後日談5 変わった日々、変わらない日々
そこは、どこまでも広がる草原だった。
風が優しく吹き抜け、膝丈ほどの草がそよそよと揺れる。
空は青く澄み渡り、いくつかの白い雲がゆっくりと流れていた。
懐かしいような、旅の始まりを思い出させるような空気が漂っている。
その木陰に、座る2人がいた。
「……」
「なに、柄にもなく空なんか見上げちゃって」
木の幹に背を預けたロイの隣で、カエデが声をかけた。腕を組み、笑みを浮かべている。
「いや……もう、カエデと二人で旅を始めて一年経つんだなって思って」
ロイはゆっくりと目を細めて、再び空を仰いだ。
「そうね。長いような、短いような……そんな感じね」
「しばらくみんなに会ってない間に、色んなものが変わっているんだろうな……」
「そうね……変わってしまったものもあるし、変わらないものもあるわよ」
「そうだな……でも、みんなとの思い出は変わらない。たとえ離れていても、絆はちゃんと繋がってる。そう信じてる」
ロイの視線が遠くを見つめる。まるで記憶の向こうを探るように。
ロイの脳裏に次々と浮かぶ顔、カエデ、レイカ、リコ、コアネール、サイ、モミジ、そして……ランド、ヴァルロ。
仲間たちとの旅路、交わした言葉、共に戦った日々。そのすべてが、胸の奥で今も熱を帯びていた。
「な、なによ……柄にもなくかっこいいこと言ってさ」
カエデがそっぽを向きつつも、口元を緩める。
「いや……俺達も、知らないうちに変わっちまってるのかなって」
ロイの視線がふと、カエデの胸元に落ちる。
「いや、変わってないか」
「ん?今どこ見て言った?」
その瞬間、ロイにははっきりと見えた。
カエデの頭に、ゴゴゴ……と効果音と共に角が生えた気がした。
「じょ、冗談だよっ!な、なんか鬼みたいだな、カエデ!」
「みたいと言うか鬼なのよ……でもまあ、こういうノリも変わらないわね」
カエデは肩をすくめ、呆れたように笑った。
「た、確かに……変わらないな」
ロイも苦笑いを浮かべた。
「ま、結局、あんまり変わってないのかもね」
カエデは手を後ろに添えて、草の上にごろんと寝転んだ。空を仰ぎながら目を細める。
「ロイがスケベなのも変わらないし、私が可愛いのも変わらない」
「ちっぱいなのも……」
「ん?」
「いえ、すいません、なんでもないです」
二人はまた黙って空を見上げた。
「……あのさ、前にも言ったけど、俺、ホントにカエデと魔王様には感謝してるんだ」
「何がよ?っていうか、もうレイカが魔王じゃなくなって一年経つのにまだ魔王様って呼んでるのね……」
「あの時、俺を外の世界に連れ出してくれた……もし、カエデが旅に誘ってくれなかったら、魔王様があの城で雇ってくれなかったら……俺は、きっと一生、うだつの上がらないまま過ごしてたと思う」
カエデは何も言わず、ただロイの言葉を聞いていた。
風が二人の髪を揺らす。
「あれがなかったらリコちゃんやコアネールさんとも友達になれてなかったし、サイさんや魔王城のみんな、スカーレット、それにシルバーサーカス団のみんな……他の人達とも知り合えてなかったと思う。感謝してもしきれないよ」
ロイは心から、そう言った。
しばらくの沈黙の後、カエデが微笑む。
「……始まりはそうだったかもしれないけど、そこからはロイが頑張ったから、みんなついてきてくれたんだと思うよ」
「カエデ……」
「ロイは、凄く努力してたよ。私が旅に誘ったとき、正直ここまで強くなるとは思ってなかった。でも今では光魔法に瞬間移動、シールド魔法、闇魔法まで使えるんだから。とんでもない成長だよ」
その顔には、誇りと少しの照れが浮かんでいた。
「ありがとう、カエデ」
ロイとカエデは、ふと目が合う。
至近距離で見つめ合う瞳。
二人の頬が、わずかに赤く染まった。
「で、でもっ!まだまだ剣術は甘いし、隙も多いし!修行が必要よ!」
カエデは顔を逸らしながら、勢いよく言い放った。
「そうだな!すぐ剣術も、カエデより上手くなってやるからな!」
「望むところよ!」
互いに言い合いながら、けれど心のどこかで微笑み合っている。
やがて二人は、ふたたび草の上に仰向けになり、空を見上げた。
風が頬をなで、遠くで草の波が揺れる。
「カエデ……これからも、一緒に旅しような」
ロイの声は穏やかで、どこか決意を帯びていた。
カエデは少しだけ目を細め、柔らかく笑う。
「……うん、ロイがそう言うなら」
2人の間を、優しい沈黙が包む。
過ぎた日々の記憶が、ゆっくりと胸の奥で温かく広がっていった。
それは、終わりではなく、新しい旅の始まりを知らせるようだった。
「みんな……元気にしてるかな」
ロイがぽつりとつぶやく。
「そうね……きっと、元気にしてるわよ」
「……」
「……」
「リア……もししばらく見ない間に彼氏とか出来てたら泣いちゃうかも……」
(最後の最後までシスコンーーー!!?)
また戻ってサンベルス城。
「そういえばコアネールさんにプレゼントがあるんです!」
「プレゼント?」
「はい!ちょっと待ってくださいね!」
リコは自分のリュックを探る。
「これですこれ!コアネールさんのためにがんばって描いたんですよ!!」
リコは一枚の絵をコアネールに差し出す。
「これは……」
「題名は『友達』です!」
その絵にはコアネール、リコ、ロイ、カエデ、レイカが集合し、笑っている絵が描かれていた。
それを見てコアネールはなぜか涙が流れてきた。
リコにバレないようにそっぽを向く。
「ちょっとコアネールさんのオデコを広く描き過ぎちゃったかと思ったのですが……どうですか?」
「まあ、上手に描けてるのではなくて?」
「ホントですか!?初めてコアネールさんに褒めてもらいました!」
「ありがとうリコ、一生の宝物ですの」
「それは言い過ぎですよ」
「いえ……」
大切な友達とその思い出は一生の宝物だと思うコアネールだった。
END




