第五章 闇の核 五
第五章 闇の核 五
さて、面倒というか、厄介なことになってきたな。あの魔女がおれのふりをして、展開を一つ前に進めたわけだ。本格的に、この世界に干渉し始めたというわけか。……いや、違うな。あの魔女は文明崩壊前からこの世界に干渉してる。今に始まったことではないか。
「魔女があなたとすり替わってたって、なんでそんなことしたのかな?」
「きみだよ、レイレイちゃん。きみに力の使い方を覚えさせるためだ」
レイレイの話によると、偽物のおれは、それはまぁ酷いもんだったらしい。おれは嫌いな奴には容赦しないけど、好きな人のことを利用したりはしない。サイモンさんや、この村の人をいいように扱ったりはしないのに。おれがつくる理想世界には、こういう心優しい人たちだけがいるべきなんだ。そんな人たちの命を、無下に使うつもりはないっていうのに。
「サイモンさんが倒れてからのあなた、本当に気持ち悪かったよ」
「……ねぇ、おれがそんな酷いことするような奴に見える?」
「見えるぞー」
「見えるな」
「あなた、胡散臭いもの。今でも本性はそうなんじゃないかと思ってる」
「勘弁してよ……」
闇の扉の発生、そして闇の核のことも、おれの記憶から消えている。サイモンさんや、村人たちもそうだろう。おれの記憶の中では、ガンジイさんたちをこの村に呼び込んだのは、ただのサプライズだ。ガンジイさんとサイモンさんが旧友だと知ったから、二人を再開させようという善意で、この村に誘導したことになっている。
記憶にないだけで、闇の核が出現したのは事実。周囲に漂うエネルギーの濃さでそうと分かる。信じられないが、レイレイは核を破壊した。おれたち闇の勢力が、二○人がかりでも惨敗したあれをだ。魔女がサポートして動きを封じていたとはいえ、核を一撃で消滅させるなんて。この力、光の連中に渡すわけにはいかないな。
「とりあえず、家に戻ろうぜ。飯の準備が出来たから、お前らを探してたんだからよ」
サイモンさんがそう呼びかけ、おれたちは一旦話を切り上げて、食事を取ることにした。……警戒されてるなぁ。ガンジイさん、レイレイ、ムク。三人とも、ずっとおれを監視してる。あの植物の子、ミニちゃんと呼ばれていたっけ。おれと普通に話してくれるのは、ミニちゃんだけになっちゃった。あの魔女、どれだけ派手におれを演出したんだ。
家に戻ると、ミラさんと数人の村人たちが入れ替わりに出て行った。食事をここまで運んでくれたみたいだ。
「ミラ、休憩はちゃんと取れよ。無理はするな」
「問題ないよ。この後休むさ」
食事の席で真っ先に話題に上ったのは、サイモンさんの寿命だ。あとどれほど生きていられるのか、村の運営は大丈夫なのか。ガンジイさんとレイレイは、そのあたりを深く心配しているようだった。ムクは無関心というか、人に任せておいた方がいい話と割り切って、パンに噛り付いている。おれの分のパンもあげようとしたら「いらない」と断られた。悲しいなぁ。
「オレが病気なのは、もう村人全員知ってるぜ。五年も前からな。オレが死んだ後はミラがいる。問題はないはずだ」
「そのあたりも、件の魔女が記憶を変えているようだな」
おれとサイモンさんの記憶とは違い、ガンジイさん一行の記憶の中では、今も村人たちはサイモンさんに強く依存していたらしい。……どうやら、物事はうまくまとめられているようだ。好き放題に記憶をいじったわけではないらしい。
「きみたちにも聞かせてあげたいよ、五年前のサイモンさんのあの演説。村人たちみんなを集めて、自立を促したんだ」
「それ、たぶん聞いてる。サイモンさんが血を吐いて倒れた後、みんなの前で話したやつだ」
「サイモンの命は、まだもつのか?」
「体はな。だがこのままだと魂に問題が出ちまうらしい」
サイモンさんは、がっつり光側に寄っている人間だ。今は闇のエネルギーで体を保たせているけど、このままやり続けたら、魂の方に悪影響が出てしまう。どこかで見切りをつけて、エネルギーの供給を断たないといけない。闇側の人なら、いくらでも生き永らえられるのになあ。
