幻肢駆使{マルタマティ}
キタは、歩いている。
相変わらずの黄ら顔で、いかつい身体をくゆらせて、歩いている。
ここは、公園内。
キタが住む、リョウ探偵事務所すぐ近くの公園、だ。
「話、聞いてや!」
「聞いてるやん!」
また、だ。
またしても、だ。
公園のベンチに座るカップルの言い争いに、今日も、出会った。
よく、出会う。
特に、ここんとこ毎日、だ
カップルとキタの生活サイクルが交差するのが、ここの地点、この時間帯、なのだろう。
『そんなにしょっちゅうケンカするなら、別れればいい』と思うのだが、そうはいかないらしい。
毎日、別れずに、ケンカを、繰り返している。
お互い、心の奥底では、好き合っているのだろう、絆もそれなり強いのだろう。
女と男の仲のことは、よう分からん
キタは、二人の言い争いを横目に見ながら、通り過ぎる。
通り過ぎようと、する。
「あの」
キタは、話し掛けられる。
キタは、思わず、声する方を、向く。
そこには、最前のカップルが、顔を揃えて、キタの方を、向いている。
えっ
キタは、キョトンとして、二人を、見つめる。
よう声、掛けたな
自分のことながら、キタは、感心する。
キタは、自分のことを、『コワモテ』と、思っている。
確かに、顔は、黄色く、いかつい。
体格も、いかつい。
背も、高い方だ。
ただ、自分では、気付いていないことが、ある。
醸し出す雰囲気、だ。
オーラと、言い換えてもいい。
その雰囲気は、人々を癒すと共に、なんとなく、頼りがいを感じてしまう。
言うならば、癒し系の熊さん。
よくある例えなら、気は優しくて力持ち。
カップルの二人も、キタの雰囲気の虜、となったのだろう。
『この人なら、助けてくれる!』と、思ったのだろう。
「何?」
キタは、返事をする。
それ以外、返事しようが、ない。
「話、聞いて、くれませんか?」
女の方が、言う。
ここまで言われては、断れない。
すがりつく様な瞳で言われては、断れない。
キタは、息を吐いて、心を、決める。
「ええで」
「で、ここに連れて来た、と」
リョウは、キタに、尋ねる。
リョウは、相変わらず、だ。
達磨が、高機能車椅子に、乗っている。
それが、リョウだ。
リョウに、腕と脚は、無い。
両肩から先は、無い。
両股関節から先は、無い。
押したら、転がりそうだ。
尤も、だからこそ、バランス感覚に、勝れているが。
高機能車椅子の上に鎮座し、高機能車椅子を、自在に使いこなしている。
リョウが、この探偵事務所のオーナー。
オーナー兼探偵。
キタは、住み込みの探偵助手。
住み込みの探偵助手は、あと二人ほど、いる。
「うん」
キタは、返事しながら、上目で、リョウの顔色を窺って、囁く。
「あかんかったか?」
リョウは、カップルに聞こえない様に、キタに、囁く。
「連れて来たもんは、しゃーないやろ」
リョウは、表情を一変させて、カップルに、向き直る。
にこやかに、向き直る。
「ようこそいらっしゃいました。
何か、お困りですか?」
カップルに、尋ねる。
「それは、俺から、説明するわ」
普段、無口なキタが、口を開く。
いつになく、積極的。
責任を感じている、のだろう。
「俺が聞いたこと、イチから、話すわ ・・ 」
キタによる話が、始まる。
キタによると、二人は恋人同士。
女の方の名は、マルタ。
男の方の名は、マティ。
結婚の約束をして、同棲も始めている、ある意味、順風満帆なカップル。
それが、ささいな行き違い(キタによると)から、仲違いを起こしている、らしい。
「その原因やけど ・・ 」
キタが、ちょっと、口籠る。
『俺には、よう分からん』と言わんばかりに、口籠る。
「続きは、私から、説明します」
キタの後を引き取り、マルタが、口を、開く。
「彼が、私の話を、まともに聞いてくれないんです」
マルタが言うと、マティも即、反応する。
「お前もやないか!」
まあまあ
リョウは、言い争いを遮る様に、微笑む。
腕があれば、『抑えて抑えて』のゼスチャーを取っていたこと、だろう。
「何で、お互いの話を、聞こうとしないんですか?」
リョウは、二人に、問い掛ける。
「それなんやけど ・・ 」
結局、キタが、説明を、始める。
「お互い、『推し』が、違うらしい」
「推し ・・ ?」
「ファンとか追っかけとか、そんな感じ」
「いや、推しは分かるけど、そんなに違うんか?」
「違う、らしい。
お互いが、お互いを理解できんほど、違うらしい」
「ちなみに」
「うん」
「誰が、何推しなん?」
「女のマルタさんの方が」
「マルタさんの方が」
「仏像」
「仏像か~」
「男のマティさんの方が」
「マティさんの方が」
「アイドル」
「アイドルか~」
「な。
全く違うやろ」
「そやな。
共通点が、見出しにくい」
リョウは、マルタとマティを、交互に、見つめる。
ハア
息を、抜く。
「それで ・・ 」
まだ、あんのか!
