている。明の指示の元、ガンジイやムクと一緒に施設の修復作業に取り掛かっているのだ。ミニちゃんも微力ながらお手伝いしているようだ。光側の勢力は、元々いた世界に戻れなくなってしまった。魂の通り道が再び開通するまで、この施設内で生き残っていくしかない。本来ならわたしも修理を手伝いに行きたいところなのだが、わたしに抱き着いて離れない大きな子供のせいで、身動きが取れない状況だ。
「アイ~、もっとぎゅってして~」
「あぁ、はいはい」
「……園子さんは、いつになったら正気に戻るのでしょうか?」
「分からないですねぇ……」
魂を修復した際の副作用だ。あれをやられると、マタタビを与えられた猫のようになってしまう。魂を直接愛されると、その身も心もとろける感覚にやられて、恍惚とした状態からしばらく戻れなくなってしまう。ナナゴウが園子より先に目覚めてくれて、本当によかった。本当に、よかった。園子のこんな姿をあの子に見せるわけにはいかない。
「アイ、ママって呼んでいい?」
「絶対無理」
「アイはあたしの心のママでしょ?」
「違います」
「もっとちゃんとなでなでして!手ぇ止まってる!」
「あぁ、はいはいはい」
繰り返し言うが、ナナゴウに園子のこんな姿を見せるわけにはいかない。絶対に見せられない。わたしだって若干引いているのだ。ここまで甘えん坊になるのは予想外だった。……お姉ちゃんと二人きりのときのわたしも、はたから見るとこんな感じになっているのか?
「園子には、わたしの姿って変わらずに見えてるんだよね?」
「変わらずってなに?アイはずっとアイのままだよ」
「そっか、嬉しいような、なんというか……」
「手ぇ止まってるよ!もっと愛して!」
「あぁ、はいはいはいはい」
園子が正気に戻ったとき、気まずいなぁ。どんな顔して会えばいいのだろう。
「……一つ、ご相談があるのですが」
「なんですか?」
「あなたのその力で、わたくしの魂を修復することは可能でしょうか?魂の寿命を延ばすことは?」
「ごめんなさい、出来ないです。わたしの力って、感情を引き金にして発動するんです。マリアさんは、その、今日会ったばかりですから。それに経年による魂の劣化は修復出来ないと思います。やってもとろける感覚を味わえるだけかなと」
「そうですか……。残念ですが、仕方がないですね……」
「魔法ではなくて、科学ですからね、この力は」
最近「別世界」だの「無」だのと、まるでファンタジーのような言葉が飛び交っているが、全て科学なのだ。決して未知のエネルギーを使っているわけではない。魂とは別次元に存在する量子のふるまいだし、魂の消滅とは核子崩壊。別世界への転移とは量子もつれと分子の再結合。無の力は真空崩壊の応用操作。量子のゆらぎを、わたしの意思、つまりは波動と振動数によって変化させ、不安定なエネルギーを安定へ、その反対へ、もしくは真空の泡を発生させ、全てを無に呑み込むことも出来るし……。
「レイレイさん、それ以上はいけません。あなたの脳が悲鳴を上げています」
「そう、ですね……。気をつけます……」
一度無に呑まれたときに、わたしの魂には異常な密度の情報が溶け込んできた。肉体の脳にこの情報を移そうとすると、熱暴走して倒れてしまいそうになる。意識的に考えないようにしないと……。この世界の科学的仕組み、成り立ち、そして基礎から応用まで、魂と肉体は別であるという概念を忘れてはいけない。
「それにしましても、あなたと園子さんは相思相愛なのですね」
「まぁ、はい。友達ですよ」
「友達以上では?」
「……に、なってもいいとは思いますけど」
「園子さんの心の母ですものね」
「おや、案外からかってきますね」
マリアさんとそんな話をしていると、耳元から寝息が聞こえてきた。園子がいつの間にか眠ってしまっている。赤ん坊みたいだな、もう。そっと園子をベッドに寝かせ、ほっぺにちゅーしておいてあげた。おそらく園子が目覚める前に、わたしたちはここを発つことになるだろう。
「わたくし達、光側の世界がどうなってしまっているか、心配です……」
「リーダーがいなくなってしまったわけですからね」
「せめて現状を知ることが出来ればよかったのですが……」
「それをお知らせに参りましたわ」
救護室の入口に、見知らぬ女の人が立っていた。……死神ではないな。たぶんお姉ちゃんが言っていたパートナーだろう。わたしの生まれた生贄の村で、ずっとわたしの妹を演じていた人だ。このタイミングで現れるとしたら、その人以外にありえないだろう。
