第四章 太陽の民 三
第四章 太陽の民 三
園子にはひどいことをしたと思うけれど、このままだと彼女がまた苦しむことになる。わたしの独断で実行したけど、後悔はしていない。園子は「そんなことしないでほしかった」と言うと思う。だけどときには、一方的な親切を押し付けないと、助けられない人もいるはず。お節介だし、偽善かもしれない。だけど後でわたしが悪者になるだけで園子を助けられるなら、いくらでも汚名を被ろう。
園子から得た情報によると、世界がこんなことになっているのは、かつての日本のせいらしい。闇の扉を消せば、そこに日本を指し示す道具があるというが……。日本が全ての元凶の地か。過去の日本人は一体なにをやらかしたのやら。
これはわたしの考えだが、人間がおかしくなる二大要員は宗教と金銭だ。日本人は宗教に傾倒している人が少なかったから、多分金だろう。どれだけ金を稼いだところで、結局は「贅沢品・美食・性欲」の三つに消費するだけだというのに。消費する金額が、収入に応じた膨大なものに変化するだけで、欲求そのものは十代の子供の頃から変化しない奴らが大半だ。まぁ、そういう人たちが経済を回さないと、社会が成立しないのは分かっている。そうやって金券を馬車馬のごとく回し続けた結果、なるべくして世界はこうなったということだろう。
「この世界の闇は、魂をエネルギーに分解したものだって言ってたね」
「お前の友の一派は、それを阻止しようとしておるようだな」
「なんかさー。難しくてなに言ってんのか分からなかったけどさー。結局なにをすればいいわけ?」
「わたしとガンジイにも分かってないから、今は気にしなくていいよ」
実際意味が分からない。魂をエネルギーに分解して、だからなんなのか?なにかしらの方法でそれを利用し、そこに莫大な利権が絡み、金欲しさに生き急いだ連中が、とんでもない事件を引き起こしたのかな。どうでもいいけど。今わたしたちが出来ることは、目の前にある問題を片付けることだけ。ダンデに協力してもらって、闇の扉を消すことが出来るか、試してみよう。
「でもダンデたちが光るだけで闇の扉を消せるなら、とっくに消えてるはずだよね」
「もっと扉の近くでさ、ぴかーってしてもらえば消せるかもな!」
「まずはそれを要請してみるとしよう」
わたしたちは、花畑に戻っていたダンデと合流し、事の経緯を説明した。しかしダンデの回答は「無理」だった。理由は簡単で、この花畑から移動できるのは、ダンデだけだから、ということだ。
「ぼく以外のみんな、岩になって地面とくっつきーよ。動くのむりむりよ」
「光ってるときは、みんな起きるでしょ?そのときに動けないの?」
「光ってるときも、足は地面にくっついてるの。だからむりむりよ」
「ならば地面ごと移動させるか。重労働だが、私とムクなら運ぶことも出来よう」
「だめーよ。そんなことしたら、根っこが切れちゃうのよ。みんな死んじゃうのよ」
「一瞬でも切れたら駄目なのか?」
「そうよ。儚い命なのよ。大切にしてちょ」
困った。そもそも闇の扉までこの人たちを移動させられない。でも園子はこの人たちと協力すればなんとかなると言っていた。なにかしらの方法はあるはずだ。
「でもでも、一個だけ、出来ること、あるのよ」
「なにが出来るの?」
「ぼくも、みんなみたいに、地面にくっつくのよ。そしたらとっても、強くなれるのよ」
「もっとぴかーってなるのか?」
「ぴっかぴかどころじゃないのよ。光を集めて、ずどーんよ。でもそれやったら、みんなが死んじゃうのよ」
……それは後味が悪い。闇の扉を消したいのは、わたしたちの都合なのだし、この人たちの命を使うのは理不尽だ。
「なんでみんなが死んじゃうの?」
「お水がなくなっちゃうのよ。カラカラに干からびて死んじゃうの」
「では、水が大量にあれば問題ないのか?」
「そうよ。光はあるのよ。空気もあるのよ。でも水が足りないのよ。ぼくが地面とくっつきーしたら、お水全部吸い上げちゃうのよ。そしたらみんなが、ぼくみたいにカラカラになっちゃうのよ。死んじゃうの」
「……山頂の湖を使うか」
