エミリーの恐ろしさ
「追いかけましょう、ウィル様。それでは失礼します」
エミリーはそう言うと、僕に走らせるのはいけないと考えたのだろうか。僕のことを躊躇いもなしにお姫様抱っこして、ぶつかった人が逃げた方向へ走り出した。
(下から見る一生懸命のエミリーの顔、めっちゃかっこいい。惚れそう。)
エミリーは人をかき分けて進んでいく。ところが窃盗犯が逃げたのは、人がごった返している市場の方向で、僕の目から見ると(多分エミリーの目から見ても)もうその姿は見えなくなってしまった。
おそらく常習犯の仕業であろう。エニシャも最近窃盗の被害が多いって言っていたし。
僕とエミリーは窃盗犯を見失った後も、5分ほど市場の中を回って捜した。しかし不幸にも見つかることはなかったので、血眼になって捜すエミリーを落ち着かせて諦めかけようとしていた。
「こんだけしか稼げないようじゃ、お前はこの組織に置いとけないな。」
市場の路地裏から声がする。2人の大人が小さい子供を脅している様だ。
「こんな金が少ししか入ってないような財布を盗むんじゃなくて、もっと大量に入ってるやつを盗んでこいよ。」
チンピラ2人が子供に詰め寄る。1人が財布をつまんで頭の前でぶら下げる。あっそれ僕の財布なんですけど
エニシャに抱えられている僕が気づくのだ、エミリーが気づかないはずがない。エミリーは僕を地面に立たせて、路地の方へとゆっくりと歩いていった。
「すみません...チンピラのお二人さん?」
チンピラ2人はなんだなんだと後ろを振り向いた。続けてエミリーが言う。
「すみません。その財布はご主人様の財布ですので、返していただけますか?」
チンピラ2人は顔を見合わせて、そして笑った。
「これがご主人様の財布だってww」
「それにしては内容がしょぼいなww」
チンピラは散々笑い合った後、何を思ったのか財布を地面に落として何度も踏んづけた。エミリーの表情は後ろからだとよく見えないが、体がプルプルと震えている。
今ので鬱憤が晴れたのだろうか。チンピラはエミリーの方を向いて言った。
「こんな貧乏なご主人に従えるよりさ、俺らに従った方がいい生活できるぜww」
「大した金も携帯してない奴に従えてても幸せは逃げるばかりだぜww」
チンピラはニチャニチャと笑っている。何がそんなに楽しいんだろうか。これから痛い目に遭うと言うのに
僕がエミリーの方を見て、あんまりやりすぎないといいなーと思っていると、次の瞬間にはもうエミリーの姿はそこにはなかった。その代わりに顔が地面にめり込み、体がぴくりとも動かないチンピラの無惨な姿があった。
エミリーは僕の専属メイドになる前は冒険者ランクAの凄腕パーティに所属していたらしい。というのも僕自身もあまりエミリーの過去は知らないのだ。あまり話したがらないから。いずれ話してくれるだろうと信じているけど。
そういえば先ほどからエミリーと子どもの姿がない。いつのまにか置いていかれたのだろうか。
とりあえず僕は財布の確認をすることにした。チンピラどもの横を素通りする。僕の財布は革細工の財布なのだが、所々が汚れ、あいつらに踏まれたせいでペチャンコになってしまっている。結構気に入っていたから余計残念だ。
しゃがみ込んで財布を確認をしていたら、丁度エミリーが子供の首根っこを掴んで向こうから歩いてきた。
エミリーは僕の方へ十分に近づくと、路地の向こう側を指差して言った。
「途中で逃げ出したのが見えたので...」
「ありがとう、エミリー」
僕がそう言ってエミリーを見ると頬を赤らめて嬉しそうにしてる。なんて可愛い奴め。
エミリーが空中で子供を掴んでいた手を離す。子供はお尻から落ちて、お尻を痛そうにした後ポツンと僕たちの目の前に座った。姿はみすぼらしく、被っているフードも所々に穴があり、黒い汚れが目立つ。
「君の名前は?」
僕が尋ねると子供はポツリポツリと話してくれた。
「名前はロビンソン...悪いことなのは知ってる。でもこうするしか生きていく方法が無いんだ。親もいない身寄りもない。助けを求めても誰も助けてくれない...
貯めていたものを全部吐き出すように彼の気持ちがどんどん溢れ出す。しまいには涙を流しながら、嗚咽を漏らしながら、全てを曝け出した。
食料がないこと。飲む水の確保もままならないこと。貴族への不平不満。最近貧しい人が増えていることなどいろんなことを話してくれた。
確かに町が栄えれば栄えるほど格差が生まれてしまうのかもしれない。
所でロビンソンって名前どっかで聞いたことあるな...