第六章 宇宙の意思 五
宇宙の意思 五
通路の奥から、異様な力が流れ続けてくる。魔女はこれを、宇宙が麗冷に授けたものと言うが、あの子は一体なにに巻き込まれておるのだ。あの子は一人の人間として成長しその人生を全うすることを望んでおる。それを捻じ曲げるような真似を宇宙とやらがしているのであれば、許すわけにはいかぬ。
「最初に言っておくけれど、宇宙には意思があれど、人格なんてないわよ」
「その二つは同様の意味ではないのか」
「自浄作用とでも言えばいいかしら。自然はその姿を維持するために、異物を排除する機能を持ち合わせているわ。宇宙の意思とはそういうこと。この世界を、宇宙は消滅させるべき異物と認識したのよ」
「闇や光の行動の結果か」
魂の本来の在り方を歪める行為。それを宇宙は「消滅」という手段をもって排除し始めたというのか。
「宇宙はそれを行う存在を、あの子に定めた。そこに理由なんてないわ。ただ無作為に選ばれただけ。宇宙の勝手で力を与えられ、私はその扱い方を教えただけ」
「では、私がさきほど戦った相手は何者なのだ」
「あれも宇宙の意思で力を与えられた存在よ。魂をこの世界に閉じ込めて、出られなくさせる存在。『死神』と私は呼んでいるわ。宇宙はこの世界に存在する全ての魂を異物とみなしたのよ」
「その死神は、麗冷が今日ここで力を発揮することを分かっていたのか?」
「分かっていたというより、それが奴らの目的。この世界を消滅させる力を持った魂を見つけ出し、力を発動させる。まんまとしてやられたわね。あの子の大切な人を、目の前で殺したのでしょう。感情の爆発が引き金になったのよ」
「……園子が殺められたのか。あの子がこの力を暴走させたということは」
状況は、非常に困難なものとなっている。しかしなんとしても、麗冷を止めねばならぬ。魔女と共に「無」に浸食された道を進んで行く。闇とも暗黒とも違う異質な光無き世界だ。魔女がいなければ、私もこの無に呑み込まれているのであろう。……待っておるのだ麗冷。お前の意思を、意識を、取り戻す。
ここは一体どこだろう。何もかもが消えた世界。あらゆる光、空間、時間、その全てが消滅した無の世界。甘くとろけるような感覚が、わたしの全身を満たしていく。これは誰かの声?なにかの意思?わたしの中で、真の幸せとはなにかをしきりに囁いてくる。
そう、ここは楽園。あらゆる苦しみが存在しない世界。無の世界。
そう、ここが理想郷。全ての存在が平等である唯一の世界。無の世界。
あぁ、なんて素晴らしいのだろう。そう、無なんだ。わたしが求めていた本物の幸福は、無であることだったんだ。
誰もが誰もを苦しめない。みんながそもそも無い世界。誰にも利用されない。誰も利用できない。争わず、競わず、もう誰も、なにも苦しまなくていいんだ。ただここに存在しないこと。それが本当の幸せだったんだ。
「子よ、帰るぞ」
……誰だろう。わたしを邪魔する奴がいる。帰る?どこへ?わたしはそんなこと望んでいない。
「旅を続けるのだ。皆と共に」
なんのために?誰のために?わたしはずっとここにいる。みんなもずっとここにいる。
「私の手を取るのだ」
なんのために?誰のために?わたしはどこにもいない。みんなもどこにもいない。
「さっさと目覚めなさい。園子を助けたいのならね」
……園子。園子、ごめんね。結局また助けられなかった。でも大丈夫、もう苦しまなくていいんだよ。全部が無になるんだから。
「力の使い方は教えたでしょう?あなたが園子を助けるのよ」
そうだよ、わたしが助けるの。全部を消してしまうから。あらゆる苦しみを、わたしが消してあげるから。
「悔しくないのか」
……悔しい?なにを悔やむことなんてあるのか。ここにはなにも無いのに。
「強大な力に懐柔されるなど、お前らしくない。お前は宇宙に利用されているだけなのだぞ」
利用。……利用。わたしが、誰に、なにを……。
