PC004
よんわです。
PC01004
(修学院初等部二年)
修学院学園の食堂。
そこは食堂と呼ぶにはあまりに精練され過ぎている。
食堂というのは気の良いおばちゃんとのコミュニケーションをとりつつ素朴で家庭的な味わいのある食事を摂るための空間だ。しかし修学院の食堂ではピシッとした男性給仕が食事を運んでくる。そしてオシャンティーな名称のオシャンティーな盛り付け方までされた食事が出てくるのだ。ちなみにお値段はヘビーだ。さらにコックのボディーはマッチョだ。ムキムキ。
そんな食堂にて俺は弁当を広げてムシャっていた。
一緒に食べている長浦は食堂のハンバーグを食べている。ハンバーグを一口食べた長浦は自分のハンバーグと俺の弁当を見比べて眉を寄せて言った。
「幸太郎は今日もソレか。もっと食おうぜ。」
「うるへー。このお弁当は栄養バランスまで考慮に入れた自作の健康的な食事なんだよ。」
「そんなんだから背もちっこいんだ。」
「平均よりちょっとばかし小さいだけ。お前の背がデカすぎるだけだよ。」
そんなんだからドッジボールで的当てみたいに標的にされるのだ。対して被弾面積の少ない俺は結構最後まで生き残る。しかし球技が苦手な俺は最後まで生き残って最後に普通に当たる。だからって俺が最後になった瞬間に諦めるな、チームメイトたちよ。
もしゃもしゃと自作の弁当を食らいつつ自分の身長のことを考える。180センチメートルという高望みはしないが、せめて170センチメートル以上は欲しいな。前世は四捨五入して170ぐらいだった。せめてそれ以上は伸びたい。ストレッチとかした方が良いのだろうか。
「そういえば幸太郎は前のテスト何点だった?」
急に長浦がそんなことを聞いてくる。
だがこと学力に関しては俺に死角なし。
「パーフェクト。」
そう言ってドヤ顔を決め込む俺。
なんなら小学校入学から受けたテストは全てパーフェクト。この年代のテストは凡ミスや問題文をちゃんと読まないことによる早とちりに気を付けさえすれば点数を落とすことなどない。高学年になったら少々不安だが…。
俺の答えを聞いた長浦は不満そうだ。
なんだよ。ならば勉強すればいいじゃないか。俺としては変えようにもどうにもならない身体的特徴、主に身長の成績が優れている長浦が妬ましいのだが。なに頬膨らませているんだよ。子供か?子供だったな。
「僕さぁ、次50点以下取ったらお小遣い減らされるんだよな…。」
「そっか。なら次のテスト以降はお前のそのボリューミーなハンバーグのボリュームがワンランク下がるんだね。結構な事じゃないか。食べ過ぎたらさすがのお前の腹回りもボリューミーになるもんね。」
「それは…ヤダ。でもハンバーグも減らしたくない!飯はちゃんと食いたい!」
「いや長浦お前、俺はこのサイズでもしっかり食っている部類に入るんだけど。」
己の手のサイズと同じくらいの箱が二箱。片方はご飯にふりかけ、もう片方はおかずの入っている弁当を見せる。素晴らしいお昼ごはんである。
しかし長浦は目を閉じて首を振りやがった。
「それは残りカスだぜ?飯じゃない。」
「ほほほほーう。」
おのれクソガキ。言いおったな。
貴様のその残念な脳みそに栄養素の概念を叩きこんでやろうか。ついでにローレル指数とボディマス指数も叩き込んでやろう。食生活を改善せずにご機嫌な腹回りとなった暁にはその数値に一喜一憂させてやる。
「だいたいなんで幸太郎はそんだけで足りるんだ。」
「満腹まで食べたらさらに食べなきゃ満足できなくなるんだよ。何事もほどほどが一番だね。」
腹八分がちょうどよい。満腹は満足感が大きいが毎食満腹にならずともよい。
しかし食いしん坊は「でも足りないんだもん」と言って俯いた。