「もってあと一年、ってところだね。おれが力を切ったら、おそらく数日経たずに死んでしまうよ」
「ま、問題ねぇさ。ミラはもう、みんなから信頼されてるしな。最近はオレが口出すこともほとんどねぇ、よくやってくれてるぜ」
「後進の心配はいらぬ、ということか」
「おう、なんにも問題なしだぜ!がははは!」
食事は終わり、サイモンさんが切り出した話題は、レイレイへのお礼だった。記憶にないとはいえ、この村は闇の扉に呑まれかけていた。それを止めたのが彼女なら、相応の礼をしないと気が済まないという。
「なんでも言ってくれよ、お嬢ちゃん。オレに出来ることならなんでもするぜ」
「じゃあ、ミラさんとの間に子供をつくってください」
レイレイがそう即答して驚いた。この返答は予想外。ガンジイさんも、はっきり顔に出ていないが驚いている様子だ。ムクはなにを考えているか分からない。ミニちゃんをつついて遊んでいる。
「最近は、それを考えるようになってたところだ」
サイモンさんは、特に驚いていないようだった。コップに注いだ酒をぐっと飲み干すと、腕を組んで天井を仰ぐ。
「だがな、やっぱりオレが愛してるのは死んだ女房だけなんだ。ミラには感謝してるぜ、でもそれとは違うんだ」
「ミラさんは、それでもいいと思ってますよ」
「オレにはもったいねぇ女だよなぁ……。もっといい男と一緒になりゃあいいのによ」
サイモンさんは、子供が村の跡継ぎとして育てられるのを嫌がっていた。世襲制なんて最悪だとまで言っていたし。でも今の村人たちは、もうサイモンさんが死ぬ現実を受け入れられてる。生まれた子供に、サイモンさんと同じ役割を望むことはしないと思うけどなあ。それなら子供を残すという選択肢も、ありじゃないかな。おれには答えの分からない話題だなぁ。
「もうじき死んじまうと分かってる男が、子供をつくるなんて無責任じゃねぇか?」
「わたしは逆だと思いますけど」
「ガンジイはどう思うよ?」
「分からぬ」
「カンスケはどうだ?」
「分からないね」
「がははは!頼りにならねぇ男共だぜ!」
「自分が愛した人との子供は、世界一の宝物だぞ」
ムクが突然そう言って、男性陣全員が驚いた。レイレイは驚いてない。なんなんだ、女同士で通じ合うものがあるのか?いや、それよりムクが言った言葉の中身だ。急に大人びたことを言うじゃないか。
「子供、つくった方がいいぞー」
「……ミラと相談しておくぜ」
「出産までには一年ぐらいかかりますよ。はやくつくって、生まれた赤ちゃんを抱っこしてから死んでください」
「すげぇこと言う嬢ちゃんたちだな。さすがガンジイと旅してるだけあるぜ」
その後サイモンさんは、ガンジイさんと一緒に家を出て行った。ガンジイさんは、おれから監視の目を外すことを警戒したけど、レイレイが大丈夫だと言い、信頼して家を出た。旧友だけで、語り合いたい思い出もあるだろう。ガンジイさんたちは、明日にも旅を再開するはず。つまり、これが今生の別れになる。外野は引っ込んでいた方がよさそうだ。
「レイレイちゃん、少しは信頼を回復してくれたみたいだね」
「そもそも信頼してないけど」
「厳しいなぁ」
「あなたが変なことしようとしても、魔女が止めてくれるだろうと思って」
「……まぁ、それはそうだね。少なくとも、きみが魔女の計画の一部に含まれているのは確定。ガンジイさんやムクちゃんは分からないけど」
「魔女本人が出てくることってないの?」
「出てくる理由があるなら、そうするだろうけどね」
「あるわよ」
……ついに出たか。いつの間にか、レイレイの隣のイスに座っている。優雅に紅茶をすすりながら、ここに自分がいることが当たり前のような態度で、会話に加わってきた。
魔女と会うのは数百年ぶりになるが、今も容姿は若く美しい女性だ。小じわの一つも増えていない。目鼻立ちがハッキリとした顔で、瞳は綺麗な碧色。服装も全く変わっていないな。朱色の襟付きのシャツの中に、黒のインナーとスカート。最後に会ったときと、何一つ変わっていない。