第一印象、ザ・お嬢様っていう感じの人だ。物腰が柔らかくて洗練された印象を受ける。長めの髪をくるくるとロールにして、普通なら甘ったるくなってしまいそう。だけど適度に引き締まった女性らしい顔つきが、バランスよく調和されている。どことなくマリアさんに似た空気がある。温和な雰囲気があるけれど、その中に気品の高さが漂っている。わたしの勝手なイメージだけど、社交界でお高く留まっているより、養護施設なんかで貧しい子供の面倒をみることを好みそう。実際そういう人なんだろうな。お姉ちゃんが信頼を置くパートナーということは。
「全っ然、妹と雰囲気が違いますけど」
「あら、よくわたくしだと気付きましたわね。演技力にかけては、リリス様よりわたくしの方が上ですのに」
「一応自己紹介しておくと、今は麗冷といいます。あの頃のわたしには名前なんてありませんでしたから」
「クリスティーナと申します。マリアさんもごきげんよう。わたくしは魔女様のパートナーですわ」
「魔女様にそのような方がいらっしゃったのですね」
「数カ月ほど、あなたたちの所にいましたのよ」
「……光側の世界に、ですか?」
クリスティーナさんは、わたしの妹に化けて、光側の勢力の内側に潜り込んでいたことを伝えた。マリアさんですら、それに全く気付いていなかったようだ。さすがお姉ちゃんのパートナーだ。この人もとんでもない力の持ち主なのだろう。
「正確に伝えますと、光側の世界に潜り込んでいたのは、わたくしが創った人形ですの。別世界に魂が行くことは本来不可能ですもの。あなた達のような、宇宙から使命を与えられた存在にだけ許されている行為ですから」
「その人形を、遠隔で操っていたと」
「そういうことですわ」
「それで、今光側の世界はどうなっているのですか?」
「あなたたち光側の世界、調律界は死神によって消滅させられましたわ」
「……え?」
「でも心配しないでくださいまし。死神が消滅させたのは、わたくしが創ったコピーですもの。世界のコピーを創って、すり替えておきましたの。本物は時間が止まった別空間に保存してありますわ」
「そ、そう、ですか。コピー……。別空間……」
マリアさんが引いている。さらっと凄まじいことを言われたし仕方がない。世界のコピーを創って?時間を止めて?別空間で?わたしたちとは、やっていることの次元が違う。猿と人間くらい隔たりがある。
「わたくしがここに来たのは、あなたたちが用意していた道具や材料を、ここに届けるためですわ。調律界への転送装置があった部屋、あそこに転移させておきました。これからの死神との戦いでは、あなたたちの作った武器が必要になるでしょうから」
「あ、ありがとうございます」
「それと機械の兵隊さんたちの魂は、ナナゴウさんを除いて全員調律界へ転移させておきました。この先の戦いにはついてこられませんもの。ナナゴウさんはしっかりと鍛えてくださいまし。必要不可欠な人材に育つはずですわ。戦いの戦局を左右するほどの」
「そ、そう、ですか」
「そして麗冷さん、リリス様から伝言ですわ」
「お姉ちゃんから?」
「そのまま伝えますわね。『無の世界から、ずいぶんあっさり戻ってきて驚いているわ。優秀過ぎて怖いくらい。わざわざ伝える必要もないと思うけれど、あなたはあなたの道を進めばいい。じゃ、がんばってちょうだいね』。だそうですわ」
「お姉ちゃんも、忙しそうですね」
「えぇ、いつものことですし、もう慣れていますけれど。ではわたくしもお暇しますわね。ごきげんよう」
クリスティーナさんは、伝えるべきことだけ言いきると消えた。決して無愛想なわけではなく、本当にただ多忙のようだ。
「……魔女様とクリスティーナ様は、これからの戦いに直接参加してはくださらないようですね」
「そうですね。なにかしらの意図があって、協力はしてくれるけど、直接介入はしてくれないみたいですね」
「レイレイ、レイレイ!」
ムクが救護室に駆け込んできた。よく分からないが興奮している。なにかいいことがあったのかな。
「じいちゃんとかな、ミニちゃんとかな、ナナゴウとかメイとかな!一緒に扉の修理してたんだけどな!」
「うん」
「なんかな、ぴかーってなって、全部なおってた!」
「ぴかー?」
「扉だけじゃないぞ、壊れてたところ、全部なおってるみたいだぞ!どうなってんだー?」
