第六章 宇宙の意思 三
宇宙の意思 三
わたしたちは食堂へ行き、園子たちと合流した。ムクとミニちゃんがぐったりしている。園子の講義を受けて疲弊しているようだ。……さっき頭に浮かんだ、恐ろしい一つの可能性。新たな脅威の出現。今はまだ、自分の心の内に秘めておこう。自分でも分かっているのだ。あまりに突拍子もない考えなのだと。それなのに、それに気付いてしまってから、ずっと胸の中がざわついている。……これ以上は考えないでおこう。今は目の前にある問題のことで頭を動かさないと。
さて、明と園子は光側の指導者をここに呼び出そうとしているが、本当にその人は来てくれるだろうか。魂というものは長期間転生しないでいると、消滅してしまうものらしい。具体的にあとどれくらいの時間が残されているのか。おおよその目安はついているのかな、明に聞いてみようか。
「本人いわく、あと三○〇日ってところらしいね」
残り一年もないのか。後継者がいないのかも、一応聞いておこう。
「いないよ。光側って実は、世界に害を及ぼしてるからね。後継者を育てて後世に繋いでいくつもりはないんだよ」
「害って……。もしかして、魂の転生先を操ってるところとか?」
「あれ、なんで知ってるの?……あぁ、そうか。魔女から聞いたんだね」
「闇側に魂が分解されないように、本来とは違う世界に転生させたりしてるってことでいい?」
「その通りだよ。だから光側も実際は、本来あるべき魂の流れを乱してしまっているんだ。それをずっと続けていくつもりはないってこと。宇宙の崩壊を防ぐ方法を見つけてそれを実行出来たら、そこでもう解散だよ」
闇側さえ止めてしまえれば、光側はそれ以上の干渉をするつもりがないのか。てっきり、ずっとこの世界を管理するつもりなのかと思っていた。……本当にそうなるかなぁ。大きな力を持った人間の末路なんて、歴史が証明している。今はそんなことを言っていても、結局は悪質な独裁者になり果てるのではないだろうか。とはいえ今の光側のリーダーがそうなることはない。もうすぐ消滅するから。明もおそらく心配ない。こいつはガンジイがそばにいれば、それでいいみたいだから。
……園子は、大丈夫だよね。ま、わたしが死んだ後、しばらく一緒にいてあげれば問題ないか。魂が光側に寄っている人たちなんだし、さすがに心配しすぎか。
「あたし達はなんにせよ、まず闇側を打倒しないといけない。これ以上好き勝手に、魂をエネルギーに分解なんて、させておけない。奴らは東の果ての国、日本に本部を置いてるの。だからアイ達には、そこを目指してもらいたいの。今ここで、正式に申請させてもらうよ。あたし達、光側の仲間になって、一緒に闇と戦って」
ここは口裏を合わせないといけない。光側のボスを焦らせてやろう。わたしたちが戦力に加われば、兵隊たちを解放する口実に出来る。はい味方になりますと、高らかに宣言してやろうか。
「なー、じいちゃん。あたしは闇側とは戦いたくないぞー」
おぉっと、ムクがやらかした。まぁ、ムクは事情を知らないし仕方がない。一人くらい反対意見を出す人がいた方が、現実味があって逆に説得力が増すかも。
「ケンカはよくないと思うのよ~」
おっとっとぉ、ミニちゃんも加勢してきた。ミニちゃんって不思議と平和主義者なんだよなぁ。初めて会った花畑では、太陽ビームで周囲を吹き飛ばす旨の発言をしていたのだけれど。花畑の周囲に知性の高い生物がいなかったからなのかな。だとしたらわたしたちの旅に同行することで、優しさが大いに成長しているのかも。
