4話 選択する勇気
時は流れて金曜日。俺たちの日直当番最終日である。俺はいつものように鈴川さんと挨拶を交わし、学級日誌を受け取った。だが、
「………。」
例の手紙を読む気にはなれなかった。優等生で男子たちが手を伸ばしても決して届かない高嶺の花である鈴川さんと庶民である俺。普通なら関わることのない2人だが、この手紙のお陰で不思議な関係を築いている。昭和の時代では雑誌に文通コーナーがあって、そこに載っているプロフィールを見て、会ったことのない人に手紙を送ることがあったと親から聞いたが、俺たちのやり取りもそれと似ていると感じる。そんな、現代では珍しい関係性がこの手元にある鈴川さんからの手紙を読んでしまうことで終わってしまうのでは……。そう思うと読むことが出来なかった。
授業も着々と進み、6時限目。俺はいまだに手紙は読めていなかった。鈴川さんからの最後の返事。読んでしまったら、この関係性は終わりを迎える。しかし、読まなかったからといって、この関係性がずっと続く訳ではない。タイムリミットである金曜日の終わりに向かって、時計の針は止まることはなく、進み続ける。手紙を読んで終わりを迎えるか読まずに終わりを迎えるか。
「なぁ、健人。放課後一緒にハンバーガー食いに行かねーか?新作が出たらしくてもうそれが旨そうでさ……。」
「ごめん、蓮。今日はちょっと用事があって…。」
そう、答えは1つしかないことは理解している。足りないのは一歩を踏み出す勇気だ。誘ってくれた蓮には申し訳ないが鈴川さんとの関係を後悔で終わらせたくはない。
「しゃーねーな。じゃ、俺もパスだな。親友が用事なのに1人で食べても旨くないからな。お預け料として、ナゲット奢りな。」
「分かったよ。悪いな蓮。」
「良いってことよ。」
ナゲットを奢ることになったがお預けになった蓮と鈴川さんとの関係の結末に向き合えることを考えたら安いものだ。6時限目が終わり、俺は足りなかった勇気を振り絞って、いつもの場所で深く深呼吸をした後、手紙を開いた。
『佐々木君へ。放課後、図書室に来てくれますか。待っています。』
その文章は紙の真ん中にキッチリとした字体で記されており、周りの余白が鈴川さんの字体を引き立たせている。いつもと違う雰囲気に俺は彼女が大切な話をしようとしていることを察した。全力の勇気を振り絞ったつもりだがどうやら、結末はもう少し先のようだ。俺は既に出涸らしとなった勇気の源から勇気を絞り出して、図書室へと向かった。情けない男だが俺はそれだけ、大切に思っていた関係なのでどうか許してほしい。
放課後の部活の喧騒が戸締まりされた窓から微かに聴こえてくる廊下を歩き、俺は図書室前へとやってきた。俺は再度、深く深呼吸をすると扉をゆっくりと開ける。図書室は本棚が幾つもあり、壁際には天井の高さまでの本棚が幾つも並んでいる。本の種類は新しい小説ものから歴史を感じる茶色味ががった古本まで色々保管されている。そんな図書室は本の匂いに包まれて、俺の心を落ち着かせる。周囲を見渡すと窓際の花瓶に水をやる鈴川さんが目に入った。
「鈴川さん。待たせてごめん。」
「佐々木君…。大丈夫だよ。ありがとう来てくれて。」
図書室の匂い、もしくは彼女の雰囲気のお陰か。俺は今までよりもスムーズに会話が出来ている。目の前の彼女は今までと違って、表情が柔らかいように感じる。手紙から読み取れる雰囲気と酷似していた。
「鈴川さん。話って何?」
「あっ、そうだね。えーと…。ちょっとこっちに来て。」
彼女に案内され、着いたのは図書室の角にある図書準備室。この部屋に生徒が基本的に入ることはないのでどんな部屋なのかは分からないが名前から考えるに書庫的な部屋なのだろう。
「鈴川さん?ここって、生徒入室禁止じゃ…。」
「佐々木君。みんなには秘密ね。」
疑問に思う俺を置いて、鈴川さんはポーチから1つの鍵を手に取るとドアノブの鍵穴にさして、鍵を開けた。
「え!?なんで鈴川さん鍵持ってるの?」
「まぁ、後で説明するから、とりあえず入って。」
戸惑う俺を引っ張って、鈴川さんと中に入るとそこは想像していた光景とは違っていた。室内は整理整頓されており、真ん中に大きめのテーブル。その中央の木の器には豆菓子などが入れられている。窓際には電気ポットやインスタントコーヒー。そして、壁際の本棚には教科書や古本などが保管されているなか、1つの本棚だけが浮いて見えた。そこに置かれている本は……漫画だろうか?書庫的な部屋と想像していたので狭く、ホコリだらけだと思っていたのだが…これじゃまるで……。
「鈴川さん。この部屋は一体?」
「この部屋は図書準備室…は表向きの姿でここは私の秘密基地かな?」
「秘密基地??」
秘密基地というのは高校の中に作るものなのか?
「佐々木君。適当に座ってて良いよ。」
疑問符でいっぱいになるのを予想していたのか鈴川さんは椅子の座るよう促す。そして、彼女はインスタントコーヒーを淹れて、豆菓子と一緒に俺へと差し出した。
「話したいことがたくさんあるけど…。まずはこの部屋について説明するね。」
そう言うと、彼女はどこから話そうかしばし、考えると言葉を紡ぎ始めた。
「きっかけは今から1ヶ月前のGW後・・・。」