「己が誰かを思い出せ。強くなりたいのではなかったのか」
……そうだ、わたしは。わたしは、強くなるんだ。どこのどいつだ、わたしに意味の分からない戯言を吹き込もうとしていたのは。わたしを利用しようとする奴は、全員潰してやる。
「私の手を掴め!麗冷!」
「ガンジイ!」
全身を引っ張られるような感覚がわたしを襲った。いいや、実際に引っ張られた。底なし沼から引きずり出されるように、わたしの意識はこっちの世界に引き戻された。……ここは、さっきまでわたしがいた部屋か。あれからどれくらい時間が経った?いや、時間は一秒たりとも経っていないはず。わたしたちがいた場所は「無」なのだから。
「意識を取り戻したか」
「ガンジイ……?」
いつの間にか、ガンジイに両腕を掴まれている。わたしをこっちに戻してくれたのはガンジイだ。……視界の端に、一瞬だけお姉ちゃんが入り込んだ。すぐに部屋を出て行ってしまったけれど。そうか、二人がわたしを助けてくれたのか……。わたしが引き戻されるのと同時に、周りを侵食していた無の空間もなくなったようだ。
「呆けている場合ではない。友を救うのだ」
「……園子!」
そうだ、園子が胸を貫かれて、それで……。みんな倒れてる。ムクもミニちゃんも、マリアさんも明もナナゴウも。敵はどこに行った?園子を助ける前に、まずは安全を確保しないと。
「敵はもういない。すでにこの施設内は安全だ」
ガンジイが先読みしてそう教えてくれた。落ち着きのある声だ。ガンジイがそばにいてくれると、わたしも安心出来る。わたしは急いで園子を抱き起こした。意識を失ってるし魂が消えかかってる、すぐに治さないと。冷静になれ、わたしなら出来る。力の使い方はもうお姉ちゃんから教わった。
「ガンジイはみんなが無事か確認して。わたしは大丈夫だから」
「うむ」
わたしの力には、三つの軸がある。破壊と無と修復。マイナスとゼロとプラス。怒りや憎しみに任せて消し飛ばすだけじゃない。その逆だって出来るんだ。
園子の魂を優しく抱きかかえる。母親が赤ん坊を抱くように、全身に愛情を込めて。温かい光がわたしと園子を包んでいく。園子を苦しめる、全ての痛みを取り除く。園子の胸に空いた傷跡が、少しずつ消えていく。元の魂の形へと戻っていく。
「……アイ……?」
「大丈夫、そのまま眠ってていいよ」
園子の両目が薄く開き、意識を取り戻した。
「今は何も考えなくていいの。わたしに全身を預けて」
「……あぁ……」
「そう、なにも考えないで。なにも苦しまないで。わたしが園子の全部を愛してあげるから」
「……愛……」
園子は腕をわたしの首へと巻き付けてきた。そう、それでいいの。心を全部開いて。わたしに甘えて。生まれたばかりの赤ん坊へと戻って。
「さぁ、温かいね。眠くなってきたね」
「うん……」
「わたしの声だけ聞いて。温かさだけ感じて。なにも怖くないよ、痛くないよ」
「……うん……」
優しく園子の頭を撫でる。頬に顔を寄せて、愛を伝える。園子が寝息を立て始めた頃、彼女の傷は完全に癒えていた。
……治せた。園子を救った。わたしが助けた?ちがう、わたしがじゃない。わたしに問答無用で押し付けられた力が助けた。
「全員無事のようだ。このまま固い床に寝かせておくわけにもいかぬ。どこか寝床があればいいのだが」
「あるはずだよ。兵たちになるべく普通の子供と同じ暮らしをさせたがってたから」
「園子は私が背負う。お前が担ぐのは厳しかろう」
「ガンジイじゃ担げないよ。魂だもの」
「……あぁ、そうだったか。明とマリアもお前に頼まねばならぬな」
「わたしだって、トレーニングしてるし。ちゃんと担げるはず」
園子を抱きかかえたまま立ち上がる。……持てる重さだ。魂にも重さってあるんだな。日頃の筋トレの成果だ。みんなには悪いけど、まずは園子を運びたい。寝床を探し通路を歩きながら、わたしは自責の念に駆られていた。
「半分、自分が怖いよ。もう半分は納得出来るけど」