「でもムクちゃん、もしかしたら闇側の奴らは、ムクちゃんのお母さんやお父さんの魂も、分解しちゃったかもしれないんだよ?それでも酷いと思わないの?」
「生き物は必ず死ぬぞー。生まれ変わるのと魂が消えるのと、なにが違うんだ?」
……ムクって、たまに鋭い発言をする。この世界に輪廻転生という仕組みがあっても、魂は普通は前世の記憶を失う。個人の人格という視点なら、生まれ変わる前に分解されるのと、転生して人格や記憶を失うのとは、同じことと言ってもいい。
「そうじゃないよ、魂を分解するのって、人を殺すことと同じ。ううん、もっと酷いことなんだよ。そんなの許しちゃ駄目でしょ?」
「でもな、弱い奴は強い奴に食われて死ぬのが自然だぞ。人間だって、結局は動物の中の一つなんだぞ。意地悪したり、傷つけることを楽しむために殺すのは駄目だと思うぞ。でも生きていく為に命を奪うのは、当たり前のことじゃないかー?」
「……カンスケは、自分が気に入らない人を殺して、魂を闇のエネルギーに分解してるんだよ?そんなの生きる為じゃなくて、ただの自分勝手でしょ?」
「それはちがうと思うぞー。カンスケは、それを優しい人達を守る為にやってるみたいだからなー。自分が守りたいと思う人の命を守る為だ。親鳥が虫を殺して、ヒナに食べさせるのと同じだと思うけどなー。カンスケはなんか怖いし、不気味だし、信用出来ないし、嫌いだけど、あいつが悪い奴だとは思えないなー」
おぉ、園子が絶句している。ムクがこんなにちゃんとした考えを持っているとは。ムクは普段、わたしたちが小難しい話をしているときは、黙っていることがほとんどだ。だけどムクなりに感じ取ったり、考えたりしていたんだな。
「ア、アイからも説得してよ。ムクちゃんがこんなに反論してくるとは思ってなかった……」
「そう言われてもね。カンスケの中の基準で、どんな魂を分解してるのか詳しく知らないし。理不尽に人を苦しめるような奴は、気に入らないから分解する、みたいなことは言ってたかな。わたしから言えることとしては、カンスケがわたしの大切な人の魂も分解するつもりなら、絶対に許さないってことくらいかな」
「そう、そうだよムクちゃん!もしカンスケが、ガンジイさんやアイを分解するつもりならどうするの?ミニちゃんの魂を消しちゃうつもりならどうするの?」
「別にいいぞー」
園子とわたしが同時に「え?」と驚きの声を思わず発した。ガンジイも小さく「ほう」と感嘆の息を漏らしたし、ミニちゃんも明も驚いた顔をしている。ナナゴウはヘルメットのせいでよく分からないけど、口が半開きになっているから、たぶん驚いてる。
「ソノコは、サイモンとミラのこと知ってるかー?一個前の村で会ったんだ」
「あ、うん。実は魔女が現れて、いくらかは聞いて知ってるよ」
「あたしたちの魂を使って、あの二人の生まれてくる子供を守れるなら、それでいいと思ってるぞー。いっぱい闇を濃くしたら、うちゅうってのが壊れても、みんな生きていけるんだろー?サイモンとミラも、同じこと言うだろうなー。世界中の親が、おんなじこと言うと思うぞー」
「……そん、なこと……」
「親の願いは、自分の子供が元気に生きていくことだからなー。その為なら自分が死のうが消えようが怖くないって言ってたしなー。それに親じゃなくてもそうだろー?あたしは自分が消えれば、レイレイとかじいちゃんが幸せに生きていけるなら、別にそれでいいけどなー。まぁ、出来れば死ぬぎりぎりまで一緒にいたいけどなー。楽しいからなー」
え、なんか泣きそう。どうしちゃったの?いつの間にそんなこと考えるようになってたの?これ、本当にムクだよね?またお姉ちゃんがなりすましてるとかじゃないよね?
