第211話 ランドの過去 4
『すまん、旅行は中止だ』
部屋に入ってすぐにガイル様は言った。
『な......』
『......』
ヴァルロ様はまた寂しそうな表情をした。
『な、何故です!!それはないですよ!!家族の時間を大切にするんじゃなかったのですか!?』
『すまない、もう決まったことなんだ』
『見損ないましたよ!ヴァルロ様はどれだけこの旅行を楽しみにしていたか!!』
『ちょ、ちょっと聞いてくれ!俺も旅行行けないのはすごく残念なんだが......ミーナ』
『う、うん......』
ガイル様はミーナ様を引き寄せて、肩に手を置いた。
何だ?一体何が起こっていると言うんだ?
いつもガハハと豪快な魔王様も男勝りで強気なミーナ様も何だか冷静だ。
しかし、次のガイル様の言葉で全ての点と点が線で繋がる。
『実はな、新しい家族が出来たんだ』
その言葉を聞き、しばらく沈黙が起こる。
『......それって?』
ヴァルロ様は顔を上げて聞いた。
『ミーナの中にヴァルロの弟か妹が出来たんだ。それで年明けは安静にしてないとならない......すまんな』
その瞬間、ヴァルロ様は今までに見せたことがないくらいの笑顔を見せた。
『本当なの!?お父様!お母様!』
『ああ、嬉しいか?』
『当たり前じゃないか!!前から兄弟が欲しかったんだ!』
『8歳も歳が離れてるのよ?』
『そんなことどうだって良いよ!!それに歳が離れている方が可愛いじゃないか!!』
そう興奮した様子で話すヴァルロ様、こんなヴァルロ様は初めて見た。
しかし、それを他所に俺は微妙な面持ちだった。
確かにヴァルロ様の弟か妹が産まれたら嬉しい、大切な存在のガイル様、ミーナ様、ヴァルロ様の家族なんだから当たり前だ。
けど、ヴァルロ様の弟か妹が出来ると、ヴァルロ様にもっと手が回らなくなる。もっと寂しい思いをされるのではないだろうか......
そう不安で仕方なかった。
『じゃあ、弟か妹が産まれたら5人で旅行行こうよ!』
『ああ、そうしよう!旅行は中止じゃなくて延期だな!』
『そうね!ママいっぱい栄養つけて、元気な赤ちゃん産む!!』
『そう言って食べすぎるなよ、太るぞ』
『貴方も今日から禁煙だからね!!』
『わ、わかってるよ』
そして、俺とヴァルロ様は部屋を出た。
『ランド!僕に弟か妹が出来るんだよ!』
『......』
『ランド?』
『......あ!はい!良かったですね!!』
『どうした?さっきからぼーっとしてるけど』
『い、いいえ、別になにも......』
『ランド、僕は隠し事は嫌いだよ?』
ヴァルロ様は少し怒りながら言う。
さすがに付き合いが長いだけあって察しがいいな。
『実は......ヴァルロ様の弟か妹が産まれますと、ガイル様とミーナ様がそっちに付きっきりになって、ヴァルロ様が寂しい思いをするのではないかと不安で......』
俺は本当の気持ちを言った。
ヴァルロ様には隠していても無駄だと思ったから。
『ハハハ、僕のことを心配してくれてたんだな』
『笑わないでくださいよ、俺は真剣に』
『いいんだよ僕は、兄っていうのはそういうものだ。弟や妹に親を取られてしまうのも仕方ないことだ』
『し、しかし......』
『それに僕にはランドがいるじゃないか、寂しい思いなんてしないよ』
この言葉で俺は理解した。
そうか......こんな悩むことなかったじゃないか。
ガイル様やミーナ様はヴァルロ様を愛していらっしゃる。一緒にいれる時間がないだけだ。
なら俺が代わりにヴァルロ様と一緒にいればいい、それだけだったじゃないか。
これで産まれてくる子どもを快く迎えられる。
そう思った。
しかし......これが悲劇の始まりだった。
俺が出かけていた時だ、ミーナ様が倒れられて魔王城城下町の病院に運ばれたという知らせを聞いて、俺はすぐに病院へ向かった。
病院へ入ると、ガイル様とヴァルロ様が治療室の前にいた。
『ガイル様!ミーナ様は!?』
『うむ......ピアノの練習中に急に倒れたそうだ』
『妊娠の疲れからですか?』
『わからん......今医者に見てもらっている』
ガイル様は腕を組み、うろうろしながら言った。
その横ではヴァルロ様が椅子に座って下を向いている。
その時、治療室のランプが消えた。
そして、扉が開き、ミーナ様と医者が出てきた。
『ミーナ!!』
『お母様!!』
『貴方にヴァルロ、それにランド......心配かけてごめんね』
『何言ってんだ!そんなことより身体大丈夫なのか?』
『そのことについて話が』
ミーナ様の横にいる医者が言った。
『魔血凍病!?』
『はい、魔族だけが発症する病気です。魔族の大きい闇魔力が血管に漏れることで、血液が徐々に凍結してしまうのが原因です』
『治す方法は!?』
『何しろ事例が少ない病気ですから......明確な治療法は......』
『そ、そんな......』
ガイル様は下を向いた。
『このまま進行すると、私はどうなるのですか?』
『身体が動かなくなり、いずれ死に至ります。ただ......ミーナ様の場合は見つかるのが早かったので、薬を飲んで安静にしていたら治るかもしれません』
『本当ですか!?』
ガイル様は顔を上げて聞いた。
『はい、絶対安静が必要条件ですが』
『じゃあこの子はどうすれば......』
ミーナ様は自分のお腹を触りながら言った。
『残念ですが......出産は無理です。身体に負担をかければ、母体の命は保証できません』
『そんな......』
ミーナ様は口に手を当てて俯いた。
『ミーナ......』
ガイル様はミーナ様の肩を抱いた。
『ミーナ、子どものことは残念だが、俺はお前が死んでしまうのは耐えられない。だから......』
『嫌!!!』
ミーナ様はガイル様の手を振り払った。
『ミーナ......』
『嫌!!絶対産むの!!』
『けどお前!!』
『折角私達の子どもとして生まれてきてくれた命を諦めるなんて絶対嫌!!絶対諦めない!!』
涙を流しながら言うミーナ様。
『......けどお前!ミーナが死ぬかも知れないんだぞ!!』
『それなら私の分までヴァルロやこの子が生きてくれればいい!!私は絶対産む!!嫌だ!!諦めない!!』
ミーナ様は今まで見せたことがない真っすぐな表情でガイル様を見た。
ガイル様もそれを見て、涙を流す。
『ミーナ......わかったよ、それ以上なにも言うな』
ガイル様はミーナ様を抱き寄せた。
『私が死んだら......ヴァルロやこの子を大切に育ててあげてね』
『馬鹿!死ぬなんて言うな!いっしょに2人が大きくなるまで見届けるんだ!!』
ガイル様は大粒の涙を流していた。
『フフ、魔王が簡単に涙を見せたらダメよ』
『ミーナ......一生愛してる!!』
『馬鹿、子どもの前よ』
ガイル様とミーナ様はもっと強く抱き合った。
『お母様......』
それを呆然と見続けるヴァルロ様にかける言葉も見つからなかった。
子どもの頃、俺は死にたいと思っていた。
だけど今はこんなにも死んでほしくない人達がいる。
命は大切なものだ、他の何よりも......




