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女は度胸! レノアの場合

7/31 14時 誤字脱字他、たくさんありがとうございます。大変助かります(*^^*)♪

 「もう我慢できない! あんたなんて、出ておいき!」


 「なんだい、なんだい。後から入ってきた女が、息巻いてみっともないよ。ちょっとは我慢も覚えな」


 「出てけー!!!」



あらら、追い出されちまったよ。


わたしの母さんが死んで、すぐ家に入って来た女、モアールの性格が悪いのなんの。顔は可愛いし声も高いけれど、化粧はケバいし香水付けすぎだ。くしゃみが出るよ。

まあ女らしい体つきは、大抵の男が喜びそうだけどね。


父さんが居ない間に出かけては、服やら宝石やらを買ってくるし、時々一緒に連れてきた従者? とよろしくやってるし酷いんだよ。


まあそれなら、100歩譲ってギリギリ我慢もできる(父さんの目利きが失敗しただけだ)が、使用人に手を出されたら無理さね。だから言ってやったんだよ。

ちょっとは我慢しなと。

ここは、お貴族様の屋敷じゃないんだよと。


そう言ったら、キレやがったんだよ。

ずいぶんと辛抱が足りないよ、大人なのに。



父さんが貿易に行っていない間に追い出されたわたしは、ここの商家の娘でレノアさ。まだまだピチピチの5才だ。


使用人達が慌ててついて来ようとしたが、悪いけども戻って貰ったんだ。だって今のわたしには金がないからね。給金が出せないんだよ。


みんな家族がいて、生活しなきゃならないしね。

と言うことで、一人で家を出たのさ。




キレるとどこかの喧嘩師のように、何かが乗り移ったように口汚く叫ぶレノア。その時のことをレノアは、よく覚えていない。ただ猛烈に怒ったと言う以外は。


◇◇◇


「うーっ、うーっ」

テクテク歩いて行くと、森の入り口で大きな灰色の犬が苦しげに唸って踞っているから、手持ちの薬を振りかけた。薬と言ったって、庭のハーブ(レモンバームとセイジ)と蜂蜜を水で薄めたもの。飲んで水分・栄養補給、腹痛にも良し、火傷にも殺菌作用と清涼感と保湿効果で良しで、安眠にも効果ありの何となく万能薬だ。


結局聞いても、犬だから話せないしね。でも弱っている子は見捨てられないもの。


まあそうしたら途端に元気になって、わたしの後をついてきた。

「わん、わんっ」

わたしの周りを元気にクルクルとまわっている。


「悪いけど、餌なんてないんだよ」

そう言うんだが、言葉の壁が邪魔をして通じない。

はーっ、はーっ言ってついてくる。


まあ、お腹が減ればどこかに行くだろう。

こうして1人と1匹旅が始まったんだ。



◇◇◇

わたしは、空腹で困ったことだけはなかった。

いつも誰かが助けてくれた。

父さんの新しい女が来て、意地悪で飯を抜かれても、誰かが何かを差し入れてくれたんだ。


ただここは屋敷の外だ。

使用人達はいないのだ。

でもわたしは、花の蜜や木になっている林檎をかじって移動を続けた。どちらも甘くて元気が出てくる。

灰色の犬にも林檎をあげたら、喜んで食べていた。

2個づつ食べて、6個をもいで背中のリュックに入れた。


テクテク、テクテク。


歩いては草っぱらで休み、水筒の水を飲んでまた歩く。


子供の足だから、遅い遅い。


そうこうしていると、あっと言う間に夜になった。


そうしたら灰色の犬にひっぱられて、山小屋みたいな場所に着いた。中には人がたくさんいるようだ。

囲炉裏の火の明かりで、何となく中の様子が見える。

でもなんだか、口調が下品なんだよ。


「いやぁ、今日は上出来だな。綺麗な娘を二人も拐えた。なあ、一人味見しても良いか?」

「止めとけ、お頭にぶっ殺されるぞ!」

「まあ、そうだな。我慢すっか。やるなら許可が出てからだな」

「そうだぞ。先ずはお頭がたっぷり仕込んで、それから様子を見てだ」

「ああ、お頭。早く帰ってきて!」

「馬鹿な声出すな、うるせえな」

「酷いな。若いんだから、辛いんですよ。綺麗な女が二人もいるんですぜ。拷問だ!」

「まあ、違いねえ。見るとつれぇな」

「馬鹿が二人に増えたな」

「俺まで一緒にするのは酷いですよ、兄貴」

「「「「わははははっ」」」」


酷いのはお前ら全員だ。

山賊か、盗賊だな。


でもどうする?

中の娘二人はきっと貴族だ。

口と両腕を縛って転がされてるよ。

普通は馬車に乗るのに、こんな所をうろうろ歩いていたのか? 何しているんだろうね、まったく。


でもやっかいだね。

お頭だかが来れば、あの娘達は体を滅茶苦茶に弄られて売られるんだろう。

何とかしないとね。

灰色の犬も、こちらを向いて頷いていた。

わたしの言葉が解ってるみたいだ。

いちいち灰色の犬って思うのも、面倒臭いね。

離れないなら名前でも付けようか。


「じゃあ、お前のことは “アップル” と呼ぶよ」

そう声をかけると、アップルは “ワンッ” と一鳴きして一回り大きくなった。

いきなり成長期かい?

まあ犬は飼ったことないから、こんな感じなのかね?