「ですが、誰の魂も犠牲にせずに済むのなら、それが一番よろしいでしょう?」
……誰だ?子供が一人、気が付くとわたしの後ろに立っていた。まだ七歳か、八歳くらいかな。真っ白なワンピースを着た、天使のようにかわいい白人の子供だ。さらさらの長い金髪と青い瞳。まるでお人形さんみたい。
「来てくれたんだね、待ってたよ総司令官」
明が席から立って、敬礼した。園子とナナゴウも同じようにしている。……この子が、光側のボス……?いや、見た目で判断してはいけない。容姿が子供でも、中身は相当な年月を生きてきた魂なのだろう。
「初めまして、わたくしはマリアと申します。お会いできて嬉しいです」
「貴女は魂の寿命が近いと聞いておる。貴重な時間を消費させて申し訳ない」
「いいえ、あなた方はこの世界の命運を左右するほどの力をお持ちです。ですがあなた方と話す前に、明や園子と話さねばなりませんね」
「明と園子で決めたんだよ。やっぱり子供達を戦わせるのは駄目だってね」
マリアさんはナナゴウが引いた椅子に座り、姿勢よく明と園子の二人に向き合った。見た目は子供だが、やはり雰囲気が只者ではないな。どこか周囲を圧倒するような、格式の高さを身にまとっている。カンスケとは真逆だな。あいつは闇側のボスだというのに、やたらとフランクで力が抜けていた。しかしどちらも組織のトップに立つ風格の持ち主ではある。
「わたくし達は、近いうちに闇との戦いに決着をつけねばなりません。あなた達二人が言うように、兵力を手放すわけにはいかないのです」
「頑爺達が味方についてくれるなら、その分の戦力は補えると思うよ」
「既存の戦力に、この方達を加えた方がよろしいでしょう。単純な足し算です。より確実に勝利を得る為に」
「明と園子は、そんな話はしてないよ。論点が違う。子供を戦わせるような組織の在り方なんて、間違ってる」
「わたくしも、そんなことは承知の上。しかしもう時間がないのです。闇側もそれを分かっているから、あえてこちらを放置している。わたくしが消滅するのを待っているのです。カンスケに対抗出来る力を持っているのは、わたくしだけですからね」
「あの、マリアさん。光側に勝算はあるんですか?」
小さく手を上げて聞いてみた。会話に横から入るのはどうかとも思ったが、それを組織のトップであるこの人から、ちゃんと聞いておきたかった。
「兵達の役割は、わたくしがカンスケに接触する為の道を切り開くことです。幸運というのは大変よろしくありませんが、闇側は数年前、闇の核との戦いに敗れ大きく戦力を減らしました。こちらはそれに付け入り、数の差で活路を開くつもりです」
「カンスケに勝てるんですか?」
「共に消滅します。わたくしが自爆すればそれが可能です。闇側は魂を分解してしまいますが、実はそれが出来るのはカンスケだけです。闇の核との戦いを生き残った他の二人は、ある程度エネルギーの扱いが出来るだけですから。カンスケさえ消滅させてしまえば、わたくし達の勝利と言ってもよろしいでしょう」
「その自爆に、子供たちも巻き込まれますよね?」
「問題ありません。白光石はもう見たことがありますね?あれとほぼ同じことが起きるのです。闇側の魂は、闇と同質。カンスケたちを消滅させはしますが、兵達の魂は無事です。機械の体は壊れてしまいますが、それは問題にはならないでしょう」
「わたしたちが兵達の代わりになったら、わたしたちの肉体は消滅するってことですね。魂は無事でしょうけど」
「明はそれを狙っているのかもしれませんね。頑爺さんの魂と一緒になりたいでしょうから」
「一石二鳥でしょ?子供達を戦わせずに済むし、頑爺だって本当は明と一緒にいたいんだから」
ガンジイの顔を見てみた。真顔のまま動かない。否定も肯定もしないのか。ずるいな。マリアさんは微笑をたずさえたまま、ムクに優しくこう語り始めた。
「ムクさん。どれだけの魂を分解しエネルギーに変えても、それで宇宙の崩壊を乗り越えられるかは、分からないのです」
「そうなのかー?」
