第六章 宇宙の意思
第六章 宇宙の意思
翌日、わたしたちは村を出て、旅を再開することになった。ガンジイとサイモンさんは、すでに別れの挨拶を済ませたようだ。もう数日はこの村に留まってもいいと思うのだが、サイモンさんは「年寄り二人がそんなに一緒にいたって、話すこともねぇさ」と笑い飛ばした。
「ミラとはお前らが出た後に、あらためて話し合うからよ」
「結果はカンスケに知らせてもらいます。どうなるかはもう分かってますけどね」
「がははは、そうそうか!……で、カンスケのことだがな。あいつとは、敵にも味方にもならねぇ方がいいぜ。オレたちは味方だと思ってるがよ」
「同感だ。奴のことは、いまだに読めぬ」
お姉ちゃんはカンスケのふりをして、わたしたちを騙した。カンスケ自身は、それを魔女の演出だ、自分はそんな酷いことしないと言っていたが……。本当にそうだろうか。カンスケはいつの間にか姿を消していたし、お姉ちゃんもどこかへ消えた。あれが単なる誇張表現だったのか、本性の開示だったのか、そこは謎のままになってしまった。
「あぁ、あんた達、これを持って行きな。今日焼いたパンだ。日持ちするように固く焼いたから、食べるときは水を表面に塗って、軽く炙って食べな」
ミラさんが来て、袋一杯に詰めたパンをくれた。村長の仕事で忙しいだろうに、わざわざ申し訳ないな。
「あんた達、ずいぶん大変な理由で旅してたみたいだね。がんばりなよ」
「ミラさんもがんばってくださいね」
「楽しみにしてるぞー」
ミラさんはなんの話か分からずに、きょとんとしている。この旅を終えた後のことを、今まで考えたことはなかったが、楽しみが一つできた。
わたしたちはサイモンさんとミラさんに見送られながら村を出た。東に向け、旅を進める。足取りはいつもより軽かった。少しずつ、今まで謎だったことが明かされてきたし、なにより本物の青空と、太陽を見ることが出来たのが大きい。この世界の結末がどうなるにせよ、希望の種が実際にそこにあると分かったことが、今回の収穫だった。
「この世界の闇を晴らそうとしたら、当然カンスケたちは邪魔してくるよね」
「本物の太陽を目にしてしまった以上、全てを闇で覆ったままにしたいとは思えぬな」
「太陽ぴっかぴかだと、ぼくも嬉しいのよ~」
だけど闇を晴らした先に、滅亡が待っているとしたら、安易に決定出来ることではなくなってくる。大丈夫、まだ結論を出すときではない。わたしたちは闇側の勢力との接触をしたけれど、まだ光側とは深く関わったことがないのだ。光側の人たちは、この宇宙を今までと同じやり方で存続させようとしているようだし、それが実際に可能なのか、勝算はあるのか、それを見定めたいところだ。
「たぶんだけど、わりとすぐに別の村に接触することになると思うよ」
「魔女がそう言っていたのか?」
「ううん。だけどわたしに闇視の力の使い方をわざわざ覚えさせたってことは、近いうちにそれが必要になるからだと思う」
「レイレイのお姉ちゃんなー。なんか母ちゃんみたいな感じだったなー」
「ムクのお母さん?」
「なんかこう、怖いんだけど優しいみたいな。怖いことも優しさみたいな。そんな感じー」
お姉ちゃんはときに、人を見捨てたり、あえて苦しむ道に進ませたりする。だけどそれが結局、後々にその人の幸せに繋がってくる。表面的ではない、深い部分での愛情を持った人。……だけど、自分の目的に必要のない人は、容赦なく切り捨てる冷たさも持ち合わせていると思う。わたしがそういう人だから、なんとなくそう感じる。同類のにおいがするのだ。
それから二週間歩き続け、道中これといったトラブルは起きなかった。ミラさんからもらったパンは、カビが生えてしまう前に全て食べた。だけど食料も水も問題ない。この前ついに、弓矢を鹿に当てることに成功した。だけど一発当てたくらいでは、即死させられるものではない。結局ムクにとどめを刺してもらった。
「闇視で仕留められないのかー?どかーんって」
「あの力、相手に対する憎しみがないと使えないの。カンスケはわたしが、ムクとガンジイより強いって言ってたけど、誰に対しても使えるものじゃないんだよ」
「仮に使えたとして、お前は鍛錬を止める気はないであろう」
「もちろん。あれは奥の手。わたし自身が強くならないと、納得出来ないからね」
「……腹筋、割れちゃったかー?」
「まだです」
「割らなくていいぞー」