そう思っていると、アップルが口から火を吐き出して、山小屋に火をつけた。


「ちょいちょい、アップル。あの娘達まで死んじゃうよ」

わたしの心配を他所に、前足で頭をカシカシと掻いてあくびをしている。


そのうち大慌てで、中の山賊と彼らに連れられた娘達が外に出てきた。


「うわぁ、何でいきなり火事に!」

「逃げろ、逃げろ!」

「おいっ、金と女は忘れんなよ」

「へい。おらっ、とっとと立て!」

「うぐっ、うっ」

「うーっ、うー」

「何、抵抗してんだよ。ここで死ぬつもりか?」

「おいっ! 痛ぇ、蹴りやがった! このアマっ」

「ドコッ、ぐはぁ」


娘は自分達を連れて行こうとする、男の脛を蹴飛ばした。反撃されると思っていなかった男は、あまりの痛さに悶絶し、力任せに娘の腹を殴り付けた。


娘からは呻き声が漏れ、その場に踞る。


「なんてことするんだ、あのクソは! 両手を縛っている娘を殴るなんて」

大木の後ろから様子を見ていたが、もう我慢がならなかった。

娘達が出てきたら山賊の隙をつこうと思って、懐に隠し持っていた獲物を発動する。


娘を蹴飛ばした男には、顔にハチミツの入った容器を投げつけた。

「ゴツン! なんだ痛ぇ。あ、甘い、ハチミツか?」

そう言うや刹那、蜂の大群が顔に群がる。


煙で燻された周囲の蜂の巣から、混乱した蜜蜂が飛び出していた。そこにハチミツまみれの男がいれば、一斉に攻撃が始まる。

「うわあぁぁぁーーーー、助けてくれ!!!」


男は逃げ回るが、助ける者はいない。

「こっち来るな、俺まで刺されるだろうが!」

そう言って、ハチミツ男を蹴り転ばせた。

「そんなぁ、痛い、痛いよー、助けてー!」


まあ、近くの川まで行けば、何とかなるだろう。


お次は先頭の男からの声だ。

「うわぁー! な、何だコレ? おいお前達、ここから降ろせ!」

お頭の次に偉いのか、威張る男が荒縄で編んだ袋に捕らわれて、上空に吊り上げられた。


「な、なんだこれ? 俺達が小屋に入る時はなかったぞ」

「森の漁師が、獲物の捕獲用に置いたのか?」

「ま、まさか」


困惑する手下3人は、ハチミツ男のこともあり動揺している。


「な、なあ。もしかして、警ら隊か何かがいるのか?」

「い、いや。居たなら小屋に入って来るだろ?」

「わからんぞ。無理に入って、女が人質にならないように待っていたかも?」

「じゃあ、俺達囲まれてるの?」

「どうだろう? ハチミツの攻撃とか、なんかショボいし。人影もないし」

「じゃ、じゃあ、女を探しに来た使用人か?」

「あり得るな。2、3人の少人数で、こちらとの応戦が困難と見て火を放ったとか、ありそうだ」

「そんならさ、女を置いて走れば、逃げられるかな?」

「「!? おう、逃げよう!」」


手下3人が、逃亡話で盛り上がる上空で、ナンバー2?の荒縄吊り上げ男が騒いでいる。

「馬鹿言ってねえで、降ろせ。お頭に殺されるぞ!」

じたばたしてもビクともしない縄袋。


娘達はわたしの気配に気づき、こちらを見ている。

どう行動して良いのか、迷っているようだ。


そこで毛繕いを終えたアップルが、男達の前に現れて唸り声をあげた。

「グルルルッ、グアァーーーーッツ!!!」

歯茎が見えるほど口を大きくつり上げて、威嚇行動を取り続ける。

右前足で地面を蹴り上げ、いつでも飛びかかれる体勢になると、男が一人逃げて行く。

「ヒャー、お助けー」

「ズルい、俺もー」

「な、待ってくれー」


そして縄袋以外の男達はここを去っていった。

「クソッ、あいつらマジか、ブッ殺してやる!」

なんて意気がっているけど、ぜんぜん降りられないでいる。寧ろ赤ちゃんの足上げポーズみたいな格好から、姿勢を動かせないでいた。


「なんか、間抜けだね。兎捕獲用に作った奴だから、ギチギチだ。まさか人間がかかるなんて。くふふっ」


もう安心とばかりに、アップルとレノアは姿を現した。

「大丈夫ですか、お姉さん達。怪我とかしてませんか?」


果物や野菜の皮を剥く用の小型ナイフで、娘達の口と腕のロープを切るレノア。


「あ、ありがとうございます。助かりました」

「うっ、本当に、ありがとうございます。カエデお嬢様に何かあれば、死にきれませんでした。くっ、うっ」


二人は涙ながらに抱き合っていた。


「ええと、まあ、それは良いんですけれど。そろそろ逃げますよ。お頭?とか言うのは強そうですしね。行きましょう」

「はい、そうですね」

「スミマセン、お手数をかけます」


そんな感じで、スタコラと街道に戻り歩きだす。


遠くで縄袋男が喚いているけど、間抜け過ぎて気が抜ける。他にも罠を仕掛けたけど、発動せずに終わったと残念顔のレノア。それを微笑ましくみているアップル。


アップルは大きくなり、成犬のゴールデンレトリバーくらいになったので、レノアは背に乗せて貰うことにした。


「おおっ、楽チン。ふかふかぁだ。ありがとうね、アップル」

「オウンッ!」

嬉しそうに吠えるアップルを見て、賢いと褒める娘達。


山賊のいた場所からはずいぶんと離れ、歩く道にも人通りがチラホラと見えてきた。峠の団子屋も見えて来た。ここまで来れば安心だろう。

懸命に歩き息も絶え絶えだったが、やっと団子屋に立ちより一息つく。


「大変遅くなりました。本当に助けて頂きまして、まことにありがとうございます。私はカエデと申します。そしてこちらは侍女のスピカです。馬車にも乗らず、男の使用人も付けずに出てきたのには、訳がありまして」

「本当にありがとうございました。命の恩人です」

2人はまたお礼をして、頭をさげていた。

もし山賊に襲われそうになったら、舌を咬みちぎって自殺していただろうと二人は言う。


そして長い話になるのでと、団子を4人前注文するカエデさん。

レノアは金銭がないと断るが、お礼の一部ですとそのまま頼んでいる。

お礼ならばありがたく頂きますと、 “ありがとう” と感謝して食べ始めた。

「うーん、美味しい」

(暫く団子なんてご無沙汰だったし。ハチミツだって薬になるからと、使用人が人目を忍んで持たせてくれた物だから無駄遣い出来なかったし。幸せだ~)


