最終話 それぞれの道
城の外には、一隻の飛行船が静かに待機していた。
その前に立つのは、コアネールとリコ。
「コアネールさん!」
駆け寄ってきたロイとカエデの姿に、コアネールが優しく微笑む。
「お2人まで見送りに来てくださるなんて……ありがとうございます」
「行っちゃうのね……」
カエデが、ほんの少し寂しげな声で言った。
「ええ。国での仕事が山ほど残っていますから」
「ありがとうな、コアネールさん」
ロイが深々と頭を下げる。
「何をおっしゃいますの。礼を言うのは、私の方ですわ」
コアネールの声は柔らかく、しかし芯があった。
「そういえば……ロイさんに頼まれた魔血凍病の研究、帝国の医療と科学の力で着々と進んでいますわ」
「本当!?ありがとう!」
「ええ、治療法が見つかるのも時間の問題ですわ」
(よかったな、ヴァルロ……)
ロイは心の中でそっと呟いた。
「では、私はこれで」
コアネールはロイ、カエデ、そしてリコへと向き直る。
「私は、あなたたちと出会って……変わることができました。旅の中で、多くのことを学び、気づかされましたの」
コアネールの声は静かで、そしてどこか誇らしげだった。
「かつての私は、井の中の蛙。世界を知らずに、平和を語るだけの、ただの小娘でした」
ロイとカエデは真剣な面持ちで、その言葉に耳を傾ける。
「でも……私を世界へ連れ出してくれたのは……リコ、あなたでした」
「コアネールさん……」
リコの目に、涙がにじむ。
「あのとき、リコに出会っていなければ……あのとき、船に間違って乗らなければ……きっと、この今はなかったと思いますわ」
コアネールは微笑みながらリコを見つめる。
「だから、あなたとの出会いは……私の人生にとって、何よりも大きな出来事でした」
「私も……コアネールさんと出会えて、ほんとうによかった!」
リコは涙をこぼしながら、感謝の言葉を伝えた。
「ありがとう。でも……これ以上話していたら、私も泣いてしまいそうですわ……」
そう言って、コアネールは飛行船に足を踏み入れる。
「また会う日まで、お元気で!」
「はい! お元気で!」
「コアネール!サンベルスでの仕事、頑張ってね!」
「コアネールさんなら楽勝だよ!」
飛行船の扉が閉まり、コアネールは親指を立てて笑った。
次の瞬間、船体が浮上し、空高く舞い上がっていく。
「行っちゃったね……」
カエデがぽつりと呟く。
「ああ……でも、またすぐ会えるさ」
ロイは、飛行船が遠ざかる空を見上げながら答えた。
「さて、私も出発します!」
リコが一歩前に出て、深くお辞儀をする。
「リコも行っちゃうの?」
カエデが名残惜しそうに訊ねた。
「ええ!私は絵を描く旅の続きです!」
リコは自慢げに、お絵かきセットを掲げてみせた。
「そっか……ありがとうな、リコちゃんも」
ロイが優しく微笑む。
「こちらこそ!」
リコは勢いよく答えたが、その声は徐々に震え始める。
そして、髪に付けているヒマワリの髪飾りに手を翳した。
「ロイさん……ロイさんは、私の……」
「ん?どうしたの?」
ロイが首をかしげる。
「い、いえ!前に一緒に見に行った美術展、楽しかったです!また一緒に行ってくださいね!」
「もちろん、また行こう!」
「それと……ロイさんとカエデさんって、お似合いだと思います!仲良くしてくださいね!」
「「え?う、うん……」」
ロイとカエデは、同時に顔を赤らめて、照れたように笑った。
「声が小さいです!」
「「は、はい!!」」
「よろしいです!では、私はこれで!!」
リコはぺこりと頭を下げると、ぱっと振り返って走り出した。
「みんな、行っちゃったね……」
カエデが、ぽつりと呟いた。
「ああ。みんな、自分の道を見つけて、前に進んでるんだな」
ロイも遠くを見つめるように言う。
「そうね、でも……まさかレイカが魔王を辞めるなんて、驚いたけど、あの子らしいと言えばらしいわね」
「確かにな……」
ロイは小さく笑って頷いた。
「ところで、カエデはこれからどうするんだ?」
「私?そうね……」
少しだけ考えるように視線を落とす。
「予定もないし、実家に帰るわ。またお母さんの手伝いでもしながら」
「そっか……」
「ロイはどうすんのよ?」
「俺か?そうだな……」
ロイはふと、カエデの顔を見つめた。
「なによ?」
カエデが首を傾げる。
「なあ、カエデ。さっきの話の続きだけどさ」
「うん?」
「俺は、旅を続けようと思ってるんだ。目的はないけど……色々見聞を広げるような旅を」
「……そっか、じゃあしばらく離れ離れね」
ロイは一瞬躊躇いながらも、残念そうに言った。
「カエデ!もう一度、俺と一緒に旅してくれないか!!」
「え……」
カエデは驚いた表情を浮かべる。
「俺、カエデと旅して強くなれた!あのとき、カエデが俺を連れ出してくれたから……俺の人生は変わったんだ!だから、また一緒に……ついてきてくれないか?」
顔を赤らめながら、ロイは必死に想いを伝える。
「うーん……どうしよっかなー」
カエデは少し意地悪そうな顔をして言う。
「私、忙しいしなー」
「や、やっぱりダメか?そうだよな……無理言ってごめん」
ロイが俯いた、そのとき。
「だから、そういうのは何回か誘いなさいよ」
「へ?どういうこと?」
「もう……相変わらず鈍感ね」
カエデはロイの手を握った。
「いいよ」
カエデはそっと微笑みながら、言う。
「ついていってあげる」
「本当か!?」
ロイの瞳が、ぱっと輝く。
「私がいないと、ダメなんでしょ?」
「やったー!ありがとう、カエデ!」
ロイは思わず両手でカエデの手を強く握りしめた。
「……その手、ずっと離さないでね」
「え?なんて?」
「なんでもないわ!!さっ、早く旅の準備しよっか」
こうして、それぞれの新たな道が始まった。
みんな、別々の場所で、それぞれの人生を歩いている。
だけど、それでも心は繋がっている。
仲間という名の、強く、優しい糸で。
その糸は、決して途切れたりはしない。
その始まりは……俺が、カエデとともに魔王様のアシスタントになった、あの日。
勇者と魔王のアシスタントになった。
あの日が、すべての始まりだった。
不思議な運命が、俺たちを引き合わせた。
みんな、本当にありがとう。
また、会える日まで。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
後は後日談を数話載せて完結とさせていただきます。
最後までお付き合いいただけますと幸いです。




