PC007
七話です
PC01007
(修学院初等部二年)
優輝君へと説教をして数日。
あれからというものの優輝君は2組へ来ることは無くなった。
それによってあることないこと噂が立っていた。
“怒らせたのではないだろうか”“諦めたのではないだろうか”“他に好きな人が出来たのではないだろうか”と。
最後に関しては“友人として”だと俺は信じている。ほら、子供の頃って“一番の親友”とかの拘りが強い子っているじゃん?一番親しいと思っていた友達が他の子と遊んでいると嫉妬するような。小学2年生で腐るのは早いと思うんだ。
とまあこんな感じで噂が立ち昇り、密かに俺に確認する子も現れ始めた頃、奴はいつもの通り堂々とした様子で2組に現れた。
…実は俺の内心はドッキドキであった。
だってだって!俺の家から帰るときの優輝君は滅茶苦茶不機嫌だったんだよ!
説教の最初の頃は意気軒高と言った様子で『だけど!』『それは!』と言って反論をかましていた優輝君。しかし俺の有無を言わせない見事な返しで優輝君の意気軒高ゲージをみるみる削って最後は爆破粉砕した。説教終盤の彼の様子は『うん、そうだな』『確かにそうだな』としか言わなくなった。明らかに不貞腐れております。言い方ちょっとキツかったかな。やりすぎたか?
そんなこんなでカースト最上位の存在を怒らせてしまったのではと俺は心中穏やかではなかったのだ。
しかし小学生相手におたついている様子など見せることは出来ない。混乱混迷する心の内を完璧に覆い隠すスマイルで俺は優輝君を迎えた。
「おはようございます。」
「君津。俺はお前を軍師としてスカウトすることはない。」
おい優輝。俺は先日の説教で“挨拶は基本”と言っただろう?
なに開口一番本題から入っているんだ。挨拶をしたのだから挨拶を返せ。
しかし大人な俺はそんな胸中だってさらけ出さない。だって!大人だから!
「そうですか。それは良かったです。」
「だから、部下になれ。」
「はあ?」
何がどうなってそうなった。
一体何を言っているんだ?部下?
「部下とは具体的には何をするのでしょうか?」
「軍師だ。」
「軍師。」
ほう、軍師…。
ん、軍師?
コイツなんも学んでねぇぇぇええ!!言ったじゃん!やらないって説教したときに言ったじゃん!
何も変わってないじゃん!部下ってつまり軍師じゃん!言い方変えただけじゃん!
机に突っ伏す俺。「どうだ、君津?」と問う優輝君。
どうだじゃない。却下だ却下。突っ伏したまま俺は絞り出すように口を開いた。
「…なんで軍師にさせたがるのですか?」
その問いに優輝君は天井を見上げて目を閉じる。
子供ながらもイケメンな優輝君のそんな様子に周囲の女子たちはうっとりだ。目を覚ました方が良い。奴は人の家で探検した挙句に感想が『この家小さい』とか言うやつだ。
「俺はな、もう負けたくないんだ。」
「はあ、何にでしょうか。」
「勝負事には負けたくないんだ。」
「ドロケイですか。」
「ケイドロもだ。」
「そうですか。」
「そうだ。」
………そんなに負けたくないと。
え、じゃあ何?