とでも言う様に、リョウは、眼を、見開く。
口を開いたキタに向かって、眼を、見開く。
「今では、生活パターンも、お互い、かなり違って来たらしい」
「どんな風に?」
リョウは、ウンザリ気味に、尋ねる。
「マルタさんは」
「マルタさんは」
「仏像推し、やから」
「うん」
「寺院を訪ねることが、多い」
「そら、そやな」
「よって」
「よって」
「行動時間帯が、朝から夕方、になる」
「そら、そうなるやろな」
リョウは、さもありなん。
「対して、マティさんは」
「マティさんは」
「アイドル推し、やから」
「うん」
「ライヴとかイベントに行くことが、多い」
「そら、そやろな」
「よって」
「よって」
「行動時間帯が、夕方から深夜、になる」
「そら、そうなるやろな ・・ って、あかんやん!」
リョウは、思わず、ノリツッコむ。
ノリツッコミに続いて、言う。
「全然、あかんやん。
すれ違いまくり、やん」
「そうらしい。
で、お互い、疑問を持つ様になって来た」
「どんな疑問や?」
「『これって、付き合ってんのか?』とか、原点回帰的な疑問」
「ああ~、それか。
大体、言いたいことは、分かった」
「だから、別れん為にも」
「にも」
「『話し合いをしよう』として、マルタさんが話しかけるも」
「かけるも」
「マティさんが」
「マティさんが」
「全然、話を聞いてくれん、らしい」
「ああ~、そう云うことか」
リョウは、思わず、苦笑する。
「だけど」
「だけど」
「マティさんは、『聞いてるつもり』、らしい」
「う~ん、『男女間では、よくあるやつ』やな。
でも、どっちにしても、お互いの意思疎通が出来てないことには、
変わりないわな」
「そやねん」
キタの顔が、生気を、失くしている。
話し疲れた様、だ。
「大体、分かった」
リョウは、キタを、解放する。
キタは、あからさまに、ホッとする。
「マルタさん、マティさん」
リョウは、高機能車椅子を少し動かし、マルタとマティに、向き直る。
マルタとマティを、じっと、見つめる。
マルタとマティは、達磨状態のリョウに見つめられ、もじもじする。
眼のやり場にも、困る。
「一週間」
「「 はい? 」」
マルタとマティは、同時に、訊き直す。
「一週間、何も言わずに、お互いの趣味に、付き合ってください」
「はあ」
マルタが、渋々、返事する。
返事して、続ける。
「一週間、ですか?」
「とやかく言うのは、それからにしましょう」
「『二、三日で、いい』様な気も、しますけど」
「一週間は、相手の趣味に付き合うと共に、
『相手への不満・要望を挙げ、改善策を考える期間』に、しましょう」
「はあ」
マルタは、渋々、了解する。
見れば、マティも、カクカク頷いている。
「ま、とにかく、一週間」
リョウは、マルタとマティに、言い渡す。
「で、どんな感じ?」
「どんな感じや?」
「どんな感じだい?」
リョウが、訊く。
モタとウタも、訊く。
モタとウタは探偵助手、リョウの助手。
リョウとキタと、同居している。
この話を聞きつけて、経緯を強引に聞き出し、同席している。
『何で、モタとウタが、訊くねん』と思いながらも、キタは、答える。
「あかん」
リョウは、即、問い質す。
「何で、また?」
キタは、溜めて、口を、開く。
「最初は、良かったんや」
「それが、続かんかったんか?」
「そや。
続かんかった」
「何で、また?」
リョウは、不思議そうに、問い直す。
「なまじ」
「なまじ」
「最初は、お互いの話を聞く体勢であった為に」
