PC009
きゅーわです
PC01009
(修学院初等部三年)
進級してからワンシーズンが過ぎた。
多少の問題はあれどなかなか充実した毎日を送れている。
今年の藤見会だって抹茶をたててホッと一息付けた。今回の茶菓子は一口サイズのあんドーナツ。二組の時の担任だった仲町先生をお誘いして今回も美味しく食べた。相変わらずまったりしていたら何処からともなく湧き出た俵田に拉致られてサッカーをやる事になったが。
とはいえ勉学や趣味と多方向に手を伸ばしているものの、その全てにおいてまさに完璧と言ってよい成果を上げている。
入学以来パーフェクトなテストに、ついに洋服制作をチャレンジするまでになった裁縫。嗚呼…、こんなにも人生順調で良いのだろうか?しかも将来の借金対策として作成した洋服をネットオークションで売り払って金にすれば良いのではなかろうかという素晴らしい考えまで思いついてしまった。物事が順調に運びすぎて怖いくらい。もう笑顔も笑顔。ニッコニコである。ワハハ。あー、弁当に入っているこのキンピラごぼうも美味しいし最高。やっぱりごぼうの味付けはピリ辛が正義だな。
さて、こんなにも充実した毎日においての“多少の問題”というのは昼食後、お昼休みの3組とのバトルである。
本日までの対戦成績は15勝4敗。もちろん毎日バトルしているわけではないものの、だいたい週2ペースで挑まれている。そしてだいたい勝利している。負けた4回は1組対2~4組連合とかいう数の暴力で圧倒された回数だ。戦力差が3倍とか城攻めかよ。勝てるわけがない。
本日もこの弁当を食べたらドロケイが始まるのだ。うむ。やっぱり卵焼きの味付けは砂糖が正義だな。もしゃもしゃと弁当を食べながら勝負について考えた。辛い甘い、辛い甘い…、弁当おいしい!
始まりましたドロケイ勝負。
我々は泥棒。優輝君率いる2組3組連合は警察だ。
友軍15名のうち、俺と他2名は泥棒陣地内にて双眼鏡片手に作戦が上手くいっているかを観測している。残り12名は各3名ずつ4班に分かれて作戦行動をとっている。
「やっとダミー延べ棒を所定の位置まで運んだよ…。相手は連合だから警戒も固いね。」
ふうと息を吐くと同じ観測班の保田君が双眼鏡を覗きながら「孔明君」と話しかけてきた。
彼は例の50メートル走が10.1秒の速くも遅くもない子だ。
「1班の残りは快速王君だけだけど大丈夫かな?」
「優輝君直々に狙われたからね。」
我がクラスの最速は9秒ジャスト。しかし優輝君は小学3年生にして8秒台である。捕まるのも時間の問題だろう。
しかし問題ない。優輝君が先陣を切って追いかけまわしているという事は、警察側本陣の指揮系統は無いに等しいという事。混乱に陥れてしまえば勝手に崩れる。
「快速王君がVポイントに到着しそうだよ!」
「ホント!?よくやった快速王君!追っているのは優輝君含めて何人?」
「今追っているのは5人。疲れて立ち止まっちゃったのが3人だよ!」
「8人か…。」
連合の人員は28名。
1班追撃に8人。先程発見された2班追撃には5人出ている。つまり28名中13人は防衛に戻れない。宝物防衛しているのは4人。本陣の近くで警戒しているのは5人。実質の守備隊はこの9名のみ。どこにいるか確認できない6名がいるが、そんなのは放置だ。襲撃されて混乱している所に戻ってきたところで混乱する人間が増えるだけ。戦力になどなりはしない。
「保田君。優輝君がビクトリーポイントを超えたらリコーダーを吹いて。シの音で。」
「という事は総攻撃だね!わかった!」
そう時を置かずに優輝君を見張っていた観測班の子が「Vポイントを超えたよ!」と言う。
その直後、気の抜けるようなリコーダーのピー!という音が校庭に響いた。
「優輝君は20秒は戻ってこられないよ!総攻撃!」
手を振るうのが先か3班4班の面々が物陰から飛び出し、声を上げて警察陣地に襲撃を掛けた。
おお、長浦も宝物めがけて走っている。しかし守りが固くて突破できない。あ、一人の警察と対峙した、と思いきや警察一人追加。挟まれてしまった。もう一人警察追加。囲まれてしまった。もう逃げられない。あっけなく捕まった長浦。項垂れながら連行されていく。同じように1組のメンバーは一人、また一人と捕まっていく。
だが考えても見て欲しい。一人に対して3人がかりで相対する余裕など警察側にあっただろうか。いやない。
「孔明君!4班が味方を脱獄させたよ!」
「よし!これでほぼこちらの勝ちだね。」
「脱獄した長浦君が延べ棒確保。風呂敷に包んだよ。」
「よし。俺たちはダミー延べ棒をばら撒こうか。」
ダミー延べ棒が隠し置かれた場所から警察陣地へとダミー延べ棒を投擲。長浦の持っているのと同色の風呂敷にこそ包まれているものの、中身は延べ棒型のお手玉だ。1組のメンバーは飛んできたダミーを抱えて一目散に自陣へと逃げていく。見ていた者は長浦が本物を持っていると解るが、今戻ってきた者は誰が本物を持っているかが解らない。ふふふ。ここまでくればほぼ確実に俺たちの勝利だ。
「よし、二人とも。俺たちも逃げますか。」
「うん!」
「おう。」
良い返事だ。って二人とも速い。ちょっ、待って。
ん?後ろからもの凄いスピードで誰か追ってくる…。
「君津…!せめてお前だけは捕まえて見せる…!」
ぎゃぁぁぁああああ!!優輝君!!!???
