ショートショートⅤ「私は友達。」
「光君のことが好きです。その…、付き合ってください!」
柔らかい西陽が差す渡り廊下の片隅で、有永ユキはクラスメイトの男子に想いを伝えた。
「……気持ちは嬉しいけど、ごめんな。俺、彼女とか今はあんまり…。友達と遊んでるのが楽しくて。」
光と呼ばれるその男子高校生は、少し申し訳無さそうにユキから視線を外す。
「おい光~、何やってんだよ。メシ行くぞメシ~。」
近くを通りかかったクラスメイトの友紀が光を呼ぶ。光はそのまま「ごめん、じゃ。」と言ってその場をそそくさと立ち去ってしまった。
(あ~あ、フラれちゃった。友達かぁ…いいなぁ、友紀君はいつも光君と一緒で。とっても仲良しで。)
一人ポツンと残された、静かな廊下。
西陽が傾き徐々に廊下が暗くなる。そしてやがて闇に包まれる。ユキの心も、その深い深い闇に包まれていった。
「友紀、今日は何食べに行く?それともゲーセン寄るか?」
いつもの放課後、光は帰り支度をしている友紀に決まって声をかける。
「そうだな~、俺はゲーセンの気分だ。」
「うっしゃ、じゃゲーセン行こうぜ!」
帰宅部を満喫している二人は、放課後必ず一緒にどこかへ遊びに行っていた。
「お前らまた一緒にどっか行くのかよ。いいなぁ帰宅部は。お前らどこからそんな遊ぶ金出てくるんだよ。」
他のクラスメイトが不思議そうに尋ねる。
「週末に死に物狂いでバイトしてんだ。汗水垂らして働いた金で、ゲーム三昧の放課後よ!」
光はニカッと笑いながら友紀と肩を組む。
「俺らこの辺のゲーセンじゃ有名なんだぜ?各地のゲーセンでブイブイいわせてる『ニコイチ男子高校生』たぁ俺らのことよ!」
わはは、と楽しげに光は笑う。周りの女子達が「ニコイチとかイマドキ古い~。」などからかって笑い合う。
それが光と友紀にとってはたまらなく楽しくて幸せなのだ。
放課後だけではなく、休み時間も常に一緒。ペアをつくってやらなければいけない授業中の課題なども、必ず光と友紀はペアになる。
周りはその仲の良すぎる二人をからかって笑っていたが、そのやり取りがまた二人にとっては楽しいものだった。
「なぁ、俺らが小学の時に埋めたタイムカプセルのこと、覚えてるか?」
その日、ひとしきりゲームセンターで遊んだ後、帰宅途中に光が不意に友紀に尋ねた。
「ん、あ、あぁもちろん。もちろん、覚えてるよ。」
「なんだよその鈍い反応は。まさか忘れたとは言わせないぜ?あの真夏の放課後、二人で小学校の校舎の裏に埋めたんだ。懐かしいなぁ。」
光は少し遠くを見るような、懐かしむような目をしていた。その切れ長で少し妖艶にも見えるその眼に、西陽が差して淡い栗色に光る。
「俺さ、お前とこうやって小学の時から一緒にいられて嬉しいんだ。…ほら、俺ってその、家庭崩壊してるだろ。だから昔はよく秘密基地とか作ってお前と一緒に隠れてたっけ。」
光はそう言いながら、友紀の方を真っ直ぐに見つめる。逆光のせいもあり、その表情は暗く不安に満ちたものとなっていた。
「あのタイムカプセル、小学5年の10歳の時に埋めただろ。20年後に掘り起こそうって約束した。つまり30歳になったら掘り起こすんだ。…俺らそれまで、今みたいに変わらず一緒にいられるかな。」
そして突然、光は友紀の両手を取り強く握りしめた。
「俺もう家族のこととか信用出来ないんだ。唯一信じられるのは友紀、お前だけなんだ。でも急に、俺、すごく不安になって。お前が急にいなくなっちまったりしないかって……。」
「大丈夫だ。」
友紀もまた、光の手を力強く握り返した。
「俺はどこかへ行ってしまったりしない。信じてくれ。これまでもこれからも、ずっと光と一緒だ。」
友紀は心からの笑みを見せた。その笑顔に、光はほっと肩を撫で下ろす。
そしていつものようにまた、橋の端から端までどちらが先に着くか、かけっこ競争が始まったのだった。
次の日も放課後、光と友紀は一緒に夕飯を食べに行くこととなった。その学校を出る時の事。
「あっはは、やっぱり似てるなこの絵。本当に友紀そのものだ。上手に描けてるよなぁ。」
廊下に飾られている一枚の絵を見て、光はそう言った。
鉛筆で友紀の似顔絵が描かれた一枚の絵だ。その絵の下には「有永ユキ 作」と書かれている。
「くじ引きでペアになった人の似顔絵を描こうって授業だったよな。ユキ、この絵を描いた後すぐに転校になってしまったよな…。」
「そういえば光、ユキに告られてなかったっけ。」
友紀が光に食い気味に尋ねた。
「あ、あぁ。俺だってユキのことは別に嫌いとかでは無かったけど…。けど、俺は友紀と一緒にいるのが幸せで…。」
光は少し照れくさそうに、揉み上げ辺りを掻きながらそう答えた。
「なぁ光。お前、俺を置いて新しく彼女つくったりとかしないよな。」
友紀は更に強く食い気味に光に尋ねた。
「あっはは、つくるわけないだろ。昨日言ったじゃないか。信じられるのは友紀、お前だけだって。誰に告られようが俺はお前が一番大事だから、いなくなったりはしないぜ。」
そう言った後、二人は心地よい音を立ててハイタッチをした。
友紀の似顔絵の前から立ち去る際、友紀はその絵に向かってボソッと呟いた。
「光君は永遠に私のものよ。」
友紀はそう呟きながら不敵な笑みを浮かべていた。
「おい、何か言ったか?」
光が振り向きざまに友紀に尋ねるが、友紀は何事も無かったかのように歩き始めた。
「何も?それより早く美味いラーメン食べに行こうぜ!」
二人は西陽の差す廊下を足早に駆け抜けたのだった。
光が目の前に見える。その者は光に必死に叫んでいた。
「おい!聞こえるか!気づいてくれよ!お前の隣にいる友紀は、本当の俺じゃない!!」
その声の主は、暗闇の中で、目の前でこちらを見つめている光に絶え間なく声をかけ続けていた。
「その隣にいるのは本当は有永ユキなんだ!その女が俺をここに閉じ込めたんだ!お願いだ!届いてくれ…俺は、お前の大好きな本物の俺は、本当はずっとこの絵の中に閉じ込められているんだ…!」
暗闇の中、友紀は目の前に立ちはだかる見えない壁を叩きながら、必死で声を上げていた。
しかし届くはずもなく、光の姿は廊下の奥の方へと消えてゆく。
それでも友紀は叫び続けた。
光がこの高校を卒業しても、どれだけの月日が経とうとも、この絵の中で、本物の友紀は、ひたすら助けを求めて叫び続けていたのだった。