PC005
五話です。
PC01005
(修学院初等部二年)
ふふふ。
ふふふふふふふ。
フフハハハハハ!
四月も終わり、五月に入ってゴールデンウィークの最終日。
未明も過ぎて明け方となろうかという時間。目をギンギンに充血させながら俺は両手で自分で作り上げた作品を掲げた。
作品名“藤の花”
いいね。いいんじゃない?なかなか素晴らしい感じの出来上がりだ。
まあ、刺繍としては初の大作になるので所々形が崩れちゃったりしているものの、十分に満足感に満たされる作品となっている。
ふふーん。藤見会ではこの刺繍を施した包みで茶菓子を持っていくなどどうだろうか。ああ、夢がひろがりんぐ。ゴールデンウィークを漏れなく刺繍の技術向上期間とした上で作り上げた作品だからね。愛着も湧くというものよ。
深夜のテンションのままに自分のベッドにダイブ。そのままボフンボフンと二度トランポリン。
そのまま寝てしまおうと思ったのだが湧きたつテンションの為に目が冴えてしまっている。ムムム、眠れん。ムクリと起き上がると里佳姉のドレッサーテーブルの鏡の自分と目が合った。酷い隈だ。こころなしか目つきも悪いように見える。いや、こころなさなくても目つきが悪いなこりゃ。というか外が明るい。明るくなり始めちゃっているせいで眠れないのかな。可能性高そう。アイマスクを探しましょう…っと。ここかな?ガサゴソガサゴウッッ!!
「ゴハァッ!!」
突然の脇腹を襲った衝撃に俺は為すすべなく床へと倒れ伏した。
何事!?と見上げるとそこにはいつの間にか起きていたらしいお姉さま。ゆらりゆらりと立つ姿はまるで幽鬼のよう。
「……。幸ちゃん…、騒がしい…。」
「ごめんなさい。」
罠にかかったドブネズミを見るような目で見られては謝罪の言葉しか口から出て行かない。
本当にごめんなさい。騒がしくしてごめんなさい。土下座で謝罪したよ。前世も含めて人生初の額を床にこすりつける土下座謝罪だった。相手は女子小学生(姉)……。いや、それは考えないようにしよう。
恐怖のあまり毛布をかぶってベッドで丸くなったら一瞬で眠りに落ちた。因みに起床時間はお昼過ぎであった。明るくなってから寝たからね。しかたないよね。
そんな訳で休みも明けて早数日。
連休明けのダルさも治ったころにそのイベントは訪れた。
“春の藤見会”
この行事の目的としてはこんな感じだ。
5月にもなればそろそろ皆さん仲の良い子を見つけられましたね。ですが仲の良いグループで固まりすぎるのも問題ですね。ちょっとここいらで裾野を広げてみましょう。機会は当校が与えますよ!はいどーん!!
こんな感じ。生徒全員仲良し主義者の押し付けがましい機会提供とでもいえば良いのだろうか。
小学校低学年であればこの行事を業間の休み時間の様に楽しみ、高学年ともなればこういった行事を派閥争いの戦場とする。藤の花を見て風流を楽しむものは教師だけ。実に嘆かわしい。あんなにも立派な藤棚があるのに。
だからこそ俺は風流を理解する大人の一員としてこの行事に参加せねばなるまい。
でなければこんなにも美しく咲き誇る藤の花たちが不憫でならない。
自分の持ってきた鞄をごそごそと漁る。扇子…はいらない。藤の刺繍を施した風呂敷に包まれたいい感じの箱と水筒を探して…、ああ。あった。ふふーん。これよこれ。花見には必需品よな、これは。
そう思いながら淡い紫色に咲き誇る美しい藤の花を見上げつつ箱と水筒を広げる。
ふむ。蔓が反時計回りに上っているからヤマフジか…。