クリスティーナさんか。のんびり施設の修理なんてしている場合じゃない。早く旅を再開しろということだろう。ここまでの旅が妙にテンポがいいというか、駆け足気味だった理由もそれなのだろう。「時間がない」ということだ。必要な仲間を集めて、わたしに力の使い方を覚えさせて、ここからの旅もゆっくりと歩むわけにはいかないのか。まぁ、ゆっくり進めと言われたところで、のんびりと進行するつもりもないが。
「マリアさんは園子と明と一緒に、ここで武器の開発を進めるしかないですね」
「外に出られない以上、そうするしかありませんね」
「ここを死神が襲ってくることはないはずなので、そこは大丈夫かと。奴らの狙いはわたしだけなので」
「レイレイさん達は、闇側の本部を目指すことになりますね。結局旅の目的地は変わっていませんね」
「カンスケたちに停戦と協力を、要請しに行かないといけませんから」
ムクはお腹が減ったと食堂に行き、わたしはガンジイを探して訓練場に行った。その途中、通路で明と会った。ガンジイはすでに食堂に向かったという。わたしと入れ違いになってしまったようだ。
「寂しいでしょ、またガンジイと離れ離れだもの」
「魂が張り裂けそうだね。早くガンジイが死んでくれればいいのに」
「ぎりぎりまで一緒にいなくていいの?」
「どっかの倉庫に、あなた達が使えそうな武器があったはずでね。ガンジイには早く死んでほしいけど、だからって今の状況を放置するわけにもいかないから」
「少なくとも、死神との戦いが終わるまで死んでもらったら困るよ」
「戦いが終わったら早く死んでほしいね」
この数秒の間で「死んでほしい」が三回も出てきたけど。まぁ明は魂だけの状態だから、直接ガンジイに触ることが出来ない。せっかく愛する人と再会出来たのに、手を繋ぐことすら出来ないのは確かに悲しいだろう。ガンジイが死んで魂だけになれば触り放題だけれど、それはずっと先の未来まで我慢してもらおう。
「そういえばあなた、自分のこと『明』って名前で呼ぶけどさ。素のときは『わたし』になってたね」
「そこ気になる?」
「かわい子ぶってるのかなーって」
「主張してるんだよ。大切なものをありがとうって」
「よく分かんない」
「わたしに『明』って名前くれたの、頑爺だからね」
「……ふーん?」
「ちなみに言っておくと、彼に『頑爺』って名前をつけたのも明だからね」
「…………ふぅうーん?」
明は得意げに笑みを浮かべると、どこかへ去って行った。とりあえず、ガンジイを追って食堂に行こう。食堂に行くと、一緒に旅をするメンバーがそろっていた。ガンジイ、ムク、ミニちゃん。そしてここにナナゴウが追加で入ってくる。
「ここにあるブロック食は、可能な限り携帯すべきです。兵たちはもういませんから、余しても誰も食べられないですし」
「ここから闇の本部まで、どれほど離れているか分からぬ。ここを出る前に、食事をとっておこう」
「ガンジイはもう食べたの?」
「いいや、まだだ」
「麗冷のおすすめは、バニラ味だよ」
ガンジイが怪訝な顔でこっちを見てきた。わたしはにやりと笑って見返す。よろしくない遊びを覚えてしまった。怒るなら明にしてくれ。わたしは悪くないぞ。
「ガンジイもさ、自分のこと名前で呼ぶといいよ。明にもらった名前なんでしょ」
「滑稽極まるな」
「というか、本当にもう明と離れることになるけどいいの?」
「構わぬ」
「ここで明と再会してしたことって、明に殺されそうになって、後は明に殺されそうになって、たぶん別れるときも殺されそうになるくらいだよ」
「それでよい」
いいのか、それで。本人がそう言うのだから、これ以上口出しするつもりはないけれど。もっと濃密な人間模様が見れるかと思っていたのに、ずいぶんあっさりしている。いやあっさりはしていないか。再会した直後に殺されそうになってたし。
「ここにいる私という人間は、彼女を失ったことで形成されたのだ。明を失い歩むべき道を定め、旅を続けてきた。彼女と再会出来たところで、その道をそらすつもりはない。まだ己が歩んできた道の終着点に辿り着いておらぬ。彼女と共に歩む道は、その終着点の先にある、新たな道の中だ」
「さすが『頑爺』」
「お前は、新たな道をどう見定めておる?」
「そのうち話すよ。もう考えてはいるの。でも二人だけで話さないと意味がないから」
わたしたちを取り巻く状況は、一旦簡略化されたに過ぎない。とりあえずは最優先で対処が必要な、目先の目標が現れた。死神との戦いに勝ち、この世界の消滅を防ぐ。その目標を達成出来るまでは、闇と光の争いは止まる。だが、その後は?