「久しぶりね、カンスケ。そしてムク、はじめまして」
「誰だ、お前ー?」
「みんなからは、魔女と呼ばれているわね」
「師匠、とりあえずおれに謝ってもらいたいんだけど」
「あなた達の紅茶も用意してるわよ。楽しんでちょうだい」
無視された。謝罪するようなことなんて、していませんと。魔女は何もない空間に、突然紅茶の入ったポットを出現させると、テーブルの真ん中に置いた。飲みたい人は自分で注げということか。相変わらずだ。レイレイはしばらく魔女の顔を、無言で凝視していたが、紅茶を自分のコップに注ぐと一口飲んだ。この子はとりあえず口を動かす前に、まず自分の頭の中で言葉を整理するタイプみたいだね。
「ムク、この紅茶おいしいよ」
「ミニちゃんも飲めるかー?」
「飲めるわよ。そのポット、無限に紅茶が湧くから好きなだけどうぞ」
なんだかみんな落ち着いてるなぁ。部屋の中に知らない女が突然現れたら、もっと驚くものだと思うけどなあ。ミニちゃんもムクのコップから、紅茶をすすってるし。ここは、おれは口を出さない方がいいな。レイレイが魔女になにを聞くか、魔女がどう返すか、それを見物させてもらうとしようかな。
「久しぶりだね、お姉ちゃん」
「五年ぶりになるわね」
「じゃあ、妹も?お姉ちゃんが演じてたの?」
「あの子は別人。私の大切な人が役回りを演じてくれていたのよ。今は知っての通り、光側の勢力内にいるわね」
……なんの話だ?五年ぶり?魔女とレイレイは、すでに会ったことがあったのか?口を出す気はなかったけど、これは質問しておかないと。と、思ったが話がどんどん進んでいく。おれが入り込む隙間がない。
「あの村は、お姉ちゃんが全部仕組んでたの?」
「全部ではないけれどそうよ」
「なんでそんなことしたの?」
「運命の流れを繋げているのよ」
レイレイは少しむすっとした表情を浮かべたが、その中に甘えのような仕草が含まれている。おれの知らないところで、この二人は信頼関係を築いていたようだが……。怖いな。魔女とこの子に手を結ぶばれるのは御免こうむりたい。あくまで別勢力として、独立して動いてもらいたいところだが。
「ちょっと、お姉ちゃんと二人で話してくる」
「そうね、私達にしか分からない話だものね」
「ムク、カンスケの監視お願い」
「おー」
聞き耳を立てるなよ、ということか。魂だけでこっそりついて行くつもりだったが仕方ない。……いや、そんな隙をあの魔女は見せない。家から出た瞬間、気配が消失した。別空間に転移したか。しばらく紅茶を楽しむとしようかな。なにもかもを知るより、知らないことがいくらかあった方が、生きていて面白いしね。
「ここ、どこ?」
「私が創った部屋よ。外界から完全に遮断されているから、闇側も光側も、一切ここに干渉出来ないわ」
真っ白な立方体の中に、気付くとわたしは立っていた。不思議な質感だ。触れる瞬間までは金属のようなのに、手を押し付けるとマシュマロのように柔らかなものへと変化する。お姉ちゃんは床に座り、わたしもその横に座り、肩に頭を預けた。
この人は、一体いつからわたしの人生に関わっていたのだろう。生まれ変わる前から?あんなに謎めいた存在だった魔女が、まさかお姉ちゃんだったとは。わたしがこの世界に産まれてから、十年ほどずっと一緒にいてくれた人。そして、生贄にされて死んでしまったと思っていた人。
……どうして今まで、お姉ちゃんのことをあまり考えていなかったのだろう。わたしの記憶とか思考に、なにか細工をしていたのだろうけど。魔女の顔を見たとき、突然お姉ちゃんに関する記憶が全部よみがえった。記憶を失っていたわけではない。元々頭の中にあったはずなのに、見えなくなっていたものが再び姿を現した。霧がかかっていても、そこにお姉ちゃんとの思い出の輪郭はあった。もやのかかっていた視界が急に晴れて、鮮明な色を取り戻した。わたしが生まれた村で、お姉ちゃんと一緒に暮らしていた日々の足跡が。
「わたしが生まれた村は、どこまでお姉ちゃんが干渉してたの?」