わたしが美味しそうに食べるのを見て、カエデさんは嬉しそうに頷いていた。




◇◇◇

何でもカエデさんはマダルフェ子爵家の令嬢で、スピカさんは侍女のニヴァル男爵令嬢だそう。ある時スピカさんにゴリーバ伯爵の妾話が持ち上がった。

スピカさんは、オレンジの鮮やかな髪と新緑の瞳を持つ清楚系美人だ。惚れるのはしょうがないけど、妾なんて酷い話だ。彼女はまだ15才だと言うのに。


当然断ろうとしたのだが、彼女の生家の男爵家に突然猛獣が現れ、田畑や人が襲われた。領民を助ける為に隣のニルセ子爵に借金をしたが、急に全額返せと迫られたそう。

出来なければ、伯爵が立て替える代わりに妾になれと

言うことらしい。


何でもそのニルセ子爵の寄り親が件のゴリーバ伯爵で、逆らえないらしい。

こうして身動き出来ずにいた所を、スピカの友であり主のカエデが連れ出したのだ。その考えなしの行動で、山賊に捕まったそう。考えるより、感じろ派みたいだね。



だけれどスピカは感動して感謝していたらしく、

「お嬢様はこんなに危険をおかしてまで、自分を助けようとしてくれました。もう自分はどうなっても、この思いがあれば生きていけます」と言う。


そこにレノアがストップをかける。

「いやいや、お待ちなさいな。ちょっと変だよ、その話。今まで猛獣なんか出ない場所に、妾話を断った直後、突然にそんな出来事が起こるなんて出来すぎている。金を貸してくれた腰ぎんちゃくが逆らえないのは、まあ仕方ないとしてだ。


今、必要なのは金だね。それが返せれば解決なんだね」


そうは言うが、金貨100枚は男爵領地の年収入1/4くらいになる。

カエデの子爵家だって、そこまでの余剰金はない。


それなのに、レノアは不敵に笑っていた。

「まあ、滅多に使わない技なんだけど、カエデさんには団子と言う賄賂を貰ったから特別に使うさ。今、団子代引いていくら持ってる? ほお、金貨2枚ね、ギリギリ行けるだろう」


「な、何をするの? 金貨2枚で何ができると言うの?」

「さっきここにいた客が、大金の絡むクジがあるって言ってたからさ。増やしちゃおうよ」

「え、クジでですか?」


不安げなカエデだが、アップルはくすぐったそうに鼻の蝶々を追い払っている。呑気だ。

スピカはおろおろして、カエデとレノアの方から目を離せないでいる。


団子とお茶が来て、取りあえず血糖値が上がり、暫し幸福に身を包む3人と1匹。この世界の犬? は何でも食べるよ。尻尾めちゃ振ってわふわふ言ってる。甘いの好きそうだ。可愛いぁ、和む。


そして街まで移動し、その日抽選の市民クジを1枚購入した。自分の手で選ぶ、恨みっこなし方式だ。

そしてもうすぐ抽選するとあって、残り枚数は少なかった。


「じゃあ、そのクジを一枚買おう。わたしが選ぶよ」

カエデから資金を貰い、クジを引く。

カエデ曰く、「これから抽選だから、どのクジも同じ確率のはず」だと言う。先に買っても後でも、同じだと言うことね。わたしもそう思うよ、ただねわたしは昔から運の良さだけはピカイチなのさ。


そして2時間後に抽選だ。

1から6の数字が丸いボードに、時計のように右回りで書かれている。そして中心がビスで止められ、風車のように回るようになっている。

まずは一つ目のボードを美女が回す。


アップルの目がキラリと光る。

何でだろう、わたしの持っている数の時だけ、止まって文字が見えるくらいゆっくりになっている気がする。

きっと、気のせいよね。


トスンッと、数字の的にアーチェリーの矢が刺さる。

「まず6」

順々にその動作が繰り返されていく。

「5」

「1」

「3」

「4」

「2」


「おお、ダメだ」

「良いぞ、そうだ、来い、来い」

「うぎゃあ、なんで」

「マジか、後一つなのに」

「何でじゃー、酒ダチしたのに」

「チクショー」


歓声や悲痛なざわめきが、券を持った人の中で繰り返される。そしてカエデとスピカは、券を見て震えていた。


「当選番号は651342です。おめでとうございます!」

「わ、わ、わ、嘘っ、嘘っ、当たってます」

「す、すごい、こんな間近で奇跡が!」


喜び覚めぬ二人に、レノアは語りかけた。

「早く賞金を貰ってきてよ、カエデさん。ゆっくりしている場合ではないわ」

当然のように落ち着いているレノアに、カエデも気持ちを整える。

「そ、そうね、うん。貰ってくる!」


「おめでとうございます。金貨10枚が彼女の手に渡りました。みんな拍手を」

おめでとう、おめでとうと、券の購入者達が声をかけて祝福してくれた。クジの支配人も、花吹雪を使用人に飛ばさせている。

3か月に一度のお祭り騒ぎを、この街は繰り返していると言う。これで少し活性化するなら、安いもんですと言うのはこの街の領主だ。確か、ズンダ伯爵とか言ってた。


ズンダ伯爵は毎回身銭をきるらしいが、それでも良いと言う。

「これは施しではなく、みんなの娯楽になるからね。私も楽しいんだよ」

その清々しい顔は、それほど美形ではないが整ってはいる。笑顔は子供のように無邪気だ。

たぶんこの領地自体に活気があるから、みんなおおらかなんだと思う。

難癖つける人もいないし、そのまま日常に戻ったり、残念会で一杯呑んでいる人も笑顔だった。


金額も半銀貨1枚のところも良い。

白金貨1枚……100万円

金貨1枚……10万円

銀貨1枚……1万円

銅貨1枚……千円

この下に小銅貨…百円となる。



◇◇◇

「す、すごいわ。金貨が10枚増えましたよ」

「こんな一瞬で、びっくりしました」

興奮冷めやらぬ2人に、「今度はこっちよ」と、アップルに乗ったレノアが2人を引っ張った先は、カジノだった。さっきのクジの客達が、次はここに行くと話していたのを聞いていたのだ。

