第五章 闇の核 三
第五章 闇の核 三
ガンジイとサイモンさんが帰ってきて、これからのことを話そうという矢先、村人が何人か家に来て、サイモンさんを連れて行ってしまった。あっちに行ったり、こっちに行ったり、ゆっくり話が出来る時間なんてなさそう。カンスケもどこかに行ったし、わたしたちだけで話せることは限られている。とりあえず、まずガンジイに聞いておきたかった、魔女のことを質問してみた。
「私にも詳細は分からぬ。あの二人の女性と会ったのは、以前お前に話した一度だけなのだ」
「カンスケは、魔女のことを師匠だって言ってたよ。一応そういう立ち位置にいる存在なんだって」
「この世界に深く関わっていることは確かであろう。おそらく、いや、いつか確実に会うことになる」
魔女なんてものまで現れたら、もはやなんでもありのファンタジーだ。この世界の秘密を知る人物であることは間違いない。もしかすると、黒幕と言っても過言ではないかもしれない。光側の勢力とも、魔女は接触しているのだろうか。
「どんな見た目だったの?しわしわのおばあちゃん?」
「外見だけならば、まだ若い二人組だった。三○歳前後といったところか。二人とも壮麗であった」
「いい人そうだった?」
「ふむ……。一人はどこか、人知を超えた存在であると印象を受けた。もう一人は物腰柔らかな、淑女であった」
謎の存在だ。カンスケからも、もっと情報を得たいところだ。師匠と弟子という立場であるなら、ガンジイよりもずっと、たくさんのことを知っているはず。まぁ、そのうちでいい。これ以上は考えや憶測を巡らせたところで、どうにもならなさそう。
「なー、じいちゃんって、レイレイと戦ったことあるかー?」
「稽古という意味か?肉体の基礎鍛錬の指導ならしておるが、実戦はない」
「カンスケが言ってたけどなー。レイレイって、その気になったらじいちゃんより強いんだって」
ガンジイはわたしに視線を向けてきた。ムクの発言は事実だ。うなづいてそれを伝えた。
「でもレイレイは、それに気付けてないらしいぞー。どういうことだろうなー?」
「肉体的な強さの話ではなかろう。魂の力、闇視の力を別の方法で、使用できるのではないか?」
「たぶん出来ない。わたしだって小さい頃から、散々試してきてるよ。魂だけの状態で、なにか出来ないかなって」
「ならば、潜在能力という意味合いやもしれぬ。成長した先に、強大な力を手に入れることが可能なのか」
「それも違うと思う。カンスケはこの先の話じゃなくて、現時点での話をしてたと思う。本当にただ、わたしが気付けてないだけみたい」
ガンジイは腕を組んで「ふむ……」と深い思考に入った。ミニちゃんがそれを真似して、テーブルの真ん中で腕を組んで座った。ムクも面白がって腕を組んだところで、見知らぬ女性が一人、家に入ってきた。
「村長の代理で来たんだけど……。なんかあれかい?大事な会議中なのかい?」
「もしや、サイモンが後継者に指名している者か?」
「そうそう!あんたがガンジイさんだね、村長から話は聞いてるよ。あたいはミラっていうの。副村長って立場だよ。村長はまだ来れそうにないね」
女性にしては大柄な人だ。ムクよりも一回り体が大きい。見た目の第一印象は、大家族を支える肝っ玉母さんといった感じ。歳は四○歳前後かな。首や腕が太くて、腰には大工仕事用の木槌が、大小さまざま十個ほどぶら下げられていた。サイモンさんがもし女性だったら、そのままこの人になりそう。顔立ちも似ているし、性格もきっと似ているところが多い。大きく口を開けて、豪快に笑う姿なんてそっくりそのままだし。
「サイモンは多忙か」
「村長が病気なのを知ってるのは、あたいだけだからね。あとはカンスケさんと、あんたたちだけさね」
「本人も療養する気はないでのあろう」
「ベッドの上に転がってたら体が余計悪くなるってさ。ああいう動き続けてないとだめな人ってのはいるもんだ。さて、じゃあ話す前に飯をもらいにいくか」
