第2話 勇者のアシスタント
1週間前......
俺は自宅のリビングでくつろいでいた。
「あー、暇だ」
「だったら働きなさいよ!!」
俺は後ろから蹴りを入れられる。
「いでっ!」
俺は蹴られ、振り返るとそこには中年のおばさんがいた。俺の母である。
「何すんだよ母さん!!」
「暇なら働きなさいって言ってんの!もう17歳でしょ!妹はとっくに旅に出てんのよ!」
そう言いながら腕を組む母さん。
そうだ、俺は街の学校を卒業してから働きもせずグータラしている。学校を卒業すると、どこかに働きに出るのが普通だ。
だが俺はアルバイトは何度かやっていたが、長続きせず辞めてしまった。
確かに母さんが怒るのもわかる。なんせ3つ下の妹は見聞を広げるために旅に出た。
それによって、家に俺だけが残っている状況。
俺と違ってよく出来た妹なんだよ。
「で、でもこの前新しいアルバイトに応募したよ!」
「なんの?」
「魔王のお手伝いのアルバイトだよ」
その瞬間、母さんは俺の頭を叩く。
「ブゲッ!何すんだよ!」
「ロイ、あんた働く気ないでしょ!魔王があんたみたいな平凡なニートを雇うわけないでしょ!」
「いやもしかしたら思考を変えて平凡なニートを雇ってみようかなっとか思ってるかも」
「いいからたまにはお使いでも行ってきなバカ!」
俺は買い物袋を持たされ、追い出された。
まあ母さんの言うことにも一理ある、天下の大魔王様が俺みたいな奴を雇って何の得になるんだって話だ。
俺ことロイ・レンズは魔法も使えず、学もない何の取り柄もないニートだ。
俺達の住んでいる世界イアスは現在帝国軍が支配している東イアスと、魔王軍が支配している西イアスに別れている。因みに今俺が住んでいるこの町プーロは東イアスに属する。
まあ簡単に言うと魔王は現在イアスを半分牛耳っている支配者である。そんな人のお手伝いに俺がいても何も出来ない。確かに母さんの言うことは間違ってない。
って言うか俺も雇ってもらう気も更々なく気分で応募した。だって母さんがうるせーんだもん。
でもまあこのままではヤバいという気持ちはある、同年代はみんな働いたり旅に出たりしている。当然危機感は自然と生まれている。ただ具体的に何かがやりたいとかがなくて漠然としていた。
それもそのはず、俺は落ちこぼれだから。
そう考えながら近くの商店街に向かって歩き出す俺。
この世界イアスには魔法が存在する。火、水、風、土、氷、雷、光、闇の8属性が存在し、人口の約95%の人はどれか1つ属性を有す。上記をシングルと呼ぶのに対して、極稀にダブルと呼ばれる2属性を有する者やトリプルと呼ばれる3属性を有する天才も存在する。
その者達は重宝されて、帝国は手厚い待遇を用意していた。
そんな中、俺は約5%存在する無属性の落ちこぼれだ。
昔、無属性は迫害されて、酷い扱いを受けていたらしいが今はそういうのは存在しない。
が、有属性者達より無能扱いされるのは今も昔も変わっていない。とはいえ俺がニートやってるのは俺のせいであることはわかっちゃいるがな。
わかっているだけ偉いな俺、うん。
そうこうしていると、俺は広場に着いていた。商店街は町の広場からすぐ近くにある。
まあまずはきっちりお使いをこなすことだな、そうじゃないと母さんに何を言われるかわかったもんじゃない。
そう思って俺は商店街がある北側に向かおうとしていると、広場の東側、一番町の外に近い方角から何人かの人達が血相を変えて走ってきていた。
なんだ?
俺は気になって立ち止まる。
「モ、モンスターが出たぞ!!」
逃げてきた人の中の一人がそう叫んだ。
え、モンスター?
そう思っていると広場の東側の奥から5mはあるような巨大な人影が見えた。
その人影は人間の形はしているが、頭には2本の角が生え、口が出っ張り異形である。
「ミ、ミノタウロスだ!!」
俺の隣で見ていた男性が叫んだ。
そう、あのモンスターはミノタウロス、体は人間だが顔は牛という怪力のモンスター。気性が荒く、危険なモンスターだ。
「ブモオオオォォォ!!」
ミノタウロスは巨大な斧を右手に持ち、暴れながら広場に迫ってくる。
その巨体が走る度に地面が揺れる。
やっべぇ、逃げないと!!
俺はミノタウロスが迫ってくる逆の方向に逃げようとした。
その時......
