転生して直ぐに親が死ぬのは勘弁してくれないか
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「おめでとうございます。エニシャ様、ウィル様。かっこいい男の子ですよ。」
目を開こうとするが、やけに周りが眩しく、思うように目が開かない。
「よくやったな。エニシャ。よくやった...」
視界が大きく揺れる。ああそういえばあのゲームもウィルがエニシャを抱きしめる描写から始まるのだった。絶望していた自分を奮い立たせる。ストーリーと同じように進むのなら、まだ、誰も死なない未来を掴める。
―――
『セカンドセカンド』は、マニアックな人達の界隈で少しだけ流行ったようなロールプレイングゲーム。主人公のストーリーのみならず、サブキャラからそこら辺にいるモブキャラまでもが奥深いストーリを持っている。
しかし、このゲームの難しいところは、二者択一であること。数多くの分岐があるのだが、一つの選択肢を間違えるだけで自分が死に晒されたり、ヒロインが死んだりする。理不尽な死にゲーである。自分はまだ一つ目の分岐を思い出せずにいた。
エニシャが僕を抱きながら、階段を上る。
「クウくんはあまり泣かない赤ちゃんなのかね。」
そりゃそうだ。2度目の人生だもの。エニシャも腕に抱いてるのが18歳の男だとは思うまい。
エニシャは2階の手前の部屋に入る。奥は2人の愛の部屋。
「それじゃあ、おやすみなさい。クウくん」
エニシャがゆっくりと腕を下ろし、ゆりかごの上に僕を乗せて部屋を出て行った。
赤ちゃん生活も慣れたもので、大きな不満もなく生活している。一つ不満があるとすれば、神様が僕の名前をクウとして設定していること。まぁこの世界ならこっちの方が目立たないかもしれない。
『セカンドセカンド』の主人公は辺境の地を収める男爵、父ウィルと母エニシャの子として生まれる。男爵は普通、領地を持たないが、2年前の多種族間の戦争での英雄として父は男爵の位と領地を持つことになったのだ。家は普通の二階建ての一軒家である。
この世には人族の他にエルフや妖精、ドワーフなど数多くの種族が存在するが、それぞれの仲は芳しくなくこのゲームが始まる2年前に多種族間戦争が起こっている。特に勝者がなく終結し、それぞれの種族に深い傷をおわせた。ストーリーにもその影響が色濃く残っている。
そんなことを考えているうちに急に眠気に襲われて、僕はゆっくりと目を瞑る。
――「エニシャは早くその子を連れて逃げろ!」
目の前には剣を持って階段を降りていくウィルの姿。
上を見上げるとエニシャが涙をこぼしている。――
そうだ、思い出した。最初の分岐。エニシャとウィルはここで死ぬんだ。ゲームスタートからちょうど90日目、胸糞悪いエピソードが待っているのだった。
父が治めるこの辺境の地ヴァルティナには、父の補佐役として町民と父を繋げる役割を担うベタスという男がいるのだが、金に目が眩みウィルとエニシャを暗殺する計画を立てる。その実行がちょうどゲームスタートから90日目なのである。自分のやることは思い出した。あとは実行するだけだ。なんとかしないと。
誰かが階段を上る音がする。扉が開く。
「クウく〜ん。元気かなー」
そう言いながら僕の部屋に入ってくる。これが本日2回目の授乳。分岐がもう直ぐそこに迫っている。
エニシャが部屋を出た。階段を降りる音がする。
これから自分のしなければいけないことは2つ。
1つ、庭でウィルが剣の素振りをし始める音がしたら、大きな声で泣くこと。
2つ、ウィルとエニシャが駆け込んできたらそれとなしに窓際にいる蝶々を指さすこと。
この2つである。上手く行えば2人を助けられる。
しかしどうやって泣けばいいのだろうか。精神年齢18歳が簡単に泣けるものだろうか。自分の頭の上に電球が浮かぶ。思いついた...
エニシャがウィルに声をかけている。そしてウィルが剣の素振りを始める音がした。よし今だ!
僕は躊躇いもなく思いっきりオムツにオシッコをぶちまけた。精神は大人だが実体は子供なのでオムツの違和感で大きな声を上げた。
よし上手くいった。2人が階段を駆け上がる音がする。
「どうしたんだ、クウ。お前が泣き出すなんて」
汗だくのウィルが顔を出す。
「クウくんが泣き出すなんて、なんかあったのかと思って駆け上がってきちゃったけど」
エニシャも遅れて入ってきた。
今まであまり泣かなかったのが功を奏したようだ。
エニシャが近づいてくる。
「良かった。単にオムツの交換だわ。」
エニシャがほっと息を吐く。ウィルも笑い出して、
「お前も赤ちゃんらしいことするじゃないか!」
エニシャがオムツを交換してる間、ウィルは幸せそうな顔をしてエニシャと自分を見つめている。僕が窓際の蝶々を指差すとウィルが捕まえようとしたのか窓際に寄った。
ウィルは静止して、外を注意深く眺めて短く呟いた。
「誰か、いる。」
次の瞬間ウィルは振り向き、慎重な面持ちでこう言った。
「屋根裏に隠れよう。速く!!」