わたしたちは一度家を出て、食料の配給所に行った。村人全員分の食事を用意する炊事場があり、各々好きな場所で食べていいらしい。仕事仲間と食べる人もいるし、家族で集まって食べる人もいるという。わたしたちの分の食事は、サイモンさんがすでに手配済みだったようだ。わたしたちは食事を受け取り、サイモンさんの家に戻った。外で聞かれるとまずい内容の話をしないといけない。
「ああいう炊事場が村の中に五か所あるんだ。一か所だと大行列になっちまうからね」
「これ、普段から食べてるものなんですか?」
「そうだよ。何の変哲もない、いつも通りの飯だ」
出されたのはパンと野菜のスープ、それと卵と肉を一緒に焼いたものだ。スープには玉ねぎと人参、豆まで入っている。別の村ならお祝い事のある日でも、こんなにしっかりとした食事は出てこない。これがこの村の普通の食事なのか。
「サイモンが亡き後も、これと同水準の生活を続けられそうか?」
「物質的な面でいえば心配いらないね。村長が完璧な維持体勢を作ってくれてる。ただ……。問題は精神的な方さ。お嬢ちゃんたちから見て、この村はどう思う?」
「想定外の事態が発生したときに、それを取りまとめて解決する力が弱いと思います。毎日決められた仕事を回す部分に関しては、全く問題ないと思いますけど」
「おぉ、聡明な子だね。そっちのお嬢ちゃんはどうだい?」
「サイモンが死んだら、みんなも悲しすぎて一緒に死んじゃうんじゃないかー?」
「それも本当に起こりそうだね。村長の後を追おうとする奴は出てくると思ってる。……そこの、テーブルの隅で踊ってるのは、あんたらの非常食かい?」
ミニちゃんは踊りを止めて「食べちゃいやよ」と言ってから、また踊り出した。ミラさんは「こいつしゃべるのかい」と大笑いしている。まだ切羽詰まった様子ではないみたいだ。サイモンさんが後継者に指名しているなら、内心相当な重圧があると思うが、これだけ笑えているなら、まだ精神に余裕はあるのだろう。
「あたいが聞きたいのは、闇の扉が出てくるのを、本当に止められるかってことだよ。カンスケさんは必ず止めるって言ってくれてるけどさ」
「過去の実例がない。やれるだけやるとしか言えぬ。カンスケから聞いたが、避難の準備は本当にしておらぬのか?」
「してないよ。あたいたちが生きていくためには、この村じゃないとだめだ。この村を捨てたとして、新しい村を作り直すまでに、間違いなく村長は死んじまう。……残念な話、そのときにあたいが、みんなをまとめ上げるのは無理だ。村長の死と、闇の扉。両方がいっぺんに来たら、もう無理だ。どちらか一つだけなら、なんとか出来ると考えてるけどね」
サイモンさん自身もそう考えているのだろう。自分がいなくてもやっていけると考えているのなら、とっくに避難を始めているはず。この村を、村人たちを救いたいのなら、闇の扉の出現を止める以外に、選択肢がないということだ。
「悔しい話さ。自分たちの村だってのに、部外者の力を頼るしかないなんてね」
「闇の扉が発生することも、村人達は知らぬのか?」
「そうだよ。村長判断で教えてない。というより、教える気がないね。教えたところでどうにもならない、どうにも出来ない。村長も頭抱えてたよ。こういうところが駄目なんだって。本来なら早く情報を開示して、みんなで行動を起こさないといけないのに、この村にはそれをする力がない。自分がこういう村にしてしまったと村長は考えてる。あの人の良い所であり、悪い所だよ。村長がもっと出来の悪い人間ならよかったのにねぇ……」
「不測の事態が発生しても、結局はサイモンが解決してしまうのであろう。正確に言うなら、サイモンが解決策を提示し、村人たちはそれに従うだけであろう」
「そう、実際に行動するのは、ちゃんと村人たちにさせてる。村長はあくまで指示を出すだけ。村長一人で全部解決しちまったら、本当にあの人がいないと、みんな何も出来なくなっちまう。村長が動こうとしてたら、あたいが止めてるよ。村長の奥さんの言葉を借りてね。『調子に乗るな』って言ってやれば、あの人はちゃんと止まる。根っこが善人過ぎるんだ、あの人は。誰かが困ってたら、まず自分で助けようとしちまうからねぇ」
……なんだか、旦那の愚痴をこぼす、奥さんに見えてきた。もしかして、ミラさんとサイモンさんって、そういう関係?