「為に」
「お互い、自分の趣味のことを」
「趣味のことを」
「『ここぞ!』とばかりに」
「ばかりに」
「ガーーーと、一気呵成に、捲し立ててしもた」
「あ~~~ ・・ 」
リョウは、思わず、声を、漏らす。
それは、確かに、ウザい。
「で、お互い、今まで以上に相手がウザくなって」
「そやろな」
「平行線が、ますます離れた」
「そうなるわな」
聞いていたモタは、赤ら顔に、眉間皺寄せイライラを、浮かべる。
聞いていたウタは、青ら顔に、ワイドショット右人差し指立ての姿勢で、人差し指を、廻す。
(ワイドショットは、ウルトラセブンが出す光線の体勢で、胸元で水平に構えた左腕の先に、右腕を90度の角度に立てて構える体勢。)
・・ ・・
・・ ・・
・・ ・・
・・ ・・
四人の間に、沈黙が落ちる、天使が走る。
「 ・・ やっぱり、そうだな」
ウタが、右人差し指を、プロフェッサーの様にくゆらしながら、切り出す。
唐突に、切り出す。
三人は、ポカン顔。
「やっぱり?」
リョウが、ウタに、問う。
「うむ。
やっぱり」
「何が、やっぱり?」
リョウは、重ねて、問う。
「外に、敵を、作ろう。
敵と云うか、対抗相手を、作ろう」
「何で、また?」
ウタは、またもやここで、右人差し指を、くゆらす。
プロフェッサーの様に。
「内部を団結させるには、外に敵を、作ればいい」
「内部?」
「この場合は、マルタさんとマティさん、だな」
ああ、なるほど
リョウは、得心する。
キタも、『よくは分からんけど、ええ案なんやろ』の顔、だ。
モタは、相変わらず、眉間皺寄せイライラ赤ら顔。
ウタは、一人腑に落ちていないモタに向けて、言う。
「仏像推しとアイドル推しとは、全く異なる推しを、提示すればいい」
「はい?」
モタは、変わらず、眉間皺寄せイライラ赤ら顔。
「つまり」
「つまり」
「マルタさんとマティさんと、全然共通点が無い様な趣味な人を、
見つけて」
「見つけて?」
「その人と、マルタさん&マティさんを、競わせる」
なんや
『早よ、そう言え』とばかりに、モタは、顔から、力を抜く。
「で、どうするんや」?
モタは、ウタを、見る。
ウタは、その視線を受け流して、キタを、見る。
「どうする?」
キタは、その視線を受け流して、リョウを、見る。
「どうする?」
リョウは、キタの視線を、受け止める。
受け止めて、眼を、瞑る。
そして、沈思黙考に、入る。
・・ ・・
キタとモタとウタが見つめる中、リョウは、考える。
眼を瞑り、考え続ける。
・・ ・・
・・ ・・ パチッ!
リョウの眼が、開く。
「あった」
リョウが、静かに、告げる。
「あった?」
キタが、尋ねる。
「マルタさんとマティさんの、共通点」
「共通点?」
「仏像推しとアイドル推しの、共通点」
そんなん、あるんかいな?
キタには、思い付かない。
キタとモタは、素直に、顔に、?マークを浮かべている。
ウタは、斜交いに構えながら、顔に、?マークを浮かべている。
「仏像は、謂わば、ただの造形物、や」
「はい?」
「謂わば、木や鉱物や漆で出来ている物、に過ぎん」
「そら、そやな」
「が」
「が?」
「人々の思いの対象・象徴になることで、尊い存在となっている」
「なるほど」
キタは、頷く。
モタとウタも、続いて、頷く。
「アイドルも、それと同じ」
「はい?」
「俺らと同じ人間、に過ぎん」
「そら、そやな」
「が」
「が?」
「人々の思いの対象・象徴になることで、親しまれる存在となっている」「
「なるほど」
で?
