7話 友達として…
待ち遠しくしていた週末もあっという間に過ぎて、月曜日。いつも通りに蓮と合流した俺は学校へ向かって、歩き始める。
「いや〜、やっぱ、月曜はだるいな〜〜。テストも来週だしよ。ふわぁ、眠い。」
「また、夜ふかししたのか。」
「まぁ、聞いてくれ健人よ。昨日は普段より、1時間は早く寝たんだぜ?偉いだろ。」
「……。普段は何時就寝なのさ。」
「2時だな。」
「……。結局、夜ふかししてるじゃないか。訂正すると0時過ぎてるから、寝たのは昨日じゃなくて、今日だしな。」
「それは……ランクマのレートがめちゃ上がったから、熱中しちまって。」
「それで、睡魔に負けてレート落とすのが流れだろ。」
「うっさいわ。それよりも憂うつな月曜日に清々しく登校してるお前の方が異常だわ!」
「まぁ、よく寝れただけだよ。」
蓮との雑談にこう返事するが本当は寝付くのに時間がかかった。蓮の言う通り、学生や社会人にとって、月曜日というのは休み明けの最初の日な訳で誰だって、憂うつな気分になる。しかし、今日の俺にはそのような憂うつな気分はこれっぽっちもない。なぜなら、先週の金曜日に鈴川さんと友達になっただけでなく、交換日記の方も継続することになったからだ。このことばかりを考えていた俺は月曜日が楽しみで待ち遠しくなり、その結果、うまく寝付けなかった。小学校の遠足が楽しみで前日、寝付けないのと同じようなものだ。
「まぁ、何があったのか知らねーけど、健人が楽しそうで良かったよ。何、彼女でもできたか?」
「っ!できてねぇーよ。調子のんな。」
一言多い蓮の頭を軽く叩いている内、学校へと到着する。
「佐々木君。おはよう。」
玄関で外靴を仕舞っていると、丁度、学校に着いたのか、鈴川さんが挨拶してきた。
「おはよう。鈴川さん。」
俺も明るく挨拶を返す。彼女の表情は初夏に咲く小さめの向日葵のように明るいだけでなく、どこか上品さを感じる。鈴川さんを見送った後、蓮は脇腹を小突いて、小声で言う。
「なぁ、『佐々木君。おはよう。』って、俺のことは?わざわざ、名指しで挨拶したってことは…。俺のことは……。」
憂うつな月曜日の朝から、テンションだだ下がりの蓮には悪いが、俺の心は凄く軽やかだった。ただ鈴川さんと挨拶を交わすことがこれほどまでに待ち遠しいものだったのだと自覚した。
教室に荷物を置いた後、俺は図書室へと向かっていた。目的は例の日記を鈴川さんに返却すること。以前のように学級日誌の形で渡すことができなくなってしまったため、彼女から日記をやり取りする手段が指定されていた。友人との会話が行き交う廊下を歩き、図書室へと入る。中は人の姿は見られず、賑やかな廊下と比べると朝日が差し込むだけの図書室はどこか幻想的に見えた。
「えっと、秘密基地の扉を正面に右手の木箱…。あ、あった。」
鈴川さんに指定されていた木箱を見つける。その木箱は本来、ページが破けたり、汚れたりした本を回収するために用いられているらしい。だが、鈴川さんいわく、そのような本が入れられることはほぼなく、木箱には南京錠がかけられているため、図書委員でもパスワードが分かる鈴川さん以外は木箱を開けることはないとのこと。ちなみに俺も鈴川さんからパスワードについては教えてもらっている。
「なんか、学校で隠れてやり取りするのって、ドキドキするな。まぁ、今更か。」
木箱に日記を入れると俺は教室へと戻るべく、図書室から出る。授業の開始時間が近づいているのか移動教室と思われる生徒達が足早に廊下を歩いている。
「そろそろ、戻らないとな。」
ーー鈴川さんは俺が書いた日記を読んで、どんな表情するかな?ーー
そんな期待を膨らませつつ、俺は軽やかな足取りで教室へと向かった。
月曜日の授業も終わり、放課後。いつものように帰り支度をしているとふと、考える。
ーー鈴川さん、居るかな?ーー
いつもなら、蓮とそのまま帰るのだが、今日はテニス部の顧問から少し手伝ってほしいとお願いされたらしく、放課後は俺1人となっている。蓮からは先に帰ってても良いと言われているが、帰宅部でガリ勉ではない俺には急いで帰る理由もない。教室を後にして、俺は秘密基地の扉の前へとやってきた。
先日の約束だと、テスト期間からということだったが目的もなく、ふらっと来た俺に鈴川さんは迷惑に思わないだろうか。そんなことを考えつつもどこかで会いたいと思っているのも確かだ。もう、鈴川さんとは友達なので、そう畏まった理由はいらないだろう。一つ深呼吸して、扉をノックする。
・・・中から反応は無い・・・
続いて、ドアノブも捻ってみるが………
・・・鍵がかかっているようだ・・・
