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ENDLESS NIGHT  作者: 清水進ノ介


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第五章 闇の核 四

第五章 闇の核 四


 カンスケが裏切った。村の外に闇の扉が現れるかもしれない。その情報はサイモンさんが動くまでもなく、瞬く間に村中に広がった。みんなが困惑し、不安と恐怖に包まれてはいるものの、取り乱している人はいなかった。サイモンさんの死が近いことを知ったときの方が、よほど動揺している様子だった。サイモンさんはどっしりと、落ち着き払った口調でミラさんに指示を出した。

「ミラ、おめぇの出番だぜ」

「これくらいやってみなってことね」

「流石だな、新村長。いいかお前ら、ミラの指示に従って行動しろ!」

 サイモンさんはミラさんの後ろで、その仕事ぶりを見守っている。ミラさんに全て任せ、自分から口出しする気はないようだ。ミラさんは、てきぱきと指示を出し、なるべく村の入り口から遠い場所へと、村人たちの誘導を始める。見事な手際だった。千人近い村人たちを複数のグループに分け、さらにそれぞれの班長の選定、連絡網の構築まですぐに終わらせた。まるで軍隊の行進のように、村人たちは秩序を維持された状態のまま避難を進めていく。

「……サイモン?大丈夫かい?」

「カンスケの野郎、本当に裏切ったみてぇだな……」

 サイモンさんが、胸を抑えて苦しそうにしている。サイモンさんの体は今、カンスケの力で無理矢理生かされている状態だ。このまま生かすも殺すもカンスケ次第。カンスケはサイモンさんを、ガンジイたちと合流させるつもりはないようだ。ミラさんはサイモンさんに肩を貸し、彼をベッドへと運び込んだ。サイモンさんは、意識はあるがまともに動ける状態ではないみたいだ。

「無理しちゃ駄目だ、あんたには一秒でも長く生きてもらわないと」

「なに言ってやがる、闇の核を壊さねぇと、結局意味ねぇってのによ……」

 実際のところ、闇の扉が本当に出現してしまったら、村内のどこにいたところで意味はない。闇の扉は大きい。その範囲から逃れないと、闇に呑み込まれてお終いだ。村から出て逃げないと、その外側へ逃れられない。だけど今必要なことは、村人たちがパニックを起こさないように、行動させ続けることだろう。指示された通りに動けば安全なのだと、その安心を与えられるだけで、十分に意味がある。

「ミラ、オレのことはいい、まだ死んでねぇってことは、カンスケはまだオレを生かしておくつもりってことだ。避難を進めてくれ」

「……分かった、根性で耐えな。死ぬんじゃないよ」

「おう、当たり前だ。ガンジイたちがやってくれると、信じるしかねぇな……」

 ミラさんは家を出て、避難誘導を再開した。さて、わたしはどう動くべきか。ガンジイを追って闇の核との戦いに参加するのは無理。わたしにそんな力はない。ミラさんと一緒に、避難誘導を進めるのもなし。わたしにそんな力量はないし、よそ者がしゃしゃり出る場面でもない。ミラさんに任せた方がいい。……ならもう、やることがない。またこれか。結局肝心な場面で、わたしはいつも見ているだけ。出来ることが何も無い。

「ミニちゃん、わたしいっつも役立たずだ」

「弓で遠くから、ちくちくするのよ~」

「闇の核を?無理だよ、動物にすらまともに当てられないのに」

「ならのんびり待つだけよ~。できることをしたら、待つだけなのよ~」

 村人たちは避難を進め、わたしの周りにはもう誰もいない。ミニちゃんは袋の中で、もごもごと体を動かして踊っている。分かっている。ここで下手に行動を起こすと、かえってみんなに迷惑をかけてしまう。何もしないでいることが、わたしがするべき最善の行動なんだ。

「きみ、こっちに来なよ」

 ……カンスケ?周囲には誰もいないが、その声だけがはっきりと聞こえた。……あぁ、そうか。魂だけで動いているのか。闇視を使ってみると、少し離れた所にカンスケがいた。魂だけの状態で、笑いながら手招きしわたしを誘っている。上等だ。乗ってやろうじゃないか。


 カンスケを追っていくと、石垣の上に出た。村の入り口から近い場所で、ここから村の外側が見渡せる。たいまつの火が一つ見える。あれはガンジイだ。一点に留まり、大きな動きを見せない。まだ戦いは始まっていないようだ。