「百年くらい前からかしら。元々あの村には生贄の慣習があったのよ。昔はただ若い人を生贄にしていたのだけれどね。闇視の力を持った子供が産まれてくるようにして、少しそれを変えさせてもらったわ」
「歴代の、闇視の力を持った生贄って……」
「全部私よ。分身くらい、いくらでも創れるし。あなたが妹と呼ぶ人以外はね」
「ガンジイとかムクは?」
「ガンジイは少し助言をしただけ。彼の村が滅びるのを、私はあえて止めなかった。彼に強くなってもらう必要があったから」
「……ムクは?」
「一切干渉していないわ。あの子にも、あの子の両親にもね。すごいわよ、あの子。死にかけることがあったら、助けようと考えていたのだけれど、一度もそうする必要がなかったわ」
「もうはっきり聞いちゃうけど、お姉ちゃんはなにがしたいの?」
「さっき言ったじゃないの。運命の流れを繋げているのよ」
どうにも煙に巻かれている。元々はっきりとした答えを提示せずに、ぼんやりと示唆する話し方をする人ではあったけれど。わたしはもっとこう、お姉ちゃんの目的をはっきりとさせたいのだ。
「私の目的をはっきりさせたいって顔してるわね」
「分かってるなら教えてよ」
「簡単に説明出来ることではないのよ。でも可能な限り噛み砕いて言うなら、闇と光の均衡を保とうとしているの」
「あんまりちゃんと知らないんだよね、闇側と光側の争う理由。どっちも目的は一致してるらしいのに」
「いずれ宇宙が崩壊することは、もう知っているでしょう?」
「うん。闇側も光側も、それを超えようとしてるんでしょ?」
「そもそも、なんで宇宙が崩壊するかはまだ知らないわね?」
「うん」
「この宇宙を保たせているのは、魂なのよ。魂が発するエネルギーが、宇宙を支えているの。その為に魂は輪廻転生を繰り返すのよ。宝石を研磨するように、何度も生まれ変わり様々な経験をすることで、魂はよりたくさんのエネルギーを発するようになる。それがこの宇宙の仕組みなの」
ということは、やはりわたし以外の人も、死んだ後は転生しているということか。ただ普通はそれを覚えていない。本人の記憶から前世の出来事や人格は消えてしまうのだろう。なんだかスケールが大きい話になってきたな。宇宙の仕組みとか、そんなこと考えたこともなかったけれど。
「ここまで言えば、どうして闇側と光側が争っているか、もう分かったでしょう?」
闇側は、魂を分解してエネルギーに変え、地球を覆うことで宇宙の崩壊を乗り越えようとしている。この宇宙の仕組みを根本から破壊している。
光側はそれを止め、魂の本来のあり方、宇宙の仕組みを取り戻そうとしている。右翼と左翼の関係ってことか。
「カンスケって、お姉ちゃんの弟子なんでしょ?なんで闇側を手助けなんてしたの?カンスケたちが魂を分解してエネルギーに変えちゃってるのに」
「光側の人達が力を持ちすぎても問題が出るのよ。あの人達、闇側を止める為とはいえ、全部の魂を管理しようとし始めてるから」
「あっちに傾けば、こっちが沈むって感じか。……それで、闇と光の均衡が崩れたら、なにが起きるの?」
「教えないわ。その時が来たら自然に分かるはずよ。とにかく均衡を保つことが必要なの。その為に、私はあなたを利用することにしたのよ。闇と光、二つの中間地点に立つことの出来る人材としてね」
……わざと、利用する、という言葉を使ったな。協力する、とか、手助けしてもらう、とか他に言いようはいくらでもあるのに。ちょっとした意地悪だ。悪い気はしない。
「あなたが人から利用される事を嫌がるのは知っているわよ。そして、人を利用する人間を嫌うこともね」
「分かっててそんなこと言うんだ」
「一つ質問をするわ」
「なに?」
「あなたが利用されることで、あなたの大切な人達が幸せになれるのなら、それでもあなたは利用されることを拒むのかしら?」
「拒むよ。わたしたちは、自分の力で幸せになる。わたしも、ガンジイも、ムクもミニちゃんも」
「あなたが、あなたを利用するとしても?」
「……どういうこと?」
「これ以上は言いたくないわ。あなたには、あなた自身の意思で、あなたの決めた道を歩んでもらいたいもの」
