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第78話 互いに毒を吐くふたり

 星祭りの会場は近くにいても話し声が聞き取りにくいほど賑わっていた。

 夜が更けるとともに盛り上がる会場の人出はさらに増えているようにも見える。

 突然、駆け出した榛紀しんきがいなくなったこと、それを月華つきはなが追いかけていったことに気づいているのは直接彼らと言葉を交わした男たちだけだった。

「おい、月華! 頼むってどういう——」

 紫苑しおんは榛紀を追って人混みに消えていった月華の背中に手を伸ばしたが届かなかった。

 悠蘭ゆうらんの顔を見ると彼もまた、疑問符を浮かべている。

「何があったんでしょう? 兄上が義姉上あねうえのそばを自らの意思で離れるなんて……」

弾正尹だんじょういん様を追っていったみたいだったよな。あの人、一体何を考えてるんだ?」

「さあ……?」

 首を傾げる悠蘭にため息をつきながら李桜りおうは言った。

「ちょっと、あのふたり、一体どこに行ったの」

「……最初に駆け出したのは弾正尹様だ。月華殿はそれを追っていったに過ぎぬ。もしや弾正尹様は刑部少輔ぎょうぶしょうゆうを見つけたのだろうか」

「それなら何で何も言わずにひとりで追いかけるんだよ? 僕たちにひと声かけてくれてもいいじゃないか。とにかくこのままじゃ僕たちはただ祭りを楽しみに来ただけになってしまうから僕はあっちの方を見てみるよ」

「そうだな。彼女たちの護衛はおふたりにお任せして、私も別の方向を探してみるとしよう。どうせこの怪我では他にできることもない」

 かえでは後ろの女子3人に目配せしながら言った。

 別の道へ入っていった李桜に続き、楓も李桜とは反対方向へ杏弥きょうやを探しに行ってしまった。

「お前らなぁ……」

 闇夜に消えていった連携がとれない友人たちに紫苑は頭を掻きながら肩を落としたのだった。

「悠蘭。昨日、弾正尹様が邸にいたって言ってたよな? あの人、何者なんだ?」

「何者って、弾正台の長官で——」

「そんなことを訊いてるんじゃねぇよ。知りてぇのはあの人の正体だ。だいたいどこの家の者かも誰も知らねぇのに、何であんなに月華と親しいんだ?」

「し、知りませんよ、俺だって」

 舌打ちした紫苑は苛立ちを隠そうとはしなかった。

 百合を溺愛している月華が、彼女を他人に任せてまで追いかけた理由は何なのだろう。

 もやもやとした感情が渦巻く紫苑は唇を嚙みしめた。

「ただ——」

「ただ?」

「兄上と親しいというより、父上と親しいように思いますけどね、俺は。昨夜も帰宅した父上が酒盛りをしていた俺たちを叱責して、そのまま弾正尹様を連れて行かれました。右大臣である父上が弾正尹様を見送るなんて、よく考えてみれば少しおかしいですよね。よほど親しいのかもしれません。六波羅ろくはら鬼灯きとう様みたいに父上の交友関係はいまいち謎だらけなので」