「なんだか、危ないびりびりが見えるのよ~」

「びりびり?」

 ミニちゃんが袋の中から上半身だけ出して、闇の核の方を指差した。びりびりとはなんだ。電撃のようなものを核が発しているなら、わたしにも見えるはずなのだが。

「近寄っちゃいけないのよ。駄目なのよ。あのびりびりは毒なのよ~」

「なにが見えてるの?」

「ぼく、色んな光が見えるのよ~」

 ミニちゃんに見えている光?この子が感知出来ることといえば、太陽の光だ。毎日太陽が真上に上がった正午、ミニちゃんはそれを感知して発光する。……太陽光。つまり赤外線か?太陽は様々な光線を発している。他にはなにがあったか。紫外線とか、本来なら可視光線とか……。その中で、毒になる危険なものといえばなにがある?

「放射線だね」

 真横からカンスケの声が聞こえた。あえて闇視は使わない。こんな奴と顔を合わせて話すなんて嫌だし。

「よくのうのうと出てこれるね」

「あはは、怒ってる。おれ、そんなに酷いことしたかなぁ」

「こんなに早く、闇の核を出すなんて。いつ出すか決めてなかったのに、どういうつもりなの?」

「放送順を早めただけだよ。サイモンさんの死がみんなに知られたから、当初予定していた番組は変更しないとね」

「……番組?」

「話を戻すけど、レイレイちゃんの予見した通りだったね。あの闇の核、放射線を出してるよ。困っちゃうよね、ただ強いだけの核ならよかったのにさ。せっかくガンジイさんと、ムクちゃんの共闘を観戦できると思ったのに」

 番組だの、観戦だの、こいつはテレビでも見ているつもりなのか。いや、そんなことより、ガンジイとムクを止めに行かないと。放射線は駄目だ。一度やられたら、治療法がない。死を待つだけの体になってしまう。

「あぁ、大丈夫だよ。おれが罠を準備しておいたのは嘘じゃない。罠は放射線だって遮断出来るからね。あの二人が被爆する心配はないよ」

「じゃあなんで、まだ戦いは始まってないの?罠で動きを封じて、殴り続ける予定でしょ?」

「おれがあそこで二人を止めてるからだよ。おれの肉体と魂の大部分は向こう、核の前に置いてある。ここにいるおれは、魂の一部だけを分離させた分身だよ」

 オクゼツが同じようなことをしていた。当然カンスケも同様のことが出来るのか。……つまり、カンスケの本体は向こうにある。これは使える情報だ。

「向こうのおれが、ガンジイさんとムクちゃんに、動いたら罠を解除するって脅してるわけ。放射線についてもちゃんと説明したよ。仮に核に勝てたとして、被爆すれば死ぬことになるってね」

「……最初から、闇の扉を出すつもりだったってこと?核を破壊する気なんてなかったってことね」

「いや、そんなことないよ。あの村を守りたいのは本当だからね。だからこれから、ちゃんと核を壊さないといけない」

 なんだ、なにを言っているんだ?こいつのせいで、状況が引っ掻き回されている。自分勝手に闇の核を出現させたくせに、ガンジイとムクが戦わないために止めている?戦いを起こしたいのか、起こさせたくないのか、こいつは一体何がしたいんだ?

「おれはさ、ドラマが見たいんだよ」

 無邪気な、少年のように純粋な口ぶりだった。画面の中にいる、ヒーローの活躍に目を輝かせる、幼い男の子のような。

「昔は漫画とかアニメが大好きだったんだ。でも作られた世界の出来事じゃあ、満足出来なくなっちゃってさ。おれが見たいのはね、ノンフィクションなんだよ。本物が見たいんだ。本当の人間たち、現実の人間たちが起こすドラマが見たいんだ。さっきのサイモンさんの演説、最高だったよね!久しぶりに興奮しちゃったよ!」