「やっぱ、いないよな……。」
そう、諦めかけたその時、
「佐々木君?」
後ろから声をかけられ、振り返ると走ってきたのか複数の本を抱えながら、息を切らしている鈴川さんの姿があった。
「ごめんね。委員会の仕事で返却期限すぎてる本を数冊回収してたの。急いだんだけど、待たせちゃったかな?」
「いや、全然…。さっき、来たばかりだから。」
なんか、恥ずかしいところを見られた気がして、たどたどしくなってしまう。そんな、俺の側を横切って、鈴川さんは扉の鍵を開ける。中へと入る鈴川さんだが、その場で棒立ちとなっている俺に気づき、こう言った。
「佐々木君。来てくれてありがとう。ようこそ、秘密基地へ。」
彼女は笑顔で俺へと手を差し出した。その姿は小学生の時に作った秘密基地に友達を誘うよう。
「ありがとう。鈴川さん。」
1言お礼を言い、俺は彼女に手招きされるがまま、秘密基地に入った。
「まさか、早速来てくれるとは思わなかったよ。」
鈴川さんは笑顔でそう言い、コーヒーと豆菓子を用意してくれた。
「友達の用意が済むまでの間だけだけど…。暇つぶしみたいでごめん。」
「そんなことないよ。私もここに居るのは暇つぶしのようなものだし、お互い様ってことで。」
彼女は変わらず、笑顔でそう言う。いくら、優等生だとしても、ここまで、気配りのできる生徒はなかなかいないだろう。淹れてくれたコーヒーを飲んでいると鈴川さんは何か思い付いたようで俺へと顔を近づける。
「佐々木君。交換日記、今、読んでもいいかな?」
「い、今?!それは…ちょっと勘弁して…。ちょ、鈴川さん!!」
俺の静止が耳に入っていないのか。それか、端から聞くつもりがないのか。鈴川さんは外の木箱へと向い、例の日記を手に取ると俺の前の席へ座る。
「それじゃ、佐々木君の日記を音読するね。」
「ちょ?!本当にっ、勘弁してください……。」
「大丈夫。私もそこまで意地悪じゃないよ。」
ここに居る鈴川さんは教室に居る時と比べて、意地悪気質な気がする。どこまでが本気でどこから冗談なのか、線引きが難しい。
「では、失礼して。読ませていただきます。」
「ど、どうぞ。」
すると、鈴川さんはノートを開き、真剣に俺が書いた文章へ目を通していった。さながら、編集担当に原稿を提出した、小説家のような気分だった。
『鈴川さんへ。改めて、友達になってくれたことと交換日記を続けてくれて、ありがとう。正直、月曜日が楽しみでなかなか寝付けていません。今回は雑談として、俺の親友の蓮について、話そうと思います。先日、昼食を食べに行った時、蓮から女子に告白されたと自慢されました。アイツは昔からモテるヤツなので告白されることは結構あるけど、安請け合いするヤツでは無いので良いヤツなんです。でも、自慢はちょっとムカつく…。そんな、親友の蓮でした。そこで、鈴川さんが金曜日の話ででてきた親友の碧海さんについてのエピソードがあれば聞きたいです。お互い、親友を持つ者同士。思い出やちょっとした愚痴について、話してみたいです。お返事待ってます。』
「うん、うん、佐々木君は親友思いなんだね。」
「はい……。あの、そんなに近くでニヤニヤして言わなくても……。」
日記を読み終えた鈴川さんに生暖かい視線で見られる。恥ずかしすぎる……。
「ごめんね。からかうつもりはちょっとだけあっただけで……。」
「ちょっとはあったんだね…。」
羞恥で顔を赤くしている俺に謝りつつ、鈴川さんは言った。
「いつか、私もそんな関係になれたら良いな。」
そう言う鈴川さんの表情はどこか暗闇の中から一途の希望を見出したようなそんな表情に見えた。
「俺も鈴川さんと…。」
ふと、テーブルに置いたスマホが震える。ロック画面には蓮から用事が終わったと連絡が来ていた。
「佐々木君。蓮君、用事終わったみたいだね。迎えに行ったら?」
「え、いや、でも……。」
「大丈夫。ほら、大事な親友を待たせたら悪いよ。」
「う、うん。ごめん、鈴川さん。」
鈴川さんのあの表情を見て、どこか放って置けなくなったが、今の表情はいつものように明るくそんな面影は見られなかった。俺は鈴川さんに促されるまま、秘密基地を後にしようとする。
「佐々木君。またね。返事楽しみにしてて。」
「うん。またね。鈴川さん。」
鈴川さんと挨拶を交わし、俺は蓮の元へ向かう。鈴川さんとのやり取りは女友達0人だった俺にはまだ、緊張するし、恥ずかしい思いもするが、とても楽しい。友達として、もっと鈴川さんを知りたい、話したいと思った。しかし、さっきのあの表情はどこか人を拒絶する意思を感じた気がして、頭から離れることはなかった。