そんなことを考えながら丁度見ごろな藤の花を見上げつつホッと一息。ギャーギャーと騒ぎながら走り回るクソガキ共が喧しいが、元気なのは良いことと納得して再度花を見上げる。そうしてから先ほど広げた箱と水筒へ手をかけた。ふっふっふ。なんとなんと箱の中身はマカロン、水筒の中身は抹茶なのだ。やっぱり花見には茶と茶菓子よ。それといろいろ考えた結果茶菓子はマカロンにした。美味しいよね、マカロン。食紅は使っていないために単色。だが本日の主役は藤の花。よって食われる運命にあるマカロン殿は、本日は目立たなくとも良いのだ。
例に倣って俺の自作。藤の花見があると聞いて前々より計画して作っておいたのだ。
さてどれどれ、いただき…。
食べようとしたところで疲れた顔をした我がクラスの担任の先生がやってきた。
「………。」
「あれ…、君津君。楽しんでる?」
壊れそうな空笑いをした若い女性と言うのはなんでこんなにも痛々しいのだろうか。
というかいつも忙しそうだが、今日は一段と疲弊してんな。やはりやりたい放題の小学二年生の相手は大変なようだ。「まあ、楽しんでますよ」と言いつつマカロンの入った箱を差し出す。
「ええっと…、仲町先生、マカロン食べます?」
「えっと…、いいの?」
「どうぞどうぞ。俺の手作りですが。我ながら上手くできたと思うので味は保証します。」
「えっ、手作り!?」
驚く先生。確かに男がお菓子作りをするなど珍しいかもしれない。
しかし実は俺のお菓子作り歴は前世より続いているので腕には自信がある。家族の誕生日だってクリスマスだって妹のバレンタインだってなんだって俺が作っていた。妹のクラスの男子たちよ、それは妹の手作りではなく俺の手作りである。残念だったなワハハ。
という訳でクッキーからケーキまでありとあらゆるスイーツは網羅したつもりだ。ただし家庭で作れるものに限る。
「お、おいしい…。」
「それは良かったです。実は濃いめの抹茶も持ってきたのですよ。花見に抹茶と茶菓子は欠かせませんから。」
「渋いね。」
花見といったら梅だが、日本人はどんちゃん騒ぎの名目があればそれに乗っかる習性があるのでその辺りは深く気にしない。そして俺も日本人なので深く気にしない。花見?梅でも桜でも藤でもいいじゃない。とりあえず花見であれば茶菓子を作って茶を淹れる。
そうして茶を淹れて一服。はふう…。いやしかし立派な藤棚だ。
にしてもここら一帯は造園部の敷地らしいのだが、部活動の為にこんなに広い敷地を確保するとかすげぇな。東京ドーム一個分はなさそうだが四半個分はありそうだ。一つの部の為に用意するにしては広すぎる。あ、でもゴルフ部の為にハーフコースのゴルフ場があるんだよな、この学園は。どっちが広いのだろうか。流石にゴルフ場かな?
なんてことを考えながらマカロンぱくり。
うーん!サクふわぁだね。やはり我ながら上出来であった。そうして口の中の甘みと抹茶の苦みを混ぜ合わせる。正しい抹茶の楽しみ方かは知らんが、俺はそうやって抹茶を楽しむ。やはり美味である。
っと、おや?仲町先生、どうしたのかな?
「その、もう一個いただいてもいいかな?」
「どうぞどうぞ。」
一緒にマカロンをぱくり。抹茶をごくり。そうしてホッと一息。
まったりと過ごす時間は心地よい、筈だったのだが突如として襲来した長浦俵田コンビに拉致された。
「ちょっと、急にどうしたの?」
「幸太郎!ケイドロやるぞ、ケイドロ!」
「君津は泥棒な。」
拉致されて泥棒の一味にされてしまった。
「宝はなに?」
「宝は金の延べ棒だ。」
「え、ん…、ん!?あぁ…、比喩か。」
「ちゃんと本物の金の延べ棒だぞ?」
「マジもんの宝かよ!」
えっえ?そんなん小学生の遊びに使っていいの?
実はジョークなのにマジで使ってんじゃねーよとか逆ギレされない?大丈夫?
