第四章 太陽の民 二
第四章 太陽の民 二
「太陽は、ここに、あるよ」
私達の前に現れた、痩せた人物は、唐突にそう言った。何が目的の発言なのか分からぬ。ムクがなにか言おうとした瞬間、麗冷がその口を両手で塞ぐ。ムクは挨拶でもしようとしたのであろうが、この場は静かにしておく方が正解であろう。麗冷の判断力の高さには助けられる。いつも私が言おうとしたことを先に察知し、動いてくれている。
さて、この人物とどう相対するべきであろうか。私が今まで見てきたどの種族にも当てはまらぬ。外見からは男性でも女性でもないように見受けられる。謎の存在だ。そしてこのやせ細った体をどう判断するべきか。単純に弱っているだけか、それとも擬態か。
生物の擬態は基本的に、自分が相手より強い存在に見せかけることで成立する。例えば昆虫のイモ虫の中には、鳥から身を守る為に、ヘビの模様を持つようになったものがある。自分は相手よりも強い生物であると見せかけることが、擬態の基本だ。
しかしその正反対の策略を取る生物がいる。最も分かりやすい例が人間であろう。知性の高い生物は、あえて相手よりも自分を弱く見せることで、策にかけようとする場合がある。この謎の生物に、不本意に近づくべきではない。このまま一定の距離を保ったまま、相手の出方を伺うこととしよう。
「ぼくは、ここの、一番、偉い人だよ」
こちらと意思疎通を図ろうとしているのであろうか。相手の立場になれば、こちらと同じ状況ではある。私達は相手から見れば、突然現れた謎の三人組なのだ。まずは敵意がないことを確認しようとしているのか、攻撃の隙を伺っているのか、そのどちらであろうか。
「言葉が分かるようだが、ここは集落なのか?」
私は会話を選択した。無論、手斧は握ったままだ。一度言葉を投げかけ、相手の反応を見る。
「今はみんな、眠っているよ。ぼくは偉い人だから、寝ちゃ駄目なの。見守ります」
「周囲に転がる岩が、ここの住人なのか?」
「寝ている間は、体が岩になるよ。動物に、食べられないようにね」
こちらの質問に、筋の通った返答をしてくる。言葉の意味を理解しているようだ。動物の中には声帯を模写するものもいるが、それとは違うとみていいだろう。
「さきほど、ここから強い光が放たれているのを見たが、なにか知っているか?」
「ぼくたち、太陽がある間は、とっても元気よ。いっぱい光るの」
「太陽がどこかにあるのか?」
「今はないない。隠れちゃった。ないない」
麗冷が私の腕を掴んだ。なにか気になる点があるようだ。ちょうどよい。一度ここを離れようと考えていたところだ。
「明日、またここに来るつもりだが、構わないか?」
「もちろん。ぼく、話すの好き。また来てちょ」
私達は花畑から離れ、山から流れる川の近くでたき火を作った。明日も周囲一帯を照らすほどの、強い光が発生する可能性が高い。目を傷めないよう、十分な距離を置いた場所を選択した。追手が来るかを確認するために、一度花畑を離れたのだが、何者も追跡して来ることはなかった。現在のところは、あの生物に危険はないと考えて問題なかろう。あくまで現段階では、の判断であるが。
「なんか変な生き物だったなー。怖いなー、あれ」
「怖かったの?強そうな生き物じゃなかったけど」
「見た感じ、ひょろひょろで弱そうじゃん?でもあたしたちの前に、普通に歩いてきたじゃん?ふつーそんなことしたら、強い奴に食われてお終いじゃん?」
「実はすっごい強いのかな」
「でもなー、どう見ても強そうではないよなー。毒とか持ってるのかなー?でも毒持ってるにしては、地味な見た目だしなー。分かんなくて怖いなー」
ムクがしっかりとした分析をしておる。幼き頃より、独りで生き延びてきただけのことはある。私と同じように、擬態の可能性を疑っておったか。確かに毒を持つ生物は、派手な見た目をしていることが多い。警戒色を見せることで、自分が毒を持つことを強調している。
「敵か味方か分からぬ者の前に、堂々と姿を現した以上、弱き者ではなかろう。なにか、隠された武器を持っていると考えてよい」