 悠蘭はなおも首を傾げたのだった。



「雨がすっかり止んでしまった……」

 星の瞬く空を見上げて北条棗芽ほうじょうなつめは残念そうに呟いた。

 紅葉くれはとの約束では、雨が上がる前に紅蓮寺ぐれんじへ戻るはずだった。

 幕臣ではないと伝えたのに幕府と関係ある者とは一緒にいることはできないと飛び出した紅葉を引き留めたのは、単に嵐の中で危ないと思ったからだけではない。

 幕府と関係あろうとなかろうと危害を加えるつもりはないことを理解してほしかった。

 寺に戻ったところでどうするかは何も決めていないが、ただもう1度逢いたいと思っていた。

 もう寺を出てしまっただろうか。

 寺を出てどこへ行くのだろうか。

 たとえ出て行ったとしても逃れてきたという備中国びっちゅうのくにには帰るまい。

 最後に彼女が気にかけていた白檀びゃくだんを救い出したことを伝えたかった。

 そして彼女の喜ぶ顔が見たかった。

 そんなことを想っていると足を止めて隣に居並ぶ白檀が同じく空を見上げて呟いた。

「今夜は朔月ですね」

「朔の夜は好きではありませんね」

「なぜですか」

「闇に紛れて暗躍する輩が増えるからです」

「……今夜、みやこで何か起こる、とでも言いたいのですか?」

「さあ、どうでしょう?」

 棗芽は呆然と星空を見上げながら答えた。

 朝方、備中国を出た棗芽と白檀は夜になって京へ到着した。

 普段なら日が落ちた夜は大路の人通りも少なく、静まり返っているというのに白檀の目に映った街の様子はこれまで見たことがないほど活気づいていた。

 みつ屋の近隣にある店はみな閉店した後の店の前で出店を開いている。

 店の軒下には提灯がぶら下がり、朔月だということを忘れてしまうほど街全体が明るかった。

 そして何より驚いたのは人出の多さだった。

 まるで昼だと錯覚するほどの賑わいである。

「この賑わいは——」

 見たこともない故郷の華やかな様子に吸い込まれそうになる白檀を棗芽は冷たくあしらった。

「あなた、まさか寄り道するつもりじゃないでしょうね? あなたが京に来た目的を忘れないでください」

「雨が止んだからって紅葉と会えなくなるとは限らないと思いますよ? 彼女の方が棗芽を待っているかもしれない。だからそう目くじらを立てないでくれませんか」

「どうするかは彼女が決めることです。私が約束の期日までに間に合わなかったのは事実。だから寄り道などせずにとっとと九条邸へ向かいますよ」

 棗芽は半ば強引に白檀の腕を引っ張りながら、煌々と輝く夜の街を避けるように歩き出した。

「棗芽、少しくらいいいではないですか。こんな夜になってしまったのですから、今から九条邸に向かったとしても輪廻の華には会えないと思いますよ? 夜に邸から出てくる女子はいないでしょう?」

「出てこないなら、こちらから乗りこんでいくだけです」

「乗りこんでいく?」

「だって輪廻の華というのは月華の妻のことですよね。であれば月華を呼び出して会えるように取り計らってもらえばよいだけのこと」

「そんな威圧的な——」

「何とでも言ってください。今の私は、あなたの用事とやらをいかに早く済ませて近江へ向かうかということしか考えていませんから」

「……私もずいぶんと嫌われたものです」

 拗ねるふりをする白檀を放置して、棗芽は先を急いだ。

 大路を突き抜けて行けば九条邸への近道であることはわかっている。

 しかし見たこともない賑わいに寄り道をされては、いつ近江に向かうことができるのかわかったものではない。

 多少遠回りになろうと賑わう店が立ち並んだ道を避けて行くしかなかった。

 人混みを避けるように歩く棗芽と、後ろ髪を引かれながら恨めしそうに賑わいを視界の端に入れる白檀が少し歩いたところで、集まる人々の会話が端々から聞こえてきた。

「星祭りなんて言うからどんなものかと思って来てみたけど、楽しかったわね」

「本当よね。普段は見られないような物もたくさん出店に出ていたし、何よりこれだけ明るくて人出が多いとかえって身の危険を感じなくてよかったわ」

 などと喜ぶ人々が大勢いるようだった。

「……どうやら祭りが行われているようですね」

 棗芽がそう言うと白檀は目を輝かせて彼の顔を覗き込んだ。

「おや? もしかして棗芽も興味を持ちましたか」

「いいえ、持っていません」

「無理する必要はないのですよ? それとも私とではなく紅葉と一緒ならあの賑わいの中に入ろうと思えるのですか」

「はぁ? なぜここで紅葉が出てくるのですか」

「なぜってあなたは紅葉のことが気になっているのではないのですか。気になる女子と夜の逢瀬なんて楽しそうではありませんか」

「逢瀬……!?」

「私はね、紅葉には彼女を守ってくれるような男のところに嫁いでもらいたいと思っているのですよ。家族のように大切な彼女に対してそれが切なる願いです。だから紅葉を助けてくれたご縁でもありますし、私のことも助けてくれたあなたになら紅葉を嫁にやってもいいと思っています」

「——あなたは紅葉の親ですかっ!?」

 棗芽は珍しく感情をあらわにして声を上げた。

 顔色は暗がりで見えないがおそらく赤くなっているのだろう。

 それが羞恥からくるのか怒りからくるのかはわからない。

 ただ心が揺らいでいるのは確かだった。

「親とは失礼な。私はそんなに年を食っていませんよ。せめて兄妹くらいに言ってもらえませんか」

「と、とにかく紅葉のことは、今は関係ないでしょうっ!」

 言い争うふたりの声は街の賑わいにかき消されて辺りにはほとんど聞こえていなかった。

 歩きながらぶつぶつと不満を漏らす棗芽の後ろをついて歩く白檀は、笑いを嚙み殺す。

 そしてこらえきれず腹を抱え笑った後、顔を上げた白檀は前方に見たことがある者たちを見つけた。

 ひとりはこちらに向かい、追手から逃げている男。

 後ろをちらちらと気にしながらろくに前も見ずに突進している。

 ひとりは逃げる男を猛追する男。

 彼らは棗芽と白檀がいる方へ向かってきた。

「あれは——」

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