「あははは、まさか!あの人が愛してるのは、お墓の中にいる奥さんだけだよ。でもまぁ、あんたの子供が欲しいと頼んでみたことはあるけどね」
「それはどちらの目的でだ?」
「ガンジイ、『目的』なんて言葉は適切じゃないと思うよ」
「そうか、すまぬ。……どちらの『目標』でだ?」
目標でも適切じゃないだろう。ミラさんが笑ってるからいいけど。ガンジイが聞きたいのは、一人の女性としてサイモンさんの子が欲しいと願ったのか。もしくは村の跡継ぎ、後継者のイスに座らせる人間を欲していたのか、そのどちらなのか、という意味だろう。ミラさんは明言せずに、こう返答しただけだった。
「あの人は子供を作る気がなかったからね。奥さん以外の人に興味ないようだし、子供が後継者にされちまうのも嫌がってさ。本来村人みんなで負わないといけない責任を、子供に押し付けることになるだろうってさ」
「……サイモンさんは、自分がいなくなることが、この村の維持に必要なことだと考えてますか?」
「ずーっと昔からそう考えてるよ、あの人はね」
その後、ミラさんから聞いた話によると、闇の扉が発生する地点は、村の入り口から出て、二○メートルほど離れた場所だという。カンスケがそう言っていたらしいから、間違いない情報だろう。カンスケはここ最近、その場所で色々と準備をしているらしい。今もそこでなにかしているのかな。
「お、サイモンさん以外は揃ってるね。おれの準備は終わったよ」
ちょうどカンスケが帰ってきた。案の定、闇の扉の発生に備えた仕組みを作っていたらしい。カンスケは空いていたイスに座ると、姿勢を崩してから話し始めた。おそらくだらけているというより、この崩れた状態がこの人の自然体なのだろう。
「事前説明ね、闇のエネルギーが集まってきたら、おれがそれを分散させずに空間の一点に集中させ続ける。そうすればエネルギーが爆発して扉になるのではなく、一体のエネルギー密度が異常に高い闇人が形成される。そいつを倒せばもう安全ってわけ」
「なにか、作戦はあるのか?真正面から迎え撃つわけではなかろう」
「おれが仕掛けておいた罠で、闇人を拘束する。その後は全員で殴る。乱暴な作戦だけど、これが確実だね」
「過去に、闇の扉の発生を止めることに失敗したと聞いたが、そんな方法でよいのか?」
「結局これしかないんだよね。失敗したときの反省を活かして、絶対に拘束出来る罠を構築しておいた。あとはもう、ひたすら叩いてエネルギーを霧散させるしかないんだよ」
「あたしでも分かるように、簡単に説明してー」
「おれが合図したら、全力で敵を殴り続ける。以上」
「おー、分かりやすいなー!」
本当にそんな簡単な方法でいいのだろうか。シンプルイズベスト、という言葉があるけれど、程度というものがある。過去にカンスケたち、闇の勢力が失敗したときのことをもっと聞こうとしたら、ガンジイが先に質問した。
「語りたくないであろうが、過去の失敗の原因を聞いておきたい。敗因はなんだったのだ?」
「ただひたすらに、相手が強すぎた。ガンジイさんや、ムクちゃんでも敵わないような、尋常じゃない腕力でねじ伏せられたよ。おれなんて数百回は全身粉々にされてる。おれは肉体の再生が出来るから、ぎりぎりで生き延びたけどね」
「生き残ったのは三人だけと聞いたが、なぜ他は逃げなかったのだ。お前に限らず、闇側の者は全員、肉体を再生できるのであろう」
「再生を上回る速度で、殺され続けた。奴は速すぎて目で見えなかった。だから反省を活かして、絶対に拘束出来る罠を作ったんだ」
そもそも相手に一切の身動きをさせない、という対処法か。たしかにそれを実現出来るなら、少なくともこちらがやられる心配はなくなる。でも懸念点がある。それはあくまで前回の話。今回も同じように、事が進むとは限らない。
「ねぇ、一個意見を出しておくんだけど」
「お、なんだいレイレイちゃん?」