「きゃあ!!」
小さな女の子が俺の10mほど後ろで転んだ。
ヤバいこのままじゃ......
「サキちゃん!!」
俺の横ではその女の子のお婆ちゃんであろう老人が振り返り、叫ぶ。
「お、おばあちゃん!!」
女の子は倒れながら叫んだが、老人の足腰じゃ間に合うはずがない。
ミノタウロスはすぐ近くまで迫ってきていた。
助けてやりたいが、今戻れば恐らく間に合わないし、俺もやられる可能性もある。
危険な賭けだ。今俺が逃げれば俺は助かるが女の子はまず助からないだろう。だけど逃げずに助けに行けば高確率で俺も女の子も死ぬ......
チッ!しょーもねー計算するのは性に合わねー!!
俺は後ろに振り返り、走り出す。
わー!どうせ生きてても誰にも役に立たない命だ!最後に幼女を助けて役に立ってやるぅ!!
俺は泣きながら、幼女の元に駆け寄った。
「だ、大丈夫......か?」
俺が幼女の元に辿り着くと同時に、ミノタウロスは目の前に立っていた。
「ブモォ!!」
そして、ミノタウロスは斧を振りかぶる。
あ、終わった......
短い人生だったが、最後に良いこと出来たかな。
俺は幼女に覆い被さり、盾になろうとした。
多分俺の体なんて簡単に真っ二つだから意味があるかわかんねーけど、一か八かだ。
それに幼女を守って死ねるなら本望でー!!
しかし、いつまで経ってもミノタウロスの斧は下りてこない。あれ?どうなってんの?
俺は恐る恐る上を見上げると、斧を振り上げ止まっているミノタウロスがいた。
よく見ると、ミノタウロスの腹の辺りが斬れ、出血している。
「ブ、ブモ!!」
そうミノタウロスが弱く声を出すと同時にミノタウロスは吐血し、後ろに倒れた。
その巨体が倒れると、地響きが起きる。俺はその地響きに目を瞑り、驚いた。
そして、手で頭を押さえながら目を開けると目の前に銀髪の少女が立っていた。
「大丈夫?ケガはない?」
そういって手を差し伸べる銀髪の少女。
その手には手袋が付けられていたが、細く綺麗なのが見て取れた。
一瞬その手は俺に向けられたものであると思ったが、その手は俺の下の幼女に向けられる。
「あ!」
俺は幼女に覆い被さっていることを思い出し、咄嗟に立ち上がった。幼女は涙目でジーッと銀髪の少女を見ている。
銀髪の少女の差し伸べた手と逆の手には 長い刀が握られていた。そうか!この銀髪の女の子がミノタウロスを倒してくれたのか!!
「ゆ、勇者じゃ!伝説の勇者じゃ!!」
少し離れた場所にいた老人がそう叫んだ。確かに、銀色に光り輝く髪に長くしなやかな刀、その堂々とした立ち振舞いは勇者を彷彿させる。
女の子だけどカッコいい、そう思った。
「あ、ありがとうお姉ちゃん」
幼女は銀髪の少女の手を握り、立ち上がる。
それを見て、銀髪の少女はニコッと笑った。
「ええ、ケガがなくて良かったわ」
銀髪の少女はしゃがみ込み、幼女を撫でる。
いいな、強さだけじゃなくて優しさも併せ持つ。まさに勇者だ。
俺がその少女に見とれていると、周りにいるみんなも見とれているのが見えた。
あー、さっきまで命の危険にあったとは思えないぐらい幸せな気分だ。
「それとあなた」
銀髪の少女が言う。
えー?あなた?
銀髪の少女はじっと俺を見ている。
俺はキョロキョロと周りを見渡すが、俺の近くには人がいない。
「え?お、俺?ですか?」
俺はキョトンとして返事をする。
あんな美人でカッコいい少女が俺を呼ぶなんてことがあると思っていなかった。
「そうよ、あなたよ」
銀髪の少女は幼女を撫でていた手を離し、立ち上がりながら言う。
幼女は少し残念そうな顔をしている。
わかる、俺でもそんな顔になるはず。
それより、俺が話しかけられている。なんて返事したら失礼がないだろうか。
「は、はい!な、なんでしょう!」
思いきりドモって返事をしてしまった。だって緊張するんだもん! !
ダ、ダメだ!目を合わせているとまともに話が出来ない!それぐらい美しい。
俺は銀髪の少女から目を離し、余所見をした。
その視線の先には倒れたミノタウロスがいた。ミノタウロスは仰向けに倒れ、伸びている。
しかしこんな大きな生物をこんな美しくて華奢な美少女が倒すなんて、世の中見た目じゃわからないな。
そう思ってミノタウロスを見ていると、ミノタウロスの右手にはまだ斧が握られていた。
すげーな、気絶してもまだ離さないなんてあの斧そんな大切なのかな。
って?あれ?