「ばっきばきに割ります」
「やぁーだぁー」
ムクがわたしを鍛えさせたくない理由も、お姉ちゃんから教わってなんとなく察しがついた。わたしの容姿は「その人が最も心を許した人」に似たものに変わるという。ムクはおそらく、母親の面影をわたしに見ている。自分のお母さんが、腹筋ばっきばきの姿になっていくのが嫌なのだろう。ムクの思い出の中にある母親の容姿から、かけ離れたものになってほしくないのだろう。なるけど。
「ガンジイって、わたしのことどう見えてるんだっけ?」
「髪が短く、少年のような見た目だ」
「……それ、誰か聞いてもいい?」
「私の友であろう。以前に話したことがあったな。私が救うことの出来なかった人物だ」
「そっか」
それ以上は聞かなかった。興味はあるけど、気遣いを忘れてはいけない。
「もしも彼女が生きていたら、今頃どうなっていたであろうか。考えても意味のないことだがな」
「……彼女?友って、女の人なの?」
「あぁ」
どうしよう、聞きたくなってきた。わたしの中の悪い部分が顔を出そうとしている。ムクが聞き出してくれないかな、なんて考えてしまっている。よろしくない。
「その人、恋人さんだったのよ~?」
ミニちゃんがムクの頭の上で踊りながら、口を出してきてくれた。ありがたい。ミニちゃんなら許される。
「いいや、そうなる気はなかった。たとえそうであったとしても、結果は変わらなかったであろう」
ガンジイの過去のことは、いまだに知らないことが多い。サイモンさんみたいに、旅の途中で一緒になりたい人とか、出会わなかったのかな。……お姉ちゃんが、そういう人と出会わないようにしていたかもしれない。わたしたちが一緒に旅をすることになるように。
「向こうに、赤い線が見えるのよ~」
ミニちゃんが、北東の方角を指差した。……目をこらしてみたが、何も見えない。闇が広がっているだけだ。ガンジイやムクにも、何も見えていないようだし、ミニちゃんにだけ見えているみたい。ということは、赤外線かな。
「せきがいせん?なんだそれー?」
「人間の目には見えない光があるの。ミニちゃんにはそれが見えるんだよ」
「その光は、自然発生しているものか?」
ミニちゃんに聞くと、いくつもの線が、平行に並んで見えるという。最初からそうだろうと考えていたが、やはり人工物の可能性が高い。確認しに行くかみんなで相談し、行ってみることにした。ガンジイは最初、立ち寄る理由がないとして反対票を投じていたが、わたしが説得して納得させた。ここにいるのは、お姉ちゃんや光側の勢力が意図して集めた人材。ミニちゃんもその一人だ。そのミニちゃんにだけ気付けるものが進路上にあるのなら、接触した方がいいのではないか。もちろん逆の可能性もあるが、危険性があると判断したなら離れればいいだけだという結論になった。
ミニちゃんに誘導を頼み、赤外線が見えるという方向に進んで行く。しばらく進んで行くと、明らかに人工物であろう、地下への入り口が現れた。階段がずっと下まで続いている。まるで地下鉄への下り口のようだ。鉄と石を組み合わせて作られていて、ところどころにサビがある。最近作られたものではないな。結構昔からここにあるようだ。
「ここの入り口、赤い線がびゅんびゅんよ~。線いっぱいよ~」
「触れない方がよいな?」
「うん。赤外線自体に危険はないけど、触れると罠が起動したりするかもしれない」
スパイものの映画でよく見るやつだ。線に触れると警報が鳴り響き、警備員が押し寄せて来る。……とはいえ、周囲に建造物や、人が暮らしている痕跡は見受けられない。闇視で確認したし、ガンジイとムクに感知出来るものもない。何も無い平野の真ん中に、この地下への入り口だけがぽつんとある。
「わたしが見てくるよ。闇視なら赤外線に引っかからないはずだし」
「レイレイ、待った」
「どうしたの?」
「誰か上がってくるぞー」
「階段を上がる音が聞こえるな。警戒せよ」
こつんこつんと、足跡が階段の下から聞こえてくる。……どうにも不審な音だ。急に止まったり、歩き出したり、遠ざかったと思えば近づいて来たりする。こちらに来ることを悩み続けているようだ。誰がそこにいるのか、分かりやすい。
「園子、いるなら早く来なよ」
足音が近づいて来て、闇の中にぼんやりと園子の顔が浮かんだ。……そして引っ込んでいった。
「園子ー?」
「……ぐすっ」
泣いてるんだけど。わたしのせいか?