キタは、尋ねる様に、リョウを、見つめる。
モタとウタも、続いて、見つめる。
リョウは、「フッ」とばかりに、息を抜く。
腕と手が有れば、仕草も付け加えていたこと、だろう。
「だから」
「だから?」
「偶像や造形物の存在を推しにしていない人間を、
マルタさんとマティさんに、ぶつければいい」
う~ん
う~ん
う~ん
イマイチ、キタもモタもウタも、腹に落ちていない。
「具体的には?」
ウタが、縦にした右人差し指をくゆらせて、リョウに、問う。
「具体的に ・・ か ・・ 」
そこまでは、リョウも、考えていなかった、らしい。
途端に黙って、眼を瞑って、考え込む。
ウタもキタもモタも、リョウの返答を、待つ。
・・ ・・
・・ ・・ パチッ
今度は、早かった。
リョウが、眼を、開く。
「具体的には」
「具体的には?」
キタが、喰い気味に、訊く。
「フィギュアとかそう云うもんと疎遠な人を、
マルタさんとマティさんに、会わせたらどうやろう?」
「そんなやつ、いるか~」
「探せば、いるやろ」
キタの問い掛けに、リョウが、答える。
おっ
今回のキタは、責任感からか、饒舌だ。
リョウは、秘かに、感心する。
感心して、続ける。
「ほら、正反対の趣味の人とかそんな人」
「 ・・ こう云うやつとか、かい?」
ウタが、別の依頼案件書類を、提示する。
モタが、担当になっている案件、だ。
リョウは、その依頼案件書類に、改めて、眼を通す。
「 ・・ そう、こんな感じの人!」
リョウに腕脚があれば、飛び上がって降り廻していたこと、だろう。
ウタが持って来た、依頼案件。
それは、所謂、鉄っちゃん(鉄道推し)に関するもの、だった。
と云っても、乗り鉄や撮り鉄ではない。
割と珍しい、時刻表鉄。
つまり、時刻表一冊を手に、空想旅行をする鉄、だ。
何時何分発、何時何分到着で、日本中を巡る鉄、だ。(あくまで、頭の中でだが。)
「VSに、なってんのか?」
モタが、疑問を、呈する。
ウンウン
キタとウタが、頷く。
「なってる」
リョウが、自信満々に、答える。
「方や、他者に向ける偶像崇拝に、面白味・愉しみを見出す者
(アイドル推し、仏像推し)」
「おお」
「方や、自分に向ける思考錯誤に、面白味・愉しみを見出す者
(時刻表鉄)」
「おお」
「まるで、違う。
対照的に、異なる」
リョウは、モタに、言い切る。
「そう云えば、そうだな」
ウタが、リョウに、答える。
答えて、続ける。
「それで、実際、どうするんだ?」
ウタが、核心を突いて、問う。
「直接、会わせる」
力技!
ここに来て、力技か!
ウタは、呆れながらも、眼を、丸める。
キタとモタも、釣られて、眼を、丸める。
「一席設けて、邂逅してもらう」
リョウは、重ねて、言う。
自信満々、だ。
いやいや、それ、策とは言わないだろ
ウタは、リョウに、心の中で、ツッコむ。
「キタ」
「おお」
「モタ」
「おお」
「先方に、連絡だ!」
ビシッ
リョウに腕と手があれば、腕と手を掲げて、歌舞伎の様に、見栄を切っていたこと、だろう。
いいのか、それで
ウタは、満足気なリョウと、動き出したキタとモタを眺め、(心の中で)ため息をつく。
よかった、らしい。
四人(リョウ、キタ、モタ、ウタ)の思惑とは、逆の結果となった、が。
VSには、ならなかった。
いがみ合うことは、無かった。
マルタ、マティ、時刻表鉄が邂逅した結果、三人は、意気投合する。
求めるものは異なれど、真摯に愛好する立場を、お互いが尊重する。
ある意味、同志的な集い、となる。
相互の会話も、上手く、廻る。
それぞれの愛好するものについて、熱く語る。
残りの二人は、ちゃちゃを入れずに合いの手を入れながら、穏やかに聞く。
なんとも心地好い空間・時間が、築かれる。
まるで、トリオ漫才のネタの様、だ。
ここに至って、リョウ一味の目論見は、完全に崩れる。
が、目的は、達成される。
仲が悪い、アイドル推しと仏像推しのカップル。
そこに、一人加わることで、時刻表鉄が一人加わることで、
カップルの仲の悪さは、解消される。
それどころか、仲が良くなっている様にも、見受けられる。
三人とも、生き生きしている。
『雨振って、地固まる』ってやつ、やな