気絶してるのに斧離してないっておかしくね?
「ねえ、あなた、なかなか勇気が」
銀髪の少女は何か俺に言おうとしていたが、その瞬間少女の背後にいるミノタウロスが起き上がった。
やっぱり!気絶してなかった!
ミノタウロスは銀髪の少女目掛けて斧を振る。
「危ない!!」
「え?」
俺は咄嗟に銀髪の少女にタックルした。銀髪の少女は驚いた様子でよろけて尻餅を付く。
しかし、元々銀髪の少女がいた位置に俺が来たおかげでミノタウロスの斧は俺の背中に当たった。
「ぐあっ!!」
俺の背中からは血が流れ、俺は地面に倒れる。
あー、今度こそ終わったかな。幼女を助けて死ぬんじゃなくて美少女を助けて死ねるのであれば重畳である。
俺は地面に横たわりながら、最後の力で目を開けていると、銀髪の少女が起き上がり、ミノタウロスに止めを指しているのが見えた。
ああ、よかった、ちゃんと倒せたみたいだ。
これで心置きなく死ねる。
そう思い、俺は目を閉じた。
「う、ううん......」
俺は目を開けた。どうやら死んでいないらしい。目を開けた視線の先には白い天井があった。そしてフカフカのベッドに寝ているらしく、体がスゴく楽だ。
どれだけ時間が経ったかわからない。あの後どうなったのかも。
「気がついた?」
その声は俺のすぐ隣から聞こえてきた。綺麗で高い声である。
その声のする方を向くと、そこには美しい天使がいた。
「て、天使......って言うことはやっぱり俺死んだのか?」
「何言ってんのよ、死んでないよ」
俺が呟くと、天使は笑いながらそう返してきた。
その天使は銀髪に美しい顔立ちだ。
あれ?銀髪?
「あー!!君はあのときの美少女!!」
俺はベッドから跳び起きて、端っこに逃げた。
そして改めて隣に座っている人物を見るが、紛れもなくさっきの銀髪美少女だった。
「そんなに驚かなくても」
「だ、だって!え!?なんで俺、君と寝てるの!?」
「べ、別に一緒に寝てはないでしょ!!」
銀髪美少女は隣で座っているだけであった。
「た、確かに」
「ふう......まあ状況を説明するとここは病院よ」
それを聞いて俺は周りを目を開けた渡したが、どう考えても病院であった。
俺なんで病院に......
「あなた、ミノタウロスにやられて気絶したのよ。まあ一時間程度だけどね」
銀髪美少女は言う。そうか、あれから一時間寝てたのか。
やられた記憶はうっすら残っている。
「さっきまで助けた女の子とそのおばあちゃんもいたんだけどね、二人ともスゴくあなたに感謝してたわよ」
「そ、そんな!俺何もしてないし助けたのは君だろ!」
そうだ、俺はかっこつけて飛び出していったけど結局何も出来なかったんだ。それに比べてこの美少女はミノタウロスを見事に倒した。
誰のおかげであの女の子が助かったかは一目瞭然だ。
「いいえ、あなた命を省みないで飛び出して行ってスゴい勇敢だと思ったわ、私色んな町を旅してきたけど初めて見た」
そう言いながら笑う銀髪美少女。
「そ、そんなわけ......」
俺は全く勇敢ではなくただ死んでもいいと飛び出しただけだ。実際は死にたくはなかったが......
「そ、それより色んな町を旅してるって、君は旅人なの?」
俺は話を切り替えるように聞く。
あんまり褒められるのはなれてなくて恥ずかしい。
「そうよ、魔王を倒すための旅をしているの」
銀髪美少女はサバサバとした態度で応えるが、少しその表情は悲壮感を含んでいると感じた。
魔王を倒すために旅をしている冒険者は少なくない。その目的は色々あって、帝国が多額の賞金を用意しているため狙っている者、ただ勇者になりたくて狙っている者、自分の力を試したい者など様々だ。
「実は私の先祖が勇者って呼ばれてた人で、まあ理由はそれだけじゃないけどそれもあって魔王を狙ってるの」
そう言う少女はそのままの表情で話していた。
勇者とは、昔魔王を倒して平和を作ったと伝えられる伝説の人物である。伝説上の人物なので、にわかには信じがたい話だ
だけど嘘を付くような娘には見えないし、この歳であの強さは勇者の祖先というのも信じざるを得なかった。
「へー、だからあんなに強いんだね」
「まだまだよ、この程度で魔王と戦ったら相手にもならず返り討ちよ」
そう少し呆れたように呟く銀髪美少女。
確かに今の魔王は強いと噂だ、容姿は見たことはないが帝国が送り込む刺客をことごとく返り討ちにしているらしい。
この娘ほどの強さでも相手にもならないって、一体どんな化け物なのだろうか。
「それに今の魔王は残虐無道で、殺した人間はわざと川に流して人目に付くようにするとか、死んだ後も安心出来ないようにするためって噂よ」
「そんなことを......」
流石モンスター達の王、やることが常識を逸脱しているな。まあ人間同士の争いでもさらし首とかあるわけだし、魔王であればそれぐらい物騒で然るべきなのかも知れないが......