「それでねガンジイ、さっきわたしが思ったことなんだけど」
「太陽のことか?」
「うん。ガンジイに初めて会ったときに話したっけ?太陽がどういうものだったか」
「詳細は聞いておらぬ。かつて太陽が実際にあり、世界を明るく照らしていた、とだけだ」
「太陽が世界を照らしてるのって、一日の半分だけなの。季節によって変わるけど、大体半分」
麗冷はたき火の中からまだ燃えていない枝を一本拾い、地面に図を描いて説明を始めた。……興味深い情報の山だ。この世界は平面ではなく、球体であるという。そしてこの世界は太陽の周りを回転している。それによって、太陽が現れる時間帯と、消える時間帯が発生するのだという。
理解が難しい話だ。麗冷がそう言うのだから、正しい情報なのであろう。しかし感覚とあまりにかけ離れており、納得するのが難しい。ムクは最初は麗冷の話を聞いておったが、いつの間にか私の顔を地面に描いて遊んでおる。理解を放棄したようだ。
「どう、じいちゃん?うまい?」
「よく描けておる」
「やったー!じゃあ森行って食べ物探してくるな!」
「じゃあ」の意味がよく分からぬが、なんにせよ食料を探しに行く必要はあった。備蓄を消費し続けることは避けたい。ムクであれば一人で行動させても心配はいらぬ。止めずにそのまま送り出すこととした。
役割分担は必要だ。麗冷とムクとで、それぞれ長所がある。短所を克服することも将来的には必須であろうが、今はお互いに補い合える関係を構築出来れば十分であろう。
「まぁ、この辺の説明は蛇足だから、深く考えないでいいよ。重要なのは、太陽は昇っては沈んでを繰り返すってこと」
「さきほどの生物、太陽が隠れたと発言しておったな」
「それに昨日と今日見た、あの光だよ。あの生き物が、強い光を発しているなら……」
「奴らが言う太陽とは、自分達のことを指しているのか」
「かもしれないね」
太陽の民。一日の内、一定時間だけ強く発光し、残りの時間を岩となり過ごす生物。不思議な生態だ。奴らは本物の太陽について、なにか情報を持っているのだろうか。明日にもまた接触し、話を聞いてみるとしよう。向こうに会話をする気があるのであれば、の前提になるが。
「レイレイ、ごちそうがいっぱい採れたぞ!ほら、袋の中にいっぱい!」
「なに採ってきたの?」
「いもむし!」
森に食料を集めに出ていたムクが帰ってきた。肥えた幼虫が袋に詰め込まれておる。他には野草と、植物の根、キノコもあった。ムクは食用になる昆虫、植物への知識が深い。キノコは食用になるものと、そうでないものが似ており見分けが難しいが、ムクが持ち帰ったものは、全て食べて問題ないものだった。
「わたし、むし、たべたことないヨ……」
「そうなのか?じゃあ食べ方教えてやるぞ!」
「ハイ」
「まずな、しぼって内臓を取るんだ!」
「シボル……?」
「頭の下を、指でがっちりつまんで、お尻に向かってぎゅーっ!」
「ヒイィ……」
麗冷が悲鳴を上げながら、ムクの真似をして、イモ虫の下ごしらえを始めた。嫌がりながらも、拒絶しないところがこの子の強さだ。ムクと出会って以来、麗冷の表情が柔らかくなったのはよい変化であろう。同年代の友人がいた方が、精神的に楽になる部分があるはずだ。麗冷は頭の回転が速い故に、功を急いてしまう傾向がある。強くなるには相応の時間と経験が必要であろう。共に歩幅を合わせ歩める友人がいれば、その焦りを軽減出来る。
「ガンジイ、イモムシ、シボッタヨ」
「では焼いていこう」
「生で食ってもいいぞ!」
「いや、火を通した方がよい。安全が第一だ」
その後、食材を焼いて食事にしたが、麗冷はすぐに順応した。最初こそ手が震えていたが、イモ虫が気に入ったようだ。麗冷が口を開け、ムクがそこに焼いたイモ虫を放り込んでいく。ムクが他者に食べ物を分け与えることを嫌がらないのは、両親の教育によるものであろう。独りで生きてきたのなら、自分が獲得したものに執着してもおかしくない。それを自然に分け与えることが出来るのは、親から心を育てられていたからであろう。