いっぱい食ったらさらに食わねば満足できなくなる。さながら麻薬だな。
長浦は外遊びが大好きで典型的な走り回っている男の子だが、これでテレビゲームが大好きな男の子にジョブチェンジしたらまず間違いなく肥えるだろう。人間よりもボンレスハムの方が見た目が近くなるかもしれない。
一応友人として注意しておこう。
「足りる足りないじゃないんだよ。暴食は大罪。いい?将来には健康不安と肥満度となって罰が下る。長浦も気を付けなよ。」
「うーん…。よくわかんない。」
しかし回答はこれ。
まあね。解らんよね。人は当事者にならねばなかなか理解しないのだ。
一応これだけは聞いておこう。
「ねえ、長浦。」
「なに?」
「俺が弁当作ってあげようか?」
肘をついて手を組み問いかける俺。
「どんな弁当?」
「スーパーサラダ弁当。」
「僕はいいや。ハンバーグがいい。」
美味しそうな肉汁の滴るハンバーグを口に入れながら断られた。
まあ、だろうな。知ってた。
さて、小学生のテストとなると抜き打ちも比較的多い。
特に多いのは漢字テストだろうか。あとは加減乗除系のテスト。割り算は小学三年生からだから加減乗までか。
話題に上げたという事は当然テストがあったという事。
科目は国語。つまりは漢字テスト。読みと書きが半々ずつのテストだった。
結果?もちろん俺はパーフェクト。小学二年生程度の問題など私の敵ではない。
しかし周りを見回すと項垂れる者も多い。その中には長浦もいた。
「なあ、幸太郎。何点だった?」
「パーフェクト。」
「そっかぁ…。」
「そうだね。」
「………。」
「………。」
「…僕の点数聞かないの?」
「聞いてどうするの?」
それにお前のその項垂れた様子で想像できる。
そんなつっけんどんな対応をしていたら無言でガックンガックン揺さぶられた。おいやめろ。お前は、デカいから、無駄に、パワーがあんだ!って酔う酔う、おえ、気持ち悪い…。
「…なんかごめん。」
そんな吐き気を催した俺を見て謝る長浦。
聞いてほしいんならそう言え!手より先に口を出せ!
ったくもう…。ぐびぐびと水を飲んで食道を遡上しかかった胃の内容物たちをあるべき場所に戻す。
「聞いてほしいの?」と言ったら頷かれた。見栄を張って拒否をしなかったことだけは誉めてやろう。素直な事は美徳だな。じゃあ聞いてやる。
「何点だった?」
「25点。」
「予想以上に低かったよ。予想以上に馬鹿だったんだね。」
いや25点ってお前。一問5点だから5問しか合ってないじゃん。
っていうか普通漢字って書けなくても読めるじゃん。読めもしないんかよ。
長浦の答案用紙をひったくる。
“おおきな花火の音”漢字の読み仮名を書きなさいという問題に“おおきなおはなのこえ”と答えていた。ファンシーだな。多分花は読めたんだろう。他に目を移すと“休む”という字が“体”と書いてあった。王と玉も逆だし、先生は生先になっている。惜しい間違いがたくさんだ。混乱したのかな?だがこれはなんだ。台風の読み方がハリケーンになっている。おそらくハリケーンという言葉を知って嬉しくなってこう書いたのだろう。馬鹿に知恵を授けるとすぐに使いたがる典型例だ。
バカ浦を見る。半眼で見る。
「これはないでしょう…。」
「あったんだよ!あっちゃったんだよ!」
両肩をがしりと掴まれて迫られた。
「なあ幸太郎。勉強教えて!」
「漢字に教えるも何もないでしょう。覚えなって。」
「じゃあ算数!算数教えて!」
「………。じゃあ敢えて言いましょう。長浦は今日から家でも九九の復習を徹底的に行うんだ。九九は基本だよ。今後も何度も出てくるから。取り残されたらおしまいだから気を付けて。反復学習によって死ぬ気で覚えるように。以上!」
