3話 また明日
「おい!佐々木。黒板消し忘れてるぞ!」
「あっ、すいません!!」
鈴川さんに例の手紙を挟んだ学級日誌を渡してからしばらくした後。俺は懸念していた通り、勉強も日直の仕事も集中して取り組めていなかった。俺は今さらあんなことを書いたことへの羞恥で手一杯なのだ。
そして、先生に怒鳴られ、蓮たちのイジりも乗り切った俺は自宅に着くとベッドに倒れるように横になった。ふと、視界に自分の机が映ると昨日の手紙を書いている俺が蘇ってきて、その度にあの時の俺の行動に後悔と羞恥が溢れ、悶え苦しむ。しかし、後悔と羞恥で荒れている俺の心のほんの片隅に鈴川さんはどうな反応をしているのかと好奇心が湧いているのも確かだ。昨日、鈴川さんがバレないように(俺からはバレバレだったが…)影から見てくる仕草。正直、可愛いと感じてしまった。鈴川さんのことは以前から綺麗だなと感じていたが今回の鈴川さんの一面は人間らしいというか、優等生である彼女の不慣れなチラ見に少し親近感が湧いたというか。手紙の件もあって、そんな、以前の彼女の見え方が大きく変わって、可愛いと感じてしまった。いわゆる【ギャップ萌え】というやつなのかもしれない。そう、自覚してしまうと鈴川さんからの手紙に書かれた可愛いの重みがより増して羞恥が込み上げてくるのと同時に嬉しさもあるわけで……。俺の心は水に絵の具を垂らしたように刻一刻と変化し続けている。
そんなこんなで一夜を過ごした俺はよく眠れなかった目を擦り、支度をする。そして、いつものように学校へ着き、教室へ向かう。すると、鈴川さんがトコトコとこちらへやってきて、
「佐々木君。お、おはよう。これ、学級日誌。」
「お、おはよう。ありがとう鈴川さん。」
俺は鈴川さんから学級日誌を受け取る。他人から見たら何気ない事務的なやり取りなのに今は彼女を直視することが出来ない。なんとか、学級日誌を受け取ると蓮がふと、鈴川さんに質問した。
「鈴川さん?また、担任に渡すように頼まれたのか?担任に押し付けられて、わざわざ直接健人渡してもらって。もうちょっと健人をこき使ってもいいんだぜ?」
蓮の質問を聞いて俺もふと疑問に思った。そう、前回はたまたま担任に任され、朝会後に渡すものをわざわざ朝会前に渡してくれた。今回もそうなのだろうか?鈴川さんは蓮の方を見ると一言。
「察して。」
例の冷え切った口調で言うと踵を返して、スタスタと自分の席へと戻っていく。男子が女子に言われて困るフレーズランキングに上位で食い込んでくるフレーズ『察して』。俺はその現場を目の前で目撃することになるとは思わなかった。
「なぁ、俺そんな変なこと言ったか?おい、なんだその憐れみの目は。健人は察したのかよ!」
「さぁ、どうだろうね〜。」
俺は蓮の追求を適当にやり過ごす。俺も実は察することが出来なかったのだが、公にしたら、蓮のようになる未来が容易に想像できるので蓮には悪いが慰めてやるのはもう少し先にして貰おう。
落ち込む蓮を後ろに俺は自分の席に着くと受け取った学級日誌を開く。字には書いた人の人間性がでると言われるがまさにその通りで鈴川さんの字はバランスが取れており、とめ、はね、はらいなどもキッチリと意識して書かれている。そこから真面目な鈴川さんの一面を感じ取れる。そして、学級日誌から例の手紙を取り出すと俺はあの時と同じように屋上への階段へ向かった。見られるリスクを最大限考慮するなら家に帰ってからの方が良いのだろうが鈴川さんをいろんな意味で意識してしまっている俺は家に帰るまで我慢など出来なかった。周りに人がいないことを再度確認すると手紙を開き、目を通す。
『佐々木君、お返事ありがとう。その、まさかバレてたなんて思わなかった。追記であんなことを書かれるなんて、私が始めたことだから自業自得だけど…でも、可愛いって言ってくれてありがとう。あの、授業中は集中しないといけないので休み時間にチラ見してました。佐々木君はどうなのかなって気になって。
追記:佐々木君が授業中にチラ見してたの気づいてました。私と同じですね。でも、授業中は集中しましょうね?』
「っつ〜〜!?」
俺は手紙を読み終えると羞恥心で全身が熱くなるのを感じる。しかも、「佐々木君はどうなのかなって気になって」って、俺の心情も鈴川さんは気づいているらしい。俺は事前に買った水を一気飲みし、平常心を取り戻すよう努める。前回の手紙の内容と比較すると雰囲気も柔らかくなっており、字体も少し丸みを帯びているように思う。手紙を読む度に、クラスの男子の知らない鈴川さんの一面を俺だけに見せてくれる。一瞬、この一面は本当に俺だけにしか見せてないのではと自意識過剰な考えも出たが彼女は女子には明るく振る舞うのでその一面を俺にも見せてくれたと考えるのが現実的だ。きっかけは分からないがなんとなくこの手紙の彼女は生き生きとしている気がする。俺は手紙を再び読み返すと大切にしまい、学校が終わってくれないかと思った。俺は返事を書くのが待ち遠しく思うようになってしまっている。
家に着くと俺は早速、返事を書く為に机に向かった。前回と違い、少しだけ鈴川さんのことを知れたからかペンはスラスラと動き、次々と文字を紙に記していく。俺はすでにこの不思議な関係を楽しんでいた。早く返事を書いて、鈴川さんに読んでもらって。そして、また、返事をもらって俺が読んで。そして、また、返事を書いて……。そう、想像にふけているとふとしたことに気づいてしまった。このやり取りのきっかけである日直当番は今週いっぱい。今日は水曜日。このままいけば後、2日でこのやり取りは終了を迎えるのである。