「今くらいは己に甘くてもよいのではないか」
「駄目だよ。わたしはこの力で、みんなを消滅させかけた。みんなどころじゃない。この世界を消しかけた。誇れるようなものじゃないよ」
「しかし、友を救ったことも事実だ」
「そんなの結果論だよ」
「お前のひたむきさは立派なものだ。だが、心得ておくがよい」
「なに?」
「これから我らが歩む道は、努力して得た力だけでは、進むことが叶わぬ。お前がいなければ、道を閉ざされることになるであろう」
「……力を、もっと使えって?」
「それはならぬ。その力は、本当の危機に陥ったとき以外は使うべきではない」
「うん」
「そして、私はお前の力を頼るのではない。その力を振るうお前を頼るのだ。お前は私やムクを頼るときに、武力そのものに頼っているのか?」
……それは、ガンジイとムクだから。この二人だから安心して頼れる。間違った力の使い方をしないと断言出来るから。
「己の力を忌避するな。力に溺れ、己を見失うな。正しき使い方を模索し続けるのだ。それもまた、強さの形だ」
「うん」
「では、わたしたちを襲ってきたのがなんだったのか、説明会を始めます」
救護室の中、わたしは壁にかけられたホワイトボードの前に立ち、学校の先生のように授業を始めた。みんなは一時間程前に目を覚ましたが、ベッドで体を起こした状態で授業に参加している。ムク、ミニちゃん、明とマリアさん。園子とナナゴウは、まだ目を覚まさない。園子は問題ないけど、ナナゴウは心配だ。魂を原動力にした反動が、まだ続いているようだ。ガンジイは立ったまま、部屋の入口近くにいて、念のために通路から敵が来ないか見張っている。今日はもう誰も来ないはずだが、念には念をということらしい。
「あいつらのことは、死神と呼ぶことにします。お姉ちゃん、魔女がガンジイにそう言ったみたいだから」
「魔女様は、死神の存在をやはり認識されていたのですね」
「わたしの予想通りでした。じゃあ、まずは宇宙とか世界についておさらいしましょう。たぶんムクとミニちゃんは、その辺あやふやになってるだろうから」
「おー。なんとなくでここまできてるぞー」
「なんとなくでも、なんとかなってたのよ~」
ここから先は、なんとなくではよろしくない。わたしはホワイトボードに、大きな木の絵をマーカーで描いた。枝も葉もない、枯れ木の絵だ。
「この大きな木が、宇宙です。宇宙だと思ってね」
「おー」
「そしてこの木には、たくさんの枝があります。この枝が世界です」
「枝全部かー?すんごい数の世界があるんだなー」
「そう、宇宙は一つだけど、そこに無数の枝、世界があるの」
枝と葉をたくさん描き足していく。ムクとミニちゃんは「へー」とうなづいている。ここまでは理解しているみたいだ。他のみんなはそもそも分かり切っていることだし、反応することもない。
「そしてこの枝とか葉には、たくさん虫さんが住んでいます。その虫さんが魂。つまりわたしたちです」
枝の先や葉の上に、たくさんの虫の絵を描き足す。適当にアリとかカブトムシとか、さっと色々描いておいた。ある程度描き足したところで、説明を再開する。
「これが宇宙、世界、魂の関係。ここまでは大丈夫?」
「おー、だいじょーぶだぞー」
さて、ここからが本題だ。うまく理解してもらえるといいのだが。
「ここで大変なことが起こりました。この枝の中の一本が、病気になってしまいました。この病気の枝は放っておくと、そのうち木を腐らせていってしまうの」
「大変なのよ~」
「じゃあ、ミニちゃんならその病気の枝をどうする?」
「ぽきんと折っちゃうのよ~。病気が木にうつるまえに、ばいばいなのよ~」
「それをやろうとしているのが、今日襲ってきた敵なんだよ」
「……あたしたちの世界は、病気ってことかー?」
「そういうことだね。宇宙はそう判断したの」
「でも、枝を折ったら虫さんたちはどうなるんだー?あたしたちは死んじゃうのかー?」