「麗冷、謝罪を入れるべきだ。早く誤解を解いた方がよい」
「レイレイが泣かせたのかー?だめだぞー」
それはそうだ。わたしのせいだ。
「園子ごめんって。ちゃんと出てきてよ」
「……だって、もう友達じゃないし」
「周りに光側の人はいるの?この会話って聞かれてる?」
「聞かれてないけど」
「じゃあ出てきてよ。なにか伝えたいことがあってここにいるんでしょ?」
園子は階段を上がってきて、赤外線をすり抜けてわたしの前まで来た。そういえば、園子は魂だけの状態だったか。闇視の最中のわたしに似ている状態だ。ただ園子の姿はみんなに見えている。そこだけがわたしとの違いか。とりあえず、ガンジイの言う通り誤解を解いておこう。このまま絶縁なんてわたしだって嫌だし。
前回会ったときのことを説明すると、園子は泣き止むどころか悪化した。小雨が大雨になってしまった。何度も怒られたが、言い返すことも出来ないので、言われるがままにされるしかなかった。だけど納得はしてくれているはずだ。
「園子としてはどうなの?本当に光側の勢力が正しいと思ってるの?」
「闇側よりは……」
「じゃあ間違ってる部分もあるとは思ってるんだ」
「結局はどっちも人間だもの。なにもかもが正しいなんてあり得ないし……」
若干ふてくされてる感じがするなあ。機嫌が直るのは大分先になりそう。
「アイこそ、闇側が正しいと思ってるの?」
「別に。どっちも正しいなんて思ってないし。まだ判断材料が足りないし」
「あいつら、自分都合で魂をエネルギーに変えちゃうんだよ?アイが生贄にされそうになってたのと同じだよ。本当にいいの?」
「そう言われると、クズに思えてきた」
「でしょ?じゃあ……」
「そういえば、生贄にされてたのって、百年くらい前から全部お姉ちゃんだったらしいよ」
「え……?」
どうやらお姉ちゃんのことまでは知らないようだ。ということは、妹のことも知らないはず。妹はお姉ちゃんの協力者が変装していた姿で、今は光側に潜り込んでいるらしい。そのことまでは言わないでおこう。お姉ちゃんの計画を邪魔することになるだろうし。園子は生贄の村のことを知ると、絶句して固まっていた。光側の勢力は、お姉ちゃんとどこまでの協力関係を結んでいるのだろう。
「こっちが聞いていたのは、アイがあの村に生まれ変わったっていうのと、生まれつき魂の扱いを心得てるってことくらいだよ。闇への対抗手段になるって」
「ふうん」
「……怒ってる?」
「べつにぃ」
「子よ、その態度はよくないものだ。再び誤解を招きかねぬ」
「べつに怒ってないけど。園子もわたしを利用しようとしてたけど、怒ってませんけど」
園子がまたじんわり涙ぐみはじめた。いじめすぎたか、まずいか。ガンジイとムクが冷たい目線をこっちに向けてきている。
「園子よ、この子の態度はお前への信頼の裏返しだ。気にせずともよい」
「ごめんって。ほんとに怒ってないから」
「貴様、そこを動くな」
……誰だ?どこから声が聞こえた?何者かが接近しているなら、ガンジイとムクが気付いて警告を出すはず。念のため二人に目配せしてみたが、やはりどちらも誰かの存在を感知していないようだ。
「貴様達、ソノコさんを傷つけるなら許さんからな」
分かった、マイクだ。地下への入り口、赤外線を出している装置だけかと思っていたが、その中にマイクがあるのか。地下からこちらの様子が見えているということは、カメラもあるということになる。かなり技術が発展している。光側の勢力が手を貸しているのだろう。
「ナナゴウ、赤外線切ってもらえる?」
「よろしいのですか?」
「この人達は悪い人じゃないよ。入れて大丈夫だから」
マイクの声の主はナナゴウという名のようだ。少々の沈黙の後、赤外線を切ったと声が聞こえた。ミニちゃんも確認してくれたし、地下へ下りて大丈夫のはず。たいまつを左手に、園子と並んで一緒に階段を下りる。わたしの後ろにムクとミニちゃん、最後尾にガンジイ。階段は横幅が狭いから、たいまつ一つで十分な明るさを確保出来た。