リョウは、不思議な成り行きを、眺めて思う。
とにかく、目的は、達した。
リョウもキタも、モタもウタも、仲良くなってくれれば、文句は無い。
ある日、チケットが、届く。
三人から、チケットが4枚、届く。
チケットが入っていた手紙に、便箋が、同封されていた。
内容は、お礼と近況、イベントのチケットのこと、だ。
三人は、自分達の得意分野をそれぞれ発揮して、イベントを企画した、らしい。
そして、それを実行に移した、らしい。
そのイベントのチケット、だ。
アイドル推しと、
仏像推しと、
時刻表鉄が主催するイベントだから、想像がつかない。
が、それぞれの推し仲間が、参加してくれるので、盛況らしい。
既に、チケットは売り切れ、とのこと。
仲間は、全国から、馳せ参じる。
遠いところからの遠征、だ。
交通手段を、検討しなくてはならない。
一泊する人間も、多数。
そんな時、時刻表鉄が、活躍する。
お客各人一人一人に、適した交通手段を、示す。
鉄道ならば、乗る路線、出発・到着の時刻まで、示す。
ついでに、お手頃な宿泊施設まで、紹介する。
お陰で、遠征での参加者には、すこぶる評判がいい。
アイドル推し、仏像推し、鉄っちゃん(鉄道推し)の垣根は、限りなく低くなる。
イベント内容を見ると、アイドル推し、仏像推し、鉄の混合イベント、らしい。
各コーナーがあって、参加型のイベントと、なっている。
『三推しの融和は、ますます進む』、だろう。
喜ばしい
リョウは、便箋を読み、微笑む。
便箋を覗き込んでいた、キタ、モタ、ウタも、微笑む。
イベントを翌日に迎えた、前日の夕刻。
三人が、揃って、リョウ探偵事務所を、訪ねる。
『『 何や、何や?! 』』
キタとモタが、怪訝気に、対応する。
リョウが、出て来るや、三人は、立ち上がる。
立ち上がって、一斉に、頭を下げる。
「「「 助けてください! 」」」
声を揃えて、リョウに、助けを、乞う。
リョウとキタとモタは、てっきり順調にいっていると思っていたので、面喰らう。
「どうしたの?」
いつの間にか出て来ていたウタが、訳を、問う。
「照合が、できないんです」
マルタが、代表して、答える。
「照合?」
リョウが、問いを、重ねる。
「発券したチケットの照合、です」
「チケット発券しているから、大丈夫なんちゃうの?」
現物を手にしているから、お客さんは大丈夫では?
リョウは、その意味を込めて、訊き直す。
「それが ・・ 」
「それが?」
「電子発券、なんです」
「ああ、そういうことか」
スマホに、チケットが発券される。
それを会場で見せて、入場する。
『ちゃんとしたチケットなのか?』を、確かめる必要が、ある。
それには、チケットの照合を、しなくてはならない。
「何で、また?」
リョウは、不可思議気に、マルタに、尋ねる。
「照合作業には、パスワードが必要なんですけど」
「うん」
「そのパスワードが、使えなくなったんです」
「何で、また?」
リョウは、同じ問いを、繰り返さざるを得ない。
「定期的なパスワード変更の時期と、重なってしまって」
「ありゃ」
「半日か一日待てば、新パスワードは、連絡されて来るんですけど」
「それなら、ええやん」
マルタは、リョウに、ちょっと『キッ!』とした眼を、向ける。
「だから」
「だから?」
「その時が、丁度、チケット照合の時期と被ってるんで」
「新パスワードが来るのを、待ってたら」
「待ってたら?」
「チケット発券が、手遅れになるんです」
「 ・・ ああ、そう云うことか」
チケット照合、できない。
チケットが、発券できない。
イベントに、人が入れられない。
イベント、失敗。
イベント、大赤字。
主催者達・同好者達、みんな、ダメージを喰らう。
『俺らは、やっぱり、アウトサイダー ・・ 』の自虐に、陥りかねない。
アイドル推し、仏像推し、鉄っちゃんは、元のスタンド・アローン状況に、陥りかねない。
「それは、あかんやろ」
リョウは、『キリッ』とした眼を、マルタに、返す。
「 ・・ でも ・・ 」
一転、マルタは、眼を、伏せる。
「何も、いい手が、浮かばなくって ・・ 、
打開策が、打ち出せなくって ・・ 」
一分一秒を争う時であるのに。
そうであるのに、何も手が、思い付かない。