いいよそんな意地は!いらないよ!
結局人数差二倍でも俺たち1組が勝利した。
いやね、本当はね、一番初めは接待試合でもして負けてしまおうかとも思ったんだよ。んで、優輝君には満足してもらおうと。
だけど最初の勝負でわざと良い感じの負けを演出している時に俺は気づいてしまったのだ。
これはかなり悔しいと。なぜ勝てる勝負で負けなければならないと。俺は出来うる限り勝利を目指したいと。
接待試合をしていた為に同じチームのメンバーはほぼ捕まってしまっている。そんな状況下でありながらも俺は脳みそをフル回転して勝利を掴み取った。嬉しかったな。やっぱり勝利の美酒とは心地よいものだ。
そうして俺は相手が蘇我家の御子息であろうとも容赦なく勝利をもぎ取る方向で勝負に受けて立つ方針へと切り替えた。接待試合の方針は一試合も持たなかった。だって負けたら悔しいのだもの!
だからだろうか。
負けて悔しい優輝君は負けた翌日の昼休みに一組の教室に来るようになった。
「なぜ俺はお前に勝てない。」
俺の前の席の人の席に座っている。まあ、座っているだけならいい。だけど人が飯を食っているときに話しかけるな。口にものを入れながら話すのはマナー違反である。
もぐもぐと咀嚼。そんで飲み込む。緑茶を流し込んで口を漱いでから優輝君の方を見た。
「今お弁当食べているので後にしてもらえませんかね?」
「わかった。」
素直に頷く優輝君。素直な良い子だ。本当は食っている時のガン見も止めて欲しいが、取り敢えずは話しかけるのを止めて貰うだけで良しとしよう。これで勝負の件も以降有耶無耶になってくれれば尚良いのだが。
クラスの他の男子諸君は食堂に行っている。勝利した翌日は優輝君が来ると解っているからね。緊張しちゃうからね。今教室内にいるのは俺と優輝君と優輝君のファンの女子たちくらいだ。うむ。このシウマイは昨夜の残りだがなかなか美味い。シウマイ程からしが合う食べ物は無いな。もしゃもしゃ。
「なあ、その卵焼き貰っても良いか?」
「別に良いですよ。どうぞ。」
パクリと一口で食べる優輝君。咀嚼した後は「ふうん…」と呟くのみ。
なんか言ってよ、感想を。気になるじゃないか。しかし一向に何も言わないので俺から聞くことにした。
「どうです?美味しいでしょう。」
「まあな。だが俺の食べている卵焼きと味が違う。これは甘い。」
「ほほう。我が家は砂糖派ですからね。もしかすると蘇我家では塩派か出汁派なのかもしれませんね。」
「たかが卵焼きにそんな違いがあるのか?」
「ありますとも。卵焼きは家庭ごとに味が違うと言っても過言ではないほどバリエーション豊かです。」
前世にて友人宅で食べた中がトロッとした半熟卵焼きは非常に美味であった。あの味を再現したいのだが何度やっても上手くいかない。中まで完全に火が通ってしまうのだ。俺にも再現できると意地を張らずにコツを聞いておくのだったな。失敗だった。
ほうれん草のおひたしもパクリ。うむ美味しい。そして毎度恒例のきんぴらごぼうもパクリ。あぁ、最高。
食事が終わればデザートだ。デザートの入ったタッパーを取りだす。
勝利した翌日に優輝君がいることは解っているのであらかじめ二つ用意してある。
「今日はトリュフチョコレートか。」
嬉々としてトリュフを口に入れる優輝君。
しかし眉を顰めやがった。おいなんだ?俺の作った菓子になんか文句でもあんのか?