「そういえばわたしの名前、今は麗冷っていうの。園子もそう呼んで」
「アイって呼ぶから」
「……唐突なわがままなんだけど」
「あたしはアイって呼ぶから」
仕返しされている。まあ仕方がない。わたしも調子に乗りすぎたところがある。……もしくは、わたしとの関係性はなにも変わっていないという、遠回しなメッセージかもしれない。お互いがどんな立場になったとしても、それを変えるつもりはないと。その方がわたしとしても嬉しいかな。
しばらく階段を下り続けると、いかつい鉄の壁が現れた。高さ五メートルくらいの長方形。わたしたちが近づくと、壁は中央から二つに分かれ、観音開きにゆっくり動き始めた。おそらく内側からしか、開けられない構造になっている。ずいぶんと厳重な設備だ。入り口の赤外線やカメラといい、そんなにもこの中に守りたいものがあるのか。
「薄目にしておいて。この先は照明で明るいからね」
園子がそう言い、開いていく扉の隙間から、白い光が漏れ始めた。園子に言われた通りに薄目で構えていると、逆光で黒くなった人型の輪郭が見えてきた。……見えてきたのだが、それが大量にいる。十や二十じゃない。全部で百近くもいるのではないか……?
「ソノコさん、ご無事でしたか」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「……貴様、よくもソノコさんを」
この光景は予想外だった。わたしたちの前に現れたのは、まるで軍隊のように整列した、機械の兵隊たち。ロボットの群れだ。とはいえ人間らしさというか、皮膚のようなものがある。あまり詳しくないけど、人造人間、というものかな。確か色々と分類があったような。ロボット、サイボーグ、アンドロイド。なにがどう違うのかはよく知らないけれど。
「みんな、わざわざ並んでくれてるけど、訓練に戻っていいよ。あたしは大丈夫だから」
「……いえ、僕はソノコさんに付き添います」
「心配性」
「全員、戻れ!訓練再会!」
ナナゴウの号令で、整列していた兵隊たちは散っていった。扉の先には、体育館のような広い空間があった。ここへの入り口と同じ、金属と石の混じりあったつくりで、所々にコンクリートも見受けられる、補修を繰り返しながら、長い期間を使っているようだ。天所に大きな照明がいくつもあり、空間全体をしっかりと照らしている。その中で複数の班に分かれた兵隊たちが、別々の訓練を始めた。
「私の村の光景を思い出すな。戦士の訓練はこういった形で行われていた」
ガンジイがそう言い、わたしはすぐにはその意図に気付けなかった。単に昔のことを思い出しただけだと、言葉のままに受け取っていた。ムクは訓練を面白い遊びと捉えているようで、その中に混ざりたがっている。近接戦闘とか、武器の扱いとか、わたしにはなにを目的にしているのか分からないものもある。無邪気に「あたしも入っていいかー?」とナナゴウに聞いていたが、「駄目です」と真っすぐ顔を見ながら否定されていた。
「奥に司令室があるから、ついて来て」
園子に言われ、一応ガンジイにどうするか聞いておいた。園子のことは信用しているけれど、光側の全てがそうではない。まさか罠にはめるつもりなんてないだろうけど、ガンジイの意見はどんなときだって参考になる。
「園子よ、ここを管理している者が、そこにおるのか?」
「はい。みんなは所長と呼んでいます。あ、光側全体のリーダーではないです。あくまでここの所長です」
「私達をここへ招き入れたのは、その者の命令か」
「違います。あたしの発案で、所長が了承してくれました」
「その所長というのは、私と同じ村の出身だな」
「……所長はガンジイさんに会いたがっています。それに、あたしと所長がやろうとしていることを、みなさんに手伝ってもらいたいです」
ガンジイは微動だにせず、沈黙していた。深い迷いの表れだ。その間に園子に色々と聞いておこう。