ガンジイがそう言ったが、まさか山頂からここまで水路を作るつもりだろうか?いくらガンジイとはいえ、さすがに無理があると思う。……なら逆転の発想?水をここまで運ぶのではなく、ダンデを山頂まで運ぶ。ダンデに水を吸収してもらってから、ここに戻ってくる。それでどうだろうか。
「ぼく、お山に登ったことない。運んでくれる?」
「私が連れていこう。麗冷とムクには別の仕事を頼もう」
ガンジイが出した指示は、闇の扉の周囲に、可能なだけ黒炎石を置いて、扉の場所がどこなのか、山頂や花畑からでも確認出来るようにしておいてほしい、ということだった。可能性の話だが、光を一方向にのみ、集中して放つことになるなら、その際の目印があった方がいいと考えたらしい。ダンデが「光を集めてずどーん」と発言したことから、その可能性を考えたようだ。ダンデたちの生態は不思議で不可解な部分が多い。場合によっては、山頂で水を補給した直後に、ダンデが発光するかもしれない。
光を一方向に発射か。懐中電灯みたいなことが出来るなら、ずいぶん便利だ。ダンデ電灯。持ち運ぶには大きすぎるから、小型化したい。ダンデたちの体内にある、発光する器官だけ取り出して道具にできないだろうか。……なんだかマッドサイエンティストじみたことを考えている。やめておこう。人の道を踏み外す気は今のところない。
ガンジイはダンデを背負って、山へと出発した。ダンデは楽しそうだった。山に行くのは初めてだから、わくわくするらしい。結構好奇心旺盛だ。ダンデにとって安全な場所は、花畑の周辺だけ。そこから外は闇人と獣が徘徊する危険地帯だ。出たくても出られないだろう。
花畑の周囲に人間が暮らしている様子はないので、黒炎石は探せばすぐ見つかるだろう。ムクと一緒にあらかた探索すると、簡単に袋の中が黒炎石でいっぱいになった。先日の村は、黒炎石の採掘をめぐって争いを続けていたというのに。場所を変えるだけでこんなに簡単に資源が見つかる。やはりこの世界には光をもたらすべきなのだろうか。世界を覆う闇と闇人さえいなくなれば、少なくとも黒炎石の奪い合いはなくなるが……。でもどうせ、すぐ別のことで争いを始めるのだろうなぁ……。
「なぁー。さっきの女の子さー、レイレイの友達なんだろー?」
「そうだよ」
「あたしはどうなの?」
ムクが質問を放り込んできた。ムクはまぁ、友達というより……。
「ムクは仲間かな」
「友達と仲間って、どうちがうの?」
「うまく説明できないけど、どっちも大切な人だよ」
「どっちの方が大切?」
「どっちも大切なの。ムクにとっての、お母さんとお父さんみたいなものだよ」
「あー、なるほどなー。ならいいかー」
なんだろう、まさか嫉妬?わたしが別の人に取られると思ったのかな。ムクは採ってきた食べ物を、わたしに気前よくくれるけれど、もしや餌付けされているのだろうか。ムクは今までずっと独りで生きてきた人だから、単独行動を苦にしていないと思い込んでいたけれど。もしかすると、一緒にいられる人に巡り合えなかっただけで、ずっと寂しかったのかもしれない。
わたしたちは闇の扉の周囲に黒炎石を置き、火をつけていった。たいまつに加工するには木材が足りないから、地面に直接石を置いて、着火していく。黒炎石は普通、細かく砕いて粉状にして、それを木に馴染ませて火をつける。塊のまま着火することはあまりない。どれほどの大きさの炎になるか分からないので、小さい石で試してから、徐々に適切な大きさを見つけ出した。
「塊だと、けっこう大きく燃えるね」
「でっかい黒炎石見つけてきてさ、ここで燃やしたら扉消せるんじゃないかー?」
「そりゃ無理だぜ。山一つくらいのでかさが必要になるからな」
うわ、オクゼツだ。闇の扉の中から、突然現れたこいつは、何食わぬ顔でわたしたちの会話に加わってきた。いつからこっちを見ていたのだろう。さっきガンジイが声をかけたときは、姿を見せなかったのに。
「それは知らねぇな。オレがこの扉を覗いたのはついさっきだからよ」
「で、何しに来たの?」
「お前らが何してるのか気になってよ。まさか、この扉を消そうとしてんのか?」
「そうだぞ!」
「で、本当は何をしに来たの?」
「……少し心を入れ替えようと思ってよ。そこの悪夢ちゃんにボコボコにされて、このままじゃ駄目だと思ってな」