「……あなた、転生者なの?」

「きみとは違うよ。おれは文明崩壊後から、ずっと生きてきた。老化なんてしないからね」

 つまりこの世界の、最年長者ではないか。少なくともわたしが生きていた時代から、こいつは死ぬことなくここまできたということか。

「さてと、どうしたもんかな。核を壊さないといけないとはいえ、ガンジイさんとムクちゃんは死なせたくないからね。かといっておれ一人で壊せるほど、核は弱くないし。あぁ、いいことを思いついた!サイモンさんを元気にして、あれと戦って死んでもらおう!どうせ死ぬ人間なんだし、いくら放射線浴びたって問題ないでしょ!あはは、我ながらいいアイデアだ!」

 バシンと鈍い音が響いた。なんの音かは分かっている。わたしがビンタしたのだから。闇視でカンスケの位置を確認し、お互いが魂のまま、思い切り顔を引っ叩いてやった。カンスケは数秒真顔になっていたが、すぐに涼しい顔になって、微笑んできた。

「わたし、お前のこと嫌いだよ」

「おれはきみのこと、大好きだけどね」

「そうやって自分勝手に人を利用しようとする奴が、一番嫌い」

「言い方が悪いなぁ。サイモンさんは、元々こうするつもりだったでしょ。闇の扉の出現を止めて、英雄的な死を迎える。それによって、自分の死後も村人たちの心をまとめたままにしようとしてたじゃないか」

「それとこれとは、話が違う」

 カンスケは楽しそうに笑っている。……ガンジイが、こいつの本性を見抜いた瞬間、殺すことをためらわなかった理由が分かった。こいつは、悪意を自覚していない。悪意を通り越した邪悪。それがこいつだ。自分を楽しませるもの、気に入ったものは生かしておくし、飽きたり要らないと思ったら殺す。子供が無垢な心で昆虫を殺すのと似ている。こいつは単純な好奇心と、自分の都合だけで、いくらでも残酷なことが出来てしまう。

「でもまぁ、おれの中にはサイモンさんを生かしておく選択肢もあったんだけどね。あの人が死んだら、間違いなく光側の奴らが魂を迎えに来て、仲間に加えるからさ。サイモンさんが敵に回ったら厄介だよ。どこかに肉体を閉じ込めて、仮死状態のまま死なせないようにしておく選択肢もあったんだけど」

「死なせた方が面白いとでも思ったの?」

「そう、それ!だってもっと、サイモンさんの活躍を見たいじゃない!魂だけになった後、光側の配下になった後、サイモンさんってなにをすると思う?絶対にただ言いなりになったりはしないよ、もっと面白いことを起こしてくれるはずだよね!あぁ、楽しみだなあ!」

 狂っている。こいつはもういい、相手にするだけ時間の無駄だ。そんなことより、闇の核をどうするか考えないと。何を優先するべきだ。まずはガンジイとムクを呼び戻して……。呼び戻して、核はどうする?カンスケ一人で核の破壊は無理のようだし、そうすると闇の扉が出現してしまう。なにかを犠牲にしないといけない。

「さぁ、おれがなにをしたいかもう分かってくれた?どの選択肢を取るか、きみに決めてもらいたいんだよ。今日の放送の主役はきみなんだ」

「……一応、その選択肢を聞いておくけど」

「一、罠を解除して、ガンジイさんとムクちゃんに戦ってもらう。サイモンさんのわずかな命と、村は守られるね。きみの仲間は両方死ぬけど」

「却下」

「二、ガンジイさんとムクちゃんは戦いに参加させない。代わりにサイモンさんに戦ってもらう。おれがサポートするから、なんとか核の破壊は出来るはず。サイモンさんの命を犠牲に、村は守られる。おれのおすすめはこれかなぁ。サイモンさんが戦うところ、見てみたいしね。格好いいと思うなぁ、命を捨てた男の戦いだよ?絶対燃える展開になると思うなぁ!」

「却下」

「三、核の破壊を諦めて、闇の扉を出現させる。きみたちは逃げればいいだけ。ただ村はサイモンさんごと全滅だね」

「却下」

「却下じゃないよ。この三つ以外に、選択肢なんてないでしょ?どれかを選ばないと」

「わたしが苦しんで、どれを選ぶか見たいの?」

「そう!それが見たいんだよ!きみがここでなにをするか、なにを考えるか!それが楽しみでおれはこの状況を作ったんだから!さぁ、なにを犠牲にする?言っておくけど、おれがみんなを助けるために、罠を張ったままにするなんてありえないよ。そんなことしたって、ドラマが生まれないからね!」