「わたしたちに手伝ってもらいたいことって?」
「ここでは言えないよ」
その一言で何も聞けなくなった。ここに入った時点で、わたしたちのこの会話は、光側の連中に筒抜けになっているのか。園子は言葉をうまく使って、真意を盗み聞きしている連中に悟られないようにしているようだ。『あたしと所長がやろうとしていること』か。もしそれが、本来ここで行われていることではなく、反乱を意味しているなら、楽しいことになりそうだ。
「行くか」
ガンジイは悩んだ末そう言った。ガンジイらしくない、歯切れの悪い言い方だった。本心としては行きたくないが、進まないといけない理由もある。そんな感じの言い回しだ。
「誰がいるか、察しついてるの?」
「あぁ」
「あたし分かったぞー。さっき言ってた女の人だろー。だからじいちゃん迷ったんだなー」
「あぁ」
普通に「あぁ」と認めた。ガンジイが一番心を許した人。その人が死後、光側の勢力に入っていた。……ガンジイが強くなりたいと願うようになった、そのきっかけとなった、かつて救うことの出来なかった人。なんだかわくわくしてきたな。ガンジイには悪いけど、どんな女性なのか楽しみで仕方がない。本当にその人ならば、の話になるけれど。
「所長の名は、明だな?」
「はい、そうです」
……メイ?おかしいな、ガンジイの村では、長所と短所、その両方から一文字ずつ取って名前にするはず。メイなら一文字にしかならないと思うのだが。
「彼女は族長の娘だったのだ。下らぬしきたりではあったが、最高権力者の族長一族は、長所からしか文字を取らぬようになっていた」
ガンジイがわたしの疑問を察知して答えてくれた。いいぞ、ロマンスの予感がしてきた。族長の娘なんて、王女様と同じじゃないか。でもガンジイは恋人ではなかったし、そうなるつもりもなかったと、さっき断言していた。それはそれでいい。権力にはばかられ、届かぬ恋というのも、ロマンチックじゃないか。……いや、どうだろう。本当にその感情は恋愛的なものだったのかな。ただの友情や信頼ということもあるか。
「……よくない。よくないなぁ、わたし」
「アイはいっつもよくないよ」
「うるさいなぁ。基本的にはいい人でしょ」
「自分で言うなし」
懐かしい軽口の言い合いだ。それはさておき、わたしの思考はよくない方向に舵を切り過ぎている。ガンジイが苦しんできた過去を知りながら、それに対して好奇心が溢れんばかりだ。非常によろしくない。わたしだって、ロイさんとアリーンさんのことを面白おかしく詮索されたりしたら、尋常ではなく不愉快になる。だから本人に、あれこれ聞いたりはしない。だけど気になるものは仕方がない。だってガンジイだ。過去のガンジイが心を許した女だ。どんな女だよ。気になって当たり前じゃないか。
兵隊たちが訓練しているホールを抜け、通路に入る。……なんだか、さきほどの空間といい、この通路といい、学校を連想させるつくりになっている。人が数人並んで歩ける程度の、ちょうどよい幅や高さのある廊下。蛍光灯の明かりや、ほどよく足音が響くこの感覚。これで壁に日報やポスターなんかが張られていたら、過去の世界にタイムスリップしたかと錯覚を受けそうだ。
「ここ、文明崩壊後に学校として使われてたんだよ」
「あ、本当に学校だったんだ」
「ガッコーってなんだー?」
「子供が集まって勉強する場所。ムクもわたしも、昔だったらこういう場所に通ってたの」
「へー。勉強って狩りのやり方とか?」
「園子が詳しく教えてくれるよ」
園子に押し付けておこう。別にムクが面倒なわけではない。さっきからちらちらと、わたしを見て話しかけようとしている人がいるからだ。
「……ソノコさんとは、どういう関係なんだ?」
「友達だよ。ずっと昔から」
「ソノコさんが生前の時からか?」
「そう」
「……そうか」
