転校するぼくを帰したくないラスト通学路 VS 美人お姉さんとお母さんとぼく。
1
それはある夏の日。
小学四年生の一学期の最終日でした。
ぼくは他の市に引っ越すことになり、二学期から転校が決まっていたので、その日がそれまでの学校に通う最後の日だったんです。
仲の良い友だちと学校でお別れをすませ、ひとり、とぼとぼと帰り道を歩いていました。
「この道を歩いて帰るのも、もう最後なんだな」
子どもながらに、少し感傷めいた気持ちになってきました。
それまで何とも思わなかった只の帰り道が、その時だけは特別な道のりに感じられてきました。
夏の夕焼けがあたりを色付け始め、当時少しぽっちゃりしていたぼくの少し太めの影が、地面の上に長く伸びていました。
2
ふと気がついた。
――うそ。
ホントはだいぶ前から気がついてた……。
「あれ、さっきも通ったところだ」
正直にいうと、気づいてないフリをしていました。
実はさっきから、何回も同じところを通り過ぎているのです。
この落書きされている電柱のところ、もう5回も通り過ぎている。
20分もあれば家につくはずなのに。
周りもだんだん暗くなってきていて。
「あれー。帰れない……」
だんだんと気持ちが落ち込んでいくのを自覚して。
とても心細くて、気を抜くとなみだが溢れそうになってきて。
ほとんど泣きそうになっていた時、前から女の人が歩いてきました。
すれ違う時に泣きそうな顔を見られたくなかったぼくは、前を見ずに地面をにらみながら通り過ぎようとしました。
3
「あれっキミは……ハル君だったよね。こんにちは、というかこんばんは。こんな時間にひとり? 早くおうちに帰った方がいいよー」
声をかけられたので顔を上げて女の人を見ました。
すると、名前は忘れちゃったけど、近所に住んでいる美人なお姉さんでした。
知ってる人に会えたことで、ぼくの涙腺は崩壊しました。
「えぐっ、えぐっ、うぐっ」
「わっ、ハル君、どうしたの」
ぼくはお姉さんに、かくかくしかじかと、ここまでの出来事を相談しました。
4
「ふふっ。きっとあなたが可愛いから、この通学路さんもあなたとまだお別れしたくないのね。おうちに帰したくないのよ」
「通学路が家に帰したくない? そんな事ってあるの?」
お姉さんは、ふふっと微笑んで、いい匂いのするハンカチを取り出すと、ぼくの顔の涙を拭ってくれました。
「いい子だからもう泣かないで。ほら、私についてきて?」
「うんっ!」
やった、これでやっと帰れる!
ぼくは喜び勇んで、お姉さんの美しい形のおしり見ながら追いかけた。
5
「よかったわね、お家についたわよ」
「あっ、うん」
「ほら、早く入って」
「ありがとう、お姉さん」
当時のぼくの家はキッチンという言葉よりも台所というのがお似合いの古い一軒家でした。
お礼をいってひとり家の玄関に入ろうしたんだけど、お姉さんもいっしょについてこようとします。
「あれ、お姉さんもうちに来るの?」
「そうよ」
「ふーん、そう」
不思議に思いながらも、ぼくはお姉さんといっしょに家に上がりました。
すると、どことなく変です。
家の中がいつもより暗い気がする。
それに、玄関からの廊下がいつもより長いような……。
台所のテーブルってこんな形だっけ。
テレビの大きさも違う……?
何かが変だ。
ナニカがオカシイ。
ここで、このお家はぼくの家に似ているけど、全然知らない別の家だと気がつきました。
そして、
このお姉さんは。
ぼくはどうして、見ず知らずの女の人を近所のお姉さんだと思っちゃったんだろう。
この人は全然知らない人だった。
「ふふっ。ダメだよ。知らない人に着いてきたら」
知らないお姉さんがぼくの手を握ってきた。
ぼくが逃げないように……?
するととつぜん握った手をお姉さんが強く引っ張って、台所のテーブルの下にぼくを押し込みました。
「ただいまー」
今度は、玄関のところで大人の男の声がしました。
もちろん知らない声です。
家の中が震えるような、とても低くて不気味な声です。
ドタドタと大きな足音を立てて、声の主はぼくのいる台所まで来ました。
すると、ぼくに気づいてない様子でお姉さんと話し始めます。
何を話しているんだろう?
耳をすましてみると、
「あいつ最近まるまると肥えてうまそうだ」
「そうね」
「目を付けていたのに、近く引っ越すらしい」
「らしいわね」
も、もしかして、ぼくのこと……!?
う、うまそう……って何?
ぼくを食べるつもりなの!?
お姉さんが話している相手は、とっても大きな相手だった。
ひざ下しか見えないけど、ばかでかい巨人だ。
裸足の指一本いっぽんが、ぼくの頭の大きさはあった。
もしかしたら、家の天井に頭がついちゃってるかも……??
「ずっと探しているんだが見つからない。お前あいつを見なかったか?」
「今日はまだ見てないわね」
「見つけたら教えてくれ」
「わかったわ」
6
ももも、もしかして、
お姉さん、
ぼくをこの人に食べさせるつもりですか……?
とぼくが青ざめたその時、お姉さんがサッとぼくの手を引き、台所の裏口から外に出された。
お姉さんが裏口のドアを閉め、ぼくに小声でささやく。
「ほら、ここから帰りなさい。うしろを振り返らなければきっとお家に帰れるから」
どうやら、お姉さんはぼくを巨人おじさんから匿って逃がしてくれるらしかった。
……え? 振り返らなければ?
すこし疑問に思ったぼくは、お姉さんに質問しようと後ろを振り返った。
「ダメ!!!!!」
「え?」
お姉さんがぼくが振り返るのを両肩をつかんで阻止していた。
「絶対に後ろ見ちゃだめよ。そういうルールなんだから」
「う、うん。分かった」
「偉いわね。そう。その調子で、絶対後ろを見ちゃだめよ」
ぼくは、何度も後ろに振り返りたい、後ろのお姉さんの様子を確かめたい、と思ったけど我慢した。
そして、本当の自分の家に向かって帰りを急いだ。
すると今度はちゃんとぼくの家にたどり着けそうだ。
安心したぼくは、もう後ろを見ても大丈夫だろうと、そう思った。
「こらっ、後ろ見るな!!!」
「お、お母さん!?」
いつの間にか、前にお母さんが立っていた。
「こんなに遅くなって……心配したよ、早く家に入りなさい」
「お母さん、ごめんなさい」
しかられたぼくはしゅんとなって、でもお母さんに手を握られて、本当にほっとした。
(でも、なんでお母さん『後ろ見るな』って怒ったのかな……?)
なんとなく腑に落ちなかったぼくだったけど、お母さんがぼくの手をやさしくぎゅっとしてくれたから、なんだかどうでもよくなった。
お母さんの服から、どこかで嗅いだような、いい匂いがした。
「もう、だめよ。ハル君」
~fin~
・後日談
主人公はこの後、ダイエットしてはげしくカッコよくなる予定っ。^^
〜〜
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