9.お嫁さんは妖精のお墨付き
その後、ミシェルが気を失っている間に、様々なことが起きた。
まず、倒れていた男性は、オラージュという番を得たあとに、驚くべきことに銀色に変じていた肌が徐々に色を戻し、翌朝には痛むところなどなくなっていた。つまり、銀樹症は治ったのである。
『開花を待ちきれず崩れた異能の蕾』
それはつまり、番を持たないにも関わらず開花前の異能の蕾を持つ人間が、開花されずに蕾が崩れ、身体を蝕んでいたということだ。番を得たことで男性の身体の崩れた蕾は、再び異能の蕾へと戻った。そのうち開花して、彼の異能となることだろう。
後日になってミシェルが他の人間を鑑定してみたところ、妖精の番を持った者は身体の中に開花した花があった。だが、番を持たないほとんどの者は、蕾すらない。恐らく、まれに生まれたときから異能の蕾が身体にある者がいて、それが開花せぬままに銀樹症になっていたのだろう。つまりは、番を得て開花さえすれば銀樹症は治るということだ。
生まれながらにして蕾を持たない者が異能を開花させることができるのかどうかはまだわかっていないが、それは今後明らかになっていくことだろう。なにしろ、ミシェルという『鑑定』の異能持ちがこの里にはいるのだから。
銀樹症は、もともと世界樹の守り手たちの間で、どんな薬草も効かない不治の病として恐れられていたが、『世界樹に還る』ものだと無理やり納得させ、症状が出たものに触れるのすら禁忌となった。だが、里の者たちがみな、銀樹症の患者がただ死にゆくのを見ていたかったわけではない。
だからこそ、銀樹症の治療法が見つかった今、それを禁忌とする理由はなくなったのである。あれから二週間ほどが経ち、銀樹症の治療法は周知され、その治療法を見つけたミシェルに対しては感謝の声で溢れている。
それは今日も同じだった。
「いやあ、婚約者様に助けて頂かなければ、もう料理ができないところでした」
明るく朗らかに言ったのは、あのとき銀樹症を治すことができた男性である。
「私はできることをしただけなので……」
「そんなそんな! あのレイモン様を説得した声! しっかり聞こえてましたよ! 婚約者様が来て下さって本当によかったです! またぜひうちに食べに来てくださいね。あのときはご馳走できませんでしたが、サービスしますので」
ミシェルが何を言ってもこの調子で、男性だけでなく街の広場に集まった人たちは口々にミシェルを称えていて、逆にほめちぎられるばかりのミシェルは居心地が悪い。
「おい、もう『婚約者様』じゃねえだろ」
そう横やりを入れたのは、男性の番になった黒い妖精――オラージュだった。あんな状況だったが、名付けはミシェルではなく、男性がしたことになっている。そういうふうにオラージュが捻じ曲げて受け入れてくれたおかげなのだが。
つっこまれた男性は、あ、と声をあげて照れくさそうに笑う。
「そうだったそうだった。いやあ、失礼しました。奥方様。これからもよろしくお願いします」
「は、はい……」
改めて言われて、ミシェルは頬が染まる。今彼女が身に着けているのは、白い婚礼衣装だった。今日はミシェルとレイモンの婚礼の儀なのである。
「それでは」
男性は笑顔で礼をして去っていく。それを見送り、先ほどからひっきりなしに挨拶に来ていた人の波は一旦はける。まるで引越しした当日のパーティーのときのような目まぐるしさだが、あの時以上に守り手たちの歓迎の熱意が強い。
「貴女は皆に好かれていますね」
くすくすと笑ったのは、ミシェルがほめ殺しにされている隣で佇んでただにこにこと笑んでいるだけだったレイモンだ。ミシェルの歓迎パーティーのときと同様にレイモンは再びからかわれているが、そんなことも気にならないほどにレイモンは楽しそうにしている。
「……皆さん、私のことをかいかぶりすぎだと思うんですが……」
鑑定で銀樹症の原因がわかったのは、レイモンがそれを看破するよう指示したからであって、レイモンの言葉がなければパニックになったミシェルは病気の特定まではできても、それ以上のことは思い付かなかっただろう。それに鑑定が最後に成功したのは妖精たちが力を貸してくれたおかげだし、そもそも鑑定の異能だって、ネージュが番になってくれたから使えたものだ。それだってそもそものおこりはトネールがミシェルを攫って、名付けるように唆したからであって、ミシェルだけの手柄というわけではない。
(妖精たちのおかげなのに、それを言ってもみんな違うっていうんだもの……)
むう、と口を尖らせたミシェルに、またレイモンはくすくすと笑う。
「貴女は自分の手柄じゃないと言いますが、貴女がおかしいと言ってくれたから治療法を見つけることができたんだと、僕はそう思っていますよ」
「そうそう、ミシェルじゃなきゃああはならなかったね」
「わたしの番だもの、ミシェルはとってもとってもかわいくて最高なの」
「ボクが見つけてきただけのことはあるよ。ミシェルを見つけてあげた番のボクに感謝しなよ、レイモン」
レイモンの言葉を受けて、周りにいる妖精たちが口々にミシェルを褒めちぎる。
「ええ、そうですね。ミシェルと出会うきっかけをくれて、感謝していますよ、トネール」
また笑いながら言って、レイモンはそっとミシェルの手をとった。
(あれ? 今……)
レイモンの言葉にわずかな違和感を覚えた刹那、立っていたレイモンはミシェルの手をとったまま、その場に跪いた。
「トネールが連れてきたのが貴女でよかった。ミシェル・レノー。貴女を妻と迎え、名前を呼ぶ権利を僕にください。……いいですか? ミシェル」
まっすぐにミシェルを見つめる瞳には、心なしか熱が籠っている。これは三度目のプロポーズだ。だが、過去のどれよりもきっと彼の気持ちが込められているのだろう。
(呼び捨て……本当に、嫁入りするんだわ、私……)
つられて頬が熱くなったミシェルは、小さく頷いてはにかむ。
「はい、よろしくお願いします。……レイモン」
ミシェルがお返しに呼び捨てにすると、微笑んだレイモンの唇が、柔らかに手の甲に触れた。その周りで、はやしたてる妖精たちと、守り手たちが二人を見守っている。
こうして、職を探していた傷物令嬢は妖精のお墨付きで嫁入りした。ミシェルの新しい生活は始まったばかりである。