そう思っていると、銀髪美少女は俺の顔を見て、再び口を開いた。
「あなたは今何しているの?」
「お、俺?」
一番聞かれたくなかった質問である、まあこっちが向こうの素性を聞いたのだから当たり前ではあるが。
こういうときかっこつけて嘘付きたいところだが、こんなことで嘘を付いても仕方ない。
「じ、実は今は何もしてなくて......仕事を探してる状況なんだ」
と、俺は銀髪美少女から目を逸らしながら言った。
片や立派な目標があって旅をしていて、片や何の目標もなくブラブラしている。嫌味の一つも言われても仕方がないと思った。
目標があるってカッコいいな。
そう思いながら俺は片目で銀髪美少女を見た。
「そう、あなたみたいな勇敢な人だったらきっと何か見つかるわよ」
そう呟いた銀髪美少女の表情は同情とかお情けではなく紛れもなく俺に期待をしているような表情をしていた。
天使か......
「で、でも俺夢とか目標とかなくて......」
そうだ、俺は今まで自堕落な生活をおくってきた。具体的な将来のことを考えたことがない。
「そう?あなたにはあると思うよ、自覚がないだけで」
そう言って天使は笑う。
自覚がないだけ?
いやいや、俺に夢なんて......
「なんなら証明してあげようか?しばらく私の旅のアシスタントとして付いてきなさいよ」
「ええ!?」
俺はさらっと言った銀髪美少女の言葉を驚愕した表情で聞いた。
「だから、あなたの夢がなんなのか私との旅で答えを見つければいいのよ、きっと後悔はさせないよ?」
ニッコリと笑いながら言う銀髪美少女。
俺がこの銀髪美少女天使勇者様と旅......
いや、俺も夢を見つけたい、そしてこの自堕落な生活ともおさらばしたい。
そういう意志は当然ある、しかし......
俺の頭に中にはこういう思いしか残らなかった。
美 少 女 と 旅 が 出 来 る。
い、いや、もう一度言うけど当然夢を見つける、強くなりたい、そういう思いはある。
けどさ、年頃の男がそういう下心を抱かない方がおかしいと思わないか?
俺は無自覚にうーんうーんと嘆息していたようで、銀髪美少女がこう呟いた。
「嫌だったらいいけど......」
銀髪美少女は少しシュンとしている。
「い、いや!嫌なわけないだろ!!もちろん付いていくよ!いや付いていかせてください!!」
俺はベッドから下りて、頭を深々と下げながら言った。
断る理由なんてねーよ!一石二鳥所か三鳥も四鳥もの話だ。
「そう!なら決定ね!」
銀髪美少女も立ち上がり、胸に片手を当て俺を見つめながら言う。
「私の名前はカエデ・エーユエジル、17歳、目標は魔王を倒すこと、これからよろしくね」
そう言いながら微笑む銀髪美少女改めカエデさん。
「は、はい!俺はロイ・レンズ、同じく17歳!こんな奴ですが出来る限りサポートさせていただきます!」
こうして、俺は自称勇者の子孫カエデさんと旅をすることになった。
カエデさんは何か支度もあるだろうと一旦別れて、明日の朝に町の西門前集合ということとなった。
まさかこんなラッキーがあるとは、たまには勇気を出して行動してみるもんだ。
当然不安もあるけど、こんな強い美少女と旅が出来るなんて楽しみでしかない。
俺は明日からのことが楽しみでルンルン気分で帰路に着き、自宅の玄関前まで着いた。
が、1つ忘れていたことがあった。
買い物するのを忘れていた。
ヤベー!母さんに怒られる!
って思ったけど、明日から旅に出ることを言ったらそこまで怒られないかな。
っと楽観視して扉を開け、中に入った。
このとき俺はまだ気づいていなかった。忘れていることが買い物だけではなかったことを......