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我が人生に幸あれ!  作者: 瑞鳥
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PC008

はちわです

PC01008

(修学院初等部三年)






 ダダダダダダダ。


 そんな音が部屋に響いていた。

 銃声ではない。ミシンの音だ。



 そう。

 何を隠そう。俺は初等部三年生となってミシンも解禁されたのだ!



 早いー。

 凄いー。

 力強いー。



 なんだかいろいろ出来そう。夢が広がるね。

 とはいえミシン解禁にはひと悶着あった。やはりというか、いざ解禁となっても両親的には危ないから触れさせたくなかったらしい。四月も二日経っていよいよ三年生となった日に、俺は『ミシンを使う!』と言いながらミシンに飛びついた。だが早々に俺は父親にミシンから引き剥がされてしまった。そして母親に『やっぱりまだ早い』『四年生になってからにしよう』と言われてしまったのである。そうやってずるずると一年ずつ後ろ倒しにされるのは目に見えているんだよなぁ…。国産ジェットもかくやといったことになりかねない。

 と、いうわけで俺は昨年両親から頂いた念書を取り出すことにした。

 『やっぱりダメ』と言われる可能性を考慮に入れた結果、念のためにと昨年書いてもらった文書である。通称“君津文書”だ。


 “君津愛里と君津正幸は、君津幸太郎が初等部三年生へ進級したらミシンを使用することを認める”


 そう書かれ、拇印の捺された用紙をクリアファイルから取り出す。すると渋々ながらもミシンの使用を認めてくれた。やはり自分で約束した証拠の文書を掲げられては強くは言えなかったようだな。俺は保険の重要性を再認識したよ。


 そんなこんなで多少の問題はあったのだが俺はミシンの使用権利を得たのだ!

 ダダダダダダダ。手縫いよりもずっと早い。


 ぬいぐるみを作り、ぬいぐるみに着せる服とかも作れそうだ。裏地とかにもこだわっちゃうぞ。

 …なんかファンシー路線にシフトしてしまっている気がするな。







 さて、そうだ進級だ。

 それは留年など存在しない義務教育期間中であれば何の特別感もないイベント。


 同様に修学院学園初等部でも進級は特別感がない。

 ただし2年から3年に上がる時と4年から5年に上がる時にクラス替えが行われるので、今回の進級は俺を除く皆がワクワクとしながら掲揚されたクラス割りの表の前へ生徒たちが集っていた。


 『また一緒のクラスね!』

 『あー。別々になっちまったな。』

 『ほら!優輝様と一緒のクラスよ!』


 喜びの声や落胆の声がクラス割り表の前で木霊している。女は三人寄れば姦しいらしいのにあそこにはいったい何人寄っているのだろうか。女ではなく女子だからセーフなのだろうか。いや、キャイキャイしている声が遠くまで響いているしアウトだな。箸が転んでもおかしい年頃だし仕方がないのだろうけれども。…、それはもうちょい先かな?


 ともかく俺は自分のクラスを探すべく三年生のクラスを一つ一つ巡ることにする。各クラスには教室前方に座席表が張られているのだ。そこに自分の名前が載っているかどうかを確認すれば自分のクラスが解るという寸法だ。なぜクラス割り表を確認しないのかって?いやだって女子の集団に占拠されてるんだもん。なぜ女子は一か所に集まるとなかなか解散しないのだろうか。コンビニ前の不良少年なのだろうか。男子は自分のクラスとクラスメイトを確認したらとっとと新しいクラスに向かっているぞ。女子も要件が済んだら教室に戻ればいいのに。当然ながらそんなことを面と向かって言う勇気はないのだけれども。俺にとってその行動は難易度が高すぎる。



 ではまず順番に1組から。

 ガラガラガラ。扉を開けると長浦がいた。


 「お!幸太郎!幸太郎の席はここだぜ!」


 ベシベシと斜め前の席を叩く長浦。


 俺のクラスは1組らしい。

 席は長浦の斜め前らしい。


 初手で知りたいことが全て解ってしまった。

 いや、いいんだけれども。それでいいんだけれども。しかし気が抜けるな。


 俺の席らしい座席に自分の荷物を置く。しっかし小学生の荷物って本当に多いよな。鍵盤ハーモニカとかかさばる荷物ランキングナンバー1だ。アレはどうやったらかさばらずに持ち運べるのだ。だいたい今年からリコーダーも持ってこなければならない。どちらかで良いではないか。まあ、ここ修学院では椅子のクッション兼防災頭巾を持っていかなくても良いので多少は荷物が軽いかもしれないが。我が校では防炎垂れ付きヘルメットが教室後方に人数分置かれているのだ。流石金持ち校は余裕がある。


