高級腕時計を付けて学校に行っても気付かれない
「ブランドなんて嘘だ」
俺は、教室の席に座って自分のいつも付けているチープな時計を触る。
「どうしたの?」
前の席から俺の独り言(聴こえるように言った)に反応して、こちらを向く少女。時野アキ。クルンとしている髪は、彼女のナチュラルなクセ毛だ。それを手すさびしている。
「父さんの時計コレクションから、ローレックスやオメーガとかバカ高いのをな、ほのかに見せびらかして、マウントを取ろうとしたけど、誰も気づいてくれなかった」
俺の長広舌に、アキはため息ひとつーー。
「不用心だから、やめなよ。無くしたり盗られたり、傷がついたり危ないよ」
スカートという撮られたら危ない格好をしているんですよ、あなたも。そうヒヤヒヤ感が日常を緊張というーー太ももがいいなぁ。
「あからさまに下半身に視線を向けられると気分が悪いんだけど」
「失礼。上半身に向けるな」
机の上にはさすがにのらないけど、女性らしい膨らみが目の前にあった、by俺。
「自然にしなよ」
自然と、男性の視線はいけない方向に引っ張られるんだ。
仕方ないんだ。磁石に対して、耐磁性能が足りないんだ。5cm以上近づけば、そのままくっつくよ。
「でも、もう腕時計なんてオワコンなんだなー。だいたいスマホがあれば腕時計なんていらないし」
1000回はネットで書き込まれていそうなことを、さも理性が導き出したかのように言う。ネットの意見を、俺はリピートした。リピートアフターネット。
「投資でしょ、金や宝石みたいなもので」
おっと5000回は見たようなコメントが返信された。
話を戻そう。
「俺は、どんなブランド品を付ければモテるんだ」
「コミュ力」
「人の変更できない点を責めたらいけないって、道徳の時間にならわなかったか」
差別反対って、困ったら言えって、デマゴーグも言ってた。
「コミュ力は後天的にも身につくでしょ」
「いや人には生まれ持ったコミュ力という戦闘能力があるんだ。目には見えないけど」
ピピっ、53万コミュ力を計測。残念だな、父さんの時計は53万円を凌駕している。
「思い込みです、残念ながら。思ったけど、そもそもマウント取る友達……いや知り合いがいないんじゃないの」
「ぐふぅっ!!」
やめろ。実はみんな気づいていたけど、誰も話しかけようとしないだけだったなんて悲しいこと。
傷つきました。これはイジメです。陰湿な何かだ。
「だって、今時SNSで、それとなく楽しかった経験の写真をアップするのがマウントでしょ」
現代のマウント合戦が、金持ちアピールじゃなくてリア充アピールになっている件について。
ファッションやアイテムで、上下を示す時代は終わったのか。
「俺もマウンティングしたいのに」
「山にでも登ればいいんじゃない」
高いところに登りたいバカじゃないんだ。
せめてタワマンに煙のように登りたい。
でもーー。
「ごめん、モテたいだけだった」
冷静になった。
「まぁ、そうだろうけどさ」
「なんて時計を付けて来ているの」
「俺はな、諦めることを知った。一周回って、もうモテることは諦めたんだ」
俺の腕時計はアニメとのコラボグッズ。しかも、それとなく匂わせるコラボ時計ではなく、萌え系美少女が露骨にデザインされている。
「でも、気づかれてないみたいだけど」
「俺の存在が、学校で空気な件について。KYにもなれない」
「存在感ないもんね。わたしと話さなかったら、一日話すこと
ないでしょ」
「ほっとけい」
「ああ、面白い面白い」
アキが飽き飽きしていた。
そして、俺の左腕を見てからーー。
「わたし、あなたと時計ペアルックにしてもバレない自身あるよ」
「言ったな。クラスメイトに、お前たち、付き合ってんのかよ、ってツッコマせてやりからな」
「なんかすごい無難な時計を選ばれた気がする」
ダサくないけど目立ちもしない。普通の人に溶け込むような時計。要するに、みんなが買いそうな腕時計。
「で、バレないでしょ」
「お揃いペアルックなのに。誰も気づきもしない。教室でキスしても誰も気付かないに一票」
「それは、さすがに時が止まるよ。それと、付き合ってないから。やめてね、勘違い彼氏ヅラ。訴えるよ」
「好感度パラメータが足りてない、だと」
ピピっ、53万を計算。
「どこかに上がる要素あったの」
ぐぅの音も出ない。
「彼女というブランド品があれば、モテる気がしたのに。マウントも取り放題」
世の中のモテない男に自慢するのに。
「もうね、その発言がモテない理由だよね。そういえば、ペアルックがバレなかったし、何かないの?」
「仕方ない。父さんのローレックスを譲渡ーー」
「バカ。窃盗だから」
「冗談冗談。今度、父さんズ時計コレクション見せてあげるよ」
「不用心だって言ったでしょ。学校に持ってこない」
「えっ、うちに来ればいいじゃん」
「はいはい。でも、わたし、別に時計マニアじゃないんだけど」
女子は時計と靴を見ているじゃなかったのか。
ブランド品に目がなくて、ハイブランドは全て知っているのでは。
「なんか、すごい勘違いしてそー。現実の女性とネットの女性を混同しないように」
「嘘だ。ネットは現実の鏡のはずなのに」
「歪んでるけどね」
「あれ、そういえば俺、今、女子を家に誘わなかったか」
「うん。断られたけど」
「時計はダメか。だったら、美少女フィギュアのグッズを見にーー、来るわけないな」
「よかった。理性があったみたいで」
どうすればスムーズかつスマートに女子を家に誘導できるのだろうか。好感度の上げ方を教えて欲しい。恋愛がゲーム的に進んでくれたらいいのに。
まぁ、いいや。
「今度は、高級靴で登校して、クラスメイトをアッとさせてやる」
「はい。どうせ誰にも気づかれなくて、長靴登校とかし始めるから、まともな靴を買いに行こうね」
ん、そういえば時計を一緒に買いに行ったらデートだし、靴を買いに行くのもデートなのでは。
うん、デートということにしておこう。
「私服チェックもしてください」
「はいはい、服も買いに行こうね」
よし、デート3回目の予定。よって、脈アリになるのだ。
「いや脈はないから」
「あれ、声に出したい日本語だった……」
「まぁ、見栄っ張りで目立ちたがり屋なのに陰キャという部分が治らない限りは、無理じゃない」
「そんな俺を愛してよ」
「はーい、直していこうね。自分への偏愛を」