大きな黒城のような5階くらいの建物は、多くの紳士淑女で賑わっていた。


「えっ、ここはカジノ? 紳士の賭博場と言われる奴ですね」

「初めて見ましたけど、みなさんお洒落ですね」


街の人は違うね~と、また和んでいる2人。

レノアに会っていなければ、どんな目にあっていたか解らないのに、それも忘れるほど好奇心には勝てないようだ。


レノアはそれを見て思う。

(ああ、この娘はきっとわたしの導き手なんだろうね)と。


「それなら全力で行きますか」

レノアはアップルに乗り、カエデとスピカを装飾店に放り込んだ。

「カエデも見たでしょう。あの中に入るにはドレスコードがあるのよ。女性のドレスは黒か赤。雰囲気を壊さないように統一されているのさ。じゃあ、見繕って貰いましょう。わたしのは黒でお願いするわ。赤は大人の二人が着てよ」


「えっ、えっ」

「ここでお金を使うの? そんな無駄遣い」

「無駄じゃないし、必要経費よ。アップルの首輪も赤いのにしようね」

「くうーん」

「わあ、可愛い子」



そんなこんなで、12枚弱の金貨は9枚へ減った。

化粧もヘアケアも帽子、ドレス、靴、ネックレスも装着し、都会の淑女に大変身だ。

それでも金貨の減りを気にする2人に、レノアは言う。


「これからが勝負よ、お二人とも。まずはオドオドしないで。雰囲気に呑まれたら終わりよ。鏡を見て、背を伸ばして。この姿なら田舎者なんて誰も思わない。都会の貴族令嬢が、戯れに遊びに来たのだと考えるでしょう。十分油断させるのよ!」


先程の山小屋で汚れた草臥れたドレスでの参加より、変装、いや変身? した姿の方がよほど目立たないわ。さっきのままだと入店も拒否されただろうし。


2人の令嬢は、取りあえず自分を鏡に映して驚く。令嬢同士でもその変化に目を見張る。

「お嬢様、お綺麗ですわ。いつも以上に大人っぽいです」

「スピカもよ。どこかのお姫様みたい」


化粧もしていないスピカを妾にしたいと言った、伯爵の審美眼は本物だろう。本妻いる癖に諦められないのね。


でもカエデだって、ちゃんと美しい。

水色の髪にプラチナの煌めく瞳を持っているのだから。

化粧をきちんと施した顔は、堂に入った貫禄ものだった。清楚なスピカのお姉さん的に見える。


どちらかと言えば、「どうしよう、どうしたら良いの」と落ち着きがないのがカエデだが、ここはカジノ慣れしているように落ち着いた人を演じて貰おう。


「じゃあ、カエデさんは、各国のカジノを経験したプロのカジノ好き令嬢と言うことで」

「はぁ? 無理よ」

「じゃあ、良いの? スピカさんが妾になっても?

カエデさんの覚悟って、そんなもんなのね。失望だわね」


カエデは顔を染めて激昂した。

「スピカは渡さないわ。あんなゲス親父になんか!

教えてレノア。私は何をすれば良いの?」


やる気になったカエデは、真剣な瞳をスピカにぶつけていた。

(悪くない目だわ。これならイケル!)


「私はどうすれば良いのでしょうか?」

スピカはオドオドしながら、レノアに問いかけた。


「スピカさんはそのままで、十分です」

「このままですか?」

「はい、そうです。強気な姉に振り回されて、こんな所についてきたか弱い妹設定で」

「……わたし達はたぶん、ゲームで連勝していきます。そして一度大きく負けた時、悲壮な感じで “お姉さんもう止めて、この辺で帰りましょう” と止めるのが貴女の役割です」

「止める、演技」

「そうです。言うことを聞かない姉に振り回されるアレです」

「アレ? とは」

「ああっ、お気になさらず。合図はわたしがウサギのモノマネをしたらです。腕で耳を作りますから、その20秒後くらいでお願いします。それ以外でも、スピカさんが我慢できなくなった時も、何でも言ってあげてください。不安をぶつけるのも、姉妹間ではよくあると思いますから。まあ、ゲームは止めませんけどね。不安そうにして、相手の油断を誘いましょう!」

「わかりましたわ。頑張ります!」

力強くうなずいてくれた。真剣な眼差しだった。


わたしはアップルの背に乗る。首輪は真っ赤な赤にした。嫌がるかと思ったけれど、 “似合う” ?と誇らしげだった。

さすがに可愛い、わたしのわんこちゃんだ。

ナデナデ。あぁ、ふかふかやぁ。

さあ、出撃ね。




◇◇◇

わたしはカエデの膝に抱かれ、ポーカーのテーブルに着いている。

そして時々耳元で囁く。

囁き幼児だ。

「ニコラフェの街のカジノでは、女性ディーラーの目が綺麗だったわ。スッカリ見とれて、だんぶん負けが込みましたわ。今日は頑張らないと!」


ディーラーはカエデを見て思ったはずだ。

ニコラフェのカジノは今、イカサマが問題になっているのだ。

言外にこちらに威圧をかけているのだろう。

「お前はやらないよなぁ」と。

一瞬背筋に汗が流れる。

不味いぞ、暫くイカサマは出来ないぞ。


専用コイン一枚銀貨1枚(一万円)を20枚交換し、ゲームスタートだ。



ディーラーの覚悟を他所に、カエデはポーカーのやり方をレノアに聞きながら楽しんでいる。勿論他人には聞こえないように。

他人から見れば、妹を膝に乗せて余裕な素振りに見えるだろう。逆に妹にゲームを教えているようにも見える。



ハラハラと見守るスピカとアップルは、後ろで様子を窺う。多くの人がドーベルマンやら、肩にインコやらを連れて動物同伴だったから、アップルが楽に入り込めたのは心強い。

ただ山小屋をアップルが燃やしたことは、カエデもスピカも知らない。この世界の犬を知らないレノアは、犬は火を吐くのが常識だと誤認していた。

(けっこう犬がいるわね。気をつけないと。インコも火や雷を出すのかしら?)



