殺人ドローン
「うわああんっ! ママぁぁっ! やだっ、こわいっ、ママああっ!」
(ドドドドド――ッ)
モニターの中で、血が噴き上がった。赤黒い液体が、まるで水風船のように弾け、子どもの小さな体がくの字に折れた。
次の瞬間、カメラは彼の腹部を真正面から映し出した。
そこには……開いた腹の隙間から、腸が、ぐちゃぐちゃになってこぼれ落ちていた。
内臓が砂と混ざり、ぐちゃりと地面に叩きつけられる。
画面に焼きついたのは、まだ目を開けたままの少年の顔。その目には、痛みも悲しみも、怒りすらなく、無垢な絶望だけが浮かんでいた。
陽翔は、息が詰まるような感覚に襲われ、反射的に目を背けた。吐き気がこみ上げる。手が震える。
(なんだよ……これ……)
(これが戦争……? 違う。違う。こんなの、ただの……)
(殺戮だ。虐殺だ。子供が、虫けらみたいに殺されてる……!)
殺人ドローンは、動きを止めることなく、次のターゲットへと突進していた。モニターが切り替わる。映ったのは、一人の少女。
年齢は、十七、いや、もっと幼く見える。血の気が引いた頬。怯えた瞳。背中を向けて走り出した瞬間、足を取られて倒れ込む。
その背中に――赤外線ポインターがピタリと照射された。
「やめろ……!」
陽翔は、叫び声と同時にキーボードを叩いた。コードを入力する手が震える。汗でキーが滑る。
(間に合え、間に合えっ……!!)
その瞬間。銃撃は起きず、ドローンはガクンと音を立て、ゆっくりと地面に着陸した。
砂利と土が入り混じった地面が画面に映り込み、その先に、怯えながらも身を起こす少女の足が見えた。
彼女はこちらを見ていた。恐怖に濁った目。目の前に“死”を突きつけられた者だけが持つ、絶望の瞳。
プロペラが完全に止まるのを見届けると、少女は這うように後ずさり、やがて立ち上がって、モニターの外へと消えていった。
陽翔は椅子に崩れ落ちた。
指先は冷たく、呼吸は浅く、心臓は不規則に打ち続けている。
人が、死んだ。
それも目の前で。自分の手の届く距離で。自分が、見ていた。
(こんな世界が……本当に存在するのか……?)
(日本とは、違い過ぎる次元だ……?)
だが、あの血の色は、どこまでもリアルだった。目に焼きついて、まばたきをしても消えてくれない。
あの子の内臓が、脳裏にこびりついて離れない。
(俺……なにを見てしまったんだ)
*
水本陽翔、25歳。通信制大学を卒業後、フリーランスのドローンソフトウェアエンジニアとして働いている。かつて一度だけ就職したことがあるが、研修が始まって3日目には退職した。
対人関係が極度に苦手で、大学も通学ではなく通信を選んだ。「社会に出て変わりたい」と思い立っての就職だったが、現実は厳しかった。会社のドアの前で手汗が止まらず、震えが止まらなかった。
重度のコミュ障。さらに軽度の双極性障害も抱えていた。高校もほとんど登校せず、完全に引きこもり生活。現在、その生活は9年目になる。
陽翔の癒しは、18歳の少女Vtuber“ココ”の配信だった。二次元が好きで、生身の人間は苦手だった彼にとって、ココは唯一、心を許せる存在だった。
ココは絶対に人を否定しない。口癖は、「今日も君は偉いぞ! がんばって生きたね!」その言葉に何度も救われた。
(ココがいなければ……俺、多分、とっくに死んでた)
運よくドローン関連の仕事が途切れず、生活はできている。家賃と食費、それからココへのスパチャ以外に使うことはないからだ。
今回の仕事は、「ドローンの遠隔制御システム」の開発だった。それがきっかけで、ふと好奇心が湧いた――「本物の戦場で飛んでるドローンに入れるんじゃないか?」
ネット経由でアクセスを試みると、驚くほど簡単に侵入できてしまった。
ドローン業界ではありがちな話だ。ハードウェア、電気システム、ソフトウェア、ネットワーク――すべての担当が縦割りになっていて、陽翔のように横断的に精通している技術者は少ない。結果として、セキュリティは驚くほど脆弱だった。
これはドローンに限った話ではない。自動車やその他のIoT機器でも同じことが言える。
侵入できたのも、そうした業界の構造的欠陥があったからだ。だが――まさか、人を殺す瞬間のドローンにアクセスしてしまうとは、夢にも思わなかった。
しかも侵入しただけでなく、衝動的に“操作”までしてしまった。おそらくたった一機だけなので、現地のオペレーターはハッキングされたとは気づかず、“機体の故障”とでも思っただろう。大ごとにはならない……そう信じたい。
それにしても、人が殺される瞬間を見たのは初めてだった。飛び散る血。噴水のように舞う内臓。昨晩はショックで眠れなかった。
助けたあの少女だけが、唯一の救いだ。だが、あの戦場の光景は、今も脳裏に焼きついて離れない。
なぜ人は、ここまで残酷になれるのか?なぜ、人が人を殺せるのか?日本の平和な部屋の中では、考えることすら難しい現実だった。
その日を境に、悪夢が続いた。何度も夜中に目が覚め、夢の中で少女がこちらに向かって叫ぶ。
「助けて」
目の奥に、あの時の瞳が焼きついている。
寝不足が続いた結果、うっかり仕事の納品日を過ぎてしまった。そして、クライアントからまさかの契約打ち切り通知。痛恨の一撃だった。
来月の家賃が払えない。急に現実に引き戻された陽翔は、すぐに新たな案件を獲得する必要があった。
だが、日本にドローンメーカーはそう多くない。そんな都合よく新規の仕事があるはずもなかった。
そのとき、ふと頭をよぎった。
(あの殺人ドローンの映像……もし公開したら、再生数、ヤバいことになるんじゃ……?)
広告収入が入るかもしれない――けれど、すぐに思い直す。
(いや、待て。あの映像を出したら、俺がハッキングしたってバレる。逮捕どころじゃ済まないかも……)
だとすれば、方法はひとつ。ごく限られた人間に、こっそり販売すること。
そして思い出したのが――株式トレードで100億円を稼いだと噂のYoutuber、ユイトだった。
軽い気持ちでDMを送ってみると、案の定、ユイトは食いついてきた。