ナナゴウ。見た目からは分かりずらいが、たぶんこの子、男の子だ。まだ声変わりもしていないくらいの少年。機械の体なら、この先も声が変わることなんてないだろうけど、綺麗な中性的な声質をしている。体型にも男の子の特徴は現れていないし、背もわたしより低い。だけど男の子だと思うのは、男子特有のすねた感じというか、若干気取った雰囲気があるからだ。可愛いじゃないか。
機械の兵隊たちは、みんなほとんど同じ容姿だった。頭には、バイクに乗っている人がかぶっているような黒いヘルメット。ただ口元だけは露出するようになっていて、声はくぐもらずにちゃんと聞こえる。首から下はほぼ機械。ヘルメットと同じで真っ黒だ。ごつごつとした、いかつい形ではなく、流線型のすらっとしている近未来を思わせるようなデザインだ。今の世界の状態で、近未来もなにもあったものではないが。海に潜る人が着ているスーツ、ダイビングスーツだっけ。それが金属製になった感じ。動きやすいように、関節部だけは肌が露出している。
「きみ、光側の勢力なのに機械の体なんだね。みんな魂だけなのかと思ってたけど」
「闇側の勢力と戦うためだ。この体は人工的に作られたもので、中に魂を入れて動かしている」
「……ふうん。中に魂がねぇ」
園子を見てみた。たぶんわたしの声は聞こえていただろうけど、わたしを無視してムクと話し続けている。
「きみはなんで、闇側と戦うことにしたの?」
「ソノコさんに救ってもらったからだ。その恩返しだ」
「園子に利用されてるんだ」
「悪い言葉を使うな!ソノコさんはみんなから感謝されているんだ!」
「園子が好きなんだ」
「す、……。そうだ、みんなソノコさんを好いている」
「園子とちゅーしたいんだ?」
「貴様!僕をからかうつもりか!」
「したくないの?」
「……そのようなことは言っていない」
「園子ー。ナナゴウくん、園子とちゅーしたいって」
「貴様ぁ!!」
園子が愚か者を見る目でわたしを見てくる。ちょっとやりすぎか。お姉ちゃんに会って以来、自分の中でどうにも緊張感が緩んでしまっている。これ以上やると、そのうち本気で怒られそうだし、一旦気を引き締めないとだめか。
「ここが所長室。ガンジイさんから先にどうぞ」
「あぁ」
ガンジイは数分前から「あぁ」しか言わない。男の人って、切羽詰まると分かりやすいな。メイという人に会うのが楽しみなのか、それとも怖がっているのか。所長室の扉は、通路の途中にいくつもあった、他の扉となんら変わりなかった。この施設は外との出入り口こそ厳重だが、中はそうでもないらしい。元々の学校のまま、警備を強化してはいないようだ。ここに誰かが侵入するなんてあり得ないし、万が一そうなっても対処なんて容易だと考えているわけか。
ガンジイは特に躊躇することもなく扉を開けた。開けた瞬間、光るなにかが奥から飛び出してきて、ガンジイの頬をかすめた。……ナイフ?
「相変わらずだな、明よ」
「あなたはずいぶんお爺さんになったね。本当に『頑爺』になっちゃった」
この人がメイ?出会い頭にガンジイを殺そうとしてきたけど。ガンジイはナイフを指で挟んで止めている。……これ、ガンジイが反応していなかったら、本当にそのまま殺していたのではないか?
「警戒せずともよい。こやつは私に会う度に、私を本気で殺そうとしていた」
「やべぇ女じゃん。警戒しなよ」
メイはナイフを下ろすと、二ッと微笑んだ。その表情には邪気がない。ガンジイを容赦なく殺そうとしておいて、全くそれを悪いと思っていない。この人はどっちだ、これから信頼すべき人か、それとも敵とみなすべきなのか。メイはナイフを懐に収めると、わたしたちに背を向けて話し始めた。
「じゃあ、なんであなたたちをここに招いたか、教えるよ」
「光側の勢力に加える為であろう?」
「ちがうよ、その逆。いや逆とも違うかな」
……まさか予想が本当になるとは。なにやら面白いことになりそうだ。
「これからみんなで、光側の勢力を裏切る。反逆して新たな勢力を興すつもりだよ」
次回へ続く……