オクゼツはムクを見てそう言った。悪夢ちゃんとはどういうネーミングセンスだ。園子が出てきたり、こいつが出てきたり、今日は色んな人が現れる。……つまりわたしたちは、光と闇の勢力争いに、存分に巻き込まれているわけか。
「いい人にでもなりたいの?」
「いいや。オレは頑爺を『倒してぇ』だけだ。それが出来るくらい強くなりてぇ」
「もうガンジイを『殺す』気はないんだ」
「今までは闇の力に傾倒してたからな。心を黒く染めるほど、強くなれると思ってた。でもそうじゃねぇって気付かされたからよ。闇の力を多少手放すことにはなるが、心を光側に寄せるつもりだ」
「なぁー。難しい話はやめろよー。あたし今日、ずっと置いてけぼりだぞー」
「じゃあ分かりやすく説明してやるよ。その代わり、オレと手合わせしてくれ」
「手合わせ?」
「オレとまた殴り合いして、どこがよくないか教えてくれってことだ」
……本当に、変わろうとしている。この人は強くなろうとしてる。自分自身を納得させるために。少しだけ、好感度アップ。
「ムク、手合わせしてあげなよ。でも本気でやったら殺しちゃうだろうからだめだよ」
「だいじょーぶ!最近力を弱めるの覚えたからな!」
「じゃ、先にさっきの話の続き聞かせて」
「お前、闇の力が欲しいのか?」
「わたしもあなたと一緒。自分を受け入れられるくらい、強くなりたい」
「……なるほどな。結構長い話になるから座れ」
わたしたちは燃やした黒炎石を中心に置いて、三角形に陣取って座った。オクゼツは黒炎石の炎の近くに居ても平気なようだ。
「まず、この世界には闇と光の二種類のエネルギーがある。これはもう分かってるよな?」
「うん」
「そんで、闇に寄るほど魂の力が強くなる。反対に光に寄るほど肉体の力が強くなる。これは知ってたか?」
「知らない。じゃあ、ムクが強いのって……」
「そうだ。簡単に言えば、心が汚れてるやつほど、魂の力が強い。反対に綺麗なやつほど、肉体が強い。この悪夢ちゃん……。なぁ、ムクって呼んでいいか?」
「いいぞー」
「ムクはその最上位だ。こいつが意味分かんねぇくらい強いのは、心が本当に意味分かんねぇくらい綺麗だからだ。こいつは敵を殺すときに、相手に対して敵意も憎しみも感じてねぇ。攻撃するって行為の中に、全く闇が含まれてねぇ。もちろんそれだけじゃなくて、今まで生き延びてきた中で、身のこなしを鍛えられた部分も多大にあるだろうがよ」
「でも、ムクだって怒るときはあるよ。両親が悪く言われたときとか」
「それは絶対許さないな!」
「心に闇の無い人間なんていねぇよ。あくまで比率の話だ」
「ガンジイも光寄りだよね?」
「あいつもかなりの光側だな。それでだ、オレみたいな闇の力を利用してるやつらは、魂の力は強ぇが、その代わり肉体が弱くなっていく。だから基本的に肉弾戦をすることはねぇ。魂の力、闇のエネルギーを利用した戦い方が基本だ。逆もまた然りだぜ。光側のやつらは魂の力が弱ぇ。精神的に打たれ弱いって意味じゃねぇぞ。魂のエネルギーを利用するのが苦手って意味だ」
そんな仕組みがこの世界にあったのか。なんだかゲームで見たことのある、魔法使いと戦士の違いみたいだ。魔法使いは格闘が弱い代わりに、様々な呪文が使える。戦士はその逆だ。じゃあ、わたしがもっと闇視の力を強くしていくためには……。
「お前は闇側だ。魂だけ体から抜け出せるその力は、間違いなく闇のもんだ。……ていうか、前も聞いたがお前はなんなんだ?なんでそんなこと出来る?」
「前も言ったけど、生まれつき。わたしは闇視って呼んでる」
「そんなわけねぇんだって。闇を扱えるようになるには、それが出来る奴に目覚めさせてもらわないとだめなんだ。師匠に闇の力を流し込んでもらって、それで初めて使えるようになるはずだ」
「わたしの生まれた村では、たまに三つの目を持つ子供が産まれるの。その子たちはみんな、闇視を使える。わたしの姉さんも、妹も使えてた」
「……お前、まさか他の世界から干渉を受けた存在か?その肉体も、この世界のもんじゃねぇしな。村ごとなにかしらの干渉を受けてたなら……」
「それ!それ詳しく教えて!わたしも気になってた!わたしの体のこと!」