「今回出てくる闇人って、そのときと同じものだって、確証はあるの?腕力以外の全く別の力を使う、未知の闇人が出てくる可能性は?」
「それも当然、考慮済みだよ。おれが作った罠は信用してくれていい。物理的な力から、炎なんかの高熱、逆に凍結、さらに感電。電磁波、放射線、毒に至るまで、あらゆる武器を敵が持っていても、拘束出来るように設計してある。……おれにも、仲間を守れなかったトラウマが残ってるからね。絶対に敵を拘束出来るし、きみたちを守る。約束するよ」
「あたいはその間、なにをしてればいい?申し訳ないけど、こっちは普通の人間だよ。闇人と戦うなんて無理だ」
「あれ、サイモンさんから聞いてないの?」
「なにも。なんか話が進んでるのかい?」
「おれが故意に、普通の闇人を何体か村に入れる。ミラさんには村人が襲われないように、避難誘導をお願いする計画なんだけど」
ミラさんが固まった。本当に何も知らないようだ。わたしたちだって驚いている。闇人を村に入れる?危険すぎる。サイモンさんがやろうとしていることは察しがつくけど、あまりにやり方が極端ではないか。
「マッチポンプってやつだよ。自作自演。サイモンさんは、村の外に現れた闇の扉を止めるために戦って、重傷を負う。動けなくなった彼に代わって、命令を出して村人を守るのがあなただよ、ミラさん。そうすればあなたは、村人からの信頼を獲得出来るでしょ」
「待って、待ってくれ。あたいが避難誘導をするのはいい。でもサイモンが重傷を負う?本当にそのまま、あの人が死んじまったらどうするんだい?」
「サイモンさんは死ぬ気だよ。ここで死ぬ必要があると考えてる」
「……ふざけんじゃないよ。あの人に説教してくるわ」
ミラさんは静かだが、激しい怒りを振りまきながら家を出て行った。そりゃあ怒るだろう。わたしだって、もしもガンジイやムクに同じことをされたら怒る。
「今の話は、ここでしない方がよかったのではないか?」
「実は、サイモンさんからは口止めされてたよ。でもミラさんの心情的には、ちゃんと別れの心構えが必要だと思ってさ。他の村人たちはともかく、ミラさんは事前に知っておくべきだよ。だからおれの独断でばらしちゃった」
「ナイス独断」
「あはは、ありがと。それで、戦いの日なんだけど、予定では十日以内になってる。闇の扉が自然発生してしまうのが、その翌日だからね。それ以前であれば、いつでもよしだよ」
「それはサイモンの判断に任せよう」
「とりあえず、おれたち側の話はまとまったかな。あとはこの村の人たちの都合次第か」
カンスケが一息入れようと、棚から水瓶を持ってきたときだった。ばんっという大きな音とともに、家の扉が乱暴に開けられ、そこには息を切らしたミラさんが立っていた。
「ガンジイさん、手助けを頼むよ!」
「なにが起きた?」
「サイモンが血を吐いて倒れた!意識がない!」
事態が悪い方向へと急展開した。ガンジイとムクで、サイモンさんを家のベッドに運び込み、カンスケが病状を診断した。まだ命に別状はないし、そのうち意識を取り戻すだろうということだが、まずい状況になった。
村人たちが、サイモンさんの死が近いことを知ってしまった。家にはとんでもない数の村人たちが押し寄せ、サイモンさんの病状を知りたがっている。それぞれの仕事を放棄し、その一点で思考が凝固してしまっているようだ。カンスケが家の入り口に立って、誰も中に入れないようにしてくれている。さすが闇側のボスだ。口調や態度は穏やかだが、時折発する鋭い視線や、有無を言わせない圧力が村人たちを押し留めている。カンスケはどうやら、普段はへらへらとしているけれど、絶対に怒らせてはいけないタイプの人のようだ。
家の中にいるのは、まだ意識が戻らないサイモンさんと、それに寄り添うミラさん。あとはわたしたち旅人組。このままサイモンさんが目覚めないようなら、計画を変更しないといけない部分が出てくる。さてどうしようか、なんてことを考えていると、サイモンさんが意識を取り戻した。