「もしかしたら、カンスケのやり方で宇宙の崩壊を超えることが出来るかもしれません。しかし出来ない可能性だってもちろんあるのです。ですがそれはこちらも同じこと。この宇宙の崩壊を乗り越える方法を、わたくし達はまだ見つけられていません。このままその方法を見出すことなく、崩壊によって消滅してしまう可能性もあります。ですがわたくしは、必ずそれを見つけ出すことが出来ると信じています。魂を犠牲にせずに済む方法で、崩壊を乗り越えられるはずだと信じているのです。ですから闇と光は戦うしかないのです。自分の信じる方法で、自分が得たい未来を、世界を、掴み取る為に。どちらにつけば絶対的に正しいということはないのです」
「そっかー。やっぱりあたしの苦手な難しい話なんだなー」
「それを踏まえて、ムクさんはどうされたいですか?」
「じいちゃんとレイレイに任せるぞ!結局それが一番いいな!」
「では、お二人はどうされたいですか?」
再びガンジイの顔を見てみた。次はわたしを見返してきた。先にわたしの意見を聞いておきたいということか。
「とても場違いな発言をさせてもらいます。先に謝っておきます」
「いえ、本心を聞かせていただきたいのです。それがどのようなものであれ、謝る必要はありませんよ」
「わたしは宇宙の崩壊なんてどうでもいいです。自分がこの先出会う人、救いたいと思うことになる人を、助け出せる力を手に入れたい。この体の寿命が尽きるまで、今ここに生きているわたしが、それを出来ればそれだけでいいです。マリアさんのように、魂のままでずっと長いこと生きて、宇宙の終わりにまで関わるような生き方をしたいとは考えていません」
「あなたの人間性が分かるよい意見ですね」
「わたしは自分が強くなりたいから旅をしています。そしてわたしだけでなく、園子やガンジイやムク、ミニちゃんが幸せに生きて、満足する死を迎えてほしい。ガンジイはマリアさんのように、自分が死んだ後も人間が繫栄して命を繋いでいくことを望んでいるので、それに協力したいとは思っています。そんなところです」
「では、頑爺さんはどうでしょう?」
ガンジイは、ゆっくりと明の方を向いた。これから話すことはマリアさんではなく、明へと伝えたいものなのだろう。
「私はこの世界に太陽を、光をもたらすと誓った。その為にここまで生き、そして今も旅を続けている」
明は真剣な顔で、ガンジイを見つめている。……この二人には、強い心の繋がりがあるのだと、この時に気付かされた。嫉妬なんてしていない。ただ、ほんの少し寂しさを覚えただけだ。お父さんを知らない女に取られたような感じ、それだけだ。
「下らぬしきたり、風習、儀式、格差。私達の村にあったそれら全ては、この世界が闇に覆われていることが原因だった。閉じられた狭い世界の中で秩序を維持し、生き抜く為の手段であったことは理解している。しかしそれ故に自由を手放すことを余儀なくされた。私は誓ったのだ。全ての人間が、強き者も弱き者も、自由に生きていける世界を実現させると。……時間を前に進めるのはそれからだ」
明はほんの少しだけ口角を上げた。わたしには分からないが、明はそれで納得したということなのだろう。
「それならわたくし達、光側につくべきでしょう。このまま世界を闇に覆われたままにしたくないのなら」
「……一つ、貴女がそれを知っているのなら、聞かせてもらいたい」
「なんでしょう?」
「カンスケは、宇宙の崩壊を乗り越えた後も、世界を闇で覆ったままにするつもりなのか?」
「それは分かりませんが、おそらく闇を晴らすしかないでしょう。あなたの疑問の源泉は理解しました。闇側が物資の枯渇をどう乗り越えるつもりなのか、それを知りたかったのですね?」
「そうだ。黒炎石がなくては、人がこの闇の世界で生きていくことは叶わぬ。闇側がいずれ、闇を晴らすつもりなのだとすれば……」
「わたくし達、光側につかずとも、あなたの目的は達成可能です。この世界に太陽を取り戻すことが出来ます。しかしそこに至る為の手段を、よく考えてください」
「魂を犠牲にするか、しないか、その天秤か」
「あなたはどちらが正しいと感じますか?」
「……さきほど貴女が言った通り、どちらが絶対的に正しいか、それを判断することは難しい」
わたしもそう思う。ムクが言っていたのと同じように、わたしもカンスケは得体が知れない部分があり、信用ならないと感じている。だがカンスケは、犠牲にする魂を選別している。だから難しい話になってしまう。カンスケ個人の好みではなく、客観的に見た正しい人間性の持ち主を生かしている。