「死ぬじゃなくて、消滅する。だって、木から切り離されちゃったんだから。もう他の枝に行くことは出来ない。魂が輪廻転生することはない。この世界にいるわたしたち全員が、消滅して無になるんだよ」
「あいつら、めっちゃやばい奴じゃんか!ぶっ倒さなきゃ!みんな消えちゃうなんて駄目だぞ!!」
「……レイレイさん、一つ過激な提案があるのですが」
マリアさんが挙手した。言いたいことは分かる。たぶんムクとミニちゃん以外が、同じことを考えている。
「この世界にいる全ての人を、その、殺してしまい、魂を早く別の世界に転生させてしまえば、皆が救われるのではないでしょうか?」
「当然そうなりますよね。この世界が消滅する前に、全ての魂を避難させてしまおうと」
「……不可能。なのですね?」
「死神が魂の通り道を閉鎖しました。この世界で死んでも、魂が別世界に行くことはもう出来ません。この世界の中に囚われ、ただ消滅を待つだけになります」
「それはつまり、わたくしたちも、光の世界へ戻ることが出来なくなった、ということですね?」
「そうです。装置を修理したところで無理です。この世界は、檻の中に閉じ込められてしまった」
明は冷静だ。全く取り乱していない。だが……。わたしが見た限り、マリアさんは焦っていた。マリアさんは平静を装っているが、本当は相当動揺している。当たり前だ。マリアさんには時間がない。魂の寿命を迎えたとき、転生することが出来ずにただ消滅するだけになってしまった。
「麗冷よ、一つ質問があるのだが」
「なに?」
「私が相対した敵は、兵の魂を呑み込んだのだ。結局私に返してきたが、あの行動の意味はなんだ?」
「死神は魂の回収もしてるんだよ。この世界の魂を全部、そのまま消滅させるなんてもったいないでしょ?宇宙に悪影響を与えない魂を回収して、通常の輪廻に戻すのも死神の仕事なの。魂の通り道を閉鎖してるのは、あくまで有害な魂を輪廻させない為の処置なんだよ」
「ならばなぜ、私に魂を返してきたのであろう」
「……それはわたしにも分からない。ただ死神にも意思があるし、もちろん個性がある。その死神になにかしらの意図があったとは思うけど」
死神だって、元はそれぞれの世界で生きていた人間なのだ。……人間、だったかは分からないけど、なにかしらの知性有る生命体だったはずだ。宇宙から与えられた使命があるにせよ、それぞれ多少は違った行動、思考をしているはず。
「お前は無に落ちたときに、この情報を知ったのだな」
「うん、全部が視えたの。で、わたしたちがこれからどうするか、なんだけどね。この世界を救う方法はあるよ。死神を全員殺す。死神がこの世界を檻に閉じ込めてるんだから、単純に奴らがいなくなれば、この世界は解放される」
「可能なのか?戦力の話ではない。奴らがこちらに干渉してこなければ、戦いようがない」
「ううん。死神は絶対にまた現れる。わたしを殺しに来るはず」
「お前を、か?」
「わたしを殺さないと、死神側が消滅することになるからね」
さて、と。なんとか元の世界に逃げ帰ってこれた。危うく無に呑まれるところだったぜ。あの世界、もしかすると消滅しちまったかもしれねぇな。いや、消滅してないとおかしいけどよ。無の力が発動したんだ。消えてなかったら異常事態だ。
だが、どういうわけかあの世界はまだ消えずに残ってると、そんな根拠のねぇ予感がしたんだよな。だからわざわざあの戦士に魂を返しておいたんだ。あの戦士とは気が合いそうだからな。また会えたときにしがらみを生みたくなかったしな。
「おーい、誰も帰ってきてねぇのか?ヴォン?クラフォン?ミューピレィ?」
どこまでも続く真っ白な空間。そこに椅子が五つ。王様が座る立派な椅子が上座に一つ。俺ら下々の戦士が座る椅子が下座に四つ。この空間に上座も下座もねぇだろうがな。俺は当然、こっそり王様の椅子に座る。誰もいないんだ、別に構いやしねぇさ。王様のことは尊敬してるが、堅苦しいのは性に合わねぇ。