時間が、過ぎ去るばかり。
マルタの焦燥感、じりじり感は、手に取る様に、分かる。
それは、マティも時刻表鉄も、同じ。
リョウの眼が、光る。
「分かった。
なんとかする」
リョウは、マルタ、マティ、時刻表鉄を、帰す。
「リョウ」
「ん?」
「どうすんねん?」
キタが、リョウに、訊く。
三人が帰るや否や、訊く。
「力技、やな」
「力技?」
「幻肢を飛ばして、新パスワードを見る」
リョウは、自信満々、だ。
自信満々で、続ける。
「幻肢を駆使して、新パスワードを見て、LINEか何かで、
三人に伝える」
キタは、顔を、曇らす。
「でも」
「でも?」
リョウは、不可解そうに、キタに、問う。
「新パスワードが分かっても、LINEを送る為には、
スマホ操作せなあかんやん」
「そやな」
「スマホ操作って、スマホに実際に触ることやん」
「そやな」
「実際に触るって、物理的なことやん」
「そやな」
「幻肢、一つしか、使えへんやん」
リョウは達磨、だ。
腕・脚が、無い。
腕は、肩先から、無い。
脚は、股関節先から、無い。
が、
リョウは、肩先から、股関節先から、伸ばせる。
光りに彩られた腕や脚の様なものを、伸ばせる。
理論上、際限無く、どこまでも、伸ばせる。
それを、幻肢と、呼んでいる。
幻肢は、ものをすり抜けて、飛んで行く。
ある意味、物理現象に、囚われない。
囚われない代わり、マイナス面も、ある。
『見るだけ』『聞くだけ』ならば、それで、充分。
でも、『触る』『動かす』は、それだけでは不可能、だ。
が、
よくしたもので、幻肢でも、物理現象、つまり『触る』『動かす』を行なうことは、できる。
しかし、その場合、幻肢は、一つしか、伸ばすことができない。
左腕(左肩先)、右腕(右肩先)、左脚(左股関節先)、右脚(右股関節先)のどれか一つしか、幻肢として、伸ばすことができない。
キタが、リョウに指摘したのは、この事実。
チケット照合の為の新パスワードは、三ヶ所に於いて、手に入れなくてはならない。
それは、マルタ、マティ、時刻表鉄との会話で、確認できている。
それぞれの推し(仏像、アイドル、鉄道)で、主に使用しているチケット発券システムが、異なる。
それを統合していればよかったのだが、各自のシステムを使用して、進めていた。
まあ、合併を繰り返した銀行の様なもの、だ。
その為、今の事態に、陥っている。
三ヶ所に渡って、新パスワードを確認する事態に、陥っている。
新パスワードへの切り替えは、時間差でやってくれれば、よさそうなものだ。
それなのに、三人が利用している三つの会社共、旧パスワードから新パスワードへの切り替えは、一律一斉にしている。
決済システム会社・金融機関等は、『その方が、都合がいいから』だろう。
決済システム会社・金融機関等は、考慮してくれない。
こちらの事情を、考慮してくれない。
顧客至上主義とか言っているが、本音では、『お前らが合わせろ』ってなとこだろう。
つまり、
リョウは、一時に、三ヶ所で、新パスワードを、確認しなければならない。
そして、
マルタ、マティ、時刻表鉄に、それを伝えなければならない。
そう、リョウは、しなくてはならない。
三ヶ所で新パスワードを確認し、それらのパスワードを伝える為に、実際に、スマホ等を操作しなくてはならない。
『どうするんや?』
『どうすんねん?』
『どうするんだい?』
キタ、モタ、ウタは、問い掛ける様に、思う。
フフフ
リョウは、含み笑う。
何か案が、あるらしい。
「ウタ」
「僕かい?」
「ちょっと、こっち、来てくれ」
ウタが、ウタだけが、リョウの元に、呼び寄せられる。
「耳、貸して」
リョウの言葉を受けて、ウタは、リョウの口に、耳を寄せる。
・・ ぼそぼそぼそ ・・
・・ ぼそぼそぼそ ・・
「なるほど」
ウタは、頷く。
ワイドショット右人差し指立ての姿勢で、右人差し指をくるくる廻しながら、頷く。
頷いて、続ける。
「それならば、上手く行きそうだ」
『何や?』
『何やねん?』
ハミゴにされたキタとモタは、あからさまに、不満気。
不満気だが、この役目は、キタとモタでは、心許無い。
ウタが、適任。
「まあ、任せとけ」
リョウが、キタとモタに、告げる。
