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第76話 友だからこそ

 百合ゆりを伴い星祭りに向かう途中、出会った人物の顔を見て月華つきはなは朝の出来ごとを思い出した。

 星祭りが行われるという夏の日の朝、官吏たちの間はこの話題で持ちきりだった。

 降り続いた雨もようやく上がると天文観測を続けた陰陽寮おんみょうりょうが予言したこともあり、祭りは盛大に行われるものと誰もが興味を示していた。

 そもそもこの星祭りは商人が中心となり、街を活気づける目的で賑わう夜を演出するものであるが、貴族の身分でありながらその催しに心惹かれる官吏は少なくなかった。

 公家の中にも家格によって格差があり、摂家や清華家せいがけなど上位家格の出身者は公家としての矜持が邪魔して祭りの話題には触れなかったが、下位家格の出身者はこぞって祭りの話題を持ち出した。

 そんな中、率先して民の行事である星祭りの話をしていた官吏たちがいた。

 中務省なかつかさしょうの前で傘を差しながら立ち話をする西園寺李桜さいおんじりおう久我紫苑くがしおん今出川楓いまでがわかえで、そして九条悠蘭くじょうゆうらんだった。

 彼らの家は摂家や清華家といった上位家格だが、興味本位で祭りの話をしているわけではなく、明確な目的を持っている。

「何で朝から官吏たちがこんなに星祭りの話で盛り上がってるの?」

 李桜はうんざりしたように言った。

「それはたぶん、弾正尹だんじょういん様のせいではないかと……」

「はぁ? 何で弾正尹様が関係あるの」

「それが実は昨晩、兄上に楓殿からの言伝をしようとしたらなぜか弾正尹様が邸におりまして——」

 悠蘭は月華が悩んでいる百合の事情、それを解決する糸口を風雅の君が知っているかもしれないこと、そのために鷹司杏弥たかつかさきょうやを星祭りに誘導し風雅の君と接触しようとしている企みなど知り得るすべてを3人に暴露した。

 月華が決して語ろうとしなかった百合の状況を聞いているうちはみな気の毒そうにしていたが、やがて風雅の君の話題になると3人3様に表情を一変した。

 李桜は毒を盛られた相手の力を借りようとすることにあからさまに嫌悪感を示し、紫苑は憤りをあらわにした。

 楓だけが冷静に状況を呑み込もうとしている。

「この盛り上がりが弾正尹様の仕掛けだったとして、刑部少輔ぎょうぶしょうゆうはそんなに簡単に星祭りに来ると思っているのか」

 楓の問いに悠蘭は首を傾げながら答えた。

「わかりませんけど、杏弥は鷹司家が風雅の君の後ろ盾を得るために輪廻の華を欲しているはずだ、と」

「それって白檀びゃくだん殿と接触するために百合殿をおとりに使うってことか? 月華のやつがよくそれを了承したな」

「まさか、了承なんてしていませんよ。目くじらを立てて弾正尹様に食って掛かる勢いで、諫めるのに苦労したんですから」

 悠蘭は紫苑の言葉を真っ向から否定した。

 李桜と紫苑、楓はそれぞれ月華が猛虎のごとく襲い掛かる様子を想像した。

 襲われる弾正尹の方はさしずめ、蛇と言ったところか。

 体格差があっても、ものともしない蛇はその牙と柔軟で長い体を利用して虎の首に巻きつく。

 そんな不気味な映像が3人の脳裏に同時に浮かんでいた。

 あっという間にぐうの音も出ないほど首を締め上げられ、牙を向けられた虎はすっかり大人しくなったのだろう。

 最強なのは弾正尹なのかもしれない。

 3人は一様に肩を落とした。

「……弾正尹様の考えに賛同したわけではないでしょうが、兄上はおそらく義姉上あねうえを祭りに連れてくると思います。義姉上の異能を消さなければ命を削られていくかもしれないとわかった以上、藁にもすがる思いで風雅の君と接触する機会をつくるはずです」

「難儀だな、あいつも」

「だがそれが最後の望みだというのなら、我々もできる限り協力するだけだ」

 紫苑と楓が互いに頷きあう様子を見ていた李桜は盛大なため息の後、

「もう2度とあいつの顔を拝みたくないと思っていたけど、月華と百合殿のためだから仕方ないね。百合殿にもしものことがあったら椿つばきが悲しむし、そんなのは僕も見たくないよ」

 とぼやいた。

 するとそれを聞いていた紫苑は笑いをかみ殺した。

「な、何だよ、紫苑。何かおかしいことでもある!?」

「いや、お前はどこまでも椿殿の尻に敷かれてるなと思ってさ。幸せそうで何よりだ」

「紫苑殿、そんなに笑うほどのことではない。李桜の愛妻家ぶりは今や中務省内でも話題にするのもうんざりするほど日常茶飯事なのだ。今さら感があって、私には聞き流してちょうどよいくらいだ」