「お、どうやら心配かけちまったみてぇだな」
「心配よりも、あんたの馬鹿さ加減に呆れちまってるけどね」
「がははは!そりゃあ悪いな!もう全部ばれちまってるようだな!」
サイモンさんは上半身を起こして、ミラさんから水瓶を受け取ると、一気に飲み干した。……その動きに、なにか違和感がある。病気で倒れた人間の、体の動かし方じゃない。体の不調を全然感じさせない、軽やかさを感じる。
「友よ、一つ聞かせてくれ」
「聞きたいことは分かってるぜ。オレはだいぶ昔にもう死んでる。カンスケの力で、本来死んでるはずの体を動かしてるだけだ。もう痛みも感じてねぇわけよ。だがもう、流石に限界が近いか」
そうだ、闇側の人間はそれが出来ることを忘れていた。オクゼツが死体を操ったり、弱っていた村人たちを回復させていたのを見てきたのに。カンスケはその力の応用で、サイモンさんを生き永らえさせていたのか。
「……なんで、それを教えてくれなかったんだい?」
ミラさんが、わずかに体を震わせながらそう聞いた。怒りではなく、心配と焦燥による肉体の反射反応だ。平静を装っているが、隠しきれていない。ここで感情に身を任せないところが、サイモンさんが後継者に指名した所以だろう。
「お前も、オレに依存しちまってる中の一人だからな。だけどお前を信頼してなかったわけじゃないぜ、その逆だ。信頼してるから言わないでいられたんだ」
「……あたいは、言ってもらいたかったがね」
「がははは!だろうな、そりゃあそうだ!……お前らに必要なのは、オレが死ぬことを準備する時間じゃなくて、それを受け入れざるを得ないショックだと思ったんだよ。村を守るために、オレは闇人と戦って死ぬ。オレが命懸けで守った村と、村人たちだ。それを理解してくれりゃあ、みんながオレの意思を継いでくれるはずだと信じられた」
「……一つだけ、本心を聞かせておくれよ。本当に、あんたなしで、この村がやっていけると思ってるのかい?」
「当たり前だ。じゃなかったら自分が死ぬ計画なんて立てられねぇぜ」
「……そうだね。あたいがなんとかする。覚悟は出来てるさ」
「あぁ、まてまて。その考え方はよくねぇな。お前はあくまで新しい村長ってだけだ。みんなでなんとかするんだ」
サイモンさんはベッドから出ると、窓からそっと外を覗いた。家に押し寄せている村人たちが見えるはずだ。
「悪いな、友よ。ちょいと計画を早めないといけなくなっちまった」
「構わぬ。後悔なきように」
「お嬢ちゃんたちもすまねぇな。こんな厄介ごとに巻き込んじまってよ」
サイモンさんはミラさんと一緒に外へと出て行ってしまった。病み上がりだからと、休んでいる時間も意味もない。残された寿命の中で、すぐにでも行動を起こさないといけない。……過酷だ。嫌な顔せずにそれを実行出来るのだから、わたしのような若輩者が言えることじゃないが、本当に立派な人だと思う。
「お前ら、心配かけて悪いな!しばらくおれの話を黙って聞いてくれや!」
サイモンさんの大きな声が、家の中にも聞こえてきた。家の前に立って、集まってきた村人たちへの演説を始めるようだ。……自分が育ててきた子供たちへの、父親からの最後のメッセージだ。
「突然だが、おれはもうじき死ぬ。どんな人間もいつか必ず死ぬ。これはもう仕方のないことだ」
村人たちの悲鳴が聞こえる。まだサイモンさんは生きているというのに、号泣している声も聞こえてくる。
「おれが死んだ後、ミラが新しい村長になる。おれと比べたら、未熟な村長になるだろう。だがな、それでいいんだ。未熟だからいいんだ。完璧な指導者なんて、村を維持していくための害にしかならねぇからな!がははは!」
ミラさんは、サイモンさんの隣で、どんな顔でこれを聞いているのだろう。闇視で家の外の様子を見に行くことも出来たが、それをする気にはなれなかった。