なんだか、この人にはこの先どれだけ生きても敵わない気がする。わたしとこの人では、見えている景色が違うのだろう。生きる目的どころか、普段は別の世界にいる存在のようだ。……普通だったら、こういう高みの見物を決め込んでいるような人は大嫌いなのだが、お姉ちゃんだけは別だ。この世界に転生してから、十年もずっと一緒にいたのだ。この人が心の根っこの部分で善人であることは分かっている。
「お姉ちゃん、いつもの」
「はいはい、久しぶりに会ったから甘えさせてあげるわ」
ひざまくらに、頭なでなでのオプション付き。いつものメニューだ。お姉ちゃんは、わたしが唯一心の底から甘えられる人なんだから、わたしの要求にはちゃんと応えてもらわないと困る。ガンジイのことも信頼しているけど、膝枕してもらう気にはなれない。母性と父性の違いというやつだ。
「色々と聞きたいことがあるでしょう?なんでも答えるわよ」
「お姉ちゃんって、闇の扉を制御出来るの?」
「もちろんよ。自由に出したり消したり出来るわ。生贄の村を呑み込んだ闇の扉は、私が出したものだし。この村の闇の核もね」
「サイモンさんたちの記憶って、どこまでが本物なの?お姉ちゃんが書き換えたのはどこの部分から?」
「カンスケとサイモンの記憶が本来の歴史よ。五年前にサイモンが村人達の自立を促したって、カンスケが話していたでしょう?それは実際にあった出来事。この村は自分達の力で、ちゃんと継続していく道を選んでいたのよ。今回はあなたに力の扱いを覚えてもらう為に、一時的に記憶を書き換えさせてもらったの」
「魔法だね、もう。この世界で起きてることは、全部科学で説明出来ると思ってたけど」
「いいえ、魔法なんて存在しないわ。全て科学で説明出来るわよ。誰もそれを理解出来ていないから、私は魔女なんて呼ばれているだけよ。実際はただの科学者なのにね」
「人の記憶を書き換えるのも、科学で説明出来るの?」
「出来るわよ。記憶と連動した素粒子の内部情報を、量子のゆらぎで書き替えているだけ。理解出来た?」
「……無理」
「そのうちあなたにも理解出来るようになるわ。科学とはつまり、この世界の仕組みを理論化すること。全てを理解出来たのなら、あらゆることが魔法ではなく科学なのよ」
「お姉ちゃん、ぜいたく追加で」
「はいはい、特別にね」
耳かきを追加。たまにだけしてもらえる豪華メニューだ。お姉ちゃんと会うのは五年ぶりなんだ。今日は贅を尽くさせてもらおう。
「あの力、強力ではあるけれど、あなたが本当に望むようなものではないでしょう?力で救える弱者は、甘やかすとつけあがるだけよ。ここの村人達が、サイモンに依存していたようにね」
「力がないと救えない人が大半だよ」
「ロイとアリーンは?今のあなたなら、あの二人を救えるかしら?」
「……」
「人間と獣人の村は?弱っていた村人達を救える?」
「……」
「旅を続けなさい。強くなる為に。仲間達と一緒にね」
「お姉ちゃんは、神様みたいな力を持ってるみたいだけどさ」
「そうね」
「どうして、ロイさんとアリーンさんを助けてくれなかったの?」
「あの二人の死が、あなたの魂を成長させるからよ。その為に、私は二人を見殺しにしたわ」
……はっきり言うなあ。複雑な感情だ。確かにあの件があったから、わたしは自分が目指す強さを明確に出来た。でもお姉ちゃんがそんなことをしたなんて、なんだかショックだ。
「一応言っておくけど、あのときの闇の扉は、自然発生したものよ。私が出したわけじゃないわ」
「……ロイさんとアリーンさんの魂も転生したんだよね?どうなったか分かる?」
「結果的には幸せになれるわよ。黒人の夫婦になって子供も出来るわ。名前はジェイ……」
お姉ちゃんの言葉が急に詰まった。手も止まってしまったし、どうしたのだろう。お姉ちゃんの顔を見てみると、幸せそうだけれど、悲しそうな、なんとも言えない表情をしていた。まるで遠い昔の、もう戻らない日々を思い出しているような……。
「……お姉ちゃん、どうしたの?」