「オレにも分からねぇよ。オレが知ってるのはこの世界のことだけだ。外の世界のことは分からねぇ」
「なぁなぁ、レイレイ」
「どうしたの?」
「何言ってるのか、なんにも分かんない」
「じゃあ、そろそろ手合わせしてあげて。こっちが情報もらうばかりだと不平等だし」
ムクは元気よく「ふんーっ!」と唸りながら立ち上がった。オクゼツも立ち上がり、手合わせが始まり、数秒で終わった。ムクの正拳突き一発で終了。オクゼツは地面に突っ伏して苦悶の声を上げている。
「弱っちいなー!」
「オレの……、なにがだめだ……?」
「全部!」
「……もう少し、詳しく頼む……」
「体が弱いなー!あたしの攻撃、受け流そうとしただろ?お前の体弱すぎて、流し切れてなかったな!受けた瞬間に手首がゴキって鳴ったな!じいちゃんだったら、あたしのこと放り投げるぞ!初めて会ったとき、あたしの本気を全部流されたからな!」
「……頑爺は、お前の本気を受け止めたのか?」
「横から口を挟むけど、ガンジイはムクの本気をまともに受けたら死ぬって言ってたよ。流さざるを得なかったんだって」
「……お前、本当に、悪夢だな……」
オクゼツは震えながら仰向けになると、闇の扉へと手を向けた。すると真っ黒な渦のようなものが伸びてきて、オクゼツの手のひらから体内に入っていく。闇のエネルギーを吸収しているのか。回復したオクゼツは、もう一度手合わせを申し込み、また数秒で終わった。それを十数回繰り返し、ついにオクゼツは、ムクの最初の一撃を流せるようになった。
「腕力でお前に勝つのは無理だからな。オレだって戦士だ。技の使い方を思い出してきたぜ」
「でも弱いなー!あたしまだ、全然本気出してないからなー!」
「やめろ、泣くぞ」
「ねぇ、闇の扉ってさ、光側の勢力も使えるの?」
「……それはお前らのことじゃなくて『奴ら』の話だよな?」
「うん」
「ある程度の利用は出来るはずだ。闇とはいえ、多量のエネルギーの集合体だからな。向こうの世界から、一時的に姿を現すことくらいは可能だろ。これ以上は教えねぇぞ。敵の情報を細かく教えるわけねぇ。そんな質問してきたってことは、もう奴らはお前らに接触してきてるってことだろ」
「でもそれくらいは教えてくれるんだね」
「ムクに手合わせしてもらった分くらいはな。戦士としての礼儀だ」
ガンジイが言ってたけど、オクゼツは心の底から悪人ではないらしい。今の発言を聞くと確かにそう思える。
「ていうか、頑爺はどこ行った?お前ら放ったらかして何やってんだ?」
「山の頂上に、花畑の人を連れて行ったよ」
「……まずいぞ、それ。あの連中はとんでもねぇ化物だぞ。すぐ逃げないと殺される」
オクゼツが突然、真剣な表情に変わった。どうやら本当に危ない事態になっているようだ。園子がダンデたちと協力してと言ったのだから、そんな危険があるわけないと思うのだが……。なら「殺される」というのは、わたしたちのことではなく、オクゼツ個人のことを指しているのだろう。
「オレはもう行く。お前らも出来るだけ遠くに……。いや、あいつらの族長にはもう会ったんだよな、とにかくそいつの背中側にいろ。絶対にそいつの前に立つな!一瞬で消し飛ばされるぞ!いいな、絶対にそいつの後ろにいろよ!」
オクゼツはそう言いながら、闇の扉の中へ消えていった。ムクは「弱っちいけど、なんかあいつ、いい奴なのかもなー」とオクゼツを評している。わたしたちのことを心配してくれていたし、今日だけで印象がずいぶんと変化したことは確かだ。
わたしたちの仕事はもう終わったし、花畑へ戻って、ガンジイとダンデの帰りを待つとしよう。……いや、山の麓のたき火まで戻った方がいいかな。オクゼツは、ダンデの前に立つなと言っていた。もしも山の頂上から、闇の扉へ向かって、とてつもない光を放ったりした場合は、花畑全体が巻き添えになりかねない。山の下側にいた方が安全か。
わたしたちがたき火まで戻り、今日の食料はどうしようかと話していたときだった。山の上の方から、ゴロゴロと激しい音が聞こえてきた。地面を伝わる振動がここまで響いてくる。そしてその音と振動が、どんどん大きくなっていく。これはなんだ、土砂崩れか……?