「事が済んだ後に、各当事者に、確認してくれればいい」
ウタが、リョウの後を受けて、告げる。
・・ けっ
モタが、顔を、歪める。
キタは、モタをなだめる様にモタの眼を見て、『任せとこ』と、ほがらかに頷く。
「さて、始めるか」
リョウが、口を、開く。
キタとモタが、自分の部屋に戻ったのを確認して、口を、開く。
「始めてくれ」
ウタが、答える。
自分のスマホを手にして、答える。
リョウが、眼を、閉じる。
と、
リョウの身体の真ん中、正中線に、光が、走る。
光は、正中線から、四方向に、分かれる。
上部と下部の左右、四方向に、分かれる。
左上部に走る光は、左肩先へ、伸びる。
右上部に走る光は、右肩先へ、伸びる。
左下部に走る光は、左股関節先へ、伸びる。
右下部に走る光は、右股関節先へ、伸びる。
左肩先へ伸びた光は、左肩先に、到達する。
到達しても、そのまま、伸びる。
光は、左肩先を、越えてゆく。
右肩先へ伸びた光は、右肩先に、到達する。
到達しても、そのまま、伸びる。
光は、右肩先を、越えてゆく。
左股関節先へ伸びた光は、左股関節先に、到達する。
到達しても、そのまま、伸びる。
光は、左股関節先を、越えてゆく。
右股関節先へ伸びた光は、右股関節先に、到達する。
到達して、そのまま、止まる。
光は、右股関節先を、越えてゆかない。
左右肩先から、左股関節先から伸びた光は、どんどん伸びてゆく。
壁越え、窓越え、ドア越え、伸びてゆく。
障害物を、すり抜けてゆく。
それは、まるで、リョウに生えている。
腕と左脚が生えた様、だ。
光の腕・脚は、伸びる。
関節が無く、ぐにゃぐにゃ自由自在に、伸び続ける。
光の腕・脚は、景色の光に紛れ、存在感も、失われている。
視覚では、捉え切れない。
光の腕・脚は、増々、伸びる。
左腕様の光は、マルタの新パスワードを知りに、
右腕様の光は、マティの新パスワードを知りに、
左脚様の光は、時刻表鉄の新パスワードを知りに。
走る。
伸びる。
すり抜ける。
・・
走る。
伸びる。
すり抜ける。
・・
到達する。
光の腕・脚は、新パスワードを知る為に、到達する。
見る、確認する。
リョウは、新パスワードを確認する、頭に叩き込む。
それを、唇に、乗せる。
リョウは、口を、開く。
リョウの前には、スタンバイしている。
ウタが、スマホを手に、スタンバイしている。
「********」
リョウが、呟く。
「ほい」
ウタは、スマホに、それを、打ち込む。
それを、LINEで、送る。
マルタの元へ。
「********」
リョウが、再び、呟く。
「ほい」
ウタは、スマホに、それを、打ち込む。
それを、LINEで、送る。
マティの元へ。
「********」
リョウが、三たび、呟く。
「ほい」
ウタは、スマホに、それを、打ち込む。
それを、LINEで、送る。
時刻表鉄の元へ。
これで、OK。
新パスワードは、三人に、伝わった。
チケット照合、OK。
チケット発券、OK。
イベント開催、OK。
後は、イベントの結果次第。
成功か失敗かは、本人達と周りの尽力、同好者達の協力に、かかっている。
これで、リョウ、キタ、モタ、ウタのできることは、済んだ。
リョウ探偵事務所側の仕事は、終わる。
「一件落着、やな」
キタが、言う。
今回、キタは、饒舌だった。
キタなりに、責任感を感じていた、らしい。
イベントは、大成功に、終わる。
次回開催も期待されている様、だ。
リョウは、依頼書二枚を、見直す。
依頼内容をまとめた文書、だ。
一方の依頼人は、マルタ、マティ。
担当は、キタ。
もう一方の依頼人は、マチルダ。
担当は、モタ。
「ん?」
リョウは、気付く。
「モタ」
「ん?」
「時刻表鉄っちゃん、名前、マチルダやったんか?」
「おお、そや」
「なら」
「なら?」
「マルタ、マティ、マチルダで、図らずも、3M」
「そやな。
近い名前やな」
リョウは、続ける。
「で」
「で?」
「もう一つ」
「もう一つ?」
モタは、怪訝な顔を、する。
キタも、同じく。
「依頼日」
「依頼日?」
「マルタさんとマティさんの依頼日の前日、やったんか?」
「ああ、ちょうどリョウいいひんかったから、知らんかったんやろ」
「そうか ・・ 」
「何や?