わたしたち旅人組を「無」と呼称することにしよう。今まで闇・光・無の三勢力は、別々の道を歩んでいた。だが巨大な岩がその三つの道を塞いでしまった。その岩が死神だ。三勢力はその岩を壊すために、一旦同じ道を歩むことになる。お姉ちゃんが調整してきた結果だ。これから歩むことになる死神との戦いという道は、魔女が用意した道。今はその道を歩むしかない。
だが岩を壊した後はどうする?三勢力はまた別の道を歩むのか?はっきり言うと面倒だ。いつまでもだらだらと、闇と光の争いに巻き込まれるのは、わたしは御免だ。それに死神に勝ったところで、一時しのぎでしかない。宇宙はこの世界に問題があると判断した。その問題を取り除かない限り、また新たな死神が現れることになる。この世界は消滅の危機から逃れられない。
一つ、方法は思い浮かべてある。三つの勢力の目的。その全てを達成する道がある。ただこの道は、みんなが幸せになれる道ではない。犠牲が必要になる。わたしが最も嫌うことだ。誰かの目的の為に、誰かが利用されること。誰かの都合のせいで、誰かが犠牲になること。だけど……。
その犠牲というのが、わたし一人だけで済むのなら、それが最善だ。
わたしたちは、ありったけの食料を袋に入れ、旅を再開することにした。闇側の本部、カンスケやオクゼツのところへ。
「では、これからお世話になります」
「堅苦しいよ。これから一緒に旅するのに」
「これが僕という人間なので。では司令、総司令官、ソノコさんによろしくお伝えください」
ナナゴウが旅人組に加わる。育成しがいのある、将来有望な戦力だ。元々才能のある子だし、ガンジイとムクに鍛えられながら旅するのだ。相当強くなるに違いない。ただ園子と別れの挨拶が出来なかったのは残念だ。結局園子はあれから目覚めていない。ナナゴウは必ずまた会えるからと言っていたが、最後に園子とハグくらいさせてあげたかったかな。
「これ、あなたに贈り物」
「弓?」
「そう、光側の技術で作った、すっごく良い弓だよ」
明がそう言って、弓を構えた。なぜ自分で構える?