この二人は、対照的な部分が多い。麗冷はまず考えてから行動する。ムクは行動してから考える。麗冷は命を守られて生きてきたが、その反面心を大切にされていなかった。ムクは心を大切にされていたが、己の命は自分で守るしかなかった。正反対の人生を歩んできた二人だ。
しかし不思議なことに、似ている部分も多い。孤独という共通点がそうさせたのか、二人とも他者への優しさを持ち合わせる一方で、敵と判断したものを攻撃することに戸惑いや容赦が無い。そのどちらかしか持ち合わせていない者がほとんどだ。両極端な人生が結果的に、両者に同様の形質をもたらしたのは興味深い。
……何者かが意図して、この二人の人生を操った可能性が高まるからだ。我らの人生が、何者かの思惑の中にあるとして、いつまでそれに従い続けるべきか。従うことが良しか。抗うことが良しか。その決断はいつ訪れるであろうか。
「明日は発光の後の時間に、花畑へ再訪する。奴らが戦力を整え、待ち構えている可能性もあろう。慎重な行動が必要だ」
「ガンジイも食べようよ。明日に備えてちゃんと食べないと」
「じいちゃん、いもむし嫌いか?」
「いいや、好きも嫌いもない。私は食べ物に関して、好みというものがない」
「好きなものないのかー?あたしは鹿が好きだぞー」
「生きるために食べてきただけなのでな。これからお前達と共に、それを見つけられればよい」
私もこの子達と同じだ。他者と歩幅を揃え進むのは、心地よいものだ。
翌日、私達は目覚めの後に食事を済ませ、発光のときを待った。しばらくすると、花畑の方向に、光の点が浮かび始める。麗冷が「日の出だね」と小さく言った。かつての世界はこうして毎日、闇を晴らす大きな光が登っては沈んでを繰り返していたという。それは果たしてどのような光景だったのであろうか。想像することすら難しい。
光の点と点が繋がり、やがて大きな玉のようになっていく。この時点で直視することが不可能な光量に到達した。私とムクは目を塞ぎ、顔をそむけることしか出来ぬ。頼りは麗冷の闇視だ。魂ならば目をやられることはなかろう。本当なら私も至近距離で、発光の様子を観察したいところだが、これはまぶたを貫くほどの光だ。近づく事すらままならぬ。
光は連日と同様やがて弱まり、世界は闇へと戻った。再びあの生物の所へ行ってみるとしよう。道中、麗冷に光の中になにか見えたかと聞いたところ、たくさんの人がそこにいたと答えた。
「昨日岩になってた人たちが、みんな目を覚まして立ち上がってたんだと思う。ずっと遠くの景色だから、はっきり見えたわけではないけど」
「奇妙な生態だ。なぜ発光するのか、今のところ目的が分からぬな」
「闇人を遠ざけてるとか?もう気付いてると思うけど、この辺りには闇人が全然いないよ」
「その可能性は高い。しかし身を守るだけならば、ずっと岩になっていればよいだけだ」
「闇人だけじゃなくて、動物もいないぞー。あんなすごい光だからなぁ。鹿も猪も、怖がって逃げちゃうよなー」
「……じゃあ、あの人たち、何を食べて生きてるのかな」
「気になるのは理解できるが、我らの目的はあくまで太陽だ。生態調査は二の次にせねばならぬ」
花畑に近づくと、昨日と同じ景色が広がっていた。周囲に転がる岩。そして痩せた謎の生物。昨日、再び訪ねると、あの生物にあえて伝えておいたが、多人数でこちらを待ち構えてはいないようだ。しかし接近する前に、周囲の状況を細かく観察せねば。罠を仕掛けられている可能性はまだ消えていないのだ。
私達のそれぞれの能力で周囲を確認し、罠らしきものは見当たらないと結論付けた。やはりこちらを攻撃する意思はないように思える。私達は花畑に接近し、痩せた生物へと接触した。この生物が太陽について、なにか情報を持っているか聞き出してみよう。余計なことは聞かずに、こちらの目的のみを明確に伝える。相手の知能の高さがまだ分からぬ以上、無駄な会話は情報の錯綜に繋がりかねん。
「さきほど、大きな光がここから見えた。やはりお前達が発光しているのだな」