5W1Hを取り入れた的確で明確な指示。
そんな俺の的確で明確な指示に対してバカ浦が「えー、もっと楽な方法はないのか?」という舐めた反応を示したため、無言でビンタを食らわせた。一度じゃないぞ。何度もだ。
「痛!ちょっ、痛い!ごめんって!」
ビンタビンタビンタ。まあ、このくらいで止めてやろう。努力なしに何かを得られると思うなよ。小僧。
いいか?勉強は今日から始めろよ、今日から。明日からやるはやらなくなる奴のセリフだからな。
俺の元へ来た時以上に意気消沈した長浦が席に帰るのを見送った。
見送った後、しかしなぁ…と呟きながら俺は漢字テストを見返した。一体何故この程度のテストで間違えるのか気がしれん。あぁ、でも俺も前世の小学生の時は間違えていたな。点数は割とよかったのになぜか百点は取られなかった思い出がある。つまりどっかしらは間違えていたわけだ。いったい何を間違えていたのだろう。それは覚えていない。
まあそれは考えても仕方なかろう。
それよか俺の考えるべき第一の問題は将来の壺割り事件のための借金問題だ。
チラリと項垂れた様子の長浦を見る。
土下座でもすればお金貸してくれそうだよな…。
いやいやいや。駄目だ駄目だ駄目だ。
上手い解決策が見つからなさ過ぎてクソ野郎の思考回路になってきた。金の貸し借りは友達という関係を壊して金の借主と貸主という関係に変えてしまう。金が絡むと碌な結末を迎えられないのは自明の理である。交友関係までズタズタになった挙句にそれでも金を返せずに臓器を売る羽目になったらもう最悪だ。
まだ時間はある。焦らなくても大丈夫な、はず。
そもそも俺が初等部から修学院に入学したことによって未来は変わっている可能性もあるのだ。借金の無い未来だって存在する可能性もある。まあ、安心したい俺としては保険をかけておきたい事に変わりはないのだが…。
帰りのホームルームとなった時、担任の仲町先生が言った。
「そういえば、来週は藤見会です。毎年のイベントではありますが、この会には上級生の子も下級生の子も参加します。今年の皆さんは一年生の子たちにとって先輩となります。もしも一年生の子が困っているようなら助けてあげましょう。」
はーい!と答えるクラスメイト達。良い返事である。
いいよね、こういうの。とってもほっこりとする。
しかし藤見会か。
中等部と高等部の造園部が管理する庭園で開く遠足みたいなものだ。たまたま遠足をやる時期に藤の花が見ごろだったので藤見会という名前になったらしいのだが、昨年名前の由来になった藤の花を見たら納得させられた。
ありゃあ凄いわ。実に立派な藤棚だった。藤見会という名称にしたくもなる藤棚だった。
という訳で俺は何気にこの遠足を楽しみにしていた。
藤の花を見ながら茶菓子を摘まんで抹茶を飲む。くあー!風流だねぇ!いいねぇ!待ち遠しいよ。去年は何が何だかわからないまま参加したために何の準備もできなかったんだ。今年こそは茶菓子と抹茶を準備したい。
担任の先生の話を聞きながら茶菓子は何を作ろうかと顎に手を当てる。
苦い抹茶には意外とケーキなどの洋菓子も合うのだが、やはり無難に和菓子が良いだろうか。一口サイズにカットしたガトーショコラでも良いかもしれない。悩みどころだ。
「なーなー!藤見会でクラス対抗のドロケイやろうぜ!」
「いいな!やろうぜ!」
「他の組にも言ってみる!」
ホームルームが終わるなり男どもが早速遊びの予定を立てている。
風流を解っていない。花見なんだから藤の花を見ろ。
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