「明が使い方の手本見せてあげる」
そう言うと、躊躇なくガンジイに向かって矢を放った。ガンジイも無表情でそれを掴んで止めてるし。
「ガンジイ用の斧とか、ムク用の籠手もあったんだけどね。ガンジイは手に馴染まないっていうし、ムクは叩いて壊しちゃったし」
「あの斧は軽すぎて扱いづらいのでな」
「あれ脆くってだめだなー。あたしが直接ぶん殴った方が強いぞー」
「ムクの怪物的強さには、明も脱帽だよ。はい、弓」
明は弓をわたしに渡してきた。……軽い。軽量だが丈夫だ。適度なしなやかさがあって、扱いやすい。
「明が見た限り、あなたは直接戦闘には向いてないよ。肉体的な才能があなたにはない。どれだけ鍛えても体が大きくならない、非力な体質。だから後方支援の方がいい。元々弓の扱いは練習してたようだし、それを続けた方がいいね」
「うん、ありがと。でも腹筋ばっきばきにするくらいには、ちゃんと鍛えるから」
「鍛えなくていいぞー」
「言わなくても分かってるだろうけど、無の力に頼るのは駄目。ガンジイにちゃんと鍛えてもらいなよ。それと、ミニちゃん用の武器もあるんだ」
「ぼくのもあるのよ~?」
ミニちゃんがムクの頭の上へよじ登ってきた。明はミニちゃんのお腹に、ベルトを巻いていく。……なんかあれだ、ポーズを決めて変身する、仮面をかぶってバイクを走らせるヒーローが腰に巻いてるやつ。あれそっくりだ。
「急ごしらえだけど、中々強力な武器だよ。ミニちゃんって、毎日お昼に発光するんでしょ。そのエネルギーをこのベルトの中に貯めていける。おおよそ七日でエネルギーは最高値に達するから、後はそれを好きなときに放てばいいよ」
「サンシャイーン!」
「明は引き続き武器の開発がんばってね。麗冷も鍛錬に励むから」
そう言ってにやりと笑ってやった。明もにやりと笑い返してきた。ガンジイは無表情だ。
「それとレイレイさん、これを闇側の本部へ届けてください」
マリアさんが、なにやら謎の指輪を渡してきた。なんの変哲もない、ただの銀の指輪に見えるが、まさか危険な兵器ではないだろうな。
「それは転移装置です。床に設置すれば、こことその場所間を転移できます」
「すごいじゃないですか。こんな小さな装置で量子のゆらぎを制御出来るんですか」
「ですが必ずカンスケに、闇のエネルギーをその場から遠ざけるよう伝えてください。わたくしたちは闇のエネルギーを受けると、魂を激しく損傷してしまいます。ですので道中でわたくし達を呼ぶのも避けてくださいね」
「ちなみになんですが、闇側の本部ってここからどれくらい離れてますか?」
「あなたに分かりやすく言うと、約五〇〇キロメートル。過去の時代でいうと、おおよそ東京都から青森県までです」
「……ここって、すでに日本の中だったんですか?」
「いいえ、地形は様変わりしています。かつての海が大地になり、その逆もです。もはやかつてと同じ国の境はありません」
天変地異だな、もはや。東京から青森か。遠いような近いような。とにかく東に進み続ければ、かつての日本に辿り着けることは確定だ。
「じゃあ、わたしたちは行きます。また闇の本部で会いましょう」
「お気をつけてください。死神は未知の敵ですからね」
「ナナゴウも気を付けてね。次会ったときは、明に勝てるくらいに強くなっててよ」
「精進します」
「では、出発するか」
こうして光側と別れ、わたしたちは旅を再開した。別れ際に明がまたガンジイを殺そうとしたけど、もう日常風景だし和やかに別れの挨拶を済ませた。
さて、闇側の本部に着くまでに、またなにか一悶着か、二悶着くらいはありそうだ。でも気にかかるのは、闇側が今も無事にそこにいるのかということ。
「死神は、間違いなくカンスケたちにも手を出したはず。無の力に定められた人間が誰か、実際に会うまで特定出来ないからね。光側の施設が襲われたんだから、闇側だって襲われたはず」
「オクゼツ大丈夫かなー。昔のままのあいつなら、負けちゃうんじゃないかー?」
「僕は直接、闇側と対峙したことがありませんが、どれほどの実力なのですか?」
「弱っちいのが一人と、たぶんめっちゃ強いのが一人だなー。他の奴は会ったことないぞー」
「カンスケの本当の実力がどれほどなのか、私にもまだ見当がついておらぬ。……奴は欺瞞の術に長けておる。未だ底が見えぬのが恐ろしくもあり、頼もしくもある」