サイモンさんの村がまさにその体現だった。あの村には理不尽な強者や、卑怯な弱者はいなかった。全ての人が優れた人格の持ち主だった。そうではない人間は、人知れず魂を分解されているのだろう。事故死でも病死でもなんでもいいのだ。自然死に見せかけて、魂だけになったところでエネルギーに変えてしまえばいいのだから。そうやって心優しい人だけの、理想世界を実現させている。宇宙の崩壊を乗り越えた後も、嫌な奴は裏から消していくつもりなのだろう。
「わたくしが自分を正しいと信じるのは、輪廻の仕組みに由来しています。魂はあらゆる経験を積むことで、より強いエネルギーを発するようになります。時に理不尽な人格破綻者になることも、そういった人間に苦しめられることも、その経験の一つなのです」
「心優しい人だけの世界じゃ、宇宙を存続させるのは無理だってことですか?」
「わたしはそう考えています。人は苦しみから逃れようとするもの。しかし宇宙の仕組みの上では、それは必要不可欠なのです」
「誰かが苦しまないと成立しない世界か。嫌な世界ですね、この世界って」
「カンスケもそう感じたから、彼の信じる理想を求めたのでしょう。この宇宙の仕組みに真っ向から挑んだのです。わたくしはそれが間違いだと考えていますけれど」
闇側が目指しているのは、正しい人間だけがいる世界。正確に言うなら、間違った人間は消滅させられる世界。それは理想郷か、究極の恐怖政治か、どちらだろうか。正しくあることを強制された、不自由な世界と考える人もいるだろうし、真の平和と捉える人もいるだろう。
光側が目指しているのは、正しい人も、間違った人も、両方ともいる世界。闇に覆われる前のかつての世界と同じ姿を、光側は取り戻そうとしている。全ての人が良くも悪くも自由であり、幸せを享受している人がいれば、理不尽な苦しみを背負う人だっていくらでもいた。
でも……。でも、これはわたしの予想というか、さっきふと思いついただけのことなのに……。これから今までに見てきた土台が崩れ去る、非常事態が発生する。駄目だ、やっぱり胸のざわつきが抑えられない。闇がどうとか、光がどうとか、そんなことが吹き飛んでしまうような……。焦燥感に急かされ、それをみんなに伝えずにはいられなかった。今ここで言っておかないといけない。なぜだかそんな焦りに突き動かされた。
「あの、突拍子もないことを言いますけど、聞いてください」
「はい、どうぞ」
「マリアさんだけでなく、他の全員にも伝えたいことがあって……」
「気負いする必要はない。お前の意見はいつも頼りになるものだ。聞かせてもらおう」
「今話していること全部、無駄になると思います」
「……無駄、とは?」
マリアさんにそう質問された。全員がそう思ったことだろう。
根拠は一つ。お姉ちゃん、魔女の存在。
「魔女のことは、マリアさんもご存じですよね」
「えぇ、間違いなくこの世界で最も強い力の持ち主です。わたくしに力の扱い方を教えてくださったのは魔女様なのです」
「わたし、魔女に言われたんです。闇と光の均衡を取れって。その中間に立てるのがわたしだって」
「……魔女様が、そうおっしゃった、と」
「それってつまり、どういうことだと思いますか?わたしが出した結論を言いますと、この先で、闇と光が手を取り合わないといけなくなる、なにかが起こる」
お姉ちゃんは詳細をなにも言っていない。ただ均衡を取ろうとしていると言っていただけ。そうしないと宇宙の崩壊が早まってしまうと言っていた。……もしもその言葉の指す意味が、カンスケやマリアさんの消滅、闇側と光側が消えてしまうことなのだとしたら。闇と光の両方が存在していないと、宇宙を存続させられないのだとしたら。そのパワーバランスを、どちらかに傾けてはいけないのだとしたら。
「マリアさんに質問なんですけど、とてつもない化物が現れて、闇側を攻撃し始めたら、カンスケたちを助けに行きますか?」
「……行く意味は、無いかと思いますが」
「そうしてくれないなら、わたしたちは闇側の味方につくと明言したなら、どうしますか?」
「それは、もはや脅迫ですね」
「ですが闇側にとっても同じことです。光側と手を取り合わないなら、わたしたちは闇側の敵になると明言する。両者は納得できないにせよ、一時的に化物との共闘を余儀なくされますよね」
「あなたの言う化物、というものが、本当に現れる根拠はあるのですか?」