「そうよ。ぼくたち、ぴっかぴかよ」
「単刀直入に聞くが、太陽のことをどれくらい知っておるのだ?」
「太陽、もう隠れちゃったよ。今日はもう、ないない」
「私達は、太陽の伝承を追って旅をしているのだ。他にもなにか知っているのであれば、教えてもらいたい」
「太陽、ぼくたちのご先祖が、詳しかったよ。土の下に、ご先祖のお家、あるよ」
「そこへ案内してもらえるか?」
「うーん。ぼくのお願い、聞いてちょ?」
交換条件を持ち掛けてきたか。ここは一度受け入れておくべきであろう。
「どんな願いなのだ?」
「ご先祖のお家、ぼくたちの、大切な場所にあったの。でもおっきい闇に、食べられちゃったのよ。どうにかしてほしぃのよ」
「そこへ案内してもらえるか?」
「もちもち。ついて来てちょ」
瘦せた生物は、細い足で軽快に跳ねながら移動を始めた。見ていて危なっかしい。転倒すれば手足が折れてしまいそうだ。私達はこの生物を追うことにした。案内した先に待ち伏せを用意していることもないはずだ。それをするのなら、最初からこの花畑に伏兵を潜ませておけばよい。
私達は案内に従い花畑を進んで行く。その道中、ムクがしきりに瘦せた生物に話しかけていく。この子の発言には単純な好奇心のみがあり、相手の警戒をかいくぐる作用がある。この生物は最初から、こちらを警戒しておらぬようだが、このままムクに話をさせておくとしよう。
「あたしはムクっていうけど、お前に名前あるのかー?」
「ぼく、ダンデよ」
「ダンデかー。お前の体、細っそいけど、ちゃんとごはん食べてるかー?」
「ぼくたち、太陽でぴっかぴかだから、なにも食べないよ」
「すげぇなー。なにも食べないで生きていられるのかー」
そんなはずがない。生物である以上、なにかしらの方法で、外部から栄養を補給せねばならぬはず。太陽で光るからなにも食べないと言うが、この発言の意味はなんであろうか。「光」と「食事」は結び付くものではないと思えるが。
「植物」
麗冷が私の腕を掴み、小さくそう言った。……植物?どういう意味であろう。ダンデはムクと会話しており、こちらに注意を払っていないようだ。私は素早く麗冷の耳元へ顔を近づけ「私の聴力なら聞き取れる。小声で話し続けてくれ」と伝えた。
「植物は、太陽の光で栄養を作ることが出来るの。光と水と空気があれば生きていける」
初めて聞く情報だ。植物は大地に根を張り、そこから水分を取り生きているのは承知していたが。しかし当然の疑問が発生する。この世界に太陽はない。ならば光もない。だとするならば……。
「ダンデたちが出した強い光。あれがたぶん、太陽の代わりになってる」
ある種の自給自足ということか。体内に発光する仕組みを備え、互いの光を浴びることで生きている。水はどうしているのだろうか。見えてはおらぬが、岩となっている間、地面から吸収しているのやもしれぬ。空気は岩に呼吸口があったのを、昨日確認しておる。そう考えれば一連の筋が通る。
「この人たちは、植物の生態を兼ね備えた生物なのかも。まぁ、あくまで予想だよ。実際はちがうかもしれないね」
しばらくダンデの後をつけていくと、花畑がなくなり、平坦な道に変わった。背の低い雑草は多く生えているが、花の姿はない。周囲に転がっていた岩も消えた。ここはもう、ダンデ達の住処ではないようだ。どこまで続いているのかも分からぬ草原を進むと、大きな反発する力に阻まれた。
闇の扉か。周囲に闇人の足音が聞こえている。たいまつをしっかりと、掲げておかねば。ここはもう危険地帯だ。
「ご先祖のお家、この真っ暗の中よ。なんとかしてちょ」
ダンデはそう言うと、花畑へ帰って行った。残された私達は顔を見合わせた。不可能だ。闇の扉は人間の力でどうにか出来るものではない。しかしこのまま、ここを後にするのは気が引ける。太陽に関するなにかしらの情報があるのなら、出来る限りの可能性を試しておきたい。
「臆舌よ、見ているか?」
闇の扉の中から、奴がこちらを見ている可能性を試す。臆舌を村に放置してもう三日目だ。本部とやらに戻ってはおらぬだろうか?奴ならば闇の扉を制御する方法を知っているかもしれぬ。それを教える気はないだろうが、ものは試しというものだ。