は!?もしや俺はこれを失くしてしまう事によって借金を背負うことに…!これが歴史の修正とかいうやつか!随分と早い債務者人生だ。
「ねえ、長浦。この延べ棒を持ってきたやつは誰?」
「優輝君。隣の3組の優輝君。」
「あー…。」
奴か。あの世界中に子会社を持つという超巨大企業の蘇我グループの御曹司。金持ちでありながら眉目秀麗、それでいて俺には及ばないながらも頭脳明晰。幼いながらも将来を有望視されているらしく奴の周りにはよく人が群がるらしい。
まあ、奴であれば金の延べ棒をポイと持ってきても不思議ではない。不思議ではないが金の延べ棒をポイと持ってこれる生活は俺の中の七不思議には入れそうだ。いいや、今は入った。東京ドームが広さの基準に使われる不思議の次くらいに入った。
しかし、蘇我優輝…、ね。
実は奴と俺とには因縁があるのだ。それも将来の因縁。
そう。某ラブコメ作品の悪役、“ゆーき”は恐らくアイツだ。
俺の秘密のノートのゆーき欄には補足情報として『ハイパー金持ち』とあった。そして俺の学年にはハイパーな金持ちでゆーきという名前は蘇我優輝しかいなかったのだ。だから長浦の言う優輝君とやらは悪い奴なのだろう。金の延べ棒を持ってくるくらいだ。札束ビンタなど序の口で純金の扇子で小突いてくるかもしれない。
たとえ遊びではあっても奴には最大限の警戒を払い気を付けなければ ―――
――― ワハハハハハ!!蘇我優輝恐れるに足らず!!」
「くそっ!なんで勝てない…!」
「指揮力の差だよワトソン君。君には個々人の能力を把握しきれていない。それじゃあ俺には勝てんよ。」
ドロケイが面白すぎて警戒心なんて吹っ飛んだ。
いやあ、いいね。楽しいねコレ。一回目の敗北が悔しすぎて以降はガチで戦略を練って無双してやった。泥棒になれば警察を攪乱して常勝無敗の組織犯罪のプロフェッショナルに、警察になれば誰一人逃すことのない敏腕刑事に。我らが2組は敗北を知らないドロケイの帝王となった。
俺は今や2組の今孔明としてあだ名は“孔明”となった。ふっふーん。
そして悔しがるのは俺に負けるまでは頂点に君臨していた男、優輝君。
外には出さないようにしているものの、拳を固く握ってクソ悔しがっている。うぷぷ。正直なところ将来の禍根とかはどうでもよい。俺としては奴がイケメンというだけで気に食わないのだ。そしてそのイケメンを、歯を食いしばらせるまで叩きのめした爽快感!
お互いにハイタッチして喜ぶ我らが2組の男たち。それを悔しさを隠しきれていない優輝君が見て一歩俺に詰め寄る。
「もう一度勝負しろ。俺たちが警察だ。次こそは全員捕まえる!」
「構いませんよ。何度でもかかってくるがよいでしょう。」
孔明の持つ羽扇子に見立てたヤツデの葉をひらひらと扇ぎながら余裕綽々に言ってのける。
おや、優輝君。頬がヒクリと動いておりますぞ。いけませんなぁ。冷静さとは心の余裕の事でありますぞ?勝負はもう始まっているのである。
「全員配置つけ。」
「次こそ2組を倒すぞ!」
ヤツデの葉を振るう俺と拳を空へと突き出す優輝君。
その後、優輝君率いる3組がその後も警察として襲い掛かってくる。だが俺率いる2組の怪盗集団はそれをひらりひらりと躱し続ける。
ジェスチャーによる無音での警察陣地への浸透にダミーの宝を用意しての攪乱戦術。足の速い仲間にはひたすら警察陣地に近づいては逃げるハラスメントを繰り返し敵の消耗を誘い、隙が見えれば直ちに接近しては一撃離脱を行う。それに気を取られて警戒心が緩めばこれ幸いと複数方向からの挟撃を仕掛ける。警備網が崩れたが最後、一気に総攻撃を仕掛けて宝を奪い去ってやった。
3組相手に4戦全勝。
それまで王様気分だったらしい優輝君は天を仰ぎ見てショックを受けている。クラスメイト達は優輝君を囲んで互いを慰め合いながら涙を流していた。俺はいったい何を見せられているのだろうか。イケメンの彼を慕う女子達も優輝君を遠巻きに眺めながら涙をハンカチで拭っていた。だから俺はいったい何を見せられているのだろうか。何かの悲劇かな?
しばらくすると優輝君は立ち直ったらしく、天を仰ぎ見るのを止めて俺をジッと見始めた。
するとどういう事でしょう。人の波が割れて俺の元へと通じる道が出来た。え、なに。こっち来んの?来なくていいよ。
しかし願い空しく優輝君は歩き始め、そうして俺の元へとたどり着いた。
「完敗だ。」
「はあ。」
「君の実力は思い知らされたよ。」
「恐縮です。」
なんというかランナーズハイみたいなものが抜けて冷静さが戻った俺は冷めていた。突然の悲劇を見させられたからね。ん?なんか手を出してきたな。握手かな?どうもどうも。手を握ってブンブン。
「そこで俺は考えた。」
「はあ。」
「足りないものを補うにはどうすれば良いだろうかと…。」
一拍おいて優輝君は俺をジッと見つめた。
おおう。なんだなんだ。っていうか手を放せ。もう握手はいいって。
っていうかお前の握力強くて痛たたたたいんだよ!!
「俺たち3組の軍師となれ!」
ヘッドハンティングされた。
005終