「魔女がわたしたちに干渉して、この状況が出来上がっているからです。魔女はカンスケにも力の使い方を教えた。闇と光、両方に力の扱いを教えた。そしてわたしもそうです。そしてわたしたちの中に、絶対的に間違った考え方の持ち主はいない。しかし戦い続ける必要のある状況を作り上げた。わたしがこの世界に生まれる前から、そうなるように魔女は暗躍していたはず。それによって闇も光も力を得たはずです。闇側は世界に闇のエネルギーをより増やし、光側は道具の発明を始めた。園子いわく、巨大ロボットなんてものまで作れるそうですね」
「……非常に興味深い仮説です。あなたは魔女様から多大な干渉を受けた方。無下には出来ない意見です」
「今話したことは、全部わたしの妄想でしかありません。なのになぜか、心のざわつきが抑えられないんです。わたしが言いたいことは、そう、つまり……」
つまり……。わたしたちが、闇側と光側が、歩んできた道は、全て……。
「ここまでの旅は全て序章、プロローグでしかなかったってことです。闇とか、太陽とか、わたしたちに、闇側と光側の勢力とか。そんなの全部、これから起きることの下準備でしかなかった。これから本番が始まる。本当の敵。本物の脅威。そのなにかとの戦いが……」
わたしがそこまで言ったそのときだった。けたまましい警告音、サイレンが鳴り響き、施設中のあらゆる場所に危険を知らせた。真っ先に席を立ち走り出したのは明。それをガンジイが追う。ムクもついて行こうとしたが、わたしがそれを止めた。警告は一定の間隔で鳴り続ける。いつどこに、なにが現れるか分からない。ムクには園子やマリアさんを守ってもらわないと。
「ソノコさん、総司令官と本部へ戻ってください。食堂でじっとしているより、その方が安全です」
ナナゴウが食堂の出入り口を凝視しながらそう言った。食堂の出入り口は一つだけ。そこをテーブルや椅子で塞いで、ここに立てこもるという選択肢もある。光側の本部という場所は、確実に安全を保障出来る所なのか。そうじゃないなら、ムクとここにいるほうがいいと思うのだが……。
「いいえ、戻るわけにはいきません。なにが起きているのか見定めねばなりません。それに兵達を差し置いて、わたくしだけが避難するわけにもいきません」
「ちなみにだけど、その本部ってところにどうやって戻るの?なんか専用の機械があるとか?」
「うん、あたし達は本来こことは別の世界の存在だから。そっちとこっちを行き来できる装置があるの」
「ナナゴウとわたし、ミニちゃんも一緒に、なにが起きたか確かめに行くよ。園子とマリアさんは、ムクと一緒にここにいて」
「アイが行くならあたしも行く」
「いざってときに、自分の身を守れるの?無理ならついてこないで」
園子は黙ってうつむいた。色々と道具の設計や製作は出来るのだろうが、園子自身はか弱い魂でしかない。マリアさんはおそらく相当な力の持ち主だが、それを使わせるわけにはいかない。ただでさえ残り一年もない寿命を、減らすような真似はさせられない。
「ムク、怪しいのが入ってきたら、迷わずぶっ潰していいからね」
「おー!任せとけ!」
「ミニちゃんはわたしに引っ付いて。変な光が見えたらすぐに教えて。また放射線を出す奴が現れたなんて、考えたくないけどね……」
「了解なのよ~」
「待って、アイはやっぱりここにいて。闇視でいいでしょ?魂だけで偵察に行けばいいから」
「もちろん闇視は使うよ。でもこの施設、広すぎる。闇視で端から端まで見て回れる広さじゃないから」
「……ナナゴウ、アイのこと守ってあげて。でもこれはただの偵察作戦。なにが起きたのか分かったら、すぐ戻ってきてね」
「分かりました。無茶はしません」
お姉ちゃんは、魔女はこの状況をどこかから見ているのだろうか。もしも見ているとしても、助けてくれるなんて期待しない方がいい。その気があるなら、すでにここに現れているはず。あえて手を貸さないでいるのか、それが無理な理由があるのかも分からない。どちらにせよやることは同じだ。お姉ちゃんに頼って動くなんてしたくない。わたしは、わたしに出来ることをやる。
なにが起きたにせよ、現れたにせよ、そして……。この先、誰かを失うとしても。そのときに、悔いが残らないように……。
次回へ続く……