「……反応ないね」
「おらぬようだな」
「園子ー?いないー?」
「……イ……」
「え、本当にいる?園子!」
「アイ!」
闇の扉の中に、人影が浮かび上がり、それは麗冷に向かって飛び出してきた。以前に麗冷が話していた友人か。麗冷は友人を抱きしめようとしたが、その体は半透明で、触れることが出来なかった。麗冷はそれを残念がっていたが、友人は「触れないものは仕方がない」と、落ち着いて会話を始めた。あの園子という者は、感情と理屈の均衡が取れた人物のようだ。……いや、理屈の方が勝っているか。どこか感情を押さえているように思える。
「この扉は力が弱いから、ちゃんと姿を現すのが難しくて」
「妹は元気になった?」
「うん。ただ、あの子はもう、こっちには来れないと思う」
「……もう会えないの?」
「本来自分がいるべき世界にいないと、魂は消えちゃうんだ。だから次の世界へ、早く転生させないといけないの」
「そうなんだ。よく分からないけど、仕方ないか……。あの子が消えちゃうならね」
「そっちのお二人は初めまして。園子といいます。時間がないから、手早く伝えるべきことだけ、話させてもらうね」
軽く挨拶を交わした後、園子は簡単な状況の説明を始めた。おおよそ我らの予想していた通りの内容だったが、これで予想が確定事項となった。
「もう感づいてると思うけど、この世界は闇と光とが争ってる状態なの」
「ここって、地球の未来でいいんだよね?」
「そうなんだけど、見ての通り、ここはもう過去の地球とは変わりすぎてる」
「なんでこんなことになったの?」
「ごめん、それはアイ達で突き止めて。話が長くなりすぎるから。で、あなた達には世界がこうなった元凶の場所を目指してもらいたいの」
「東の果ての国か」
「そう、かつてそう呼ばれてた場所。日本だよ。そこを目指すための道具が、この扉の中にあるの」
「闇の扉を消すことが可能なのか?」
「真逆の性質の、大きなエネルギーをぶつければいい。この辺に植物と人間の融合体がいるはず。協力すればなんとかなるよ」
ダンデ達のことであろう。あの強烈な光のことを言っているのか。あの光をぶつけるだけで、闇の扉が消せるのだろうか。
「ねぇ、白光石は園子が作ったって本当?」
「うん。『あたし達』が作ったの。魂を保護するために」
「闇人になる前に、死なせて転生させようって話?」
「そう。闇に囚われた魂は、そのままエネルギーに分解されて、消滅してしまうの。この地球を覆っている闇は、とてつもない数の魂が、エネルギーに分解されてしまった結果なんだよ。それって地球だけじゃなくて、他の世界にとっても致命的なの」
「でも園子、一個聞かせて。この地球から闇が消えたら、どうなるの?」
「地球は消滅するよ。でもそんなの大したことじゃない。あらゆる世界の崩壊に比べたら、なんの損にもならない。それにアイ達も、生まれ変わって別の世界に行くだけだし」
麗冷の瞳の中に、陰りが生まれた。この子のこの眼差しは何度か見てきた。己を利用しようとする者への憎しみ。まだはっきりと形になったわけではないが、その前兆が現れている。おそらく園子も、それに気付いたであろう。二人はしばらく無言のまま、見つめ合っていた。
……感情を強く揺さぶられているのは、園子の方であろう。時間がないと発言したにも関わらず、何も発さぬまま立ち続けておる。麗冷の反応が相当に予想外だったようだ。
「園子は『上』に行っちゃったんだね。もうわたしの友達の、園子じゃないんだ」
「……悪いことじゃないよ。アイも分かってるでしょ?社会を、この世界の流れを成立させるためには、支配者層と呼ばれる存在が必要になるの。あたし達はかつて地球にいた、下劣な政治家達とは違う。自分達の私腹を肥やすために、おためごかしで民衆から、過大な税を搾り取るような存在じゃない。本当にただ、あらゆる世界のため、魂のためにそうしてるの」
「もう、友達じゃないんだ」