そうこうしているうちに、カードの状態で掛け金を変更し、ポーカーで勝ち続けたカエデ。ただイカサマはしていない。レノアの野性的勘で、負けそうな時は早々にゲームを降りて、それ以外で勝利しただけだ。


ただ今の勝ちを金貨に換算すると、9枚から25枚へ増加。

そして打ち手をスピカに変更する。

これも難なく勝っていき、結局ディーラーはイカサマをしなかったようだ。


金貨25枚から45枚へ。



そしてこれこそ運任せ、赤と黒2択のルーレットだ。

数字で仕切られた丸い盤上のルーレットをディーラーが回して、鉄の玉を投げ入れた場所で勝者が決まる。

初心者は赤と黒、奇数偶数のどちらかを当てるかのゲームもできる(配当は2倍)。


ただ大きく張るなら、数字の一点がけである。ルーレットは圧倒的にディーラーの勝ちが多く、勝率を上げたければ倍率を下げるという方法もある。



偶数奇数か赤黒かのどちらかを当てれば最低でも2倍にはなる(0は除く)。金貨を置く数字版の上に、賭け手は熟孝して掛け金を乗せていく。



・特定の1つの数に賭け、配当は36倍。

・ 隣り同士の数2つに賭け、配当は18倍。

・ 横一列の数3つに賭け、配当は12倍。

・ 十字の4方向にある数4つに賭け、配当は9倍。

・ 横2列の数5つに賭け、配当は7倍。


細かなルールはあれど、まずは説明はこんな感じで倍率が変わる。数字は0と1から36までがある。



当然ここで、金貨100枚を得る必要がある。

様子を見て、倍率を上げていく。


最初は色で勝負。そして奇数と偶数で。


ルーレットの回る状態から、下で(磁石などで)操作している気配は見られない。



45枚の金貨は、現在74枚程度の金額まで増えていた。

だけど、最低でも100枚は欲しい。難癖つける可能性もあるから、もう少し欲しい。

だが今のところ、勝ったり負けたりを繰り返している。

70枚を前後している状態だ。

何かの細工は否めない。


ならここで勘を最大限にいかして、一発勝負するしかないと思った。一度ルーレットから離れ、作戦を立てた。

一度カエデに好きな数に賭けて貰う。

きっと大きな金額だから、カエデは負けるだろう。

そこを引き返さないカエデは、最後にと言って全額勝負する流れを作る。


最後は私の勘と、アップルの力業にかけるしかない。

失敗したら(物理で)火の海かな?

どさくさに、金貨を持っていくことも考える。

イカサマも見て分かるくらい他の人にはしてたし、まあ富裕層の人を鴨にしてたから、そんなにダメージはなさそうだったけど(実際、気づいてなかったしね)。

だから、ちょっとくらい良いかって思ったりして。


そしてゲームは再開された。



◇◇◇

「じゃあ、私。お誕生日の『12』に一点がけよ」

「ま、まさか。一点なんて当たる訳ないわ。姉さん止めて!」

「良いのよ、スピカ。もう今夜でここを出るのだもの。はした金は置いていくわ」「もう、いっつも最後に全部呑まれるのに。もう行きましょうよ」

「妹は黙ってみてなさい」


金貨20枚(専用コイン200枚分)を賭ける。


しかし他の人も賭ける中、ルーレットは配当の少ない紳士の勝利に。

「済まないね、レディ。しかしこれも勝負なのだ」

少額紳士はしたり顔をして、こちらを見ていた。

元より眼中にはない。


この時私は、喧嘩しないでと仲裁のようにウサギのモノマネした。「スピカお姉さん、見てみて」

恥ずかしいけれど、スピカがはっとして気づいてくれた。これが本当に最後の勝負だと、伝わっただろう。


「止めて、無駄遣いばかりして! またお父様に叱られるわ!」

「煩いのよ、スピカは。まあ、見ていなさいな」


そう言って、持ち金全額の金貨50枚を専用コイン500枚分に交換し、賭けに数字ボードに積み上げた。


「「「おおおぉ! ここに来て勝負に出たな !!」」」


そしてレノアが耳元で囁いた『29』に賭けたのだ。

(今日の夕食は肉の気分、肉が食べたいの29だ!)

カエデは震えていたけれど、笑ってわたしを見た。



これがダメなら全ての金貨を失うのに。

どうやら彼女も腹が決まったようだ。



「レノアの誕生日の『29』にしたわ。ハズレたら今日の夕食はなしね。おほほほっ」

「もうっ、姉さんのバカッ。知らないからね!」


困り顔の清楚な妹と、豪快で自信家な姉の図式。

観客も金持ちのお遊びと思い、面白半分に見学する。


まさか一人の娘の運命がかかる、大一番だとは思っていない。


「カラコロ、カラコロ、カララ、コロロッ、コロッ」

永遠とも思えるほど長く、鉄の玉は回り続ける。

誰もが息を止めて見守っている。


「7だ!」


勝負が決まったと思った瞬間に、玉はもう一回転したのだ。そして、隣のレーンへ…………落ちた!!!!!!

「お、お、おっ! 隣まで転がったぞ!!」

「29にいった。コロコロ回って止まったぞ」

「すごいな、やったじゃない、お姉さん!!!」

「おお、良いぞ、良いぞ!」

「今日はお父様に怒られないわね!」

わははっ、うふふっと大賑わいだ。


「やったわー、入った!」

「嘘でしょ? ああ、神様ありがとう」

「ね、言ったじゃない」

わたしは手の震えを隠して、2人にウインクした。

それからすぐに、わたしもカエデもスピカも抱きだって喜んだのだ。

こんな時だもの、全てを賭けて挑んだんだもの。

涙で多少乱れたけれど、ご愛敬よね。


レノアに言われて、カエデがみんなに挨拶をする。

「みなさんのお陰で勝てましたわ。ありがとうございます」

優雅なカーテシーは、カエデの数少ない特技だ。


専用コイン500枚 × 36 = 1800枚。

金貨に換算して、180枚だ。

ヤッター、これでスピカは救われる。

良かった。良かった。

青くなっているディーラーを尻目に、レノア達はそこを後にする。


ルーレットの最後に、アップルの鼻息が急に強くなったのは、気のせいではない。鼻息で止まるはずのレーンをずらしたのだ。

レノアに撫でられたアップルは、目を細めて満足そうに笑っているようだった。ちょっと得意気だ。

「信じてたよ、きっと何とかしてくれるって」

「ワフーン」

小声で囁きあう人と犬。

どうやらレノアの勘は、アップルの能力込みなのかもしれない。


そして速攻で冒険者ギルドに駆け込み、腕利きの冒険者2名と馬車もつけて、マダルフェ子爵領に向かうことになった。


「早くお金を届けないと、この子がクソ親父の妾にされちゃうの」

「「なんだってー!」」



まあなんだ。それ以外にも豪遊姉妹を狙っていた、良くない悪人顔もいたし、カジノの偉い人ももう一勝負しないかと声を掛けてきたし、魑魅魍魎がウヨウヨしていて逃げたいのもあった。