「負けたくないから俺を自陣に組み込もうと…?」
「…そういう事になるな。」
なんという負けず嫌い。
負けないための全力を出す方向が引き抜きとかどこぞのプロ野球チームかよ。育成しろよ。自分を。
はー!っと深いため息を吐く。
「うん。まあ、じゃあ、作戦立案くらいなら手伝いますよ。その後の指揮はご自分で何とかしてください。」
「本当か!?」
だってほら。どうやら俺が大人げなくコテンパンにしたせいっぽいじゃん。
あの時はちょっと熱くなっちゃったんだよ。済まないな。これは謝罪のつもりだ。
そう、謝罪のつもりだった。
初めこそは申し訳なさもあって協力していた。
3組の『コレは貰ってしまっても良いのだろうか?』と思える個人情報をもとにドロケイ、サッカー、バスケ等々の戦術を組み立てた。そうして陣頭指揮こそとらないものの優輝君のもとで助言を行い続けた。
『ドロケイは根気が必要です。相手の警戒網が崩れるのを待つ必要があります!』
『サッカーはコートを大きく使わなければなりません。個人技はここぞという時だけ。パスをもっと使いましょう。』
『リバウンドを制する者が勝利を得るのです!走って走って兎に角ゴール下を確保です!』
助言を行い続けたのだ。
春の麗らかな日も。
梅雨の肌寒い日も。
夏の暑苦しい日も。
残暑の厳しい秋も。
そして手足の先がかじかむような冬の日も。
俺は学校の校庭で優輝君の隣に立っていた。
そして一人自問自答する。
一体、俺は何をやっているのだろうか…。
「1組の残りは3人だ!山狩り開始!泥棒を逃すな!」
優輝君はいつの間にか購入したらしい“完全勝利”と銘打った軍配を振り下ろしていた。実に楽しそうだ。いつの日か美しい思い出になるといいね。悪化して俺流甲陽軍鑑とか黒歴史になりそうなものには手を付けない方が良いよ。
しかし…。なぜ俺はこんな事をやっているのだろうか。
最初こそ、最初こそは申し訳なさもあって手を貸すことにしたのだが、今となっては足を洗うタイミングが掴めずにずるずると惰性で続けている状態だ。申し訳なさなどとうにない。半年以上も前の些細な事など優輝君も最早気にしていないだろう。
よって忘れたふりしてすっぽかそうとした。
けれども優輝君直々教室へと迎えに来るのだ。
迷惑な。なーなーで行かなくなってそのままフェードアウト作戦が…。
というか、もうすっかり俺の“孔明君”呼びが定着したよ。『幸太郎君?誰それ、あ!孔明君だ。おはよー。』ってなるくらい定着したよ。幸太郎と名前で呼んでくれるのは同じクラスの一部の友人のみとなってしまった程である。
そしてそんな優輝君の軍師と化した俺は一部でヘイトを集め始めてしまってもいる。
まあ、当然だ。人気者の隣に立つ人物は万人が納得できる人物でないと妬み嫉みを集めてしまうものなのである。
そして残念ながら俺はそんなに万能ではない。勉学は優秀なれど運動はからきしだし家柄も大層なものでなければ資産家でもない。つまりは勉学一本しかない。
よって、最近調子乗りすぎ。気に入られるのが上手いだけ。
そんな陰口が聞こえるようになってきてしまったのだ。
「大将!3人捕まえたよ!」
「よくやった!俺たち3組の勝利だ!えいえい!」
「おー!」
「えいえい!」
「おー!」
やっぱり戦国時代好きだろ。優輝君。
さて、残念ながら一部の生徒に嫌われてしまっている事実を受け止めねばならない。
となるとやはり対策を練らねばならない。というわけで算数の時間に俺は対策ノートに向き合う事となった。
黒板には分数の説明文が書かれているが、それは丸っと無視。へーへ―そうですね。元の大きさの半分なら二分の一ですね、四等分のうちの一つなら四分の一ですね。解る解る。だが俺はヘイト集中の対策を講じなければならないのですよ。
ノートにガリガリ。
原因はまず間違いなく学年のスーパースターに構われているからだ。
対策は軍師の職を辞する事によってヘイトもそのうち雲散霧消するだろう。
平穏に生きたい俺としても軍師という職は是非とも辞したい。この点では俺にヘイトを飛ばす連中と目的が一致している。はっ…!ならば彼らと協力できないだろうか。って無理だろうな。無理無理の無理である。