「四」

「四?」

「四、わたしがお前を殺す」


 人間を殴るのは初めてだ。思い切りカンスケの顔面ど真ん中に、拳を叩き込んでやった。魂だから骨が折れるわけではないし、出血もしない。だけど気付いたよ。わたしはそれよりもっと、直接的なことが出来る。

「待った、それは待った。痛いじゃないか」

「反撃してみなよ。わたしにさわれるなら」

 カンスケは顔をおさえて、よろめきうつむきながら、うめいている。ダメージはちゃんと入っているみたいだ。

 さっきカンスケをビンタして、これに気付いた。わたしはこいつの魂にれることが出来る。妹を助けたときに、もっと意識しておくべきだった。わたしは他人の魂をさわることが出来るんだ。

 だけどわたしは、物体にれることが出来ない。魂にはさわれるけど、物にはれられない。これはどういうことになるか。

「オクゼツが言ってたよ。闇の力で鍛えた魂は、物理的な作用を持つって」

「そうなんだよねぇ……」

「わたしはお前の魂にれられるけど、お前はわたしにれられない。そういうことでしょ?」

「あはは、気付かれちゃったか。そうなんだよねぇ、きみ、矛盾した力を使える化物なんだよねぇ……」

 つまり、わたしに一体なにが出来るのか。

「わたしの魂は今から、お前の本体まで飛んで行くよ」

「そうなるよねぇ……」

「お前の肉体をすり抜けて、中にある魂を殺す。わたしならそれが出来る」

「あー……。そうなっちゃうよねぇ……」

「それが嫌なら交換条件。罠を張ったままにすること。死にたくないなら従って」

 カンスケは無言になって、魂を小刻みに震わせている。ずっと顔をおさえたままでうつむいているから、どんな表情をしているのか分からない。さぁどうする。ここで自分が死ぬなんて、こいつの選択肢にはないはずだ。

「あぁ、じゃあまずはね……」

「なに?答えは出た?」

「きみのサインが欲しいなぁ」

「……は?」

「最高だよ!まさかきみが、おれの予想を超えたことをしてくれるなんて!おれはもう、きみの大ファンだよ!」

「……気持ちわる……」

 こいつ、無礼にも満面の笑みを向けてきた。わたしはお前の命を握っているんだぞ。身の程をわきまえろ。こいつに対して、本当に嫌悪感しか湧いてこない。うじ虫の方が断然かわいいと思えるくらいに、わたしの全てがこいつを拒絶している。

「おれが嬉しいのはね、期待に応えてくれること……。でもそれ以上に最高なのは、予想を裏切ってくれること!きみはそれを両方やってくれた!」

「で、答えは?」

「本当はこんなこと教えちゃいけないけど、今日は出血大サービスだ。罠を張ったままにする必要なんてないよ。きみが核を壊せばいい!」

「で、どうやって?」

「ただ憎しみを込めて、殴ればいい。魂に物理的な強い弱いなんてないからね。怒り、恨み、殺意。その怨念を込めて、ぶち込んでやればいいよ!それはもう丸裸の心臓に、ミサイルを直撃させるようなものだからね!」

 それだけ聞ければ十分だ。核までは闇視で十分届く距離だから、さっさと飛んで行って終わらせよう。

 闇の核まで魂だけで接近すると、カンスケがガンジイとムクを遠くへ移動させようとしている声が聞こえてきた。

「ほら、二人とも急いで離れて!あの子が闇の核を壊しに来るよ!」

「なんの真似だ?」

「いいから早く!巻き添え食らいたくないならね!」

 カンスケの本体が、ガンジイとムクを通り越して、核から離れて走っていく。ガンジイは適切な判断をしてくれた。ムクと一緒に核から離れていく。後はわたしの仕事だ、あんなものさっさと壊してやる。

 闇の核は、普通の闇人と大して変わらない姿をしていた。ただそのシルエットは鋭角的になり、甲殻類を思わせるような見た目に変貌している。だが核は、その体を一切動かす事が出来ないでいる。カンスケが起動させた罠に、体をがんじがらめにされているのだ。その罠は一見すると、細い無数の鎖に見えた。だが近づいてみると、それが小さな手の集合体であることが分かった。赤ん坊よりも、小さな手。人形のような手が地面から生えてきて、核の全身を固定させていた。