お金が絡む世界は世知辛いね。


◇◇◇

道中に2日掛かって、カエデの生家マダルフェ子爵家に着いた。

「何処に行ってたんだ。心配して探してたんだぞ」

「生きた気がしなかったわよ」

「バカ妹が。わあぁ、心配したんだぞー!!!」

「よくぞ、ご無事で」

「ああ、良かったぁ」


両親と兄と使用人に揉みくちゃにされたカエデ。

それからカエデは父親に伝える。

「お金を稼いできたの。ここに金貨180枚あるわ。80枚は仕舞っておいて、まずは100枚をゴリーバ伯爵に渡しに行こうと思うの。お父様、連絡を入れてください」


驚愕の父は、どうやって作ったのかを聞いた。

街で市民クジを当てて、そのお金でカジノに行ったの。

一か八かだったけど、勝ったのよ。

「その子と犬はどうしたんだい?」

「後で話すけど、命の恩人なの。そしてカジノでの戦い方も教えてくれたのよ」


そ、そうかと言うも、頭痛のした父アロシュ。

うーん、どう見ても子供に見える。それにその犬? 犬かな? 絵本で読んだ、伝説の獣王『白狼』に見えるんだけど、違うよね。

なんてアップルを見ると、目がキランと瞬き何かが聞こえてきた。

「よく我の正体を見破った。褒めてつかわす」

「え、えーーーーー!!! 今、今、えー!!」

慌てるアロシュを、周囲は不思議そうに見ていた。

どうしたんだろうと。


「ああ、アロシュよ。テレパシーで話しておる。我の正体は今のところお前しか知らんのだ。我が主にも伝えておらん。まあ、そう言うことでよろしく頼む」

「ははあ。わかりました」

アップルに深く頭を下げるアロシュを見て、「大きい犬が好きで撫でたかったのね」と周囲は勘違いしていた。



◇◇◇

そうしてゴリーバ伯爵家に連絡を取り、ニルセ子爵同席の下、金貨の返済をしに行った。早々に応接室へ通される一同。伯爵がニヴァル男爵を威圧しないように、相談の上で彼には欠席して貰った。


「お金なんて良いから、早く妾にくれば良いものを。グヘヘッ」

スピカばかりを見つめ、秋波を送るゴリーバ伯爵。

こんなに気持ち悪かったかな、この人(ゴリーバ伯爵)

カエデ達一同の声だった。

あれっ、ゴリーバ伯爵夫人も気持ち悪そうに見てるぞ。

これはもしかして。


そしてカエデの父、マダルフェ子爵が金貨100枚をテーブルに置いた。

今座っているのは、ゴリーバ伯爵とニルセ子爵、そしてカエデの父のマダルフェ子爵だ。


カエデとスピカ、ゴリーバ伯爵夫人はソファーの後ろで立っている。


「な、持ってきたのか? 本当に百枚あるのか?」

「すごい。よく集めましたな」

そう言いながら、ゴリーバ伯爵とニルセ子爵は、金貨を数え始めた。


「1……23………48……………78………84………100」

「確かにありますね。受けとりましたぞ」


ゴリーバ伯爵は納得できない様子だが、ニルセ子爵は頭を下げて労ってくれた。そして心配顔だ。

「こんなに短期間で。大変な困難でしたでしょう。ご苦労様でした。これからの返済は大丈夫ですか?」


隣の子爵家で、経済状況も知っているだけに、言葉には重みが感じられた。

「ありがとうございます。心配は不要ですよ。家族で何とか工面できましたから」

マダルフェ子爵は、会心の笑みで答えた。

ニルセ子爵は少し安心したようだ。


ゴリーバ伯爵は、放心していた。

金なんか集めようもないと思っていたから。

「あ、あれはどうした? 利息だ。そうだ利息も付けなきゃな。大金だもの」

ニルセ子爵は首を振って拒否する。

「いりません、利息なんて。貸した私が言うんですから、いらないのです!」

ニルセ子爵は、今まで一番強く否定した。

「お、お前裏切るのか? 俺は伯爵だぞ、わかっているのか?」

「くっ」

顔を歪めるニルセ子爵は、お咎めは後程伺いますと言いきった。


そして静観していたゴリーバ伯爵夫人は、突然大きな声で宣言した。

「もう我慢の限界です。離婚しましょう」と。


色ボケしていた伯爵は忘れていたが、今年彼の長男は成人したのだ。

それで夫人は考えた。もう(ゴリーバ伯爵)いらないわねと。

元々婿養子だったゴリーバ伯爵だ。

女性が爵位を継げないので、子供が大きくなるまでの繋ぎだったのだ。


「貴方の行動は目に余ります。最近国王に会いましたら、貴方の有責でいつでも離婚して良いと言われました。貴方のサインも要らないそうですよ。ああ、言っておきますが、王弟の妻は私の義妹ですのよ。昔から仲良くしていたので、今でも情報を共有しておりますの。王弟も国王との仲は良好ですの。貴方には子を授けて貰ったので我慢してきたのですが、もう限界です。それに長年の友のニルセ子爵にまであんな言い方をするなんて。


領地の端にある別邸を差し上げますから、今ある持ち金と荷物もお持ちください。邸の周辺の畑も使えますから、どうぞ使ってくださいな。贅沢しなければ、十分生活できるはずです」


そして侍従に、荷物を纏めるように指示を出し、執事に伯爵の今月使用できる金額を渡した。伯爵の預金には、特に話は触れなかった。いくらあってももう関係ない。逆に借金があっても、もう関係ないことにしたのだ。


急激に現実が見えたのか、伯爵は焦り言い訳を始めた。

「ま、待て。謝るから。俺がいなくてやっていけると思うのか? もう妾の話は止めるから」


「もう他人ですから、お好きなように。貴方が愛人の家にいてここに戻らず、話の場がなかっただけなのです。今日の機会ができて本当に良かったです。どうせ仕事なんかしていなかったから、申し送り事項もなくて楽チンですわ。ありがとうございます。本当にさようなら」


