2話 お返事
学級日誌に挟まっていた紙。それには『佐々木へ』と宛名が書いてある。俺はその紙を机の下で見られないように開くと……。すぐにソレを閉じた。
「えっ?これはどうゆうことなんだ?」
俺は紙に書かれた文章について考える。どうして、俺宛に書いたのか?なぜ、手紙なのか?今までに経験したことのない状況に頭が混乱する。
「………い。……おい。…おい、健人!!」
「っ?!蓮?!どうしたの?」
「いや、ただ、話しかけにきただけだけどよ……。いくら呼んでも返事しないから。体調でも悪いのか?」
「あ〜、ごめん。ちょっとボーとしてた。ちょっと飲み物買ってくるわ。」
「おう。無理するなよ。」
どうやら、俺は考え込みすぎて、周囲のことが見えていなかったらしい。俺は頭を冷やすべく、自販機で水を買い、人気の少ない屋上への階段へと向い、座る。俺は買った水を飲み、頭を十分に冷やすと再び、例の紙に書かれた文章を読み返す。
『佐々木君へ。改めて今週の日直当番宜しくお願いします。私が佐々木君にこうして手紙を書いたのはお願いがあるからです。それはこの手紙の返事を書いて、学級日誌を私に渡すときにその返事を書いた手紙を挟んでほしいのです。もちろん、書かなくても大丈夫です。これは完全に私の勝手なお願いなので。考えてもらえるだけでも嬉しいです。
追記:佐々木君。日直の仕事は忘れずにやりましょう。でも、慌てて黒板を消す佐々木君は見ていて可愛かったです。』
「どうゆうことなんだ?」
改めて、読み返してもこの手紙を書いた鈴川さんの心情が読めない。なぜ、鈴川さんは俺に返事を求めているのか?そして、1番の疑問が追記の部分である。全体的にキッチリとした、鈴川さんらしい文章だが追記の最後の文だけがキッチリとしてはいるものの内容は他の部分と比べるとラフというか…。見ていて可愛かった……。可愛かった…。
「鈴川さんに可愛いって言われたってこと……。マジで!?」
俺は自分の頬を強くひねる。もちろん、痛い。冷静に分析すればするほどあり得ないような現実を突きつけられて、冷静じゃいられなくなってしまう。
1人でパニクっていると時刻は既に1時限目開始の3分前を指していた。
「ヤバっ!早く戻らないと!」
階段を踏み外しそうになりながらも急いで教室へ駆け戻り、自分の席へと座る。
「なぁ、健人。息あがってるけど大丈夫か?」
「あぁ、ちょっとトイレ長引いちゃって……。」
とりあえずこの件はバレないように動かなければいけないことは理解できた。
その後の授業については正直、集中出来なかった。その理由はやっぱりあの手紙なわけで……。俺はふと、鈴川さんの方の席を見てみる。彼女はやっぱり真剣に授業を受けており、普段の様子と変わったようには見られない。だが、問題は授業終了後の休み時間である。俺はいつものように蓮と話しているが視界の端にこちらをチラ見、時々、バレバレなほどのガン見をしてくる鈴川さんが映る。
「なぁ、健人…。お前、何か怒らせることでもしたのかよ。」
蓮はそう言って、鈴川さんの方を小さく指さす。どうやら、蓮も鈴川さんの様子が違うことに気づいていたらしい…。
「やっぱり、昨日の仕事をサボりかけたのが原因か?実際、一緒になって話してて、気づけなかった俺も悪いから謝りに行くなら俺も行くぜ。」
「いや、大丈夫だよ蓮。元はと言えば俺が忘れていたのが悪いからな。気持ちだけで十分だよ。」
「そうか。もし、何かあったら俺に言えよ。健人は一人で抱え込む癖があるからな。」
「蓮、ありがとう。」
