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8.新しいやり方

「禁忌……?」


(苦しそうな人が倒れているのに、それを助けるのが、禁忌……?)


 なんて酷いことを言うのだろう。レイモンの口からそんな言葉が飛び出すだなんて、信じられなかった。


「ネージュ。トネールの謹慎を解除します。彼と……それから妖精たちを連れてきてください。ここの店主を世界樹に運びます」

「……わかったわ」


 暗い顔でネージュは答えると、すぐに飛んで行った。


「ミシェル嬢は知らないと思いますので説明します。銀樹症の守り手に触れることは、禁じられています。あれは、身体が少しずつ銀色に変じ、最終的には死に至るものです」

「治す方法はないんですか?」

「ありません。銀樹症は妖精と同じように、選ばれた守り手が世界樹に還るための儀式のようなものです。世界樹に還る守り手の邪魔を……してはなりません」

「そんな……」


 あまりに残酷である。今なお隣の部屋で呻いているいる男性は、『死なない』と言っていたし、銀樹症であることを隠したがっていた。それはきっと、『世界樹に還る』だなんて言葉で綺麗にまとめられるようなものではなく、ただただ苦しみを与えるだけの病なのだろう。


「そんなの、間違ってます! 治せないなら治し方を探すべきだわ! 人が死にそうに苦しんでいるのを見過ごすなんて……嫌がっていたのは、隠したがっていたのは、まだ普通に生きていたからだわ」

「……ですから、それは禁忌で……」

「……レイモン様は助けたいんじゃないんですか? さっきの男性とお知り合いなんですよね?」

「それは……」


 彼は言葉に詰まる。


「妖精を……ネージュを消滅させないために、私を婚約者にしたのに、目の前で苦しんでいる人は見殺しにするんですか? 禁忌だから? そんなのおかしいです!」


 叫んでしまってから、ミシェルはレイモンの顔を見てぐっと黙る。禁忌だと告げるレイモンも、眉間に皺を寄せて苦渋を滲ませていた。きっとこの状況を見過ごしたくないのは、彼だって同じだろう。


「その通りだよ~婚約者さんえら~い!」

「さっすがボクの見込んだお嫁さんだねえ」


 のんびりとした声が割って入って、ミシェルが周りを見渡すと、ネージュやトネールをはじめとした妖精たちがたくさん集まっていた。ネージュが近寄ってきて、悲しそうな顔でつん、とミシェルの服をつまむ。


「あのね……銀樹症のニンゲンね、苦しそうだけど、治し方がわからないの。いっつも、いっつも……銀樹症になるとね、世界樹に連れてこられるの。苦しいの可哀想だし、何かしてあげたいんだけど……でも、でも、世界樹に還るから、って、ニンゲン助けようとすると、怒られちゃうから……ねえ、ミシェル……あのニンゲン、助けられるかなあ……?」


 ぽろぽろとネージュは泣く。きっと彼女は部屋の奥で倒れている男性と面識などないのだろう。だが、今まで銀樹症で命を落としてきた人間たちに、心を痛めていたのだ。


「……わからない。でも、助けられるように頑張ろう?」


 そっとネージュを抱き寄せて、ミシェルは言う。


「ですが……」


 それでもなお、レイモンは迷った様子だったが、トネールが近づいて笑う。


「レイモン、本当は禁忌なんて嘘だって気づいてるでしょ。治せないのから目を逸らす方便だよ、あんなの。守り手は馬鹿だなあ」

「そうだよ~。婚約者さんがせっかく来てくれたんだから、助けてもらおうよ~」


 トネールに被せて銀色の妖精が言う。


(私に何ができる? ううん、私にできることがあるなら……)


「レイモン様。何もしないで諦めるなんて、いやです。できることを一緒に、考えましょう?」


 そっとレイモンの手をミシェルが取ると、弾かれたように彼はミシェルの顔を見て、くしゃりと顔を崩して泣き笑いになった。


「そう、そうですね。一緒に。……助けるために、考えましょう」

「! はい!」


 レイモンがミシェルの手を握り返した。だが、状況は変わっていない。とにかく二人は男性のいる部屋へと駆け込み、妖精たちもそれに続く。


「……っくるな!」


 レイモンの姿をみとめると、男性は叫んだが、もう、身体を動かすのすら辛いのだろう、這ったままの姿勢で震えるだけで逃げられない。その彼の身体を仰向けに起こして、レイモンはさっと上着をめくり上げた。その腹は、輝きを放った銀色に輝いている。


「……普通は腕から色が変じていくのですが、胴体が先に……これでは気づけないはずです……ずいぶんと前から発症していたのですね」

「……」


 男性は答えない。だがそれに構わずレイモンは難しい顔でお腹を見ている。


「もうほとんど猶予がありません。銀樹症は長い間、打つ手がないと諦められてきました。症状を緩和する手立てもありません……せめて、原因が何かわかればいいのですが……」