大きな馬車に荷物が積まれていく。

おおよそ、馬車3台分だ。

「夫の物は残したくないので」

そう言う夫人は清々しく笑っていた。

使用人もこうなることがわかっていて、馬車の準備をしていたのだ。


そうしてゴリーバ伯爵。いやもう前伯爵は、屈強な護衛に連れられて東の国境近くの別邸に運ばれた。時々猛獣もでるらしい。気候は良いが猛獣がうろうろするのは怖い。

到着後の邸は、古い建物だった。室内は綺麗であるが、埃が積もり、2階建ての部屋には雨漏りしているようだ。修理が必要だろう。


取りあえず近くの村までは2km程あり、護衛2人とメイド2人が彼の世話をしていた。不満を言いながら暮らしていたが、ある時見慣れない馬車から女が降りてきた。


彼の愛人だった女だ。

彼は自分を愛しているから、来てくれたのだと思った。

「ああ、マチャンナ。来てくれたのか?」

近寄る彼は、腹部に鈍痛と熱さを感じた。

鋭い痛みが訪れたのは、その後だ。


「な、なんで、マチャンナ。酷い………イタッ」

「わかんないの、あんた。私が14才の時、結婚相手がいた私を愛人にして “一生面倒みる” と言ったのに、もう離婚したからお金をくれないと言うじゃない。今さらどうするのよ。責任取んなさいよ」

彼女の言うことは支離滅裂だった。

彼女にもまた情夫がいて、金のなくなった彼女の元を去って行ったのだ。

彼女は前伯爵ではなく、情夫を呼び戻したくてここに来たのだ。だが本当は知っていた。

離婚した前伯爵に出せる金なんて、あってもはした金で以前のような生活には戻れないと。


だから、前伯爵を刺して自分も死ぬ気だった。

30才を越えた体に、若い情夫は食いつかなくなっていた。(情夫)もまた若い女と付き合っていた。いや、本命はそっちで自分の方が金づるだったかもしれない。


「死んでよ、死んで」

女は無心で前伯爵を刺した。

小さくてか弱い体のどこに、そんな力があるのかと言うほどに。

「グサッ、グサッ、ズチャ、グッ…………」

「ウギャー、グファ、や、ヤメロー」


護衛は彼らから遠くない所にいた。

そして彼らを見ていたのだ。


前伯爵は血だまりの中で倒れていた。

マチャンナは放心している。

「あんたもこいつの被害者だもんな。もう気は済んだか?」

泣きながら、首を振る彼女。

「あぁぁ、私が殺したの」

護衛は彼女を抱き締めた。

「俺がわかるか? マチャンナ」

「ああ、ケルン、ケルンね。どうしてここにいるの?」

「ニヴァル男爵領に猛獣が出たことは知っているかい? そのせいで、俺の母親と従姉が死んだんだ。他の住民もたくさん。畑も荒らされた。調べていくと、それをやったのが前伯爵だったこの男だった。スピカの親に借金を負わせる為に仕組んだらしい。可愛い子でまだ15才で、妾になりたくないと泣いていた。

今回はたまたまこいつは伯爵夫人に離婚され、彼女の借金も何とかなったが、碌でもないやつだ。

伯爵夫人も、もう他人だから、死んでも伯爵家の墓には入れないし、前伯爵の生家でも彼には関わりたくないそうだ。

だからもう、いいんだ。

こいつはここに埋めておけば。

マチャンナも、もう忘れて生き直せば良い。

なんなら俺と行くか?」


護衛はマチャンナの元恋人だった。スピカと同じように家族を脅されて、強引に妾にされたのだった。


「そんな、私は彼を「お前が殺らなきゃ、俺達の誰かが殺ってたよ」えっ、だって」


そうして彼女の側に、もう1人の護衛とメイド2名が歩いて来た。

「俺は男爵領で、娘を亡くした」

「私はメイドで働いていた姉が前伯爵に襲われて、結婚2か月前に命を絶ちました」

「私はメイドの時に前伯爵に襲われそうになり、逃げたら盗みをしたと嘘をつかれてクビになりました」


「みんな前伯爵を死ぬほど憎み、伯爵夫人と相談してからここに来たんだ。だから伯爵夫人は何があっても関与しない。ただ死んだと伝えれば終わりなんだ」


泣き崩れるマチャンナは黙って暮らせないと言って、命が尽きるまで神に祈るために教会に入った。

警ら隊に行こうとも思ったが、止めなかった護衛達の罪になることを懸念して、教会にそのまま向かったのだ。


「ああ、私がもう少し短絡的でなければ、違う人生もあったかもしれないのにね」

みんながもうこれしかないと、彼に恨みを連ねていった。気持ちが落ち着いたマチャンナは、後悔を噛み締めて神に祈る。

自分を止めてくれなかったことを、恨んでもいなかった。


神の像の前で己の懺悔と共に、あの護衛やメイド達の心が救われ、立ち直っていけますようにと祈るのだ。



◇◇◇

わたし(レノア)の家にいた、顔は可愛いくて声も高いけれど、化粧がケバい女モアールは、父さんの後妻ではなかった。


服やら宝石やらを買ってくるし、時々一緒に連れてきた男と親密で、貞淑さの欠片もなかった。


父さんはモアールが、家族に暴力を振るわれて逃げて来たと聞き、「それなら暫く家にいても良いよとは言ったが、妻にするとは一言も言っていない」そう。

体の関係もないそうだ。


なので完全に憐れみなんだけど、家の使用人は後妻になるのだと勘違いしていたみたい。わたしもそうだけどね。

父さんはあれでも童顔イケメンなので、女には不自由していないのだ。だから女の目利きが狂ったのかなと、わたしが思ったのは勘違いだったみたい。


それにしても幼子(レノア)を放って置くのは頂けない。


そう言ったら、「大丈夫だよ。お前には豊穣の女神の加護と前世の記憶が産まれた時からあるから、きっと危ないことにはならないだろう」ってさ。適当だよね。


まあ、危険はなかったし、飢えることもなかったけどさ。父さんに心配されてないのは寂しいね。

4才の時に亡くなった母さんも、わたしと話すと亡くなった母親を思い出すと言っていた。確かに普通に世間話や噂話をしてたけど。隣の奥さんに浮気予防のアドバイスもしたけれど。笑顔で「心配なく逝けるわ」と亡くなったお母さん。でも、そんなに達観されると寂しい。本当に辛かったのよ、母さん。