「ガンジイさんとムクちゃんは逃がしたよ!さぁ、やっちゃって!」

 カンスケが離れた所から、叫んでそう伝えてきた。うるさいやつ。

「核は普通の闇人とは違う!元々魂だったエネルギーの集合体だからね!魂と同じ性質を持ってるから、きみが本気でやれば壊せるはずだよ!」

 ……本当に、うるさいやつ。わたしはお前の為にこうするわけじゃない。

「憎しみを込めて、ぶん殴る」

 拳を思い切り握りしめ、自分の中から湧き上がる黒い感情に身を任せる。闇だの、核だの、うっとおしい。たかがエネルギーの塊のくせに、わたしの邪魔をするな。

 わたしを不愉快にさせるものなんて、全部消し飛んでしまえばいい。


「どうするんだ、じいちゃん?核を放っておいたらまずいぞ?」

「分かっておるが、今は距離を取るべきだ」

「ほら、このあたりまで来たら大丈夫だよ、一緒に観戦しよう!」

 カンスケ。本心の見えぬ男と感じておったが、これほどの邪悪であったとは。こやつがさきほど口にした「あの子」というのは、おそらく麗冷のことであろう。麗冷がなにかを起こそうとしておるのか……?

 核から十光ほど離れたところで、カンスケは足を止め、核の方向を凝視し始めた。これから起こることを、一瞬たりとも見逃す気がないようだ。

 ……ほんのわずかな、ねじれが見えた。闇の核が、ごくわずかにその形を歪めた、瞬きをする間もない時間の隙間に、それは起きた。最初に我らを襲ったのは、音であった。赤ん坊の泣き声と、動物の断末魔が混ざり合ったような、不快な振動。それに遅れて暴風がやって来た。腰に力を入れねば吹き飛ばされるような、空気の壁が体を突き抜け、最後に闇が爆発した。

 まるで、闇という巨大な手に、全身を包み込まれたようであった。方向感覚を失い、自分が今立っているのか、倒れているのかも分からぬ。鼓膜を過剰に刺激する轟音は、聴覚を麻痺させ静寂へと変容する。私を襲ったその感覚を一言で表現するのであれば、死であろう。底の無い暗闇、不自然な無音。しかしそれらは一瞬の間に通り過ぎ、さらなる驚愕がそこに現れていた。

「あははは!見なよ、光だ!」

 私の横で、カンスケがそう叫んでいた気がする。眼前にそびえる光の柱に圧倒され、それ以外の情報を知覚出来なくなっていた。

 闇が、晴れた。

 闇の核があった場所から、天へと向け、光が立ち昇る。……いいや、違う、逆だ。天から光が、地上へと降り注いでいるのだ。闇を突き抜ける、光の円筒。丸く穿たれた闇の間から見えるあの空間は、そして鮮やかな青色はなんだ?そしてあの、輝く球は……?

「……ソラだ。ソラだ、じいちゃん!レイレイが話してたやつ、アオゾラってやつ!」

 青空?あれが?では、あの輝く光の球が……。

「太陽、か」

 私は無意識に、右手を太陽へ向け伸ばしていた。私が求め続けた、伝承の中にのみある光が、そこに……。

「……じいちゃん、カンスケ消えたぞ」

 ……迂闊だった。己を律することを忘れてしまうとは。ムクにそう声を掛けられなければ、いつまで呆けたままでいたか分からぬ。今すぐに麗冷の元へ戻り、あの子を守らねば。カンスケが移動したとすれば、あの子の元だ。麗冷が何をしたのかは分からぬが、闇の核は破壊した。闇の勢力にとって、その力は脅威であるはずだ。

 村へと急ぎ戻ると、麗冷の声が聞こえた。……石垣の上で、ダンデと共に奇妙な体勢で、おかしな声を上げておった。

「サンシャイーン」

「サンシャイーンなのよ~!」

「レイレイ、大丈夫か!?ケガしてないか!?」

「大丈夫だよ。ムクも一緒にやろうよ。ほら、あれが太陽だよ」

 どうやら無事のようだ。石垣に上がると、ここからでも太陽を見ることが出来た。……周囲にカンスケはおらぬようだ。奴はどこへ消えたのだ……?