「……違う、違うよ!アイはずっと友達だよ!感情で考えないで!本当に優先しないといけないことがなにか、分かるでしょ?」
「わたしね、もう『アイ』じゃないの」
「え……?」
「ムク、行こう。ダンデのところに戻るよ」
「お、おー?う、うん、わかった」
園子は、背を向け立ち去る麗冷の姿を、呆然と眺めている。……その瞳に、涙が潤んでいる。麗冷には聞こえぬよう、私は園子へ言葉をかけた。
「園子よ、あの子は私がたしなめておく。あの子の今の態度はよろしくないものだ。それぞれに立場というものがあることを、あの子はまだ理解出来ておらぬだけなのだ」
「……ずっと、友達でいたかったのに……」
「まだそうなったわけではなかろう。ときには距離が離れることもあるだけだ」
「……もう時間がない。お願い、日本にたどり着いて」
「無論」
園子は震える口でそう言うと、闇の扉の中へ消えていった。……さて、麗冷を追わねば。
私は麗冷とムクの後を追い、花畑の入り口で二人と合流した。しかしどう切り出したものか。どう説得すれば麗冷は納得するか、言葉の選択が難しいところだ。
「どうだった?わたしの演技」
麗冷が得意げに笑みを浮かべてそう言った。その様子には怒りも悲しみもなく、飄々としている。隣にいるムクは混乱し、麗冷と私の顔を交互に見ては首をかしげておる。……混乱しているのは、私も同じであるのだが。
「ガンジイは気付いてたでしょ?」
「いいや、なにも分かっておらぬが」
「え、そう?……わたし、大女優になれるかもね。ふふん」
花畑を進み、ダンデの元へと戻る道中、麗冷は自らの意図を話した。私の想像を超える答えを、この子は導き出していたようだ。
「ガンジイとムクは、園子に会ったことないから分からなくて当然だけど。園子、ずっと無理してた」
「そうは見えなかったが。……いや、確かに感情を押し殺しているように感じられた」
「人にそういうのを見せたがらない人なんだよ。でもわたしには分かるの。園子は本当は、こんなことやりたくないと思ってる」
「この世界から闇を払うことを、という意味か?」
「ううん、そこじゃないよ。園子が一番嫌うのは、誰かのために誰かが犠牲になることなの。それを嫌がるあまり、前の世界では自殺したくらいだから。誰かが誰かを利用しないと成立しない世界の仕組みなんて、園子が望んでるはずない。だけどこの地球から闇を晴らすために、園子はわたしたちを利用してる。……そうしないといけない理由があるからって、自分に言い聞かせてるんだよ」
「あの子は理屈の為に、自分の感情を押し殺している、と」
「絶対そう。……最初に再会できたときに、気付いてあげられなかった。園子は幸せに暮らしてるって言ってたけど、わたしを心配させたくないから、そう演技してただけだったんだ。あの時は色々起こりすぎて、冷静に園子を見れてなかったなぁ……」
「お前の目に憎しみが宿ったように見えたが、あれは友の感情に気付けなかった、自分への憎しみだったのか?」
「それもあるけど、もう一つあるの。園子がまさに今、誰かに利用されてる立場なんだって思ったの。園子に命令を出して、わたしたちと接触させた奴がいるはず。園子は『あたし達』って言ってた。だからあえて、演技して突き放したの。その命令が原因で、わたしが離れてしまったって思えば、園子は行動を変えるかもしれない」
「……我らに別の道を、提示する可能性が生まれるか。誰かの命令ではなく、彼女自身が望んだ選択肢を」
「そう。園子も、わたしたちも、誰かに用意された道じゃなくて、自分で選んだ道を歩くべきだって思うの。今は情報が少なすぎて、園子の言う通りにするしかないけどね。いつかその選択肢、分かれ道が生まれるかもしれない」
「それほどのことを、あの瞬間に考えたのか……?」
「園子には、本当に幸せだと思える人生を歩んでもらいたいの。わたしが考えたことなんて、それだけだよ」
麗冷は後ろを振り向き、闇の扉があった方向を見ながら、こう言った。
「ごめん園子。ずっと、友達だよ」
次回へ続く……




