04:ざまぁ見ろ
二人の魔女が降り立った時、すでに村は赤く燃え上がっていた。
「いい気味だわ」
あたしはそう呟いて、ふふっと笑う。
かつてあたしたちが八年間暮らしていた村。
幸せだった思い出が蘇ると共に、殺されかけたこともまた事実。
そして今度はそれを相手側が味わっている。
「嫌ぁ」
「死にたくないっ」
「助けてー」
「誰かぁ」
誰も助けに来るわけがないのに。
なんて気持ちいいのだろう。あたしたちの苦しみを倍返しにして与えてやる。
「アイス」
ガキン、と音がして、逃げ惑う老人の頭が割れた。
確かあいつはあたしたちの追放を決めた村長だったか。氷柱に貫かれ一瞬で絶命した。
「弱っちい。つまらないわ」
マディーは両親の仇討ちに行ってしまった。
後を任されたのはあたしだ。あたしがここを任せている。
なら、存分に痛ぶって殺してやろう。
あたしたちを散々酷い目に遭わせておきながら、これだけの苦痛で済むと思うな。
あたしは魔法を唱え、再び氷柱を生み出す。今度は年頃の少女に向かって投げつけた。
あれは確か……そう、マディーの友達だった女の子。
でも逃げ出したあの時、彼女は二人を助けてくれることはなかった。それどころか、石を投げていた。
あんな奴に与える慈悲はない。
彼女も地面に倒れて動かなくなった。脇腹を抉ったから恐らく死んでいるだろう。
次に目をつけたのはその子の母親だった。
ああそうそう、このおばさんの料理美味しかったわ。
そんなことを思いつつ、あたしは女性の胸を貫いた。
気づけばあたりは凍結した血が花を咲かせていた。
いいわ、いいわ、とてもいい。もっともっともっともっと復讐がしたい。足りない。これでは全然足りない。
笑いが込み上げてくる。この時のあたしは、完全に狂っていた。
楽しかったのではない。恐ろしいのだ。知っている景色が自分の手によって歪んでいく様が恐ろしくて、いっそ笑えてくる。
……けれど目の前に飛び出して来た物を見て、あたしの笑いは止まる。
それはあたしを産み育てていた両親だった。姉とそっくりな薄紅色の髪の父親と、あたしに似た青髪をした母親。
体が動かなくなる。
四年越しの再会を、あたしは一体どう捉えたか。それは――嬉しかった。
何故嬉しかった?
復讐を果たせるから? やっと手足を切り刻めるから?
――否、断じて否。
あたしは、また二人に会えたことを心から安堵していたのである。
疑問と恐怖で頭がいっぱいになる。
マディーは。そう、マディーはどうしたのだろう。
マディーは両親を殺しに行ったのではなかったか。では、彼女は一体どこへ?
いいや今はそんなことはどうでもいい。殺さなくては。今すぐ目の前の両親を殺さなくては。
『産まなければ良かった』
彼らに言われた言葉が、ふと頭をよぎる。
その瞬間、あたしの中で何かが弾けた。
「メディ――」
「アイス」
あたしの名を呼ぼうとした母親の全身が割れ砕けたのは、その直後のことである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ざまぁ見ろだわ……」
復讐というのはなんと後味が悪いのだろう。
やっと長年の恨みを果たせたはずなのに、何故か涙が出てくる。
笑みの形に歪められた顔は、しかし笑みをなしていなかった。
「大丈夫。大丈夫だよメディー」
背中をさすり、慰めてくれるのはマディーだ。
けれど彼女の声はあたしにはどこか遠く聞こえた。それは自分の涙声のせいなのか、頭の中に響く呪いの声のせいなのか、あたしにはわからなかった。
『あたしの方こそ、裏切り者だわ』
『死んでしまった方がマシ』
『母さんの言う通り、あたしは生まれてこなきゃ良かった』
『魔女』『魔女』『死ねばいいわ、こんな奴』
全て自分の幻聴だとわかっている。
けれど己の声が己を責め立てるのに耐え切れない。どうして、こんなにもあたしは辛いのだろう。
心を凍らせてからというもの、あたしはどんなに苦しい時でも泣くことはなかった。
だからこの涙は四年ぶり、幸せを失った時以来のものだった。
「ごめん。ごめんよ。あたしが悪かったよ」
マディーは、唇をかみしめて俯いた。
あたしは彼女をじっと見上げる。それはあたしが初めて見るマディーの顔だった。
双子の姉が何を考えているか、あたしにはわからなかった。
あたしはマディーとは瓜二つだが、中身は全然違う。
本当は今覚えば、復讐なんて彼女はしたくなかったのかも知れない。でもそれを生きがいに持たないと、自分とあたしの二人を支えることができなかっただけではないか。
復讐など最初から誰も望んでいなかったのかも知れない。
「――ざまぁ見ろは、あたしたちだわ」
「そうだよ。あたしたちは、間違えちゃったんだよ」
あたしたちは静かに肩を抱き合った。
目の前には、人っ子一人残っていない村がある。多くの人々はマディーの炎で、そして残りはあたしの手によって虐殺された。
「あたしは、父さんと母さんを殺したいと思っていたわ。でも、愛してもいたわ」
「あたしも。あたしも実は父さんと母さんのこと、好きだったよ」
追放され、復讐を遂げる。
願いは叶ったはずなのに、あたしたちは笑えない。
一緒になって、いつまでもいつまでも廃れた村を見つめていた。
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