「王に報告だ」
背後から声が聞こえた。ゆっくりとした重低音が魂に響く。ヴォンの声だ。
「お互い無に呑まれずに済んだな。あれに呑まれたら方舟ごと消滅しちまうからなぁ」
「いや、それ以前に負けた。首を跳ね飛ばされた」
「まーじか。あの世界やべぇな。どうなってんだありゃあ。俺が戦った戦士もえげつない強さだったぜ」
「……ミューピレィは、戻っていないのか?」
「まだだぜ。今回は新人ちゃんのお手柄だな。お前がやられたのに無が発動したってことは、彼女がうまいことやったんだろ」
うっすらとだが、事態は把握してる。無の力は確かに発動した。あの戦士と戦ってる最中に、その力を確かに感じ取ったからな。俺が逃げた後、どうなったかは分からねぇ。世界は無になっちまったか、もしくは俺の予感通り……。
王様なら感知出来てるかもしれねぇが、俺とヴォンには分からねぇや。ヴォンは下座の、専用の椅子に座る。こいつは体がでけぇからな。他の椅子に座ったら壊しちまう。
「で、どんな奴に負けたんだ?」
「子供の兵だ。突然異常な力を発揮した。あの力は駄目だ。魂を原動力に使用した」
「あの世界、調律界も干渉してたな。調律界の奴らとんでもねぇことしてやがったぜ。転生させるべき子供の魂を機械の中に入れて、兵隊をつくってやがった。その上で魂の燃料化なんてしちまったら、あの調律界もそのうち消滅の対象になるんじゃねぇか?」
「ノイ。そこは余の椅子だ。余がいないときに座るのなら構わぬがな」
「おっと、すんません王様。お早いお帰りですな」
王様のご帰還だ。慌てて椅子を立つ。王様は数多の世界を渡っている最強の戦士様だ。今日も王様一人だけ、俺達とは違う世界で使命を果たしていたところだしな。あらゆる面で俺より上。俺では頭が上がらん相手だ。
「その調律界だが、もう宇宙に存在しておらぬぞ。余が消してきた」
「おっと、王様がさっきまで行っていた世界が、調律界だったんですかい。まーじか、大丈夫なんですかい、一つとはいえ調律界が消えちまって」
「調律界は宇宙に複数存在している。余が消滅させた調律界は、正しく機能しなくなっていたものであるし、問題はなにもない。……いや、致命的な問題が噴出しているか」
「と、言いますと?」
王様は深いため息をついて、顔の半分を右手で覆いながらこう言った。
「……ミューピレィは、無に呑まれたようだ」
「……逃げきれなかったか。新人が無茶するんじゃねぇよ……」
ミューピレィは優秀だった。次の王の候補にも挙がってたのによ。それにあいつはいい奴だった。こんな所で消えちまうなんてな……。王様の魂が寿命を迎えたときは、クラフォンがその跡を継ぐことになるか。俺が後任になる案もあったらしいが勘弁してもらいたいね。俺は根っからの戦士だ。司令官との兼任は向いてねぇよ。かといってヴォンにも無理だろうし、クラフォンしか適任がいなくなっちまったな。
「……クラフォンも殺された」
「は?」
……俺の聞き間違いか?クラフォンが……?殺された……?
「クラフォンは方舟を使用していなかった。本体で向かい、殺されてしまったようだ」
「……馬鹿な。クラフォンが本気でやって、負けた……?」
ミューピレィ、クラフォン。今日だけで二人もやられたっていうのかよ。それもたった一つの世界の奴に。ミューピレィに関しては、彼女の判断ミスが大きいとは思うけどよ。新人が先走った結果、無に巻き込まれちまっただけだ。だが、クラフォンは……?クラフォンは無に呑まれて消えちまったわけじゃねぇ。無の力に定められた候補は何人かいた。エネルギー量の高い魂を、事前に数人見つけておいた。俺達が向かった場所に正解がいたわけだから、クラフォンが向かった場所には、ただ強ぇ奴がいただけの話だ。
クラフォンは歴戦の戦士だった。俺よりも戦士の経験が長い。戦いだけなら俺の方が上だろうが、総合力ではあいつが遙かに勝っていた。そのクラフォンが、殺されたってのかよ……?