蓮は昔から俺のことをしっかりと支えてくれる。外見は少しヤンチャそうでそこそこ女子にモテるので一見、不真面目な学生に見えるかもしれないが、中身はとても誠実でよく周りを見ている。蓮に心配されるのは今回の件だけでなく、何かと抱え込みがちな俺を何度も助けて、背中を押してもらった。しかし、今回は頼る訳にはいかない。朝から色々と考えていたのだが恐らく、鈴川さんはこの件について周りに知られたくないのだろう。だから、手紙を俺にしか見られないような方法で渡した。意図はまだ、分からないが鈴川さんのことも考えて、蓮に相談することは出来ない。俺は申し訳なく思いながら、親友に嘘をついた。
午後の授業も順調に進んでいき、書き終えた学級日誌を担任に提出。その後、いつものように蓮と下校を終え、自宅についた俺は鈴川さんへの返事を書くべく、机に向かっていた。
「ん〜〜。なんて書こうかな?」
机に向かって1時間が経過しているが手元の紙は新雪のように真っ白である。返事を書いてほしいという頼みだが、なんて返そうか。ネタが出て来ない。鈴川さんは書かなくても良いと言っているのでここまで悩むなら書かなくても文句は言われないだろう。だが、突然の手紙で動揺したが、手紙をもらって嬉しいと感じたのも事実なので俺は返事を書きたい。しかし、手紙もそうなのだが俺は文章を書いて、他人とコミュニケーションするのに苦手意識がある。相手の表情や声のトーンなどの情報が分からないので自分でこの文章を読んだ時にどうなるかを想像するしかない……。しかも、あくまで想像なので自分が書いた文章が無意識に相手を傷つけてトラブルに発展……という可能性もある。考えすぎだと言われるかもしれないが俺はそれだけ相手を不快にせず、喜んで貰える文章を書くことを大切にしているのだ。そう、考えているとふとしたことに気づく。鈴川さんと俺はほぼ接点がなく、まともに関わったのは昨日からの日直の仕事である。つまり、鈴川さんはほぼ接点のない俺に手紙を書いた。俺ほどではないかもしれないが彼女もきっとどのような手紙を書こうか悩んだはずだ。書く内容に正解はない。重要なのは悩んで書いたその過程なのだ。
「じゃ、頑張るしかないか。」
俺はコーヒーを淹れて、それをお供に作業を続行する。季節は6月で蒸し暑い夜。時折、虫の鳴き声が聴こえてくるはずだが、俺は蒸し暑さも虫の鳴き声にも気づかずに机と向き合っていた。勉強で行き詰まった時もこんな感じでペンが進まずに机と向き合うがそれと比べると苦痛は全く感じず、むしろ楽しい。俺の手紙を読んだ鈴川さんが喜ぶその姿。これも前述したようにただ想像だが、どうせなら喜ぶ姿を想像して手紙を書きたい。もし、怒らせてしまったらちゃんと謝罪すれば良いだけだ。この夜、俺は1番時間が短く感じた。
翌日の朝、俺は教卓に置かれた学級日誌に例の手紙を挟み鈴川さんに渡した。
「鈴川さん、お、おはよう。」
「おはよう……ございます。」
互いにぎこちない挨拶を交わし、学級日誌を渡す。周りから男子の視線を感じるが気にしない。というか鈴川さんに挨拶するだけなのに緊張しすぎて気にしする余裕がなかった。後、手紙の件もあって……。
『鈴川さん手紙をくれてありがとう。かなりびっくりしたけど、嬉しかったです。こちらこそ今週の日直当番宜しくお願いします。あと、日直の仕事を忘れかけてすいません。これからは気をつけます。
追記:鈴川さん。休み時間にチラ見(ガン見)しているの可愛いと思いました。』
徹夜しすぎたせいか追記でえげつないことを書いてしまったが鈴川さんが最初に始めたのでこれは仕返しだ。まぁ、鈴川さんにあんなことを言われて嬉しかったのは事実なのだが色々、大変だったのでこの気持ちを味わって貰わないと気が済まなかった。いや、仕返しというより好奇心でやってしまった。今日も手紙のせいで日直の仕事だけでなく、授業に集中できなさそうだ。