 珍しく毒を吐く楓に悠蘭と紫苑は目を見張った後、大笑いした。

 李桜だけが顔を赤くして反論しようとしていたところで、4人は思いもかけない人物から声をかけられた。

「お前たち、ずいぶんと楽しそうだな。こんなところで立ち話とは、何か悪巧みしているのはなかろうな」

 弾正尹として現れた榛紀しんきは薄笑いを浮かべながら言った。

「弾正尹様……本当にこの朝廷の浮ついた空気をつくったのはあなたですか。ずいぶんと月華に肩入れされているようで」

 李桜は訝しげに榛紀を見た。

 後ろめたいところがなくても糾弾されることを恐れ、どんな官吏でさえ恐れをなすのに李桜だけはいつも気丈に立ち向かっていた。

 歯に衣着せぬ物言いでむしろ榛紀を責めているようにも聞こえた悠蘭はひとりであたふたしている。

 紫苑と楓はまた始まった、とばかりにふたりのやり取りを静観していた。

「月華は本当の官吏ではないからな。楓の手が治れば彼はこの朝廷を去っていく。だから別に官吏を特別扱いしているわけではないぞ、李桜」

「わかってますよ」

 苛立たしげに答えた李桜の態度は単に八つ当たりしているようにも見える。

 何に苛ついているのかはわからなかったが、紫苑と楓は大方、月華と親しげにしていることに嫉妬しているのだろう、と思っていた。

「悠蘭から粗方の事情は聞きましたが、本当に刑部少輔はこの噂で星祭りに顔を出すでしょうか」

 紫苑が眉根を寄せて言ったのに対し榛紀が答えようとすると、そこへ渦中の月華が現れた。

 全員の視線を感じた月華は苦笑しながら言った。

「李桜、昨日は突然休んで悪かったな。今日は昨日の分も働くからな」

「別に、1日休んだくらいで影響ないよ。そのくらい月華はよくやってくれてる。そんなことより……水臭いじゃないか」

 李桜に肩を叩かれた月華は目を丸くした。

「百合殿のことだよ。僕たちを巻き込みたくないとか言って自分ひとりで抱え込んじゃってさ。白檀あいつの力を借りないといけないかもっていうのは癪に障るけど、そんな僕の個人的な感情より百合殿の命の方が大事に決まってる」

「そうだぜ、月華。今夜の星祭りにその機会があるってんなら俺たちが全面的に協力するから、大船に乗ったつもりでいろ」

「紫苑、あんた何か策があるって言うの?」

「いや、別にないけど、あとはその場の雰囲気で何とかなるだろ」

「相変わらずいい加減なやつだな」

 李桜と紫苑のいつものやり取りを尻目に楓は至極まじめに月華に向き合った。

「月華殿、私も微力ながら協力させてほしい。白檀殿がいるはずの備中国びっちゅうのくには私の姉が嫁いだ国だ。祭りの件だけでなく、今後も何か役に立つことができるかもしれぬ」

「楓殿まで……」

「兄上、俺も忘れてもらっては困ります。菊夏きっかもいますし、義姉上の体調はきっとよくなりますよ」

「…………」

 紫苑の適当さに目くじらを立てて小言を言う李桜、ふたりを仲裁しようとする悠蘭と3人のやり取りを他人ごとのように見守る楓。

 彼らの思いやりに心を打たれ言葉を失っている月華の肩に榛紀はそっと手を添えた。

「いい友を持って羨ましい限りだ」

「……何を言う」

「ん……?」

「俺とあなたは友じゃなかったのか。俺の友はあなたの友でもあるに決まっているだろう?」

 榛紀は面食らっていたが、やがて破顔すると力強く頷いた。

 月華は榛紀の孤独を知っている。

 帝という立場にあって、信頼できる者は少なく常に正しい選択を臣下たちに求められる。

 唯一の肉親である風雅の君でさえそばにはおらず、友もいないと本人が言った。

 帝の立場であれば無理でも、弾正尹という官吏の立場であれば持つことができると期待してもうひとつの顔を持っているのだろう。

 そんな孤独な血の繋がった従兄弟を助け、支えるようになりたい。

 いつしか月華はそう思うようになっていた。

 彼が強く背中を押してくれたからこそ、今ここに集まる面々が力を貸してくれると言うのだ。

 ——みなが同じときを共有して手助けしてくれる機会はそうそう訪れるわけではない。

 そう榛紀が言ったことを思い出し、月華は目の前の友人たちに頭が下がる思いだった。

「さて、紫苑。先ほどの杏弥が祭りに顔を出すと思うかという質問の答えだが——それは私にもわからぬ。だが可能性があるのならそれに備えて策を考えておくべきだ。そうは思わぬか」

 榛紀の言葉にその場の全員が頷いた。

 星祭りが行われるのは今夜。

 そこで大事が起こることを、この時はまだ誰も知らなかった。

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