6話 ぎこちなくとも
鈴川さんと友達になった俺は内心、これからも彼女と関わることが出来るのだと安堵と喜びでいっぱいだった。しかし、俺は今、危機的な状況にある。
ーーーあれ、友達って何するんだっけ?ーーー
16年とちょっとの時間を生きてきた俺にとって、女子の友達。いわゆる、女友達というのができたことがない。普段なら挨拶や事務的な会話、人助けなどの場合は普通に話せる。だが、今まで女友達0人の俺に鈴川さんからの『友達になってほしい』と、真剣なお願いが重なり、より、鈴川さんを女友達ということを意識してしまっている。その結果、話題を振ることが出来ずにいた。
ーーー蓮。今まで、女遊びだの言ってごめんな。お前は凄い奴だよ……。ーーー
心の中で蓮への謝罪と尊敬の念を抱いていると、鈴川さんが口を開いた。
「あのっ、佐々木君!」
「はいっ!」
緊張しきっているのか、先生に指名された時のようにはっきりと返事をしてしまう。鈴川さんは少し、間を置いてから話を再開した。
「佐々木君は中間テストの勉強ってしてる?」
「え?まだ、だけど…。中間テストは2週間後でテスト期間は来週の木曜からだから……。」
「そっか。もし、良かったらさ。来週からのテスト期間。放課後、私とここでテスト勉強しない?」
「………。」
鈴川さんからの予想外すぎる提案に俺の思考は停止してしまう。ただでさえ、鈴川さんと友達になれただけで光栄なのに成績上位の彼女に勉強を見てもらえるなんて……。学力が並の俺は彼女の足を引っ張るだけなのでは……。そこまで、考えたが俺はその思考を切り捨てた。数分前、鈴川さんに友達になってほしいとお願いされて、俺は彼女と友達になったのだ。それなのに、また鈴川さんと自分を無意識に比較して、釣り合いがどうこうと考えてしまった。まだ、友達になりたてでぎこちない(俺のコミュ力不足で)がそれでも友達なので立場は対等だ。したがって、俺の返事は……。
「鈴川さんが良いなら俺は良いよ。学力は並だから、迷惑かけるけど……。」
「そんなことないよ。アウトプットは大事だから。ありがとう佐々木君。」
「俺としても鈴川さんと勉強できるのはありがたいよ。それにしても、何で俺とテスト勉強を?」
「それは、その……。」
疑問に思っていたことを聞くと彼女は斜め下に視線を落とし、髪をいじりながら言う。
「実は、放課後に友達と一緒にテスト勉強するのって青春ぽくて憧れてて。碧海とはテスト前日にやってるけど…。碧海は毎回、赤点回避で精一杯で青春どころではなくてね…。佐々木君とはやったことないから…。友達、なのに。」
友達には今さっきなったばかりだが、鈴川さんは俺を友達として、一緒にテスト勉強しないかと誘ってくれた。正直、誘われたことと女友達0人でぎこちない俺のことを友達として思ってくれているのに嬉しさと恥ずかしさで鈴川さんを直視することが出来ない。しばらく、沈黙の時を過ごす。窓の夕日は徐々に暗くなるが頬の赤みがなかなか引かない。
「あっ!ちょっと、急用思い出したからそろそろ帰らないと!」
「うん、分かっ、、ちょっと、押さなくても…。」
彼女はそう言い、立ち上がると俺は押し出されるように図書室へと促された。
「佐々木君。また、来週。放課後、だいたいここに居るから、また、来てね。」
「うん。そうするよ。」
彼女が扉の隙間から顔だけを出して、話しているのだけが引っかかるがまた、来週に来ようと思う。
「また、来週。鈴川さん。」
「またね。佐々木君。」
別れの挨拶を交わし、家に帰ろうと振り返ると背後から……。
「あのっ!!」
相変わらず、扉の隙間からこちらを覗く鈴川さんが呼び止める。
「佐々木君。これ。」
扉の隙間から伸ばされた手にあったのは真ん中に鍵穴の付いたノートとその鍵。その、ノートの表紙には『鈴川明日翔』『佐々木健人』と書かれている。
「鈴川さん。これ。」
鈴川さんの意図を確かめようと質問すると彼女は一言。
「返事、待ってるね。」
それだけ、伝えると彼女は素早く扉を閉じて、鍵を閉めてしまった。それでも、俺は彼女に伝えなければいけないことがある。
「鈴川さん。ありがとう。」
そう、扉の向こうへ向けて伝える。反応が無いため、聴こえているのかそうでないのか真偽は分からないが感謝の気持ちを言葉にするという、その行為が重要なのだと俺は思う。俺は受け取ったノートを大切にカバンへしまうと家路についた。通学路の空模様は夕日が今にも沈み切る直前で地平線には橙色の淡いグラデーションが出来ていた。