「いえ、なんでもないわ。……これだけは言っておくけど、私はあなたの幸せを願っているわ。あなたは本当に、わたしの大切な人なのよ」
こういうことをさらっと言ってくるから、何をされても怒る気になれない。この人は嘘でこんなことを言わない。自分の目的の為に、わたしを利用していることは事実だろう。だけどわたしのことを、大切に想ってくれていることも確かなのだ。
「お姉ちゃんは、いつからわたしの人生に干渉してたの?転生する前から?」
「この世界にあなたが来てから。転生する前から見守ってはいたけれどね。死ぬのを防ぎはしなかったけれど」
「死んだときのことはあんまり覚えてないんだけど、わたしトラックにひかれたよね?」
「そのトラック運転手、運転中に過労で死んだのよ。あなたはトラックの暴走に巻き込まれたの。私が殺したなんて思わないでちょうだいね」
本当に、ちゃんと全部答えてくれる。この人がぼやかした言い回しではなく、こんなに分かりやすい返答をしてくれることは、この先二度とないだろう。……わたしのためだろうなぁ。わたしの甘えたい気持ちを汲んでくれているのだろう。
お姉ちゃんがいなくなってしまってから、わたしの精神は、常に張りつめていたことに今気付いた。ガンジイやムクと出会ってから、それが少し和らいだと思うけれど。甘えられる人がいなくなり、さらに妹という守らないといけない子ができたことで、過剰に強さを求めるようになっていた。
「……ごめんなさいね」
「え?」
「あなたは、辛い思いをたくさんしてきたでしょう?私の力なら、それを全部取り除いてあげることも出来たわ。だけどそれはしなかった。私の目的の為に。それと、あなた自身の為に」
「わたしのためにもなってるなら、別にいいよ。闇視の力って、お姉ちゃんがわたしに与えたものなんだよね?」
「いいえ。あなたのその力は、わたしが与えたものじゃない。あなたが生まれながらに備えていたものよ。私はその力に呑まれることなく、使いこなせるように調整してあげただけ。額の目が魂の発着場になっているのよ」
「わたしの体って、人によって違う容姿に見えるみたいなんだけど。闇視と関係あるの?」
「ある、と言えばあるわね。その人が『最も心を許した人』に似ている容姿に見えているのよ。私がそうなるように仕掛けをしておいたの」
「……なんで?なんのために?」
「今から教えてあげるわ。今日だけの特別メニューでね」
「特別メニュー……?」
「あなたの力には、破壊以外の使い方もあるのよ。それをより効果的にする為よ」
「ふうん」
「ひざから下りて。上を向いて寝て、目を閉じてちょうだい」
素直に言われた通りにする。闇視でさらに出来ることが増えるのなら、もちろん覚えておきたい。……?お姉ちゃんの吐息が首にかかる。ずいぶん顔が近いけど、なにをし……。
「……ただいま……」
「お、帰ってきたなー!……レイレイ?」
「……カンスケとミニちゃんは?」
「いや、寝室は別だから、この部屋にはいないぞー?」
「……ガンジイも、いないね……」
「そうだなー。じいちゃとサイモンはまだだなー」
「……あぁ……。お姉ちゃん……」
「な、なんか、顔赤いぞ?大丈夫かー?」
「わたし、教えられちゃった……」
「ほえ?」
「力の使い方、知っちゃった……」
「……こ、こわいぞ?なんかレイレイこわいぞ?」
「……あ、そうだ」
「な、なに?」
「お姉ちゃん……。魔女の名前ね、リリスっていうんだよ……。素敵でしょ……?」
「へ、へぇー……。そうだなー……」
「おやすみ……」
「……こわいなー……」
「……リリスさま、浮気しましたわね?」
「違うわよ。これも計画のうちでしょう?あの子に覚えさせる為によ」
「ですからって、わたくし以外の方に、あんなに優しく……」
「ねぇ、怒らないでちょうだい」
「分かっていますわよ。ふふ、少しからかっただけですわ。それより、光側もそろそろ、動き始めますわよ」
「園子の様子は?」
「まだ落ち込んでいますわ。だからこそ、動かずにはいられないはずですわね」
次回へ続く……