 「今年もよろしく。長浦。」

 「おう!」


 ニカっと人好きのする笑みをする長浦。その笑顔に敬礼を返して自分の席へと座った。

 だがその次の瞬間、スパーンと音を立てて扉が開くと共に長浦の笑顔が固まった。


 笑顔の固まった長浦の視線を頼りに俺は振り返る。するとそこには優輝君がいた。

 あー、これは長浦も固まるわ。というか教室にいる皆が固まっている。そして俺は一度振り向いたものの見なかったことにして長浦の方を向いた。俺が目的じゃありませんように…。


 「君津!」


 ちくしょう。

 やっぱり俺をお呼びか。聞こえなかったことにしたいのは山々だが俺の方へと足音が近づいてくる。ヒエッ、肩に手を置かれた。


 「お、おはようございます。」

 「俺は去年と変わらず3組だ。そして…、今年こそお前に勝つ!」

 「は、はあ。それは、なんていうか…。」


 そうですか勝手にしてください。危うく口に出してしまうところだったが寸でのところで飲み込んだ。危ない危ない。


 「ああ!それで、本日のご用件は何でありましょうか?」

 「そうだな…、今日のところは君津の顔を見ておこうと思ってな。」

 「そうでしたか。ではこれにて目的達成ですね。それではさようなら。」


 立ち上がってペコリとお辞儀。次いで優輝君をくるりと180度回転させて教室の出口を向かせた。

 さあ、帰れ帰れ。出口へ輸送しようとして背中を押そうとしたところ、もう180度回って俺の方を向かれた。おぉ…?なんだ。なんなんだ。


 「ときに君津。」

 「なんでありましょう?」

 「春休み前、お前は休み時間なかなか外に出なかった。何故だ?クラスメイトに聞いてもどこにいるかわからないと言う。どこに行っていた。」

 「うーん…、覚えていませんね…。」


 図書室です。チャイムと同時に教室を飛び出して尾行にめっちゃ気を付けながら図書室に通っていました。

 しかし言わない。言う訳がない。貴殿に知られないようにわざわざ気を付けたのだからな。


 「…そうか。覚えていないなら仕方がないな。」


 眉を寄せつつもため息を吐きそう言う優輝君。

 優輝君のこういうところは好ましい。口うるさくて思い通りにならないと癇癪を起こしそうなイメージがあるのだが、意外とこういうところは融通が効くのだ。


 「まあ、あの時は俺の方にも問題はあった。毎日昼休みになると俺は校庭でお前を待ち続けていた。だがな、今思えば勝負内容も勝負日程も伝えていないし約束もしていない。川間にそれを言ったらホウレンソウは基本だと言われた。あ、ホウレンソウは緑の葉っぱのことではないぞ?」

 「………。」


 川間さん…。ああ、優輝君の使用人の方か。

 というか待ち続けていたのか…。まだ寒さ残る花月の空の下で腕を組みながら来るはずもないライバルを来ると信じて校庭に佇む蘇我家のご子息…。想像したら目を伏せたくなる光景だ。なんかごめんなさい。罪悪感が…。

 と思っていた筈なのだが、得意気にホウレンソウを“報告”“連絡”“相談”の事だと語っている優輝君を見ているとその気持ちも霧散してくる。知っているよ、ホウレンソウ。だけど俺個人としては相談よりも確認のが重要だと思う。よって“確認”“連絡”“報告”のカクレンボウをオススメしたい。それと優輝君。解った。解ったから早急に自分のクラスへと帰ってください。


 「だから今ここで連絡する。」

 「おっと申し訳ございません。ちょっとトイレ行ってきます。」


 だが嫌な予感がしたのでこちらからこの場を去るべく行動を起こす。脇をすり抜けてこの教室から出ていこうそうしよう。だが腕を掴まれる。放せ!こんな教室にいられるか!俺は出ていくぞ!しかし引き戻される。そうしてそのままポスンと自分の座席に座らせられた。小柄な体が憎い!同い年なのに!この対格差!片手で抑えられて立ち上がれない!