何か気になるんか?」
モタが、怪訝そうに、尋ねる。
キタも、顔に、?マークを、浮かべている。
「なんか ・・ 」
「なんか?」
「上手い具合に、二人を仲直りさせる為に、登場して来た様な感じがして」
「 ・・ そう言われてみれば、そやな」
モタが答え、キタは頷く。
マルタ(MARTA)+マティ(MATI)=マチルダ(MATIRD(T)A)、か ・・
『依頼日が出来過ぎている』、か ・・
リョウは、不可思議そうに思うも、更には、思い至らない。
『『 まあ、ええやんけ 』』
キタとモタの顔は、饒舌に、物語っている。
まあ、そやな
リョウは、笑顔を、返す。
マチルダの依頼書の住所は、当時は無かった。
正確には、番地が、無かった。
それが、出来たのは、五十年後。
マルタとマティが結婚して、男女兄弟の二人の子が、出来る。
二人の子は、マルタとマティの家を、自分達が生まれ育った家を、相続する。
二人の子は、仲良く二人して相続したが、便宜上、番地を分ける。
そこで初めて、マチルダの住所は、出来る。
所在地の番地まで、正確に出来る。
女の子は、ある日、母親のマルタから、聞く。
結婚前のことを、聞く。
結婚前に一度、別れる寸前まで行った、らしい。
その時、上手いこと二人を仲介してくれる人が出来て、『助かった』、らしい。
その人は、女の人で、鉄っちゃんだった、とのこと。
撮り鉄とか乗り鉄とかではなくて、時刻表を見て空想旅行を楽しむ、時刻表鉄だった、とのこと。
「あれきり一切、連絡取れんようになってしもた。
あの人がいいひんかったら、
結婚できてないし、あんたらも授かってないし、
もう一度会って、お礼言いたいわ」
しみじみ、マルタは、言う。
女の子は成人し、家を相続する。
マルタとマティは、揃って施設に入り、悠々自適の生活を、送る。
そんなある日、女の子は、訪問を、受ける。
「こんにちは、ひいひいおばあちゃん」
その子は、そう言って、女の子の元へ、訪ねて来る。
その子が言うには、
「過去は、確定しなくてはならない」
「でないと、未来は、変わってしまう」
「だから、ひいひいおばあちゃんを迎えに来た」
らしい。
女の子は、その子に導かれるまま、何かの乗り物に乗り込む。
何故か、その子に『愛しいもの、親しいもの』を感じ、導かれるまま乗り込む。
乗り物が進んでいる道すがら、女の子は、その子から、説明を受ける。
受けて、自分のすべきことを、認識する。
自分の役割と責任を、強く、心に置く。
女の子が降り立ったのは、両親が若い時。
マルタとマティが、まだ結婚する前で、付き合っている時分。
女の子は、マチルダと名乗り、リョウ探偵事務所を、訪れる。
その子は、言う。
「ひいひいおばあちゃんが役目を果たせたら、連絡してちょうだい。
連絡くれたら、迎えに行く」、と。
女の子は、役目を果たすないなや即、その子に、連絡を入れる。
これ以上は、キツかった。
両親を騙しているみたいで、キツかった。
女の子は、乗り物の乗り込む際、振り返る。
そして、遠くを見て、呟く。
「お母さん、お父さん、さよなら。
でも、すぐに、こんにちは」
{了}