でも良いわ、今はアップルもいるしね。

背中に乗ると、どこまでも行けるしさ。


今はスピカのいる男爵家の領地で、猛獣の残党狩りをしている。そこにあの時の山賊が現れた。

締め上げてアップルが脅したら、彼らが猛獣の好きな香を焚いて、領地に呼び寄せていたそうだ。


あの後山小屋では、お頭と呼ばれる人はきっちり落とし穴に落ちて、いろいろ骨折したそうだし、蜂に刺された人は顔が腫れたそうだし、荒縄の袋の人も締め付けられて、縄の痕が消えないらしい。他の人も腕や足に火傷が残ったらしい。

そんなに火傷した様子もなかったんだけど。


アップルを見ると、「フハー、フハー」と笑っているようだった。後からの追加火傷だったか。合掌。


彼らのいない時に猛獣がいなかったのは、そう言う訳だったか。

そして指示はやっぱり前伯爵で、前金で全額貰っていたらしい。意外と真面目なのか? もう前伯爵はいないと伝えれば、彼らももう止めると言っていた。


そして山小屋のように女の人に手を出せば、アップルが会いに行くといえばしないと誓った。「もう臭いは覚えたからな」と言う感じで、アップルはどや顔だった。



飼い主あるあるなのか、何を言っているか解るようになってきたわ。

何はともわれ、猛獣の来るお香も貰った。アップルが時々(猛獣)肉を食べたいそうだから、人のいない山で使うことにしよう。



◇◇◇

そして豊穣の女神の愛し(レノア)に意地悪したモアールは、隣国の子爵の娘だったらしい。我が儘過ぎて離婚して生家に戻るが、既に子爵家は兄が継いでおり、そこでまた我が儘を通して家を出されたらしい。ぼろぼろの時にレノアの父に拾われたらしく、最初は大人しくしていたけれど、また我が儘な性格が出てしまったようだ。


それに勘違いして、「貴族じゃなくて商人だけど我慢してあげる」と、やらかしたらしい。中途半端な優しさは、余計に人を傷つけるんだね。覚えておこう。


父さんは根っからの人たらしだ。

老若男女に優しいから、いつも周りに人が多い。

でも商人らしく、スパッとした損得勘定は苦手。

誰にでも手を差しのべてしまう。

収支ちょんちょんなのは、そのせい。

でも潰れることはなさそう。

聖人君子じゃないから、関係のない支払いまではしない。

今回のモアールのようなね。

彼女もただ住んでいれば、追い出されることはなかったのに。父さんの限界ラインはその辺だったよう。



だからモアールが使ったお金は、当然レノアの家では払わないから、彼女に請求が行く。

一緒にいた男は、素早く逃げたらしい。

借金取りが脅しに来るので、仕方なく生家の兄に連絡したら縁を切られたそう。

今は娼館で頑張っているみたい。レノアの家で豪遊していたからなかなか先は遠そうだけど、住む場所があるのは安心みたいだ。

結局誰も本気で、彼女を心配してくれなかったのだと思う。彼女の母親も兄ばかりを優遇していたらしいし、もしかしたら彼女を本気で怒ったのはレノアだけだったかもしれない。


「あんな子が我が子だったら、少しはマシに生きれたかしら。まあいても、喧嘩ばかりしたでしょうね」

クスッと苦笑を漏らす、モアール。



◇◇◇

今日もレノアは、カエデの所に遊びに行く。

カエデの父マダルフェ子爵から、金貨のお返しにと、山を一つ貰ったのだ。


そこにアップルが住み着いて、気が向いたらレノアの所に遊びに来てくれるし、レノアも遊びに行く。

やっぱりレノアの屋敷では、アップルには窮屈そうだから仕方ないよね。一度染み込んだもふもふが、いつも傍にいないことが辛い。ああっ、お金貯めて広い家を建てよう。稼ぐぞおー!!!


今日もまた山の木に祈りを込めると、どんな季節でも果物が実るのだ。それをカエデの領地で売買する商売も始めていた。勿論了承を得られてからだ。


彼女が追い出されて道中の林檎の実を食べた時、見ていた人は “まだ酸っぱいだろうに” と心配したほどだった。

でも彼女は愛されていることで、いつでも熟した果物を食べられたという訳なのだ。


わりと何でもできるけれど、しっかりしていると放っておかれると悟ったレノア。今後は大人しくて時々弱い少女を演じるかもしれない。


すぐバレそうだけど。

隣でアップルも笑っているようだ。

「ワフッフッフッ」


ちなみにアップルは、レノアの前前世に買っていたチビ犬『レモン』の生まれかわりだ。間違って食べたマンドレイクで腹をくだし、弱っている時にレノアから雑に薬をぶっかけられた時に思い出したのだ。その時1000年振りの再会を思い出し、離れられなくなったのだ。裏表のない正直さに癒されるから。でももう狼なのに。

好きな気持ちは、何になろうとも不変なんだろうね。


油断すると(怒りゲージが高まると特に)、意識がオバサン(前世)に引きづられるレノア。葛藤しながらも、自分らしく今世を生きていくのだ。


◇◇◇

今後カエデが、市民クジの街のズンダ伯爵と結婚して、レノアの為に頻繁にお団子のお土産をくれたり、カエデの兄ギンナがスピカと結婚して毎日ゼリーを作ってくれたり、ホクホクするのはもうすぐのことなのだ。


勿論、アップルも一緒に御賞味するのだった。 



レノアが名前をつけて、アップルが成長したのは、ある意味食料認定されたのかもしれない。作物を美味しく熟成させる作用があるので。レノアはそんなにチートではないので。下町オバサンのピカイチの勘の冴えと、豊穣の女神からの恩恵である強運があるくらい。



7/31 10時 日間ヒューマンドラマ(短編) 34位、

14時、31位 19時、18位でした。

ありがとうございます(*´▽`*)♪♪♪わーい♪

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