「お前らに謝らないといけねぇことがある。オレはあまりにも、いい村長だったってことだ。それはよくねぇことだった。なぜかって『こう』なっちまってるからだ。たかだか村長一人が死ぬだけで、村全部が終わっちまうような大騒ぎじゃねぇか。だから断言するぜ、ミラはオレよりずっといい村長になる。未熟な村長だからだ」
全員が、サイモンさんの言葉に、ちゃんと耳を傾けている。自分勝手にパニックを起こして騒ぐ人はいなかった。サイモンさんの声を通して、その覚悟が伝わっているのだろう。
「社会ってやつは、一人の完璧な人間が維持するもんじゃねぇ。未熟な奴が村長になるから、全員に責任感が生まれるもんだ。ミラが運営する村には、なにかしらの問題が起きるだろう。だがそれがいいんだ。村長に未熟な部分があるから、そいつよりいい指導者になろうとする奴が出てくるからな。そしてそいつも結局は未熟者ってわけだ。だからまた、そいつよりいい村にしようって奴が出てくる。そうやって世代を交代しながら繋いでいくもんだぜ、社会ってものはな」
ガンジイも、ムクも、ミニちゃんも、無言でその言葉を胸に刻んでいる。ここで口を開ける人なんていないだろう。
「ミラには本当に感謝してるぜ。お前ら、ミラに至らない点があっても、理不尽な怒りをぶつけるんじゃねぇぞ。誰かオレの後を継いで、村長になりたい奴がいるか?なれる奴がいるか?ミラはそれを受け入れてくれたんだ。それは凄まじいことだぜ。だからお前らは、みんなでミラを支えてやってくれ。いいか、この村を維持していくのは、村長一人の仕事じゃねぇぞ。全員だ!全員の仕事なんだからな!」
サイモンさんの笑い声が聞こえる。……笑い声が、聞こえる。これは、誰の声だ?サイモンさんの声に混じって、もう一人、誰か別の……。
「いやぁ、いい話だったね!さすがサイモンさんだ、久しぶりに興奮したよ!」
カンスケ。いつの間に、ここにいたんだ。わたしの隣で、お腹を抱えて笑っているこいつは、なんでこんなに笑顔なんだ?
「もういいや。見たいものは見れたし、聞きたいものは聞けた。これからどうする?」
「……ムク、手加減はしなくてよい」
ガンジイが、ムクにそう言い、手斧を抜き、わたしを呼んだ。わたしはなにも考えずに、ゆっくりとガンジイの後ろに立った。
「カンスケを殺す。これを生かしておいてはならぬ」
「あはは、だよね。だろうね。でもきみたち二人がかりなんて、卑怯じゃない?」
ムクは混乱し、何度もカンスケの顔と、ガンジイの顔を見比べている。そして助けを求めるように、わたしにも顔を向けてきた。わたしにだって分からない。なにが始まろうとしている?カンスケは、なにをしようとしてる?
「おれのことなんて放っておいて、早く村の外に行った方がいいよ。だってほら……」
カンスケは、爽やかな笑顔をわたしに向け、わざとらしく両手を広げると、こう言った。
「きみたちの戦いぶりを楽しませてもらう。早く行かないと、みんな死んじゃうよ!あはは!」
次の瞬間、空間が蜃気楼のように歪むと、カンスケは姿を消していた。
「ムク、行くぞ!麗冷はサイモンに説明し、村人の避難を進めるよう指示を!」
「わ、分かった!」
口ではそう言ったけど、なにも分かってない。なんで突然、こんなことになってるの?ムクはミニちゃんが入った袋をわたしに投げると、ガンジイについて家の外に飛び出ていった。落ち着け、考えろ。必要最低限のことだけ理解すればいい。それをサイモンさんに伝えればいい。
「おい、お嬢ちゃん、なにが起きた?ガンジイが、オレを無視してすっ飛んでいったが……」
「カンスケが裏切った!」
「……なに!?」
「あいつ、ずっと嘘をついてた!みんなを避難させて!」
村の外から、地鳴りのような音が響いた。暴風が駆け抜け、それが現れたことを知らせる。間違いない。
闇の核が、出現したんだ。
次回へ続く……
「さて、ここまでは予定通りね」
「じゃあこの後もそうですわね」
「あの子にそろそろ目覚めてもらわないといけないわ。運命の流れを繋げないといけないものね」