カンスケは、自分はガンジイと同じくらいの強さだと言っていた。真正面からの殴り合いならムクより下だとも言っていた。……だけど、それが真実であるかなんて、本人にしか分からない。
もしもカンスケが、あの時点からすでに死神の存在に気が付いていて、自分の力を隠していたなら。本当はガンジイやムクよりも、遥かに強い可能性もある。……それどころか、この世界で最強の存在である可能性すら……。
「オクゼツ、元気だといいけどなー。今頃ぼろぼろにされてたりしないよなぁ……」
ー 時をさかのぼり、おおよそ六時間ほど前 ー
「よし、いいねオクゼツくん。稽古は終わり!」
「え、もうっすかボス?」
「前々から言ってるけど、その『ボス』って呼ぶのやめてよ。気軽にカンスケでいいのにさ」
「そんなん無理っす」
オレがボスに稽古をつけてもらうようになったのは、二週間前からだ。オレが本部に戻ったとき、ボスが急に「特訓しよう」と言ってきた。オレとしても願ったり叶ったりだ。ここからどう自分が強くなればいいのか、自分の中で答えが見出せなくなっていたとこだったからよ。次にムクと会ったとき、あいつを少しは見返してやりてぇしな。それに……。
「こんなんじゃ、まだ誰も守れねぇっす……」
「いや、おれが教えられることはもう伝授しきったよ。ここまで短期間で成長するとは予想外!嬉しいね!」
「そうっすか?全然強くなってないと思うんすけど」
「オクゼツくんは仲間を守りたいから、強くなりたいわけでしょ?闇の力は感情に作用される部分が大きいからさ、まだそれを自覚というか、発揮出来てないだけなんだよね」
「そうなんすか。自分では分からねぇっす」
オレは強くなれてるのか?分からねぇ。自分の実力を、自分ではかることが出来てねぇ。それこそ実力不足の象徴なんじゃねぇのか。
「オクゼツ、おひさ。まだくたばってなかったんだな」
「ヤヨイじゃねぇか。久しぶりだな、元気にしてたか?」
「お前よりはな」
言葉づかいの悪いこのガキは、オレたちの仲間のヤヨイだ。オレの少し後に闇側に入ってきた後輩だ。こいつも本部に戻ってきたのか。しばらく前から会ってなかったが、今までどこでなにしてたんだろうな。
「少し会わねぇ間に、ちょっとは背ぇでかくなったか?」
「ヤヨイたちは、見た目変わらねぇし。からかうならどつくぞ」
見た目は小っこいくせに、態度はでっけぇガキだぜ。こいつが闇側に入ったのは、肉体年齢が八才のときだって言ってたか。本人曰く「女は生まれた瞬間すでに女なんだぜ」ってことで、容姿には気を遣ってるらしいがよ。ガンジイと同じ黒人で、縮毛をきれいに編み込んで気取ってやがる。おまけに貝殻で作った耳飾りまでしてやがる。それなのに服は飾り気のねぇ、真っ黒なワンピースだし、女の感覚はよく分からねぇな。
「ヤヨイちゃん、化粧変えた?いいね」
「カンスケはちゃんと気付いてくれる。それに比べてオクゼツは駄目男」
「うるせぇ、お前の顔なんてちゃんと見てねぇよ」
前となんか変わったか?……あらためて見てみると、黒人にしては目が細めで、鼻も小さいな。もしかすると黄色人種か白人の遺伝子が混じってるのかもな。あとは平均的な顔って感じか。で、化粧ってのはどこだ?まぶたの上側がうっすら朱っぽくなってるような気はするな。鉱石を砕いて顔料に加工でもしたのか。
「じゃ、久しぶりに闇側の勢力が集結したことだし、大事な会議を始めますか」
「ついに光側と戦うんすか?」
「いいや、光側とも違う世界から、もっとやばいのが来るよ。ヤヨイちゃんにはそれを探ってもらってたんだよね。それでなんだけど、しばらく光側と協力関係を結ぶことにするよ。向こうもそのつもりになるだろうしね」
「……そんなにやべぇのが来るんすか?でも、光側と手を組むなんて……」
「不本意だよね」
「オレとしては、死んでも嫌です」
「ヤヨイも断固拒否したいし」
光側の連中のせいで、闇側はとんでもねぇ犠牲を払った。奴らが闇の扉の制御装置を破壊したせいで、オレ達は闇の核と戦わないといけなくなった。
「でもね、そうせざるを得ない存在が来るんだ。おれの頼みだと思って、ここは目をつぶってほしい」
「ボスがそう言うなら、そうするっすけど。で、どんな奴が来るんすか?」
「死神だよ。近いうちに、ここを攻撃してくるはずだね」
次回へ続く……