「カンスケはたぶん逃げたよ。わたしに殺される前にね」

「なにか、力の扱いを覚えたようだな」

「後で話すよ。それよりほら、太陽が消えちゃう前に、ちゃんと見ておいた方がいいよ」

 光の柱は、徐々に闇に侵食され、細くなっていく。……名残惜しくはあるが、いつまでも感傷に浸っているわけにもいかぬ。サイモンは無事であろうか。カンスケがいないのなら、村の物資の補給方法も考えねばならぬ。

「ガンジイ、焦らないでいいよ。村のことは、この村の人でなんとかしないと。サイモンさんはそれを目指したんだから」

「……そうか。そうだな」

 太陽を、今はこの目に焼き付けておくとしよう。私が長く続けてきた旅が、ようやく一つ、実を結んだのだ。いずれこの世界は、頭上の全てがあの青色で染められるのだろうか。あらゆる場所が、あの光で満たされるのであろうか。

「なー、レイレイ」

「なに?」

「タイヨウは綺麗だなって思うけど、アオゾラってなんか怖いな」

「そう?」

「だって、頭の上全部が、ああやってあおくなるんだろー?」

「それどころか、赤くなったりもするよ」

「なんだそれー!嫌だなー!」

 初めて見る太陽が、この子達と共にであったことが喜ばしい。太陽はその後、数回の呼吸の間に、闇の向こうへと消えていった。……悲しむことはない。いつかまた、この目で見られる日が来るはずであろう。

「おう、ガンジイ。やっと見つけたぜ。どうしたんだ、こんなところで?」

「サイモンか、体は問題ないのか?」

「体?なんだ、病気の話か?まだまだ問題なしだぜ!今朝から絶好調だからな!」

 サイモンが石垣の下から声をかけ、ここまで上がってきたが……。なんだ?なにかサイモンの様子がおかしい。麗冷とムクもすぐに気づいたようだ。

「お前ら急に消えちまうから焦ったぜ、まさかオレに黙って村を出たのかと思ってな」

「……サイモン?なにを言っておる?」

「……なんだ?なんか話が噛み合ってねぇな。どういうことだ?」

「サイモンさん、闇の核は壊しましたよ」

「闇の核?なんだ、そりゃあ?」

 どういうことだ、なにが起きておる?……まさか記憶が、書き換えられたのか?

「カンスケの仕業かもね」

「奴以外にありえぬ」

「え、おれがなに?」

 ……とうとう、本当に意味が分からぬ。カンスケが、何食わぬ顔で現れおった。演技、というわけでもないようだ。どこからだ。私、麗冷、ムク、ダンデの記憶は共通しておるようだが、どこからこの記憶のずれは発生したのだ?

「……ガンジイ、今のうちだよ」

 麗冷が私の手を引っ張り、小声でそう言った。分かっておる。カンスケの本性が明らかになった以上、今ここで奴の息の根を止めておくべきであろう。

「わたしの力だと、ここにいる他のみんなも消し飛ばしちゃう。ガンジイがやって」

「……ならば、無理だ」

「なんで?」

「闇の人間は、頭部を切り落としたとしても、傷を再生するであろう。私ではカンスケを殺しきれぬ」

「え、ガンジイさん?今物騒な言葉が聞こえたけど、なに?」

「あぁ、そっか。じゃあ、今殺すのは諦めるしかないか」

「ねぇ、レイレイちゃんもなに?なんでそんな話になってるの?」

 カンスケは困惑した表情を浮かべている。戸惑っているのはこちらも同じだ。今は暴力よりも、対話による解決を目指した方がよかろう。

「ここは起きたことを説明し、状況を把握するべきだ。よいか、麗冷?」

「うん。仕方ないね」

 我らは、今日の間に起きたことを説明し、サイモン、カンスケ、両方の意見を聞いた。サイモンから出た答えは「意味分からねぇな」の一言であったが、カンスケは舌打ちをした後、見るからに機嫌が悪くなりこう言った。

「サイモンさんが血を吐いて倒れたあたりからだ。おれもサイモンさんも、血を吐いて倒れたなんて記憶はないんだけど。その辺で本物のおれとすり替わったんだ。だって考えてみてよ。サイモンさんの体を維持してるのはおれなのに、突然体調を崩すなんておかしいでしょ?」

「すり替わった、とはどういうことだ?」

「魔女だよ。きみたちが見ていたおれは、魔女がつくった幻かなにかだ」


次回へ続く…

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