「私の鑑定で、それが調べられればよかったのに……まず、お医者様を呼びましょう」


 病気に関してミシェルにできることはない。そう思っての言葉だったが、レイモンは閃いたようにミシェルの顔を見た。


「それです!」

「はい。近くのお医者様はどこでしょうか」

「そうではなくて。貴女の鑑定です。……助けられる、かもしれません」

「どういうことですか?」


 意味をはかりかねたミシェルに、レイモンは真剣な顔で彼女の手を握る。


「ミシェル嬢。力を貸してください」

「わ、私にできることなら」


 この期に及んでミシェルは察せていないが、レイモンは確信的だ。


「彼をもう一度鑑定してください。今度はもっと、もっと詳しく見たいと願いを込めて」

「詳しく……?」


 訝しげなミシェルに、レイモンは頷く。


「鑑定は名前を知るくらいにしか伝わっていませんが……レベルが上がればきっと、もっと詳しい内容が調べられるはずです。ですから……」

「わかりました」


 レイモンが皆まで言う前に、ミシェルは男性のお腹あたりに目線をやって集中する。


(もっと詳しく……見る……銀樹症……を……)


 このところ、鑑定の練習は欠かさずやっていた。だから、少し集中すればすぐに名前はわかる。今も『銀樹症』の文字がすぐに浮かんできた。しかしそれ以上の変化がない。


「……」


 反応のないミシェルに対して、レイモンはただ彼女の手を握ったまま、固唾をのんで見守っている。その手には汗がにじんでいた。


 ここでどうにかできなければ、きっとこの男性は死んでしまう。今手を握っているレイモンを悲しませることになるだろう。


(……もっと、頑張らなきゃ)


 ぐっと手に力を籠めて、ミシェルはしっかりと文字を見据える。すると、『銀樹症』の文字が霧散し、違う形を取り始める。


「……?」


 さらによく目を凝らすと、お腹の奥に、穴が見えた。そこからどろどろと何かが染み出して、全身に浸食していっている。そこに、文字が浮かんだ。


「崩れた……?」


 そこまでは読み取れたが、その次の文字がかすれている。目がじんわりと熱くなり、脂汗まで流れてくるが、どんなに目を凝らしてもこれ以上詳しく見ることができそうにない。


「ミシェル……頑張って」

「婚約者さん、ちょっと力貸してあげるねえ」


 その声と共に、妖精たちがミシェルの身体に寄り添う。瞬間に、ふわりと風が舞った。どろどろと染み出した場所に浮かぶ文字が増えて、輪郭がくっきりとする。


「開花を待ちきれず崩れた異能の蕾……?」


 意味がわからないながらも、ミシェルが読み上げる。その言葉にわあっと妖精たちが沸き立った。


「なあんだ!」

「そんなことだったんだあ~!」

「これでニンゲン死なないねえ」

「誰が助けてあげる?」

「俺がやろう」


 黒い妖精がすぃっと飛び現れて、ほとんど意識を失いかけた男性の目の前に飛び出る。


「おいニンゲン。お前を助けて番になってやる」

「……?」

「名前をつけろ」


 そう言われても、ほとんど意識が飛びかけている男性には名前を考えるのが難しい。


(オラージュ)、オラージュではどうですか? あの、彼にそういう名前をつけてあげるのはどうでしょう?」


 わけがわからないながらも、ミシェルが叫べば、男性はぽかん、と口をあけて、「あ……」と口走る。黒い妖精はちらりとミシェルに目をやってから、男性に再び目を向けた。


「おい、ニンゲン。お前は、俺に『オラージュ』と名付けるか? はいと言え」


 ずいぶん横柄な態度だったが、なぜだか男性は小さく笑った。


「ああ。黒い、妖精にぴったり、だなあ……オラージュ、なんて」

「よし。じゃあ、俺は今から、お前のオラージュだ」


 ぺちっと黒い妖精が男性の頬を叩くと、そこからシャンっと小さな黒い火花のようなものが散って風が舞う。


「あ」


 ミシェルは、まだ、鑑定をしていたままだった。どろどろと何かを染み出させていたものの名前が、ぐるんと崩れて文字が変化する。


「……異能の開花を待つ蕾……?」


 名前が変化した途端に、染み出していた何かがゆっくりと途絶え、ぐずぐずの形だった穴がじわじわと花の蕾の形になった。


「やった~!」

「これで大丈夫なんじゃない!?」


 きゃあっと騒いだ妖精たちの声と共に、ふっと鑑定の文字は消える。これ以上はオーバーワークだったらしい。


「ミシェル嬢! 助かったみたいですよ!」


 涙を滲ませたレイモンが、ミシェルを振り返る。だが、彼女にはまだわけがわかってなかった。


「なんとか、なったの……?」


 疲労のせいなのか、呟いたミシェルはそのままふっと意識を飛ばす。


「ミシェル嬢!」


 叫んだレイモンの腕が、倒れる彼女の身体を支えたのに、彼女は気づくことはなかった。

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