「なんか転がって来てるっぽいぞ!向こうに逃げた方がいいな!」
ムクに手を引かれ、わたしは音から逃げ走り出した。山の上側でなにか起きている。十中八九ガンジイとダンデが起こした異変だろう。ガンジイは無事だろうか……。いや、無事に決まっているか。ガンジイだし。
音から十分離れた後、わたしは闇視で転がってきている物体を確認しに行ってみた。しかしその正体はよく分からなかった。巨大な岩、だろうか。直径五メートルほどの丸いなにかが、とてつもない速さで、わたしの視界を横切っていった。そのなにかは全くスピードを落とさずに、花畑の方向へ転がり続けていく。
「あれ追いかけるかー?じいちゃんここで待つかー?」
「追いかけよう。頂上からここまで下りてくるのは、ガンジイでも結構時間かかるはずだし」
わたしとムクは、転がっていったなにかを追いかけた。行ったり来たり同じ道を往復する羽目になってしまった。ゴロゴロと転がる音は遠ざかっていき、そのうち聞こえなくなった。
「なんだろうなー、あのゴロゴロ?」
「……まさか、ダンデかな」
「あいつ、あんなに大っきかったかー?」
「お水吸って大きくなったのかも」
わたしの予想は当たった。花畑に着いたとき、パンパンに膨らんだダンデが、楽しそうに弾んでいた。その体は丈夫なゴムのような質感になり、その中には水が限界まで貯め込まれているのだろう。手足のついた水風船、もしくは膨らんだフグみたいだ。つついたら口から水を吹き出すかもと思ったが、実際に試すのはやめておいた。
「見てちょーよ。ぽよんぽよんなのよ~」
「ガンジイは山の上?」
「そうよ~。追っかけるから大丈夫って言ってたのよ~」
「大っきくなったなー!でも強そうじゃないなー!」
「明日まで待ってちょーよ。光でずどーんで、真っ暗なんてバイバイなのよ~」
「わたしたちは、花畑から離れてた方がいいよね?」
「だいじょーぶよ。明日光るのは、ぼくだけなのよ。みんなのパワーを分けてもらって、ぼくだけぴっかぴかなのよ」
どうやら発光出来るのは、一日に一回みたいだ。ガンジイを待ちたいからちょうどよかった。さっきオクゼツと会ったことも話しておこう。わたしたちは花畑を離れ、再び山の麓へ戻った。今日だけでどれだけ歩いたか。もう足が棒になっている。でも体力づくりにはちょうどいい。オクゼツは、心が綺麗であるほど肉体が強くなると言っていたけど、基本の体力づくりは闇側のわたしにも必要だろう。
たき火まで戻ると、ガンジイがもうそこにいた。おまけに森で猪まで捕まえていて、すでにさばいて食べる準備を整えてくれていた。ガンジイはもう承知の上だろうが、ダンデにはもう会い、明日まで待つ必要があることを一応伝えておいた。今日はここで休み、明日に備えることにしよう。
「さっきオクゼツに会ったよ。もう扉の向こうに帰ったけど」
「なにを話した?」
「色々教えてくれたよ。闇と光の新情報」
オクゼツから聞いた話を伝えると、ガンジイは満足そうに顔をほころばせた。オクゼツが自分を変えようとしていることが嬉しいのだろう。
「今でも十分変化しておる。昔の奴は、人とまともに話すことが出来なかった。無口というよりは、会話すること自体を放棄していた」
「そうなんだ」
「闇の力を得たことで、ある程度の自信は得たのであろう。そしてそれを、自らの意思で手放す覚悟をしたのなら、いずれ私を超えるやもしれぬ」
「闇を全部手放す気はないみたいだよ。光とのバランスを取り方を考えてるみたい」
「あいつがじいちゃんより強くなるのは無理だろー」
「そんなことはない。お前もいずれ、私を超えるはずだ」
「あたしがー?そうかなぁ……」