やっかむことしか出来ない連中に主体的な行動を望むだけ無駄だ。連中の行動理論はその場の空気とノリである。そして残念ながら俺は前世においてそういった連中アレルギーなのだ。今はどうだろう。近づいたことないから解らない。しかし近づきたいとも思わない。
じゃあ放っておけば良いのかと言われるとそういう訳でもないんだよなー。
絡んでくることもあるんだよね。向こうから。急カーブしてぶつかってくるのは台風だけで十分だ。
じゃあどうするのか。
やはり軍師の職を辞するしかないだろう。それも両者円満に。優輝君が頼んでいるのに断り続けるというのも駄目だ。一度やっているがアレも外聞は悪かった。『あんなに優輝様がお願いしているのにお可哀そう。』となっていたからな。ただあの時は一貫して拒否し続けていたから『優輝君のワガママ』というイメージであった。ただし今回は一度受け入れたうえで断る為、『俺のワガママ』で断るという構図になってしまう。前回以上の批判にさらされてしまう。平穏とは程遠くなってしまうな。
となると口八丁で誤魔化すしかないか。
『もう俺がいなくても十分ですよね!』と言うか『もう教えられることは優輝君に教えつくしてしまいました』と言うか。どちらが良いだろうか。
いや、違うか…。
優輝君はロマンを求める傾向にある。
自分用の軍配を用意しちゃったり、俺が孔明と呼ばれている事を知った優輝君の最初の行動が俺に羽扇を手渡すという事だったり。勝てないならヘッドハンティングというのも一種のロマンを追い求めた結果なのかもしれないな。オールスターのチーム結成的な。
因みに羽扇は謹んでお断りした。
俺の名前は孔明ではない。幸太郎だからな。
と、いう訳で正解はこれじゃないかな?
「優輝君。俺は君のことをライバルだと思っています。」
「ライバル…!?」
「ライバルとは互いで競い合い高め合うもの。そうではないでしょうか?」
「競い合い、高め合う…!」
「だから軍師は辞めたいんです、優輝君。いつも一緒じゃお互い競い合えませんから。」
「………。」
何時もの通り放課後に押しかけてきた優輝君にそう言う俺。
今度は多くの人に証人になってもらいたいので教室外には連れ出さずに堂々と言った。
ふふふ。優輝君の口元が緩んでいる。ライバルという言葉が琴線に触れたらしい。
「……、ライバルか。」
「ええ。そうです。」
「そうか、ライバルか。いや、そうだったな。俺と君津はライバルだ。」
ライバルと嬉しそうに何度も口ずさむ優輝君。どうやら気に入ったようだ。気に入ってくれて俺も嬉しいよ。
常であればここで優輝君が俺を3組へと引き摺って昼休みの勝負の反省会を行うことになるのだが、今日は優輝君一人がクルリと背を向ける。もう表情は見えないが、もうその背中が優輝君の満足感を表していた。
「君津。今この時をもってお前は俺の部下ではなくなる。」
「かしこまりました。」
ふひひ。やったぜ。
「次会う時はお互い全力で戦おう。生涯のライバルよ!」
顔だけ振り返って手を横にシュバっと振るう優輝君。本当に楽しそうだ。
というか、うわーお。スケールがアップしてしまったな。
二桁も生きていないのに生涯のライバルを得てしまった。
此処は肯定も否定もせずに微笑んでおくだけにしておこう。
すると優輝君もフッと笑って前を向いて2組から立ち去って行った。
優輝君が立ち去ったのを確認して軽くガッツポーズをする。
やった!やったぞ!両者納得、実に円満に軍師の立場から身を引いたぞ!
その後2組の男子共から『俺たちもミーティングをした方が良いのか?』という相談を受けたのだがそんな事はしなくてもよいと答えておいた。もう孔明の肩書は下ろします。
それよりももうすぐ進級だ。進級したらミシンが使える。ミシンの使い方でも覚えておこう。
被服室?まずは図書室か。
手芸関係の本を何冊か借りてこよう。
そうだな。今まで軍師として活動してきた休み時間もフル活用して図書室に入り浸ろう。
次会う時は全力で戦う?冗談じゃない。俺は平和をこよなく愛しているのだ。戦いなどしない。
「やっぱり僕たちも話し合おうぜ!孔明!」
長浦め…、余計なことを。長浦のその一言に賛同者が集まってミーティングをする流れとなってしまった。
後で貴様の机の脚をこっそりと一本だけ少し低くしてやる。明日一日机がガタつく不快さに苦しむがいい。
007終