いざ、五月雨の森へ行かん
エニシャが僕を抱えて階段を上る。事務作業で疲れているからだろうか、いつもより足元がふらふらしている気がする。
エニシャが扉を開けて僕の部屋に入る。窓に目をやると、外はもう真っ暗だ。エニシャは僕をベビーベットにゆっくりと寝かせて、おやすみの挨拶をすると名残惜しそうに部屋から出ていった。
僕はエニシャの階段を降りていく音を注意深く聞いて、作戦を開始することにした。
意識を集中させて、体全体に魔力を纏う。纏った魔力を体の浮かしたいところに流し、風魔法を使用、体を浮かすほどの上昇気流を発生させる。
(風魔法レベル1でも体を浮かび上がらせられるのは、僕の体がまだ赤ちゃんで弱い風で体を浮かび上がらせられるからだ。)
僕の体はベビーベットから軽快に浮かび上がり、窓の方へ向かう。両手にめいいっぱいの力を入れて窓を少し開けた。今日は新月の日であるから、外は真っ暗で、少し風が強いのか木々が靡く音がする。
僕は体を細めて窓の隙間を通り、大胆にも外へ飛び出した。今回の目的地は家から広場の方向へ1キロ程進んだ五月雨の森。足の裏に魔力を集中させて風魔法で五月雨の森へと向かう。
『セカンドセカンド』のゲームでは味わえなかったものだ。空を飛んで風を切るのが、こんなにも気持ちのいいものだなんて。
家から五月雨の森へと向かう途中の街並みは決して栄えたものとは言えないが、市場や鍛冶屋などの主要施設が集まった広場が下に見える。
広場を通り過ぎて、この地の特産品である大麦畑の上を通り過ぎると目先に五月雨の森が見えてきた。
何も起こることはなく、五月雨の森の入り口に到着した。風魔法を調整して低空飛行へと移行する。目の前には広大に拡がる五月雨の森。右を見ても左を見ても終わりが見えず、恐怖まで感じてしまう。
精神年齢18歳、攻略方法を知ってるとはいえ足がすくむが、僕は意を決して森の中へと進むことにした。
今回の目標はエルフ族ではない。確かにこの森を挟んだ向こう側はエルフ族の国で、彼らもこの森からたくさんの富を享受している。人間族は五月雨の森に入ると一生森を彷徨うと言われているが、エルフは五月雨の森を自由に行き来ができるのだ。
森の中に入ったら進行方向への風魔法はもちろんのこと、呼吸器系の器官の部分にも微弱な風魔法を使う。風魔法を習得してから6日間の修行期間があったが、この技をすることができるようになったのは、つい昨日のことだ。もしこの技ができるようにならなかったら今回のイベントは断念せざるおえなかった。
五月雨の森に入った人が帰って来れない理由は、この森にだけ何万匹と生息する特殊な蝶にある。この蝶は魔物で、鱗粉には魔法がかけられていて、鱗粉を吸った人は幻惑魔法にかかるようなのだ。エルフが魔法の効果を受けないのは遺伝的に耐性があるからである。
森を真っ直ぐ進んでいると、目の前に複数の影が現れて、咄嗟に木の後ろへと隠れる。この森にある魔物は全体的にレベルが高い。もし魔物に存在がバレて仕舞えばそれは死に直結する。多分今のはハイウルフの群れ。
僕は木の後ろで息を呑む。なんだこのプレッシャーは!!時の流れが長く感じ、自分の鼓動がやけにうるさい。今自分にできることはハイウルフが気づかないまま去ってくれることを願うことだけだ。
数刻経って、ハイウルフたちはすごい威圧感を放ちながら、静かに去っていった。僕は胸を投げ下ろす。本当に今回は死を覚悟した。今になって自分の足がガタガタ震え出した。
(あとどれくらい時間が残っているだろうか。想定外の出来事ができて時間に余裕がなくなってしまった)
僕は、森を進むスピードを速くすることにした。
数分も経たずして目的地である端の見えない大きな湖に到着した。魔力の使い過ぎだろうか頭がクラクラするが、それを我慢して周囲を見渡す。
そこには見た目が10歳くらいの女の子が倒れていた。