「カンスケ、という名の者があの世界にいる。クラフォンは奴にやられたのだろう」
「なぜ本体で向かわせたんですか?別世界へ行くときは、方舟に乗るのが基本でしょう?」
「方舟に乗っている状態では、著しく力を制限されてしまうからな」
「そんなこと分かってますよ!でも別世界ではあれがないと、魂を消耗し続けることになるでしょう!」
「カンスケの元へ行くことを選択したのは、クラフォン自身なのだ。お前やヴォンでは相性が悪いと判断したようだ。一筋縄ではいかぬ相手だが、本体でなら自分一人で十分とクラフォンからの進言を受けてな。非常に珍しいことだが、前例が数回ある。強敵は稀に存在するものだ。……余の過ちだ。余も同行するべきだった。まさかクラフォンが返り討ちにされるなど、全く考えていなかった」
俺だってそう判断する。クラフォンがやられるなんてありえねぇ。事前にその世界を偵察して情報収集し、危険な奴がいたら実力をしっかり見定めてから対処していた。……自分の力を過信しねぇ慎重さを、クラフォンは備えていたはずなのに。
「……そのカンスケってやつ、クラフォンの偵察に気付いていた上で、実力を誤認させた、ってことですかい」
「でなければ、クラフォンが負けるなどありえぬ」
「……あの世界からは手を引くべきですぜ。あの世界は異常だ。このまま放置して消滅を待つのが最善でしょうな」
無の力を発動させる方法は二つ。その力に定められた魂が寿命を迎えるか、感情に任せて暴走させること。前者の方法は基本は取らない。なぜかって時間がかかり過ぎるからだ。魂の寿命は数千年。一つの世界を閉じて魂の通り道を封鎖しておくには、けっこうなエネルギーを消費する。数千年間も宇宙のエネルギーを無駄遣いするわけにはいかねぇからな。だから普通は後者の方法、感情の暴走を引き起こす方を取る。
「そういうわけにもいかぬのだ。まだ気付いていないようだな」
王様はそう言うと椅子から立ち上がって、ミューピレィの椅子の前まで歩いた。そして椅子をどけると……。
「……嘘だろ。『無』の力がここに侵食してきてる」
椅子の下に、まだ小さい「無」があった。胡麻みてぇに小さいが、確かに無がそこにある。ミューピレィの存在を通じて、ここを探知して無の力を放り込んできやがった。
「この無は成長している。ほんのわずかにだが、肥大化し続けているようだ」
「こいつを放置していたら、俺らが無に呑まれて消滅しちまうか」
「異常事態が立て続けに発生している。余は死神となって六千年ほど経つが、無の力を己の意思で操るなどという化物には出会ったことがない」
死神二名の死。一度発動したはずの無の力が停止。さらにそれが俺らの世界を侵食。確かにこれらを放置なんて無理だ。……因果応報かねこりゃあ。今まで数多の世界を消滅させてきた俺らが、消滅の危機に陥ってやがる。
「しかし、無の力を止める方法なんてありますか?厄介なのは『止める』方法ってとこですな。発動させる方法なら知ってますが、止める方法なんて俺は知りませんぜ」
「一つある。王にのみ継承されてきた短剣があるのだ」
「へぇ、そんなものがあったんですかい」
王様は右手を中空に真っすぐ伸ばした。すると空間がわずかに発光し、王の手には短剣が握られていた。ずいぶんとまぁ、質素な短剣だな。そりゃあわざわざ、装飾されているわけもないけどよ。石の柄の先に、銀色に輝く刃。どこにでもありそうな普通の短剣だ。
「この短剣で無の力の、持ち主の魂を殺す。そうすればその者に宿った無の力は消滅するのだ。今までこれが使われたことはないと、先代の王から聞いているがな」
「宇宙の意思は用意周到ですな。しかしまぁ、俺らがやるべきことは、これで決まりましたね」
戦争が始まったんだ。俺らの世界と、奴らの世界の潰し合いがな。
「あの世界に関する情報を、最優先で収集せよ。もちろん余も動く」
「王、その前に相談が」
ここまで沈黙して話を聞き続けていただけのヴォンが、ようやく手を上げて意見を出した。まぁ、俺がおしゃべりだからヴォンが寡黙で丁度いいけどな。
「まずは欠員の補充をすべきかと。どこかの世界に、優秀な戦士を存じ上げませぬか?」
「お前達二人に並ぶ実力の持ち主は知らぬな……。だが確かにその通りだ。最悪一人でいいから戦力を補充したい」
「なら俺から推薦したい奴がいますぜ」
「ほう、どこの世界の戦士だ」
「今現在、問題の中心になってる世界ですな」
次回へ続く……