「……わたしは、どうすればいいかな」
わたしの前には、二つの選択肢がある。闇と光。どちらへ自分を傾かせるべきか。生まれ持った資質を活かすのなら、闇の方向だろう。だけど、意図的に心を汚すというのが難しい。自分の中の善心を消すことは、わたしには無理だ。
「どっちも本心なの。わたしが強くなりたいのは、弱い人たちを助けたいから。だけどわたしを利用しようとする奴らを、ぶっ潰してやりたいっていうのもあるの。気に入らない奴を、暴力でねじ伏せたい。それも本心」
「どちらかに決める必要はなかろう。私が考えるお前の強さは、その両方を兼ね備えておる部分だ」
「あえてどっちにも、傾かせないようにすればいいの?」
「心の傾きなど、己の意思で操作できるものではなかろう。経験がそれを形作る。オクゼツがムクに負け、その心境を変化させたようにだ」
……流れに身を任せるか。わたしが弱い人を助けたいと願うようになったのも、ロイさんとアリーンさんと出会ったからだ。時間と経験が自分をつくる。そのときの自分をどれだけ活かせるか、それを考えるべきか。
「でも今のところ、わたしの歩いてきた道も、向かう先も、園子たちに操作されてるんだよね」
「お前の友は光の側だ。これからも積極的に、そう仕向けてくるであろう」
「反発して闇に向かってやりたくなるなぁ」
「あたしは?あたしはどうすればいい?結局今日、みんなの話全部分かんなかったな!あははは」
「ムクはねぇ……。ムクって将来、どんな大人になるんだろうねぇ……」
その日は食事をとり、わたしは眠りに就いた。ムクはもう寝息を立てているが、わたしはなぜか寝付けなかった。疲れすぎると眠れないというやつだろうか。歩きすぎて体がリラックス出来ないのかな。やっぱり基礎的な体力づくりは必要だ。こんな程度で体が音を上げるようでは、二人の足手まといになってしまう……。
明日はダンデたちが発光を始める前に、花畑へ移動しないと。オクゼツは、ダンデの背中側にいれば安全だと言っていた。ダンデ本人も、明日発光するのは自分だけだと言っていたし、発光のとき花畑に近づいても大丈夫だろう。
今さらだが、どうしてダンデたちは一日に一回しか発光しないのだろう。一日中ずっと光っていればいいのに。発光のためには、大きなエネルギーが必要とか?人間が全力疾走を無限に続けられないのと、同じようなことなのかな。それとも別の理由があるのか……。
「……植物と人間の、融合体」
「どうした?」
「園子がダンデたちのこと、そう言ってた」
「なにか気になる発言だったのか?」
「昔の地球には、ガンジイみたいな、普通の人間しかいなかったの」
「そうなのか」
「獣人とかいなかったのに、そういう人たちは、いつ生まれたのかな」
「今の我らには分からぬことだ」
……どれだけ時間が経っていたとしても、進化の過程で獣人やダンデのような存在が生まれるとは思えない。人間の遺伝子と、動物や植物の遺伝子が混ざり合うなんてありえない。……なら、なにかしらの理由で、それを実現させた人たちがいるということだろうか。
「子よ、明日に差し支える。もう寝るのだ」
「だね」
最近、寝る前に頭の中の情報を整理する癖が付きつつあるが、そのせいで睡眠時間が削れるのはよろしくない。それに就寝前の夢に入る間際、現実と妄想の混ざり合い、情報同士の繋がりを無視した、意味不明な結論を出すことがある。意識を手放す瞬間のことではっきり覚えていないが、今日も寝る間際、わたしはこんなことを口走った気がする。
「太陽は、消えてない……」
「……麗冷?」
「……」
「……眠ったか。……太陽は、消えていない、か」
次回へ続く……