 「まあ聞け。」

 「………………。聞きましょう。」


 もう抵抗は虚しいだけと察したので抵抗は諦めた。

 話の流れから解っているよ。勝負でしょう?勝負。やだなぁ…。


 「君津幸太郎。お前は俺のライバルだ。よって勝負をしろ。勝負内容はケイドロ。本日の昼休みに勝負だ。」


 ほれ見ろ。案の定勝負だ。

 だが優輝君。君は勝負がしたいばっかりに忘れていることがある。


 笑いを押し堪えつつ朗々と言った。


 「今日は全校集会後そのままホームルームとなって下校となるため昼休みはありません。」

 「じゃあ今日の放課後…。」

 「申し訳ないですが今日の放課後は予定が…。」


 具体的にはエプロン作りだ。最初は簡単なモノから作っていき、徐々に様々な洋服やらなんやらを作っていけたらと思っている。ちなみに作っているエプロンは俺サイズ。子供用だ。菓子作りの際にでも着よう。


 「………。そうか。」

 「申し訳ございません。」


 すげぇ眉が下がっている。体中からガッカリオーラを放出している。断ったの俺だけど…。

 引っ込んだはずの罪悪感がまた込み上げてきた。だけど俺もミシン解禁されたばかりだから楽しみにしていたんだよ。


 プライドを追われた雄ライオンのような足取りで教室を出ていく優輝君。ただし教室を出る直前で立ち止まり、そして振り返った。



 「宣戦布告だ。3組は1組に宣戦布告をする!勝負だ、君津。俺のライバル!勝負の日は後で使者を送る。」



 言うだけ言って帰っていった。まるで嵐だな。

 最後は満足そうだったな。ついさっきまであんなに意気消沈していたのに。気持ちの乱高下が激しいな。春の気温のようだ。だが俺は不満だ。不満も不満。爆弾低気圧のように気分が落ち込んでいる。なぜなら…。


 「孔明君!どうするの!?」

 「いつ勝負するの!?」

 「それは3組からまた連絡がくるって。」

 「どうする?ミーティングする!?」


 ほれ見ろ。楽しそうだと思ったらすぐコレだ。

 ぐぬぬぬ。とんでもない災害を振りまきやがったな。おのれ優輝。


 詰め寄る男子どもによって秩序の崩壊した俺の座席周辺。どうしようかと思っていたら長浦がパンパンと手を叩いた。


 「ほれほれ。まずは作戦会議だぜ?まずは足が速い奴!」

 「ハイハイ!僕は足速いよ!」

 「50メートル何秒?」

 「10.1秒!」

 「遅い。出直せ!」

 「そんな?孔明君より早いよ!」

 「幸太郎は論外だ!」


 おい長浦。論外とはなんだ。失礼な。俺だって頑張って走ったんだぞ。10秒台にも届かなかったが。

それもこれも背が低いせいだな。歩幅が小さいのだ。そう思おう。




 と言うより…。




 周囲を見渡すと対3組のドロケイ戦に興奮した様子の面々が見える。

 集まっていないのは陰キャの空気読まない奴か皆と違う行動カッコイイと思っている拗らした奴くらいだ。アレに混ざるのは…。だったら興奮という熱に浮かされている方に混ざった方がマシだな。「孔明君は作戦担当ね!」あ、そもそも頭数に入れられていたわ。こりゃあ駄目だ。逃げられない。まあ、学年のスーパースターに一方的とはいえ約束を取り付けられた時点で逃げることは不可能だろうけれども。


 「そういえば幸太郎は50メートル走何秒だっけ?」

 「11.7秒。」

 「うわ。」

 「ほら!僕速いじゃん!10.1秒は速いじゃん!」


 おい長浦。『うわ』とはなんだ。『うわ』とは。

 けどまあ、『うわ』ってなるよね。俺も自分のタイム見て『うわ』ってなったもん。10秒台に届かなかったというより12秒台に届きそうと言った方が良さそうだもんね。

ちなみに10.1秒は速くない。なぜなら1組には9秒ジャストのスピードスターがいるからだ。


 「というわけで君には快速王の称号を授けよう。」

 「え…、他のクラスに俺より速い奴もいるし…、その称号は要らないかなぁ…。」

 「クーリングオフは受け付けておりません。返品は不可能です。」

 「ええ…、どうしよう…。」


 諦めて受け取りたまえ。快速王君。

 今日から君は快速王君だ。そんなに嫌そうな顔をするなよ快速王君。











008終

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