「俺がいつも食っているトリュフとは違うな…。」
「そんな一流パティシエが作っているのと一般家庭の菓子作りを比べないでください。」
「我が家が贔屓にしているのはパティシエールだ。」
「そうでしたか。女性でしたか。それは申し訳ありませんね!」
そう言いながら優輝君の前に出したタッパーを取り上げようとする。美味しくないなら食うな。貴様にくれてやるくらいならばどんな出来でも『美味しい美味しい』と食い散らかす里佳姉に与えた方がマシだ。しかし取り上げられない。どうやら俺と優輝君の腕力にも致命的なまでの差が存在するようだ。
そうしてあれよあれよといううちに全て食べられてしまった。おのれ…。あ、俺のも2個盗っただろう!ぐぬぬぬぬ。
「まあ、及第点はくれてやる。」
「上からですねぇ…。」
まあ食われてしまったものは致し方ない。
お弁当を包んでバッグへと仕舞い、タッパーも仕舞った。
「ではお帰り下さい。」
「待て。本題を話していない。」
ええい知るか。人の作ったトリュフを“まあ、及第点はくれてやる”とか宣う奴と話すことなどない。帰れ帰れ。
しかし勝手に話されると勝手に聞いてしまうのが俺の悪い癖。お帰り下さいとは言ったものの、ペラペラと話されるうちに俺はいつの間にか相槌を打って話を聞いていた。
ふむふむ。要約するとこういう事か。
「どうしたら俺に勝てるのか、という事でしょうか?」
「つまりそういう事だ。」
そっかそっか。本人に聞くな。
負けないような戦術を組み立てている本人に聞くな。自分で考えろ。
とは思ったものの、結構真剣に悩んでいるらしいので助言ぐらいはしてあげることにする。子供が真剣に悩んでいるのに突き放すのは流石に鬼畜すぎだからな。見た目は俺の方がちんまいかもしれないが精神的に考えれば俺は成熟した大人なのである。
ふーっと息を吐いて優輝君の顔を見る。
「良いですか?優輝君は他人を思いやる気持ちをもっともっと学びましょう。」
「どういうことだ?まったく意味が解らないのだが。」
「優輝君が勝てないのは1組が何を行おうとしているかを理解できておらず、また優輝君が行おうとしている事が1組に筒抜けだからです。」
ふむ。そう頷きつつもそれと『他人を思いやる』という事にいまいちピンと来ていないようだ。
「スポーツ全般に言えることですけれども、相手の行動を読み、裏をかき、その行動の邪魔をすることによって勝利を手繰り寄せるのです。つまり相手が何を考えているのかを読み取らねばならないのです。読み取ったうえで相手に思うような動きをさせない必要があるのですよ。」
「なるほど。俺にはその読み取る力が足りないという事か。だから普段の生活でももっと周りを見てその力を付けろという事だな。」
うお、小学三年生とは思えない理解力だ。人の上に立ち続けた血の為せる業なのだろうか。
内心戦慄しつつもそれを表に出さないポーカーフェイスで微笑み続ける。でも口の中がパサパサになる。なんで緊張すると口の中がパサパサになるんだろうね。ミルクティーをこくりと一口飲んで口の中の潤いを取り戻した。
「お察しの通りです。まあ、普段の生活で裏をかく必要はありませんが。」
「確かに、な…。認めたくはないが君津の言うことはいちいちもっともだ。お前の言ったことは俺に足りないもの…、だな。」
「気づいたという事は克服できるという事。しばしの間はご自身を高めてみてはどうでしょうか。一回り成長したとき、その時に3組はより一層強くなられるでしょう。」
「高める…。強く…。」
「そうだ。そうだよな…。」と呟いた優輝君はすくっと立ち上がった。そして俺をじっと見た。
まだだ。まだポーカーフェイスを保つのだ。頑張れ俺!
「君津。しばらくの間、勝負はお預けだ。次に勝負するとき、俺はお前に勝つ!」
いいいいいいよっっっしゃぁぁぁぁあああ!!
暑い暑い夏の間はドロケイから解放されるぞ!
「楽しみにしております。」
そんな内心をひた隠しにしつつ俺は優輝君へとニヤリとした笑みを返した。
優輝君、意外と単純だけど将来は大丈夫なのだろうか。俺は少々心配だな。教室を出ていく優輝君の背中を見送りながらそんなことを思った。
009終